おまけです
テレビを見て泣いている母の姿が今でも忘れられない。
虐待の合間に両親揃ってテレビを見ている。
テレビには、ののと同じくらいの男の子が道のど真ん中で倒れているのが見えた。
どうやら何かしらで死んだようだ。
テレビの中のエキストラが男の子を囲んでみんなして泣いている。
それを見て泣いているのだ、こいつらは。
腹が立った。
何故、ののは蹴られ、殴られ食事もろくに与えられず、真冬に布団1枚さえもらえない毎日を送らなければいけないのだろうか。
何故、そんなひどいことをするこいつらは作りものの他人の死に涙を流しているのだろうか。
何故、その感情をののに向けてくれないのだろうか。
12月25日。世間はクリスマス。
ののの両親は死んだ。
ののが殺した。
鮮明に覚えている。
自分らで食べるケーキを切った包丁が手を伸ばせば届く距離に置かれた。
チャンスだと思った。
まず、力では勝てない父の背後から脳天目掛けて包丁を突き刺した。
次にパニックになっている母に跨り、頭をビール瓶で殴った。
何度も何度も。頭が潰れて脳みそが飛び散っても何度も何度も殴った。
母は何か訴えかけようとしていたが何を言っていたのかはわからない。
跨ったまま、息を切らしながら潰れた頭を眺める。
一体、他人の死の何が悲しいのだろう。
10歳の12月のことだった。
鮮血のクリスマスなどと世間が騒ぎ、なかなか大きなニュースになった。
子供ながらこれは普通のことではないとなんとなく悟った。
人は生きていれば死ぬ。
寿命であったり自殺であったり病気であったり。
死の前兆がある人は幸せだと思う。
中には唐突に死が訪れる人も少なくない。
事故であったり災害であったり殺人であったり。
何も成せないまま多くの人が死ぬ。
みすずちゃんは幸せだと思う、。
家族に非現実的な大金を残せたのだからみすずちゃんは成し遂げたんだ。
死んだとはいえ、それは幸せなことだと思う。
喜ばしいと言ってもおかしくない。
本当であれば、にーなさんに出会っていなければ何も残せず死んでいたであろうから。
それでもにーなさんは自分を責める。
そして辛そうな顔をする。
自覚はないだろうが、にーなさんは優しすぎる。
なにかしら理由をつけて、すぐ他人に手を差し伸べる。助けようとする。
お互い両親がいないのにののとは大違いである。
きっと、お姉さんの存在が大きかったのだろう。
ののはそんなにーなさんが大好きだ。
にーなさんの卑屈気味な笑い方。
にーなさんの言ってることと思ってることの差が激しいツンデレっぷり。
にーなさんの絶望に満ち溢れた顔。
全てが大好きなんだ。
特にののが死んだときに見せた顔はほんとに好き。
そして自分を責める。
そしてその後は大抵、ののに優しくしてくれる。
ほんとに必要としてくれているのがわかる。
その全てをののに向けてほしいと思った。
だからこそ、それがみすずちゃんに向けられたとき、無性に腹が立った。
羨ましい。
みすずちゃんは死んだ。
死んだからこそにーなさんの感情を独り占めできたのだ。
みすずちゃんは幸せ者だ。
でも逆の立場だったらそれはそれで羨ましい。
みすずちゃんの家から帰る車の助手席で寝息を立てているにーなさんの顔を見る。
ののはまだ生きている。
そしてまた2人きりになった。
またにーなさんを独り占めできると思うとつい口元が緩んでしまう。
ののだっていつかは死ぬ。
たぶん役立たずっぷりからしてそう遠くない未来に。
それでいいと思う。
それまではにーなさんを独り占めできるし、死ぬときはにーなさんのあの顔を見れるのだから、ののは幸せだ。
大抵の人の死には大きな意味はない。
小さい意味でいいのだ。
ののはにーなさんに必要とされるだけで嬉しい。
必要とされたまま死ぬことにののには意味がある。
「‥‥お腹減った‥。お寿司食べたい。」
その可愛すぎる呟きに高揚する気持ちを抑え、にーなさんのほうを見る。
「あはは、さっき海鮮丼食べたばっかじゃないですか。すんすん!」
「くひひ。鼻息、荒。」
どうかそれまで誰にも、この時間を邪魔されませんように。




