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魔女と王様  作者: 新条れいら
ロイヤ編
91/117

91.午後にお茶でも飲みながら(1)

 アルファの誕生パーティーから一週間が経っていた。


 始めこそぎこちなかったが、奔放なレアの様子にバローナはすっかり呆れかえって、今では午後のお茶は誘わずとも共にする仲になり、呼び合うに呼称は不要だった。


 そしてまた、バローナもルイス同様にレアの突拍子もない言動から、彼女がただの田舎娘でない事は、もはや理解するしかない域までにきていた。


 その瑠璃色の双眸に見つめられれば、嘘や誤魔化しなど無意味だった。


 悪く言えば、土足で踏み込んでくる。だが、そこに悪意はなく、痛みも苦しみも、その手に優しく包むように受け入れるレアに、バローナもまた言葉にせずとも安堵を感じていた。


「ルイスがお嫁に行っちゃう前に、アレビアともお茶が出来るようになりたいね」


 紅茶のお代わりを注ぎながら、レアの呟く言葉を聞いていた。


「アレビア様は、私なんかよりも、もっとずっと…複雑でしょうから」


 イリアの紅茶へミルクを注ぎながら、バローナは切なく呟いた。その様子をレアはじっと見つめる。


「人それぞれだよ。誰かの方が不幸だとか、可愛そうだとか、…そんなのつまらない比べっこだよ?」


 バローナは小さく、しかし声を出して笑った。


 その通りだ。


 当たり前なのに、人はどうしてこうも簡単に捕らわれてしまうのだろう。


「バローナは、アレビアの事情に詳しい?」


 目を細めて微笑むバローナの笑顔に、レアもまたつられるように笑った。彼女は本当に美しく、こうやって笑っているとイリアがいるなんて信じられないほどに、若く美しい。


(神さまもきっと、喜んでるよね)


 こうやって話せることが、レアは嬉しくて仕方なかった。


「…いえ、ルイス様以上の事は、私には」


 バローナはレアの質問に首を振った。ルイスが情報通だという事も、この一週間で知った。どこが情報源なのだろうと聞きたくなるような事まで知っている彼女以上の事を、自分が知っているとは、とても言えなかった。


 そこまで聞いて、レアは少し考えるようにした。


「何かをじっと見てたとか、執着してる物とか…なんでも良いんだけど」


 そうは言っても、バローナにとっては、アレビアは正妃であり、蹴落とす対象でもなかったため、注意を引いていたとは言い難い。どちらかと言えば、見ていたのはレアの方である。


 そう言うと、レアは苦笑した。


「何を見られてたんだろう…」


「欠伸をされてるのを、何度か」


「あはは…」


 誤魔化すみたいに笑って、レアは頬を掻いた。まぁ、指摘をしてくれるようになったのだから、それだけ仲が良くなった証拠なのだろう。


「ここにいたのか」


 唐突に背後から声がして、その場にいた全員が身を強張らせた。イリアがぴょんと跳ねて、声の主に走り寄った。


「お父様!」


「イリア、昨日の手紙、上手に書けてたぞ。ありがとう」


 その小さな身体をひょいっと抱き上げて、カイザックは笑った。その瞬間、イリアの顔に花が咲いたような笑顔が咲く。


「三度の食事にもまともに顔出さないほど忙しいのに、こんな所にいて良いの?」


 パーティー以降、カイザックはさらに輪をかけて忙しく動き回っていた。後宮の食卓まで足を運ぶ暇がないらしく、朝食時に素通りながら顔を見せる以外は、ずっと王宮の執務室にこもっているようだった。寝室にすら何日かに一度は戻らないほどで、大丈夫だと分かっていても、正直体調が心配になる。


 そんなわけで、父との接点を持ちたいイリアは、毎朝レアに手紙を託すようになっていた。可能な限り、カイザックも返事を書いていたが、無理な場合もあるようで、レアに伝言を頼むときもある。


(それでも、やっぱり本人に会える方が、嬉しいよねぇ)


 カイザックにしがみついて離れないイリアの様子に、レアはしみじみと苦笑する。娘を抱いたまま、カイザックは娘の席に腰を下ろした。


「一区切りついたんでね。まぁ、今頃ジルドが血相変えてるかもしれないけど」


「…相変わらずですわね、お兄様」


 後宮には特例時以外、皇帝以外の男性が出入りする事は許されていない。後宮の中庭でお茶をしているところへ逃げ込まれては、ジルドにはどうしようもないのだ。


 ジルドを哀れに思って、ルイスはため息をついた。


「一応、目的地と休息するようにの旨は、置手紙してきた」


「…ジルドも休んでくれるといいねぇ…」


 厳格なジルドの顔を思い出しながら、レアは苦笑する。


「陛下、お食事はとられたのですか?」


 良妻らしく、バローナが心配そうに聞いた。侍女に皇帝分の紅茶を手配するところは、本当に良妻だ。


「軽く摂ったよ。夕餉は一緒に出来る…ハズだ」


「夕餉ならアレビアも来るから、頑張ってよ」


「努力する」


 バローナの注いだ紅茶に砂糖の欠片を入れながら、カイザックは苦しそうに言った。砂糖を追加していることに、疲れを見てとって、女性陣は顔を見合わせた。


「教会…が、邪魔を?」


 バローナの周囲を憚る小さな問いに、カイザックは驚いたように顔を上げた。その双眸に見つめられ、バローナは慌てて目を逸らす。余計な事を口走ってしまったかと思ったのだが、違った。


「良く分かったな。その通りだ。…大きな声では言えないが」


 カイザックの肯定に、バローナは驚いて表を上げる。


「…男爵が、…その…教会への資金繰りについて…その」


「それ以上は言わなくて良いよ」


 バローナの続く言葉を、カイザックはやんわりと遮ると、困惑する彼女へ微笑んで見せた。どこに耳があるか分からないこの場で、彼女の立場を悪くするような事にはしたくない。


 そう思わせるだけの権力を、教会は持っていた。


 モモに目配せすると、意を汲み取った彼女は、他の侍女を遠ざけた。侍女から漏れると言う事は良くある事だった。


「レアももう気付いているとは思うが…」


 カイザックはそう前置きをした。それから膝の上のイリアの頭を撫でて、「これは家族だけの秘密だからしゃべるなよ」と笑った。クッキーを口に入れていたイリアは、嬉しそうに何度も頷く。


「ロイヤはけっこう、教会の力が強い。土地の権利の多くを、教会が持ってるからだ」


 レアも仕事を初めて、それは感じていた。特にロイヤ王都に近い場所ほど、街道の整備にもいちいち教会の意向を汲まなければならない。


 逆に言うと、ロイヤ王都を中心とした限定的なものでもある。その証拠に、東へ五つほど街を行くと、そこからは各部族の土地という認識が、部署内にはある。


 彼ら教会が勢力を伸ばさなかったのは、各部族の色が濃い事もあるが、王都中心を押えておけば、ほとんど何もしなくても、資金は王や貴族からもたらされていたからだ。同時に、皇室や政治への干渉力も高くなった。


「でも、それだとロイヤにとって徳はないじゃない? 何か得る物があるから、教会に資金出したり権利を保障したりしてるんでしょう?」


 一通り聞いて、レアは問い返した。


 さすがは話が早いと、カイザックは小さく笑った。


「教会は、皇帝は正当なものだ。神の御使いだと宣伝してくれる。そうして、地主も皇帝も、国民からの支持を得てきた」


 意外な理由だったのか、レアは眉を寄せた。


「そんなに信心深いなら、もうちょっと、精霊とか、わたしと同じ人が多くても良いと思うけど?」


 レアの表情と言葉に、カイザックは苦笑し、他の大人は身を強張らせた。彼女自身の口から、自らの在り様について語られることは、初めてのように思う。


「昔は知らんが、今は皇帝を神の御使いだと本気で思ってる民はいないだろうな。その証拠に、オレは教会の後押しを受けていない」


「…それはそれは、…教会としては面白くないねぇ」


「だろう?」


 いたずらっ子の様な目をして、カイザックは笑った。


いつも、読んでくれてありがとうございます。

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