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魔女と王様  作者: 新条れいら
ロイヤ編
87/117

87.レアとアルファ

 彼が再び自分の前に立った時、レアは奇妙な感覚に首を捻った。


義姉あね上と話がしたいのです」


 にっこりと笑って言うアルファをまじまじと見つめている間に、彼はレアの周囲に集まっていた女性達を追い払ってしまっていた。


(手際よく追い払ったなぁ…)


 気付けば、自分と侍女達だけになっていることに、レアは内心で感心した。目に入る範囲の顔と名前は覚えたし、そろそろお腹も減ってきていたタイミングだった。


「リズ、フレア、何か口に入れられる物をお願い」


 二人にそう願って、レアは近場のソファへ腰を下ろした。慣れない言葉遣いのお陰で、疲れもあった。

人払いをして振り返ったアルファは、ソファに腰かけたレアが小さく欠伸をしていることに驚いた。自分と二人きりになるというのに、欠伸をするような女は今までに見たこともない。


「座らないの? 主役は引っ張りだこで疲れてるでしょう?」


 アルファの視線に気付いた少女が、自らの隣を叩きながら示す。にっこりと笑むその表に、裏もなければ表もなかった。自分の正体を知っても、図書館で出会ったままの態度が変わらない事に、アルファは驚きと共に胸に吹く、胸をすくような風に肺が膨らんだ。


「せっかく、ご馳走が並んでるのに、食べなきゃ、もったいないよね」


 座ったと同時に、侍女の運んで来た食事を渡された。こちらの意見など聞こうとはしないレアに、しかしアルファは嫌な気分にはならなかった。正直、本当に腹も減っていた。


「カイザック―――お兄さんに、何か言われた?」


 口に含んだ物を噴き出しそうになって、アルファは慌てて口元を押えた。さっきから自分の疲れや空腹に気付く聡さを感じていたが、そこまで踏み込まれるとは夢にも思っていなかった。


 むせ込むアルファの背中を軽く叩きながら、少女の軽い笑い声が耳に響く。


「変な顔してるから、そんな事だと思ったよ」


 優しく触れられる背中が熱を持つ感覚を、アルファは無視出来なかった。


「何を言われたのか分からないけど、本気にしない方が良いよ。きっと、からかってるだけだから」


 にっこりと笑うレアの、自分の背をさする腕を掴んだ。力のまま引き寄せると、すぐ近くに瑠璃色の瞳が近づく。長く美しい睫が触れそうだと感じるほどの距離。


「貴女を奪っても良いと言いましたよ、兄上は」


 アルファの睨み付けるほどに力強い視線を間近に、レアは目を瞬かせた。と、その瑠璃色の瞳が反れる。握られていない腕を、アルファの傍らに置かれた料理の皿へ伸ばす。


 頬にレアの髪が触れる。


 アルファの皿から一つ摘まむと、レアはソファの後ろに控えていた侍女の一人にそれを示した。主の意図を理解したらしい侍女が、無言で布にそれを受け取るのを、アルファは呆然と見つめていた。


「奪うも何も、奪われちゃったら、カイザックも生きていけないのにねぇ」


 何事もなかったようにレアは苦笑した。侍女に無言で渡されたハンカチで、手を拭こうとして、アルファに片腕を掴まれていることに気付く。


「手を拭きたいから、放してくれる?」


 自分のぶつけた感情を、なんと軽く払うのだろうか。


「兄上は、貴女の事は所詮その程度だと言っているのですよ。弟に奪われても良い程度だと」


 離れたレアを再び力で引き寄せ、アルファは押し殺した声を放った。皇帝の寵妃だと言われていても、所詮はその程度なのだと落ち込めばいい―――そう思った。


 再び近づいたアルファの双眸を見つめ、レアは今度こそ彼へ向けて苦笑する。


「アルファは、本当にそう思ってるの?」


「!」


「奪われて良いなんて、カイザックが思ってると思う?」


 お前には奪えないと暗に言った兄の双眸が過った。緩んだ力の隙間を、レアの手はすり抜け、ハンカチで丁寧に指先を拭く。


「わたしもカイザックも、お互いがいなきゃ、今頃死んでた。神さまがわたし達をそう造った」


 拭き終った布を侍女へ渡して、レアはアルファへ笑顔を向けた。


「って、言ったら信じる?」


 夢見がちな少女の戯言でも聞かされているのだろうか。しかし、自分を見つめる少女にからかうような色は伺えずにいた。


「その原理でいくと、義姉上は兄上の弱点という事になりますね」


 遠征で何があったか知らない。お互いがいなければ命を落とすような状況に遭遇したという事で、敵対していたにもかかわらず絆を結ぶことになったのだろうか。いくら考えたところで真実は分からないし、分かる必要はないように感じた。


 必要なのは、現在の状況だった。


「普通に考えたら、そうなるねぇ…」


 レアは指を顎に当てて首を捻り、そう言った。だが、すぐに何を思ったのか笑う。


「わたしを捕まえて殺したり、脅したりしたら、自分が死んだ方が良かったと思うような目に合うよ、たぶん」


「え…?」


 レアの微かな笑い声に、冷たいモノを感じたアルファは、美しい少女を覗き込んだ。


 長い睫の下の瑠璃色が、微かに面白がるように揺れて、アルファを見返した。


「何の根拠もなく、武神だとか魔女だとか呼ばれてるわけじゃないんだよ?」


 意味深な物言いに、アルファは口の中の渇きを感じた。意味もなく唾を飲み込むように喉が上下する。


「…確かに、義姉上は一軍の将だったと聞いていますが…」


 弓ひとつ引けぬ、短剣ひとつまともに扱えぬのだと聞いた。実際、ロイヤに来てからも、武器を扱っているところを誰も見ていないし、それどころか荷物を持っているところすら見た者はいない。


「二つ名なんて、どれも不本意なものだけど、タダの小娘に付くようなもんじゃないでしょって事だよ」


 彼女の物言いはどこか遠まわしだ。でも、だからこそ、彼女の持つ底知れなさが漂う。


 レアの大きな双眸が、アルファをまっすぐに見つめると、嬉しそうに笑んだ。


「アルファは、皇帝になりたい?」


 ギョッとするほど、ストレートな問い。


 誤魔化すこともできないほどに、まっすぐに自分を見つめる瞳が、硬直するアルファを安心させるように笑った。


「そのために、ずっと勉強してるんじゃないの?」


「…」


 それは裏も表もない、取引も謀略も存在しない、幼い子どもの様な問いかけだった。


「図書館で見かけた時、そうじゃないかなって思ったんだよね」


 アルファの無言を肯定と受け取ったのか、少女は返事を待たずに話を続けた。


「カイザックは王座に執着はないけど、引きずり降ろすなら、実力でね」


 唇に指を立て、小さな声でレアは言った。


「そのためには、卓上だけじゃなくて、いろんなところに飛び出すんだよ!」


 そう言って、レアは両手を広げた。微かに光が弧を描くような錯覚を覚える。キラキラと彼女の言葉を受けて、輝く。


「せっかく頑張っているんだから、使ってみなくちゃ!」


 きらきらと輝く。


「…僕に、王宮で働け、と?」


「その方が、実力もつくし、民草の求める物も理解できるし、なにより、挫折出来る!」


「…ざ…?」


 少女の瞳はどこまでもキラキラと輝いて自分を見つめた。


「そう、挫折! 時々は失敗しないと、強い大人にはなれないからね!」


「…」


 アルファは完全に目が点になった。


 目の前の少女は、目を輝かせて一体何を言っているのだろうと思った。同世代においては誰にも負けてこなかった。負けるわけにはいかなかった。


 それが例え、年の離れた兄であろうと、負けるわけにはいかない―――周囲からの期待に応えるために、剣を握り、勉学に励んできた。


 なのに、挫折しろと、少女は言う。


「貴女は、僕に負けろと言うんですか!?」


 咄嗟に出た声は驚くほど大きく、周囲の注目を一手に集めることとなった。


 が、肩で息をするアルファにそれを気にする余裕はなかった。


 突然、席を立って自分を睨み付けるように見下ろしたアルファを、レアはまっすぐに見上げた。荒い息遣いが頬にかかるほどに近い。


「挫折と、負ける事は違うよ」


 静かな声音は、荒れたアルファの表を優しく撫でるように滑った。


 瑠璃色の瞳が一瞬の憂いを浮かべて、伏せる。


「アルファは負けないよ。貴方は強いもの」


評価してくれたり、ブックマークしてくれたりしてくださってる皆さま、ありがとうございます。

励みなります。

転生ものが受けてる昨今、安定のマイワールドな事を確認してしまった作者わたしは、苦笑しかありません。読んでくれて、ありがとう!


生きるに少し息苦しかったりするので、たぶん転生して無双とか、すごい強いとか、ハーレムとか…そんな話を読んで、スカッとしたい現代人の真理なのかなぁ…なんて分析したりして(笑)

物語の中まで、苦しい思いはしたくないですよね。


少女漫画をはじめ、恋愛ものは両想いになったあたりとかで、必ず第三者が介入してきて、かき回されるじゃないですか。

わたし、この展開、分かってるけど、嫌なんです。

雨降って地固まる…分かるよ。分かるけど、うっとうしいからやめて。

くっついたんだから、やめて。

そんな気分になります。


起承転結でいうところの、「転」に入ったって分かりやすくて良いんですけどね!

良いんですけどね~

差し込んでくるキャラがうっとうしいと、もう嫌です。

差し込んでくるなら、「過去」とかさ、「事件」とかにしといて。


そんなわけで、わたしの作品は、「事件」が入ります。

今、やっとこさ、その辺のフラグが立ってる感じです。

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