86.ルイスとミヤ
「一体、私のいない間に何があったんですか」
驚愕今だ冷めやらぬという様子のミヤの言葉に、カイザックは何のことを言っているのか分からないとでも言うように目を背けた。
だが、何があったかは分からずとも、誰が事を起こしたのかは理解できたミヤだった。
「魔女が魔法をかけましたか」
「まぁ、そんなところだな」
皇帝の肯定に、ミヤは小さく笑った。
「貴方のダメっぷりに、魔女はきっと見てられなかったんでしょうね」
「…」
図星なだけに、カイザックは何も言えなかった。
レアがロイヤに来てから、カイザックの周辺は明らかに変わっていった。必ずしも良い変化だけとは限らないが、少なくとも、家族と名のつくモノに対しては、良い方向へ動く―――予定である。
「まぁ、オレの方はレアに任せておくとして、問題はお前の方だ、ミヤ」
「待て待て待て…。皇帝ともあろう人間が、他力本願過ぎないか?」
周囲に人払いをしたのだから、もっと内々の話かと思っていたミヤは、びっくりして話を止めようとする。が、カイザックは軽く鼻で笑った。
「忘れたのか? オレとレアは同…」
「ソレ、さっき聞いたからな」
思わず昔のままの口調で突っ込んでいた。
「どうせ、文句は言われるんだろう。ちょっとは自分でどうにかしようと思わないのか?」
「適材適所だ」
モノは言い様だとは、まさにこのことだとミヤは頭を抱えたくなった。しかし、先ほどのイリアへの態度を思い浮かべて、ミヤは苦笑する。
カイザックがルイス以外を家族と認めようとしてこなかったのには、それなりの理由がある。それを自らで打ち破るには、カイザックの負った傷は生易しいものではない。頭では理解できても、行動に起こせないという事は多々ある。
「魔女ならば、皇帝陛下も崖から突き落としてくれるでしょうね」
「あぁ、遠慮なく落とされた」
「愛するがゆえに子を谷底に落とすという象のように―――いや、熊だったかな?」
「獅子だろ」
ミヤの大仰な言い様にため息を吐き、カイザックは念のために周囲を見渡した。
「ルイスとは会ったか?」
やや声のトーンを落とした皇帝の第一声に、身構えていたミヤはがっくりと肩を落とした。宰相補佐である自分が帰国して、皇帝からの第一声がこれでは、ロイヤの将来に一抹の不安を感じる。
「お前達はどうするつもりだ?」
「…どうするって…」
普段は周囲が驚くほどの即決力を持っているミヤが、言葉を濁した。
「あのレアですら、ルイスの想い人に気付いたんだぞ。聡いお前が気付いていないとは言わせん」
「あのシィー様ですら…」
宰相補佐ミヤと皇帝の実妹ルイスの関係は、ミヤがルイスを一方的に気にかけアプローチをしている―――と認識されていた。ルイスはミヤに興味がないと、そう見られるようにルイス自身が自らを見せてきたからだ。ミヤも、それでいいと思ってきた。
「オレに遠慮していたのか、どうかは知らんが、…オレはもう大丈夫だから」
「…」
不器用でひたすら前だけを見て進む背を前にして、自分達だけが幸せになる選択肢を、どう考えても取る事が出来なかった。しかし、それも理由の一つではあったが、ミヤはこの関係を楽しんでもいた。
「別に遠慮してたわけじゃない」
ミヤの言い様に、カイザックは片眉を上げた。
「遠慮してなかったなら、さっさとけじめをつけろ」
睨み付けられるように見据えられて、ミヤは苦笑を濃くした。お互いに意識をしていながら、お互いの本当の気持ちを確かめ合ったことはなかった。
押し黙るミヤを見つめ、カイザックは小さく苦笑する。
「お人好しな魔女か、お節介な神さまが痺れを切らす前に、動く事をおススメしておく」
ミヤは小さく噴き出して、カイザックを見返した。
「君の、じゃじゃ馬な妹をもらうよ」
「あんなじゃじゃ馬、お前にしか扱えんからな」
酷い言い様だねと笑って、ミヤは腰を上げた。
「ザックも、魔女にばかり頼ってないで、たまには自分で行動するべきだ」
「だから、適材てき―――」
「言い訳だって、分かってるだろう?」
「…」
ぐっと詰まったカイザックへ、ミヤは意味深に笑う。
「じゃぁ、明日」
ここでこんな話が出来るほどには、緊急性のある問題は発生していないのだと、ミヤは判断した。皇帝も、暗にそれを伝えるための場にしたのだ。
(…でも、よりにもよって、話題がコレだなんて)
無意識に、ルイスの頬をつねっていた自分の手を見下ろす。昔から、大人しいんだか大胆なんだか判断に迷う幼馴染の妹。それはすなわち、自分の妹のようで、強く怒れない兄に代わって、頬をつねって来たのは自分だった。
この良く分からない感情が、明らかに変わったのは、幼馴染が即位し、その妹へ婚姻の話が持ち込まれるようになった日からだ。
ただただ、他人が彼女に触れるかもしれない事を嫌う自分。
(他人が触れるなんて、冗談じゃない)
表面上は何も変わらず、その裏でミヤはずっと、そう感じてきた。
幸いにして、幼馴染は妹の縁談をスルーし続けてきた。もしかしなくても、気付いているのだろう事も、分かっていた。自分が、彼に望めば、それは叶う事も分かっていた。
でも、それをミヤはずっと避けてきた。
立場も釣り合う、気も合うのだろう。でも、どうしても「妹」の感覚が抜けずにいた。触れさせたくないという感覚と、妹だという感覚のジレンマに、ミヤは自分の感情の整理が出来なかった。忙しい事を良い事に、考えることをサボってきた自覚もある。
(もう、そうも言ってられない年に、ルイスがなったって事だよな)
ルイスも半年後には十八になる。
貴族の娘の結婚適齢期。
後宮に奉公に出ているなどの特殊な例でもなければ、おおよその娘には相手が決まっている。この時期を過ぎると、世間の目は急に冷たくなる。
(ルイスがそんな事、気にするとも思えないけど)
二十一でも嫁がず、自由を謳歌していたカイザックとルイスの実姉マリミアが、世間の目など気にもせずに楽しんでいたことを見ていたルイスが、今更世間を気にするとも思えなかった。
それでも、自分の躊躇のせいで、ルイスの耳に、心無い言葉を触れさせたくなかった。
声をかけてくる貴婦人たちを笑顔でかわしながら、ミヤは広いこの会場の中からたった一人を探した。
一瞬見惚れるほどの少女の周りに、一つの輪が出来上がっているのを見て、ミヤは苦笑する。突然の皇帝の側室という登場に、嫉妬と羨望の中心であるはずのその場は、驚くほど穏やかな笑いが包んでいる。
(まさに、救世主)
その少女の傍らに、目的の人物を見つけて、ミヤは足を進めた。
最初に気付いたのは、その救世主だった。
「ミヤ! やっと帰って来たんだね!」
それまで、それなりに丁寧な口調だったレアの突然の言い様に、周囲は驚愕に口を開けていた。と同時に、一斉に自分へ視線が向けられる。
「シィー様のお陰で、快適な旅でしたよ」
「と言う事は、事業はなんとか形になってるって事だね」
嬉しそうに笑むレアの傍らで、ミヤの登場からむっつりとしているルイスを盗み見る。ミヤの視線を目聡く見つけたのもまた、救世主だった。
「ミヤ、ルイスがさっきから少し気分が優れないみたい。後宮まで連れて帰ってあげて」
「シィー…」
「じゃぁ、よろしくね」
抗議の声を上げようとするルイスの背中を、レアは遠慮もなくミヤの方へ押しやった。普段のか弱さからは想像もつかない力強さにふらついたルイスを、ミヤが慌てて支える。
その瞬間に周囲から悲鳴にも近い黄色い声が上がるが、当人達はそれどころではない。
(本当に、救世主)
レアがどこまで分かっての行動かは分からないが、カイザックの言った「同一」という言葉にやけに納得してしまったミヤだった。
「後宮の手前までですが、送らせていただきます、シィー様」
丁寧に頭を下げると、ミヤはルイスの手を引いた。微かな抵抗は伝わってきたが、すぐに諦めたように抵抗感は消えた。
微かに握り返す、その柔らかい指先に、ミヤは小さく笑んでいた。
1月14日にショートショートも書き終えて、ひとまず完結。
117まであるので、おおよそ30話後に完結です。
毎日更新をしてしまうと、二月の半ばに終わることになるので、二日に一度のこのままのペースで進もうと思います。
ちょうど帰国のタイミングで完結。
そこから、パソコンが自宅に届くゴールデンウィークまでの二か月近く…新作は六月ごろから始められるかな?
そう考えると、『魔女と王様』はおおよそ半年で書いておきながら、一年かかってることになる。
高校の時は三か月で一本は書いてたと思うから、主婦業片手に書くことの、なんというもどかしさ。
とは言え、この半年、子ども達の勉強も手を抜いていたので、息子の成績が不安だ。
童謡の募集があったので、六歳の娘と合作?でもしようと思っているので、そちらのアップがあるかもしれませんが、ライトノベルは六月かなぁ~
たぶん、今度は兄弟の話。
この86話の後に、ショートショートが一本入ります。
これは完結後のアップになります。
この次に入れちゃうと、話のリズムが崩れるかなぁ~という事で。
「ルイスとミヤの攻防」(仮)です。




