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魔女と王様  作者: 新条れいら
ロイヤ編
85/117

85.アルファ・スズリムガート(3)

「お前も、アレに惚れたのか?」


 遠ざかる青いドレスを目で追っていたアルファは、その言葉に勢い良く振り返った。


「睨むなよ」


 意図せずに視線に力が籠っていたのか、皇帝はアルファに小さく笑みを浮かべたまま言う。その余裕の態度に、自分がひどくイラついていることにアルファは気付いた。その顔を見ていると、その苛立ちのままの視線を向けてしまいそうで、アルファは顔を逸らせる。


「確かに、お美しい方ですけれど、兄上の妃ではないですか。わきまえていますよ」


「別に惚れるのは構わない」


 自分の言葉を遮るように、兄は言った。


 カッと頭に血が昇った。自分の言ってる言葉を聞いたのかと言いそうになって、まっすぐに自分を見据える、その双眸に捕らえられた。


「振り向かせるための努力も、するなとは言わん」


「…なぜ…?」


 周囲が聞けば、その疑問は当然だった。


 自分の寵妃に惚れてもいい、アプローチをしても良いなど、普通ならあり得ない。それほどに己に自信があり、自分を馬鹿にしているのかと思った。その感情が顔に出ていたのか、それまで何の感情も映していなかった碧眼が、微かに細まる。


「いくらやっても無駄だと、オレの口から言って、お前は納得するのか?」


 それはまるで、自分も知らない自分の内側を覗かれているようだった。背筋に汗が噴き出す。


「他の連中とは違って、お前がアレに惹かれているから、言っている。オレが言って、お前の内側が納得するなら、いくらでも言ってやるがな。お前のそれは、自分で当たって玉砕しなきゃ、納得しないだろう?」


 言われている事の真意を理解することは出来なかった。それでも、兄の言葉はひどく自分を苛立たせる。


「つまり、兄上は僕が彼女に好意を寄せていて、いくらアプローチをしても玉砕されると?」


 自分の言葉が怒りで震えている事を、アルファは自覚した。しかし、抑えることは出来なかった。


「そう言うことだな。まぁ、いくらやっても無駄だが」


「…言いましたね」


「言ったさ」


 そこで、兄はにやりと笑んだ。


「アレはオレがいなくては生きていけない身だ。お前など、オレの代わりにはならん」


 それはまるで、オレに代わって皇帝になどなれないと言っているようだった。


 アルファは奥歯を噛みしめた。


「…良いでしょう」


 もはや感情を隠すこともなく、アルファは兄を睨み付ける。


「そこまで言うのなら、後悔させてあげますよ」




「今日の主役を怒らせて、陛下は何をやってるんですか?」


 怒りを抑えきれない背中を見送っていると、背後から声がかかった。


「あいつ(アルファ)は今まで順調すぎた。ここら辺りで、挫折を一度は味わっておかないといけない―――と言う兄心だ」


 振り返りもせずにカイザックは応えた。


「本人の承諾も取らずに、あんな事言って良かったんですか?」


 呆れた様なため息の後、ミヤは聞く。勝手に兄弟ケンカのネタにされてしまったレアを、少し哀れにも思う。


「忘れたのか? アレとオレは同一みたいなもんだぞ。文句は言うだろうが」


「文句は言われるんだな…」


 そこでようやく皇帝は、声の主へ視線を向けた。


「長い旅行だったな、ミヤ」


「楽しい休暇をいただきました、陛下」


「明日からは報告書の山だ」


「嫌だなぁ。考えたくない事を言わないで下さい」


 ミヤの肩を軽く叩き、カイザックは笑った。そして自らの後ろに控えていた妃達へ視線を向ける。


「せっかくの社交の場だ。自由にしてもらっていい。オレはミヤと話があるから」


「…お父様…」


 背を向けようとしたカイザックを、蚊の鳴くような小さな声が呼び止めた。周囲はギョッと身を強張らせたが、当のカイザックは一瞬びっくりしたような顔をしてから、振り返った。


 何か言いかけて止め、近づいて腰を落とす。


 あまりの事に絶句している周囲をよそに、カイザックは小さく苦笑する。周囲の反応も十分理解できた。


「どうした? 腹でも減ったのか?」


「えっ…ちが…」


 違うと言いたかったのに、イリアの耳に腹の鳴る音が聞こえた。慌てるイリアに小さく微笑んで、カイザックは腰を上げ、控えていた乳母へ視線を向ける。


「いつもなら夕餉の時間だ。先に食事をさせてやってくれ」


 言ってイリアの赤毛を撫でると、ミヤを連れて会場の端に設置されているソファへ向かって行ってしまった。


 後に残された者が、我に返るのはもう少し時間が必要だった。





 こんなの、聞いてない。


 と言うのが、フレアの本心だった。


 青いドレスは陛下からの贈り物だと聞いた。わざわざロイヤからマリーノに運ばせた物だって言うのに、贈られた本人はあまり…と言うか、むしろ迷惑だと陛下本人に文句を言ってる始末。


 要らないんなら、譲ってほしいぐらいだと思いながら、ドレスを着せ、髪を結い、抜かりなく準備をした。


「じゃぁ、二人も準備してね」


 お礼を口にした後、こちらを向いてそう言った主の姿に、フレアは絶句したのだ。


「日頃の感謝を込めて、ドレスを用意しておいたから。もし気に入ったら着てみて」


 その言動も珍妙ながら、フレアは内心それどころではなかった。


(…どうして…)


 ロイヤの最新のドレスなど、田舎娘にはアンバランスに決まっている。女性としてはありえない短い髪も、小柄な体も、着飾れば着飾った分だけ、不恰好になるに決まっている。


 フレアはそう思っていた。


「どうしたの? 二人とも」


 反応しないフレアとリズへ、主は首を傾げた。


「…いえ…、お仕えしている方から、日頃の感謝でドレスを送られる事など、ありませんから…」


「そうです! ちょっと、驚いてるだけです! ありがとうございます!」


 フレアのぎこちない言葉に、リズが怪しい程力強く同意した。


「そう? 押し付けじゃないから、気に入ったら、で良いからね」


 二人のぎこちなさになど気付かなかったのか、レアはそう言うと、さっさと執務用に用意していた机へ向かってしまった。そこでモモも含めた三人が支度が終わるのを待つつもりらしかった。


「…まいったね」


 レアの部屋の隣に用意されている侍女の部屋へ足を踏み入れて、フレアは呟いた。


「リリアン様、さすがです」


 隣でリズが観念したようにため息と共に吐いた。


 美しかった。


 他にどんな言葉を付けるにしても、それを否定することは、どう考えても無理だった。あの方は美しい方だと表したリリアン女官長の慧眼に、二人は顔を見合わせて、深々とため息を吐きながら、噛みしめる羽目になったのだ。


「…今日、フレア、全力出した?」


 俯いたリズが、フレアに聞く。


「仕事だから、手は抜いてないけど、本気は出してない」


 天井を仰いでいたフレアは、後ろ手に占めたドアにもたれかかって応え、そして小さく口の端を上げた。


「次は、本気でいこうか」


「だねぇ…」


 俯いたリズもまた、小さく笑みを浮かべて同意する。


もう一回ぐらい、レアにドレスを着せる機会があるかと思っていたのだけれど、

そぎ落としてたら、ドレスの機会はこれで終わってしまった。

フレアとリズの本気を出してもらいたかったのになぁ…

まぁ、仕方がない。

そのうち、頭が落ち着いたら、番外編でも書こうかな。

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