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魔女と王様  作者: 新条れいら
ロイヤ編
84/117

84.アルファ・スズリムガート(2)

 振り返って、すぐに気付いた。


「図書館にいらっしゃった方ですね」


 広い図書館で、目的の本はどこにあるのかと尋ねた相手が、今そこにいた。


 あの時とは違い、パーティーで身に着ける礼服姿。周囲の男性達よりも、やや着飾って見えた。


「覚えていてくださったんですか」


 相手は嬉しそうに笑んだ。


 図書館では迷惑そうな顔しか見ていなかっただけに、レアは内心驚いた。そう言えば、名前を聞いていなかったことを思い出す。


「あの時は、本当にありがとうございました」


 レアは小さくこうべを垂れて、感謝を示した。そのレアの手を、相手は取った。


「僕は、アルファ・スズリムガートです」


 それを聞いた瞬間、レアは目を瞬かせて、相手を―――アルファを見返していた。


 目を瞬かせて自分を見つめるレアに満足しているのか、少女の手を取ったまま、アルファは再び笑む。



 

 家系も地位も、現在ロイヤにいる独身男性の中では持ち合わせている自覚はあった。名乗れば、相手がこちらを振り向き、頬を赤らめるのは必至だった。


 しかし、目の前の少女はするりとアルファの手をすり抜ける。


 そうして、ドレスの両端を持ち上げ、丁寧にお辞儀をしながら、こう言った。


「お誕生日、おめでとうございます、アルファ様。今日はお招きいただき、ありがとうございます」


 そう言って顔を上げると、屈託ない笑顔をする。


「カイザックに、全然似てないね」


 何を言われているのか、理解するまでには時間が必要だった。




「レア」


 誰かを呼ぶ男の声に、彼は我に返った。


 目の前の少女の表情が一変するのを、目が追う。


「一体、何人に口説かれたんだ?」


「十八名です」


 少女の侍女が、感情の読めない声音で男へ報告する。その解答に、男は喉の奥で笑った。


「どうだ? パーティーだといつもと違う人間とも話せたか?」


「どうしてかな? みんな王宮で会ってるのに、初めて会うみたいな顔してくるんだよね」


「…っ、…お前は化けるからなぁ…」


 男の笑いを噛み殺した様な言葉を聞くのは、初めてだった。ゆっくりと思考が戻ってくる。


「別に、化けてるつもりはないんだけど」


「なおのこと、たちが悪いな」


 男の背後に控えていた二人の女性も、その侍女達も、信じられないとでも言うように少女を見ていた。


「こんな事なら、最初から一緒に来れば良かったよ。何の収穫もないんだもん」


 腰に手を当てて怒ったように言う少女の言い様に、男はさらに笑う。


「なら、巨人二人連れて来れば良かったじゃないか」


「冗談でしょう?」


 少女は男の言葉に、片眉を上げた。


「二人をこんな所に連れてきたら、仕事なんてそっちのけで、タダ呑みを堪能しちゃう。特別手当付きで、休暇にした」


 それでもごねただろう事が安易に分かって、男は低く笑った。二人を連れていれば、名乗る必要もなく、王宮の男たちは彼女が誰だか理解できただろうに。ご愁傷だ。


「…兄上…」


 その呼びかけに、男はその時始めてアルファへ視線を向けた。碧眼の双眸が、一瞬微かに面白がるような色を映す。


「アルファか。十六の誕生日、おめでとう。…これで大人の仲間入りだな」


 意味深な言い様に、少女は首を傾げた。


「ロイヤは十六が成人なの?」


 少女の問いに、男は無言で少女に自分の隣に来るように手招きをする。


「皇帝の座に就いた者が、直接政治に関わり始められるのが、十六って話だ」


「皇子様が赤ちゃんで皇帝が死んじゃった場合の話じゃない?」


「まぁ、そうだな。…ところで、お前はもうアルファに名乗ったのか?」


 傍らに立った少女へ、男は問う。少女はしまったと言う顔をした。その頬を軽くつねると男はアルファへ視線を向ける。


「噂ぐらい聞いただろう? コレが新しい側室になった武神の娘だ」


 つねられた頬をさすっていた少女が、武神じゃないと頬を膨らませた。が、すぐに気を取り直したのか、アルファへ向き直った。


「名乗るのが遅れてしまいました」


 そして、先ほどと同様に丁寧に頭を垂れる。その肩から、するすると短い髪が流れた。


「わたしは、レア・シィー・ヴァルハイト。カイザックの三人目の奥さんです」




 聞いていた話と違う。


 それがアルファの内心での第一声だった。


 不遜で野蛮、礼儀を知らず、田舎娘らしく芋の如くに泥臭い。


 武神アファリアの憑代だとか、本人だとか言われているが、その実、剣の一つも弓の一矢も打てぬ非力な娘。彼女の背後に従っている二柱の師子王も双剣も、本物かどうかも怪しいと言う。


 そう聞いた時、兄の皇帝としての地位は終わったのだと、アルファは思った。


 一年以上の遠征で、最高の戦果だと示したモノがそれでは、先が知れている。誰が手を下さずとも勝手に自滅するだろう。


 だが、今、目前に立つ少女は、聞いた話とは全く違った。


 と、同時に、アルファは図書館で出会った彼女が自分を知らなかった理由を理解した。


「わたしの事は、シィーと呼んでくださいね、アルファ」


 そう言ってにっこりと笑うレアの顔を、アルファは呆然と見ていた。なるほど、自分を呼び捨てにするとは、礼儀知らずではある。


「そう言えば、アルファはわたしと図書館で会ったって、分かってたよ」


 思い出したようにレアは皇帝である兄へ、嬉しそうに告げる。その表情が、他人へ向けられるものと明らかに違う事を、アルファは気付いていた。


「なるほど、ちゃんとした目は持ってるみたいだな」


「また、そんな馬鹿にしたみたいに言う」


「ドレス着ただけで、お前が誰だか分からない連中を馬鹿にして何が悪い」


 レアはカイザックの言い草に、それ以上の言葉を返せなかった。カエサルを始めとした二十名近い男性陣の行動に、レア自身がうんざりしていたのもある。


 そう言えば、マリーノの宰相も、ドレスを着た自分に気付かなかった事を思い出して、レアは小さく苦笑した。


「これからはマリーノの軍服か、ロイヤの官吏服で参加するよ」


「それでは、オレがつまらないだろう。たまには着飾って見せてくれないと」


「ハイハイ」


 二人のやり取りは、皇帝と側室との間でやり取りされるには軽々で、かといって他人同士の間にはない親密さを感じさせた。何より、いつも周囲へ鋭い視線を向けていた兄が、ごく自然体である事に、アルファは驚いていた。


 こんな兄を、恐らく誰も知らないだろう。


 骨抜きにされたと、今の皇帝を見て人は言うだろう。だが、それは物事を上辺でしか見ていない者の言だ。


(…なんで、こんな安定して見える?)


 覇気が薄れた。威圧感などは、ほとんどないに等しい。


 なのに、なぜ、その姿を軽んじようとは、とても思えない自分がいる。ともすれば、底知れぬ恐怖すら、腹の底から顔をのぞかせる。


「そろそろ、良いかな」


 皇帝の傍らで周囲を見渡していた少女が、一人ごちする。その意味に気付いた男が、呆れた様な苦笑を漏らした。


「オレをダシにしたな」


「だって、いちいち知ってる人の相手はしてられないよ」


「オレの側にしばらくいるだけで、名乗ったようなものだからな」


 社交界初参加の少女が、皇帝と親しくしていれば、それはすなわち新しく側室に入ったレアだと示すことになる。


 良くも悪くも、皇帝周辺では聞き耳を誰もが立てているため、瞬く間にレアの存在は知れ渡るだろう。これで、女性として口説きに来る人間はいなくなる。後は、政治的目的で近づいてくる者に限られるだろう。


「じゃぁ、帰りは合流するから」


 言うが早いか、レアは侍女三人を引きつれて、さっさとその場を後にしてしまった。


「…自由な方ですね」


 青いドレスの後姿を視線で追うアレビアの漏らした小さな独白に、皇帝もまた小さく笑う。


「そうだな」


一区切りを四枚目で終わらせているこの話は、だいたい三十枚で一冊に区切っています。

やはり見直すには、紙で見ながらがいいので、一部だけ印刷しているんですが、三十枚に一回の表紙を四人の子ども達に描いてもらっています。

と言うか、描いて床に散らかってるのを、勝手に拝借してることが多いのですが。


十一冊目(今回)の表紙は長男に、「魔女と王様の表紙描いて」とお願いして描いてもらいました。

中央に「わはははは」と口から笑ってる王様?と、なぜか背負った袋からお金を落としている悪人顔の杖持ってるつるっぱげが空を飛んでる…。

…意味が分からんよ。

だが、まぁ面白いから採用中。

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