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魔女と王様  作者: 新条れいら
ロイヤ編
78/117

78.イリアの想い人

「で、イリアは誰が好きなの?」


 遠慮の欠片もない、好奇心の目を四歳の幼女へ向けて、レアはイリアへ詰め寄った。ティーカップの蔭に隠れるようにレアから視線を逸らすイリアは、耳まで真っ赤だった。


「そんなに真っ赤になられちゃったら、母として気になるなぁ…」


 イリアはロイヤの正当な第一皇女で、このままカイザックに男児が生まれなければ、王位継承権第一位。そんな彼女が恋をした相手と無事に結ばれるかは、非常に難しいため、レアは何としてもその恋を成就してあげたくなって、内心で鼻息を荒くした。誰が何と言おうと、自分だけは、彼女の味方になる覚悟がある。


「…なまえ」


「?」


 震える微かな声に、レアとルイスは二人同時にイリアを見つめた。見られている事を知って、イリアの小さな体がさらに小さくなる。


「…なまえ、知らない」


「…」


「みずうみで、何度か会っただけで…」


 潤んだ碧眼を上げたイリアに、レアは思わず抱きしめたい衝動に駆られた。こんなに小さいのに、誰かが好きだと言って、そんなに真っ赤になれることが愛しくてたまらない。


「名前も知らないし、出会った回数も少ないのに、好きになれるなんて―――」


 運命だねぇ。




 穏やかな午後の一室で、彼女は肩を震わせていた。


 美しい手が、持つ紙にしわを刻む。


 侍女たちの困惑の気配すら遠く、その美しい瞳を固く閉ざし、眉間には深いしわを刻んでいた。


 深い息と共に吐き出してしまいたい感情に、彼女は首を振った。




 大人の男性だと聞いて、レアとルイスは思わず顔を見合わせていた。


 しかし、紅くなって小さくなっているイリアの気持ちを思うと、無下に否定も出来ず、ただ黙って彼女の発する言葉を聞いているしかなかった。


「一年くらい前に、何度か裏庭の湖で会って、とっても…優しくて…」


 大人なのに馴染みのジムみたいに笑う男の人。


「…」


 恥ずかしいながら嬉しそうに話すイリアを見つめ、ルイスは例え幼くても恋バナの好きな女子なのだと、関係ないような事を考えていた。そうでもしないと、否定の言葉を口にしてしまいそうだったのだ。


「う~ん、気になるなぁ…」


 唐突に割り込んだレアの声に、イリアは首を傾げた。


「ちょっと探してみるから、その人の特徴教えてくれる?」


 探してみる、という単語に、イリアの目が輝いた。今まで誰にも話せなかったので、探すことも出来なかったのだ。母親の立場にあるレアが探してくれると言うのだから、これを喜ばずにはいられなかった。


「身体的特徴、覚えているだけ教えてくれる?」


「はいっ!」


 黒髪に碧眼と言われて、二人の脳裏に浮かんだのは同じ人物だった。しかし、その特徴はこのロイヤに山ほどいる。記憶力に定評のあるレアは、すぐに数十人の該当者を思い浮かべていた。


「背が高くて、大きかったです!」


 鼻息も荒く告げるイリアには悪いが、四歳のイリアにとって、「背が低くて小さな男性」はむしろいないだろうと、ルイスは内心で微笑ましくも苦笑してしまった。


「優しくて、笑顔がとってもキラキラしてました!」


 実演でもしているのかと思ってしまうほど、自身が目を輝かせているイリアを、レアは可愛くて仕方がなかった。が、先ほどからの情報では全く特定できない。


「それから…」


 二人の内心など気付くすべもなく、イリアは何かを思い出すように空を仰ぎ、自らの右腕の一点を指さす。


「ここに、小さなほくろがありました」


 それを聞いた瞬間、レアは盛大なため息を吐きそうになるのを、必死でこらえる事になった。




 後宮に入ってから、彼女は常に圧力を感じていた。


 否、実際に圧力は強く、それは往々にして皇子を生む事への期待だった。


 後宮に入って四年。そのうちの一年は、後宮の主である皇帝が遠征で留守であったため、いくらか気は楽ではあった。それでも、実家からの手紙には相変わらずの事が書かれていた。


「いくら私に言ったって、陛下にその気が全くないのだから…」


 一人、小さく呟く言葉は冷たい床に落ちて消える。


 最初はそれなりに努力をしてみた事もあった。我が子を抱くよりも身なりを整えることに注視し、話し相手として満足してもらえるよう学の習得にも励んだ。


 だが、若き皇帝が自分へ視線を向けることはなかった。そればかりか、不要とばかりに実家へ帰されそうになった。


 帰る事など出来るはずがない。


 中流貴族の出戻りを、誰が好き好んで迎え入れてくれると言うのだ。産んだのが男児であれば可能性もあったのだろうが、女児では受け入れるには弱い。


「お母様…」


 そう言って見上げる我が子を、愛しいと思いながら、しかし、バローナは抱きしめることが出来なかった。


 にっこりと自分へ邪気のない笑みを向けた少女の顔がよぎり、バローナは瞳を上げた。


 見たこともない程楽しそうに、少女と笑い合う皇帝。二人が並ぶと、それはまるで満月を仰ぎ見るような感覚を覚える。嫉妬の余地すらないほどに、美しい月を見上げて、バローナはそれまで張っていた糸が切れるのを感じた。


 手に持っていた手紙が、するりと床へ舞う。





 一年の遠征は、思った以上に内戦の復興を遅らせてしまっていた。


 当初の計画の六割ほどの進行具合に留まっている。残りの四割が出来ていないからと言って、目くじらを立てるほどではないが、やはり遅れればそれだけ発展も遅れる。


 とは言え、この進捗状況に不満はなかった。


 ある種の独裁的方法で推し進めた復興である。むしろ自分がいなくて、よくもここまで進めたと、改めてジャックとミヤの宰相親子の腕に感服すらしていた。


(思いの外、妨害は強かったようだが…)


 工事の進捗状況の書かれた報告書を何気なく見つめつつ、カイザックはフムと唸る。


 ロイヤの皇帝は政治を行うが、その権力を支えている大きな部分は教会にある。教会は各地域をまとめており、領主達とは比べ物にならないほどの強い土地の権利を持っている。


 それ故に、道路や橋を造ろうにも必ず彼らの承諾が必要となるのだ。


 皇帝は教会へ金品と権利を保障し、教会は対価として、皇帝を肯定するように民を導く。神が聞いたら呆れるほど、俗世間的な存在が教会だった。


(いっそ、「教会」から「協会」に変更すればいいんだ)


 その方がしっくりくる。


(大体、ゼウス自身が本当にいるのか怪しいもんだしな)


 レアの以前の言を思い出し、カイザックは小さく笑った。


 現皇帝ガイディウス・カイザー・サクアは、教会の全面的支持を得ていない、珍しい皇帝だった。


 彼を指示したのは、政治的権力第一のジャックの協力が大きい。ミヤが父親であるジャックを説き伏せたことと、軍トップのジルド、そして市井―――特に商人からの支持が厚かった事が、即位へつながった。


 悪く言えば、周囲からお膳立てされた即位であったのもまた否定できない。


 しかし、即位後の市井のケアを第一に進める皇帝への支持は、自然と高まった。教会の中の穏健派は特に彼を指示し始める。そうなると、教会内は指示不支持の二派に分裂し、政治的反感を持つ貴族達もそれに加わり、水面下での攻防は一層激しくなった。


(市民巻き込んでドンパチやってた頃より、全然マシだけどな)


 自分が何度毒殺されそうになったかなど、すでに覚えていない。闇に乗じて何度襲われたのかも、もはや覚えていない。


 カイザックはうんっと伸びをすると、書類を机へ投げる。


「ちょっと散歩に出てくる」


 周囲へそう告げると、呼び止められるのも聞かずにさっさと執務室を出た。一日中籠っているのは、さすがに息が詰まった。


 以前は護衛を常につけるようにはしていたが、帰国してからは自分が帯刀さえしていれば、護衛は待たずにさっさと動いていた。護衛役にしてみればいい迷惑だが、統括のジルドが咎めるどころか、「たまにはお一人にして差し上げろ」などと言うので、彼らは必死に皇帝の後を追いかける事を封じられてしまっていた。


「いいタイミングで、鴨が見つかった」


 中庭に出て、再び伸びをしたところで、背後から少女の声がした。


「シィー、いくらなんでも鴨は…せめて、獲物と」


「…どっちも同じだろう」


 振り返ると、二人の少女がこちらを見て、意味深に笑っている。


レアとルイスが、二人でわちゃわちゃやってるのが好きなんだけど、

あまり書いてる場がない…。


来週月曜日から、子ども達が平常運行。


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