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魔女と王様  作者: 新条れいら
ロイヤ編
74/117

74.扉

「父さん」


 その呼びかけに、エゲートはティンから声の主へ視線を動かした。


「キグセンか。ま…シィー、コレが八男になる」


 未だに自分を呼ぶ時、「魔女」と言いそうになるエゲートの苦虫を噛み潰した様な横顔を横目に、レアはエゲートが指し示した男を見上げた。


 顔の造形は父のエゲートが三十歳若くなったように良く似ているのに、纏う空気が全く違うと、こうも印象が違うのかと言いたくなる。


「エゲートの息子はみんな軍部なのかと思ってた。一緒に仕事が出来るの、嬉しいよ」


 父を呼び捨てにする少女に、キグセンは一瞬ギョッと身を強張らせた。厳格な父である。父親に対してため口を聞いている人物など、そうそう見るものでもない。


「他の七人は全員軍部だ。貴女とは関わりはないだろうな」


 しかし、父が気分を害した様子はなく、あろうことか微かに笑ってさえいる。


「なぁに、その笑顔。関わりなくて良かったとでも言いたげな」


「貴女と戦って、貴女に軍部に来てほしいなどと思っている人間は、一人もおらん」


「…いつも、あんな奇策ばかり取ってるわけじゃないよ」


 微かに傷付いたような表情をしたかと思うと、次の瞬間レアは顔を輝かせた。


「エゲートを父親だと思ってるから、キグセンはお兄さんだね」


「!?」


 言われている意味が理解できないまでも、言葉の端に驚いて、キグセンは硬直した。そのままの視線を父へ向けると、彼は苦虫を噛み潰した様な顔で自分を見返す。


「陛下が父の様に慕えとおっしゃったのだ」


「エゲートはわたしの命の恩人だから、カイザックから言われなくてもとても感謝してるよ?」


 無邪気な少女の笑みに、エゲートは少女を睨む。彼が敵の将であったレアの助命嘆願をしたことは、上層部の一部しか知らない。事情の知らない人間が聞けば、それはエゲートの裏切りにも聞こえるため、閉口令が敷かれていた。


 もちろん、レアも命の恩人を窮地に立たせる気はなく、それ以上を口にする気もなかった。


「…兄弟は皆、男ばかりで…」


 呆然としながら口を開いたキグセンが、昨日のエゲートと同じことを言ったので、レアはおかしく思って笑った。その笑みに、キグセンは思わず息を飲んだ。


「陛下の寵妃だぞ」


 息子の一瞬の機微を読み取った父は、小さく低く息子へ唸った。ギョッと身をすくませたキグセンが生唾を飲み込んで小さく頷く。




「雑談ならば、余所でやってくださいませんか」


 冷たい水を差すような冷ややかな声音に、一同は声の主を振り返った。


 全員からの視線にも臆しもしないハイドが、迷惑だと隠しもしない表情で一同を睨み返していた。ティンが感心したような嬉しそうな口笛を鳴らす。


 今最も権力構図の編成の中心であるレアに対して、ここまで露骨に不快を示す者は、今のロイヤにいない。成り上がって行こうと思うのであれば、反発するよりも取り入った方が、得策だからだ。もちろん、裏では散々に言われているであろうことは、レアの陣営も良く理解している。


「そうだね。ごめんなさい」


 レアはエゲートが口を開く前にさっさと謝罪してしまう。こういう場合は、無礼だとか偉そうに返した方が良いのかもしれなかったが、レアはそもそも自分は捕虜だと思っているので、権力を振りかざす気も偉ぶる気もなかった。


 出鼻を挫かれたエゲートが、複雑な視線を向けてきたが、見なかったことにして、後ろに控えているティンとデッドを促した。そうしておきながら、自分は迷惑そうにため息を吐く男へ近づく。


 まさか近づいてくるとは思っていなかったらしいハイドは、自分を見上げてにっこりと微笑む少女を、頬に汗を浮かべて見下ろした。


「なんだ」


 それでも憮然とした声音で問う。


「わたしは貴方に逢う為にロイヤに来たんだなぁと思って」


 少女の言葉にハイドの一瞬驚愕を示したが、すぐに困惑と不快感をない交ぜにしたような表情をした。


「皇帝の寵妃が、他の男を誘惑とは、それほど皇帝に甘やかされて―――」


「神さまが、わたしに貴方の苦しみを取り除くようにって」


 ハイドの言葉を遮って、レアは言葉を紡いだ。その瞬間、ハイドの顔色が変わる。


「本当は貴方も知ってる。遥か彼方の―――」


 そう言ってレアは天を指し示した。その姿を、その瑠璃色の瞳を驚愕の中に見つめていたハイドは、息を飲んだ。


 月へ手を伸ばした自らの腕の先、闇に輝く光を渇望する己の姿を強く意識する。


 ハイドの茶色の瞳を覗き込んだまま、レアは小さく困ったように笑った。固く閉じた扉をこじ開けるつもりはない。その扉に触れて、入り口の存在を示すだけで良い。―――レアにはそれぐらいしか出来はしない。


 力を持ちながら、その扉のお陰で自覚することもなかったハイドに、それを示すことが彼の本望に叶うのかは、レアには分からない。


「嫌なら開けなくて良い。神さまの望みは、貴方の苦しみじゃないから」


 そう言葉を添えて、レアは再びハイドへ微笑んだ。


 微かな光を帯びていた、その肩口の短い髪が、光を失っていく様を、ハイドはまんじりともせずに見つめていた。




 戦果を聞こう。


 そう言われて、レアは呆れたようにカイザックを見つめた。


 ソファにくつろぐ彼の表には面白がるような色があって、レアの行動は全て知っているのに「戦果」なんて言って面白がっている。


「カイザックはちゃんと父親しなくちゃ」


 襟元のボタンを外しながら、レアは澄ましたように言う。その瞬間、カイザックは苦虫を噛み潰すような顔をした。それを横目に、レアは笑う。


「貴方が、イリアに近づかない理由なんて、分かってるんだから」


「…だったら、このままでいいだろう」


 さっきとはうって変って、若干不機嫌そうに言ったカイザックへ、レアはにっこりと笑んで見せた。


「この家族とも言えない家族を、『家族』にして欲しいんでしょう?」


「…家族を失うのは、二度とごめんだ」


 眉間に刻まれるしわは、何かを思い出しているようで、レアは息が重くなるのを感じた。彼は二度と失いたくないから、大切なものを極力遠ざけている。妹だけは遠くへやれば、それもまた危険だと理解しているから、異例で後宮に留めてはいるけれど、本当は信頼できる誰かに託して、自分と言う危険から遠ざけたいと思っている。


 『家族』になりたいと思う気持ちも、遠ざけたいと思う気持ちも、どちらも彼の本心。


「近くで守るって、言えたらいいのにね」


「…言えないよ。オレは臆病だからな」


 座る自分の頬に触れるレアの手に誘われて、カイザックは瑠璃色の瞳を見上げた。微かに微笑む瞳に責めはなく、彼女とは違う者が混ぜた微かな憐みが映っていて、カイザックは小さく苦笑した。


「…いつまで怯えて、他人を傷つけてるんだって、自分でも思ってる」


「だったら、わたし達に任せてもらっても良い?」


 レアがにんまりと笑う。


「わたし達?」


 カイザックの怪訝な声に、レアはにっこりと笑みだけで応えると、さっさと自分から離れてしまう。テーブルの上に置いてあるブドウに手を伸ばす後姿を眺めて、カイザックは苦笑しつつため息を吐いた。


 自分の弱みは見せられない事を苦痛に感じたことはなかったのに、今は彼女が自分を知っていてくれているだけで、ずい分と安堵している。


 散々、レアから他人任せにするなと言われてはいるが、事この問題に関しては、自分ではもはや身動きが出来ないのが事実だった。


「…情けないけど、…頼むよ」


「何か言った?」


 一房持って来たレアを引き寄せ、腕に抱く。


 小柄な体が抗議の声を上げても、しばらくはその体温を感じていたかった。


年越しそば、食べてますか~?

我が家は、高価なインスタントのどんべいですよ(笑)

ホントに、こっち(アメリカ)高いんだから!!


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