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魔女と王様  作者: 新条れいら
ザッカ前線
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7.魔女の交渉

 指揮官だと名乗った少女の笑顔に、男は思わず見入った。


 今まで聞いてきた『マリーノの魔女』と言う者からは懸け離れていた事に、純粋に驚いた。


 見惚れるほどの美女ではない。


 美少女と言うよりは幼さの残る少女の浮かべるそれに見えた。王宮なら、これくらいの少女はたくさんいる。


 なのに、なぜか妙に目を引いた。


「お前が、マリーノの魔女か?」


 男の問いかけに、少女がびっくりしたように自分を見上げた。


「魔女?」


 小首さえ傾げそうな勢いで、心底不思議そうにオウム返しする。


 少女の後ろで、傭兵二人組が盛大な溜息をついた。


「まさか知らなかったのか? お前、マリーノの魔女って言われているんだぜ」


「または、東の魔女、とかね」


 勢い良く二人を振り返った少女の肩が、フルフルと震えている。


「…今度会ったら許さないわ、デデ」


 瞬時に情報源を理解したのか、少女が低い声で震えている。俯く顔は見えなかったが、茶色の髪から覗く耳が赤い。


 その様子があまりに幼く、男は毒気を抜かれたような気がした。


「申し訳ありませんが、皇帝陛下」


 男の漏らした微かな笑みを感じ取ったのか、少女が勢いよく表を上げる。瑠璃色の瞳が臆することなく、まっすぐに自分を見上げていた。


「わたしはどこにでもいる、普通の淑女です。ガデル族のデデは、以前わたしに負けたので、そういう嫌がらせをしているのです」


 デデの気迫を思い出しながら、ただの嫌がらせだろうかと男はそんなことを考えた。


 大体、淑女は一軍を率いて、こんな死地に出向いたりしない。それに以前にも勝っていると言うのだから、彼女の言う『普通の淑女』ではないだろう。


「いや、噂にたがわぬ魔女だ」


 男は初めて、少女を見下ろして不敵に笑んだ。


 自分を前にして、一歩も引かない気概など、魔女と呼ぶにふさわしい。


 男の笑みと言葉に、レアは困惑した。どうしてこんな話をしているのだろうかと、頭の中がぐるぐる回りそうになるのをなんとか引き止める。


 こんな話をするために、ここに来たわけじゃない。


「では、マリーノの魔女よ」


 レアの想いを読み取ったように、男が低い声で呼ぶ。


 射抜かれそうなほど鋭い碧眼が、自分を見下ろしていた。


「降伏か、殲滅か」


 有無を言わせぬ問い。短いその問いに、どれほどの圧力がかかっているのかを、レアはどこか遠い感覚で感じていた。


 伝文に、今後を話し合いたいと書いただけで、こちらの言い分は何も示さなかった。それで正しかったのだと、レアは内心思う。


「降伏は受け入れられません」


 恐ろしい程の圧迫感を感じながらも、レアははっきりと言葉にした。青い双眸に不気味な炎が燃えるのを見ていた。


「では、殲滅―――」


「投降いたします」


 男の言葉を遮り、レアは声を上げた。男の恐ろしい双眸を正面から受け止め、遥か彼方に居るであろう男の心に手を伸ばす。


 少女の言葉に、男は一瞬驚いた。自分の提示以外を示してくる事を予想していなかった訳ではない。が、まっすぐに見つめてくる少女の意図を瞬時に読み取って、男は唇を上げた。


「わたしはただのこの場の指揮官でしかありません。マリーノの行く末を左右する降伏は出来ないのです」


 男の笑みに、自分の意図が通じていることを理解したレアは、それでも言葉にした。自分の持つ権限は、国に対するものではないと、はっきりと言葉にしておく必要を感じたのだ。


 腰のポーチに、国の命運を意味する短刀を託されていようとも。


「そして、お願いがございます」


 そこで、レアにしては大変珍しく、彼女は緊張した。男の顔を見上げたまま、軽く息を飲みこむ。


「物資を…特に医療物資を分けていただきたいのです」


 男の目が、無言で続きを促していた。そこでレアは自分の後ろに控えるデッド、ティン、そして三人の正規軍へ視線を送った。


「マリーノで今動ける兵は、ここにいる者で全てです」


 突然の告白に、男のみならず、控えていたロイヤの兵も目を見開いた。


「わたし達は今、負傷者200名を抱えています。国からの援助は滞りがち。このままでは落とさなくていい命まで落とすことになります。わたしは、それを望んでいません」


 続く言葉に不可解なワードが含まれていて、男は呆気にとられた。


「マリーノ軍は、総勢150と聞いているが?」


 負傷者200と言うのは、どういう事だ。炊飯担当が付いてくるが、それも負傷したという事だろうか―――そう、男が頭を捻っていると。


「150名のロイヤ兵の捕虜がみな、負傷しているのです」


「…」


 思わず絶句した。


 いや、呆れかえったと言った方が、心情的には近いかもしれなかった。


「もちろん、ただでとは言いません」


 男の内心を知ってか知らずか、少女は言葉を続けた。


「わたしの命を差し上げます」


 その瞬間、男は内から怒りにも似た黒い感情が沸き立つのを自覚した。



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