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魔女と王様  作者: 新条れいら
ロイヤ編
66/117

66.後宮

 驚くほど広い浴室に半ば強引に突っ込まれ、遠慮も拒否も無視されて、全身洗われて、さすがのレアも半幅のぼせて、グッタリしていた。


 レアが無抵抗になった事を良い事に、リリアンはレアの私物ではなく、きっと目が飛び出るほど高価な寝着を着せ込んで、これまたびっくりするほど高価な装飾の数々が並ぶ部屋に突っ込んだ。


「陛下がおいでになるまで、こちらでお休みください」


「…うん、ちょっと休ませてもらう」


 リリアンへの抵抗が無駄だと理解したレアは、ソファにぐったりともたれかかったまま、応えた。普段の倍は湯に浸かっていたせいもあって、頭がぼんやりしていた。もはや、この部屋が客間なのか、自分の部屋なのか聞く気力もない。


「あぁ、忘れるところだった。そこの二人の名前、聞いても良い?」


 一礼して退室しようとしていたリリアン達へ、レアは慌てて身を起こす。風呂場からここまで、自分の世話をしてくれていた二人の女官が、驚いたように目を見開く。


「名前を聞いてはいけなかった?」


 驚かれたことに驚いて、レアはリリアンへ視線を投げる。どうもロイヤの慣習が良く分からないのだが、リリアンはしかし首を振って否を伝えた。


「女官の名を気にされる方は、そうはいませんので」


 そう言って、若い女官の二人を促した。


「リズとフレアです。双子です。これからシィー様付きとなります」


 リズはおずおずと、フレアは微かに怒ったように頭を下げた。二人とも清楚で可憐な美しい女性だった。


 後宮の女官は往々にして皇帝の愛人候補でもあるから、それなりの身分と容姿を持っていてもおかしくない。そんな身分のある女性が、こんな年下の田舎娘に付くことになれば、いい気はしないだろう。


「申し訳ないけれど、リズ、フレアと呼び捨てにさせてもらうね。わたしの事はシィーと。それから、ロイヤの慣習は分からないから、間違っていたら都度の指摘をお願いね」


 そう言ってにっこりと笑ったので、二人はまた驚いた。側室は女官を苛めはしても、笑いかけはしない。ましてや、間違いを指摘して欲しいと願う事などない。若い女官は、皇帝に見初められれば、同じ側室になる可能性もあるのだ。仲良くしようとはしないのが普通なのだ。


「では、言わせていただきますが、彼女たちにそのような事を言うものではありません。陛下から、シィー様は自由にさせるようにと言われています」


「じゃぁ、リリアンが気付いたら教えてね。リズもフレアも、直接は言いにくいだろうから、リリアンに報告してくれたら良いから」


 リリアンからの早速の指摘に、レアはさっさと方向を転換する。その柔軟さにリリアンも内心で驚いていた。




「…シィー様って、変わった方ね」


「すっごい田舎から来たって言うじゃない。習慣が違うから、変わってるように見えるのよ」


 部屋を出たところで、リズが漏らした言葉にフレアは不機嫌そうに答えた。周囲には誰もおらず、ここからでは厨房の喧騒も届かない。


「でも、陛下の寵愛を一身に受けてるって、お父様が言っていたわ」


 手に荷物を抱え、リズは朝方の父の言葉を思い出していた。遠征中、どこかで拾った娘を皇帝がいたく気に入って連れ帰ってくる。その付き人に選ばれたのだと、喜んでいた。


 寵愛を受ける娘の側にいれば、皇帝の目に留まる可能性が高くなる。自分の娘が側室に引き立てられれば、その家の存在感も増す。


「私達、あの田舎娘よりもずっと綺麗よ。陛下も色気のない遠征中に、たまたま手近にいたのが、あの子だっただけよ。あの子より美しいアレビア様やバローナ様がいらっしゃるのに、いつまでもあの子に寵愛が向くはずがないわ。陛下が飽きる前に、何としても陛下の寵愛を受けるわよ、リズ」


「ずいぶんな意気込みだな」


 唐突に男の声が背後からして、二人は飛び上がった。


 この後宮に男性はたった一人だ。


「皇帝陛下っ」


 二人は慌てて廊下の隅に控え、頭を下げた。さっきまでの威勢はどこへやら、隅で頭を下げている女官に、カイザックは低く笑んだ。ただの田舎娘が、自分を虜にしたというのだから、それがただの田舎娘でないと、なぜ気付かないのか。


「陛下、二人が何か?」


 リズ達に遅れて部屋を出てきたリリアンが、皇帝が女官二人を見下ろしている珍事に驚いたように駆けつけてきた。何か粗相があったのかと思ったのだが、皇帝である青年が気分を害している様子はなかった。


「お前達、さっきの陰口、たぶん本人に全部聴こえているぞ」


 ギョッとしたのは二人だけではなく、リリアンも身を強張らせた。寵妃への悪句を皇帝は怒っているのかと思ったが、見上げた青年の顔に怒りはない。むしろ面白そうに二人を見下ろしていた。


「言いたいことがあるなら、本人に言ってやれ。別にレアもオレも怒らん。田舎娘なのは本人も理解しているしな」


 喉の奥で笑う皇帝とは逆に、リズもフレアも心臓が早鐘を打っていた。皇帝とこんな接触がしたかったのではない。


「陛下」


 冷や汗を流し始めた若い二人を横目に見とめ、リリアンは皇帝の注意を引いた。青年の碧眼が自分を見透かすように見下ろす。


「あの方以外を、お部屋にお招きする気はないのですね?」


 一女官の問うべきことではなかったが、後宮を預かる女官長として、これだけは確認しておかなければならなかった。その事を理解しているのだろう、皇帝は怒りどころか不快感すら示さなかった。


「そうだ。―――この先、アレが先に命を落とそうとな」


 一寸の揺るぎもない応えに、リリアンは腹の底で深く息を吸い込んだ。腹を括らねばならない。リリアンの内面を理解したのか、皇帝は目を細めた。


「分かりました。今後はシィー様の体調・衛星共に管理させていただきます」


「まぁ、子はもう少し落ち着いてからで良いから」


 リリアンの言葉の意味を理解し、青年は微かに苦笑を浮かべる。


「リリアン女史も、朝のレアの言動は見ていただろう? そちら方面はかなり疎いんでな」


「…まだ、手を出されて…?」


「いや、出してる」


 リリアンのあまりの絶望的な表情に、青年は思わず笑った。


「では、拒まれるので…?」


「いや、拒まないな」


 レアが聞いていたら、一体何を話し合っているのだと怒るだろうが、皇族を存続させてきた代々の女官長の大切な仕事である。必要であれば、気に入った女官を部屋へ上げることも、女官長の仕事でもあった。


「我が軍との激戦で、だいぶ痩せていたしな。元々、食も細い上に、故郷での過度の負荷もあって、色々無理はさせたくない」


 そう言う青年の穏やかな顔を、リリアンは初めて見たと思った。そして、あの少女をいかに大切にしているかも同時に理解する。


「あの方は、美しい方ですね」


 咄嗟に口をついて言っていた。それが意図して出たものではなかっただけに、皇帝もまた驚いたようにリリアンを見下ろす。アレビアですら美しいと褒めたことがないのを知っているリズとフレアは、ギョッとして女官長を見た。


「身体的な事はもちろんですが、人となりがとても美しい方です」


 浴室で見た少女の身体は、確かに痩せていた。しなやかなラインと滑るような肌の、美しい娘だと思った。欲を言えば、丈夫な世継ぎを生むのなら、もっとふくよかであっても良いとは思う。


 確かに、作法を知らない部分もある。皇帝に対する態度も妃のそれではない。それでも、他を思いやり、何より皇帝を立場など臆することなく愛している。


「リリアン女史にそう言ってもらえるとは、心強い」


 皇帝である青年は笑った。


 遠征前には見たこともないような、穏やかな表情だった。




「後宮の女官である以上、陛下の目に留まる事を望んではいけない、とは言いません」


 女官控室でリリアンの前に立たされた二人は、俯いたまま目を合わせた。先程の失態の説教を受けることになったのだが、あんな陰口など誰もがしている事だ。


「しかし、今帝は先帝とは真逆の女性観をお持ちです。色気を使うよりも一つ一つの仕事をきっちりとこなしていく方が、貴女方の為でしょう」


「仕事してたら、側室にしてくれるわけでもないのに…」


 どちらかの小さく呟いた愚痴に、リリアンは二人を睨み付けた。側室になる事を目指して奉公している者も少なくはないが、これほどあからさまな態度も珍しい。


 リリアンは内心でため息を吐いた。


「貴女達では、シィー様には敵いませんよ」


 リリアンはそれ以上言わなかった。自らが田舎娘と罵った少女に、人から言われたからと負けを認めるとは思えない。自分から言わずとも、やがて意味を理解するだろうと、リリアンは時間の無駄だと話をやめた。


「さぁ、陛下は部屋で夕餉を召し上がるとのこと。準備をしましょう」


ひどい咳が何日も続いてるんですが、肋骨が疲労骨折でもしたのかと言うぐらい痛い。

触って痛くないから、まぁ折れてはないんでしょうけれど…。


後、十日ほどで、2018年も終わりますね。

学生さんは期末テストかな。

そんなフレーズすら懐かしいおばちゃんも、残りを頑張りますよ~。

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