63.皇族(1)
部屋に入ると、重い空気が場に満ちていた。
「この話をこれ以上しても意味はない」
聞いたこともないような冷たいカイザックの声がして、レアは慌てて部屋に飛び込んだ。カイザックの会話の相手が、側室の一人だったからだ。
「何の話?」
慌てた様子など押し隠して、レアはにっこりと笑って見せた。入室してきたのが、レアだと知ると彼女は扇を開くと顔を隠し、更に顔を背けた。
「レアか。…制服はどうした?」
それまでの険悪な空気など、初めからなかったかのような様子で声をかけてきたカイザックに、レアは呆れた。
「カイザックが意外とダメだった」
皇帝に正面からダメだと言ってのけるレアに、周囲は凍りついた。レアの後ろに控えていたモモですら、一瞬硬直する。
「ダメ?」
「ダメでしょう? 曲がりなりにも、奥さんの一人に対して、さっきのは冷たすぎない?」
レアの言葉に、カイザックは一瞬キョトンとした後、チラリと側室へ視線を向けた。そっぽを向いたはずの女性とばっちり視線が合い、カイザックはレアへ苦笑を見せた。
「ダメな自覚はある」
そう言って肩をすくめて見せたカイザックを見上げ、レアもまた苦笑した。
「まぁ、『皇帝』って難儀なのは分かってるけど」
同じように肩をすくめて見せて、レアは何事か呟いた側室へ視線を向ける。扇を広げた向こう側でこちらを伺っていた赤髪の女性は、レアが自分へ視線を向けた事にギョッとした。
「全部聴こえちゃうので、直接言ってくださった方が、スッキリしますよ」
そう言ってにっこりと笑むレアを、女性は青ざめた顔で見返した。
「オレは聞こえなかったな。耳が良くなったのか?」
女性の反応に彼女の呟きが陰口の部類だろうと当たりをつけ、カイザックは陰口を気にした様子もないレアを見下ろして面白そうに聞いた。レアは頷く。
「元々良いけど、隣の部屋での内緒話ぐらいは分かるようになったよ」
「それはすごいな。そう言えば、闘技場での会話も聞こえていたな」
その瞬間、レアの表情が強張る。
「そう言えば、ヒヨード様に、なんてこと言ってくれたんですか!」
「お前の胸が意外に大きいという話か? すごい今更な話だな」
「!」
顔を真っ赤にして怒るレアを見下ろして、カイザックは楽しそうに言う。
「大方、ロイヤの制服も身に合わなかったんだろう。お前みたいな小柄なサイズは規格外だろうしな」
「さらしを巻けば、問題ないもん」
「却下だ」
黙って控えているモモは、忍びの衣装からロイヤの官吏の物に変わっていた。モモも小柄ではあるが、レアのそれよりは規格内に収まる。
「別に胸を強調する必要はないが、押さえつける必要はないだろう。諦めて、後で採寸を受けるんだな」
「うぅ…」
悔しそうに胸を押えるレアの頭を乱暴に撫でているところへ、扉が開いた。
戸口の前に来た時、楽しげに話す聞き知った声が聞こえた。
耳を疑った。
(お兄様?)
もう何年も、そんな風に笑う声を聞いてこなかった。昔は良く笑う兄だった。それがあの日から、変わった。
知らず、気持ちは急いた。女官の扉を開ける動作が緩慢に思えるほどに。
「お兄様!」
女官を押し退けるようにして部屋に駆け込んできたルイスは、兄が自分に気付いて微笑むのをまんじりともせず、見つめていた。
それは、美しい満月を見るような感覚に似ていた。
黒髪にエメラルドの瞳。
彼女が彼を呼ぶ前から、一目で分かった。
「カイザックの妹さん? そっくりだね」
レアの呼びかけに、彼女は目を見開いて、自分達を見つめていた。
「似ているか? 良く腹違いかと聞かれていたぞ?」
「瞳の色は違うけど、そっくりだよ。魂の在り様とか」
「そっちは、お前以外、誰が分かるんだよ」
呆れたような兄の言い様に、呆然とした様子の妹から、息を飲むような音が聞こえた。
「ホモかと噂されるお兄様が、女性と楽しそうに会話を…!」
「…おい、ルイス…」
よろりとよろめきそうな勢いで、彼女は顔を覆った。カイザックから、うんざりと見つめられ、彼女はさらによろめいた。
「いつも皇帝っぽく、偉そうなお兄様が…!」
「あははっ! なんだか、ミヤみたいだね」
レアの楽しそうに笑う様子に、彼女は勢いよくレアへ視線を動かした。ロイヤの物ではない軍服らしい服を着込んだ、髪の短い少女の口から、ミヤの名が出たことに、驚いているようだった。
「レア、これが…」
カイザックが紹介しようとした時、再び扉が開く。
そちらへ視線を向けたカイザックは、小さくため息を吐いた。そして、それまでの打ち解けた様子を消す。
「全員集まった。では、改めて、オレの家族を紹介しよう」
その声は硬く、家族を紹介するという言葉に似つかわしくない色を帯びていた。
正妃はロイヤの隣国ユリミアの王女。金髪碧眼の文句なしの絶世の美女だった。名をアレビア・ヤミーニ・ユリミア、今年二十歳。
側室はロイヤの中流貴族の娘。赤髪黒目の、ややキツい印象を与える切れ長の目と、髪と良く合う赤系統の口紅をする、こちらも美女。名をバローナ・キニア、今年二十七歳。
実妹は、本来ならば母親の実家に身を寄せているハズなのだが、継承権争いの際、母親の家が断絶しているため、特例としてこの王宮に住んでいる。黒髪緑眼のやや幼さを残す美少女。名をルイス・フィリカート、レアと同じ十六歳だと言う。
最後に、皇帝の唯一の実子。母譲りの赤髪と父譲りの碧眼、愛らしい表に硬い色を浮かべる幼女。名をイリア・リン・サクア、現在四歳。
(可愛いっ!)
赤い髪はクルクルとくせ毛で、白い肌を縁どっており、子ども特有のクリクリと大きな瞳が少し怯えた色をしている。ばっちり目が合ったので、にっこり微笑むと、体を震わせて乳母の後ろに隠れてしまった。
「あらら…怖がられちゃった…」
レアの漏らす独白に、カイザックは小さく笑う。
カイザックの笑みを横目に、レアは背筋を伸ばした。
「レア・シィー・ヴァルハイトです。シィーと呼んでください。分からない事だらけなので、教えてくださいね」
そう言ってにっこりと笑んだ。
それまで俯いていた正妃も、扇で半分以上顔を隠していた側室も、その瞬間、その笑みに見入った。花が綻ぶとはこう言うことかと、思わず見入ってしまうような。
「お前のそれは、ワザとなのか? それとも何かしてるのか?」
呆れているような面白がっているような複雑な声音で、カイザックはレアに問う。問われた方は、何を言われているのか理解できずに首を傾げた。
「それって、なぁに?」
「…わざとじゃない事だけは分かったから、もういい」
苦笑する兄の様子を、ルイスは内心で非常に驚いていた。兄のこんな顔を見るのは、実に何年振りだろうかと過去の記憶を振り返って思い出せず、この顔をさせるレアへ視線を向ける。
髪の短さを除けば、どこにでもいそうな少女だった。
正妃も側室も、だから彼女が自分の名を名乗り、その瞳を上げるまで、歯牙にもかけていなかったのだ。
ドキッとするほど美しい瑠璃色の瞳。
美しい夜の湖畔に月の映る水面の色。静かなそこに、恐ろしい程の深みと力強さを秘めていながら、決して表立つことはない。
(お兄様は太陽。…この人は、夜なのね)
あるいは月。
だから、兄はこれほど安定していられるのだろう。
ホント、題名付けるのに苦労しております。
先のやつも、今回も題名と内容が不一致な自覚はありますよ…はい。
さてさて。
ようやくカイザックのご家族登場です。
予想通りでした?
話を書き始めた頃は、側室は三人ぐらいいそうだと思ってたけど、構成を練ってみると、そんなにいらなかった(笑)
ルイスはもっと大人しいくせに内面激しい子の設定だったけど、上手く動かしきれないので、あまり文面に出てこない感じになってます。
そのうち全体見て、「えぇ~!?」って感じの彼女を書きたい…
だって、彼女はカイザックを昔から振り回してるんですからね。




