60.武神の智と力(2)
「…いらない」
驚いた顔をしたレアは、しかし次の瞬間、きっぱりと断った。
「ひでぇなぁ、シィー」
大きな巨体の肩を落としたティンへ、レアは指を指した。
「こんな大きな人を引き連れて歩いていたら、目立ってしょうがないでしょう。わたしは目立ちたいんじゃなくて、役に立ちたいの」
半分は本心だったが、残りは彼らはこういう仕事に就いているのは、もったいない存在だと思っているからだ。
「戦場を駆けてこその師子王じゃない。敵を吹っ飛ばしてこその双剣でしょう。小娘を守ってるなんて、貴方達らしくない」
二人に向かって、レアは腰に手を当てて軽く睨み付けた。この辺りで、「生意気な小娘」とでも思ってもらって、縁が切れた方が彼らの為だと思ったのだ。
なのに、レアの思惑は見事に外れた。
「アファリアの戦闘力の部分を担えるのは、師子王と双剣ぐらいしかいないだろう?」
ティンがにんまりと笑って言った。きっとカイザックにそう唆されたに違いない。そう考えて、カイザックへ視線を向けようとしたレアに、今度はデッドが言葉を重ねた。
「通常は、訓練場の道場破りをやるのが仕事だそうですよ。ロイヤは人口も多いですから、強者も多そうですね。楽しみです」
「…デッドまで…」
にっこりと笑って物騒な事を言ってくれる。デッドが道場破りが好きな事を分かっていて誘ったのだとしたら、さすがと言うべきか目聡いと言うべきか…。
「ちなみに、二人には話してあるぞ」
「えっ!?」
何を?と振り返ったレアに、カイザックはとんでもない事を軽く言った。
「デッドに至っては、使う所を見られている」
「っ!!!?」
ギョッと振り煽いだ傭兵二人の内、ティンは何でもない事だとでも言いたげに手を振っている。デッドは微かに視線を逸らせた。
傭兵である彼らに事情を話すのは、忠臣のジルドやミヤに話す事とは違う。それぐらいは、レアでも分かる。皇帝であるカイザックが分からなかった訳がない。
「二人は、傭兵なんだよ。他所の国で話しちゃうかもしれないんだよ」
「オレは、二人がお前から離れるとは思えなかったから、それなら雇っておこうと思っただけだ」
「…」
あまりの事にレアはめまいを感じて、机に寄り掛かった。
「オレはお前を追ってみようと思ってたから、ちょうど良かった」
ティンはあっけらかんと言ってのける。しかし、お守りを使う所を見てしまったデッドはそう簡単ではないようだった。それでもココにいるという事は、何らかの意図があるのだろう。
レアがあまりに渋るので、皇帝はフムと顎を撫でる。
「モモ」
短く呼んだ。その瞬間、彼の背後に黒い服を身に纏った少女が現れた。
「ロイヤ王家お抱えの忍びの一人だ。年も近いし、モモなら王宮内でも目立たない」
「お断りします」
これまたはっきりと否を口にしたレアだった。
「なぜだ? モモなら、服さえ変えれば目立たないぞ」
本当に理由が分からないらしいカイザックに、レアは頭を抱えてため息を吐く。
「モモ…さんの顔を見てください。嫌そうな顔してます」
顔の半分を布で隠しているとはいえ、不本意だと言っているのはその視線から分かった。敵意にも近い疑心の視線が刺さる。
「モモの表情が分かるとはさすがだな。だが、していたとしても、オレの命令には従う。それにお前なら、簡単に懐かせられる」
「またそんな事言って―――」
「モモ、レアは時期皇帝の母だ。しっかり守れ」
レアの抗議を遮って、カイザックは忍びの少女に言った。
「御意」
それまで嫌そうな顔をしていた忍びは、その言葉に表を輝かせたように見えた。自分を見る目の色が疑心から尊敬の色に変わっている。
「時期皇帝の母って、何? カイザックの次の皇帝って、もう決まってるの?」
レアの言葉に、その場の全員が停止した。ジルドに至っては、額を押えている。
「オレの次は、オレの息子の予定だ」
「カイザックに息子もいるの?」
「お前…」
初耳だなぁと呟くレアの発言に、周囲はますます凍りついた。
我慢できないとでも言うように、カイザックが喉の奥で笑いを堪える。マリーノの自宅で、母マリアからそれなりに教育されているハズと思っていたが、違ったようだ。
「お前が生むんだよ」
「へ?」
義兄ケイトの「側室の意味が分かっていない」という言葉を思い出し、カイザックは笑いを堪えて腹が痛くなってきた。
「わたし、子どもの生み方、知らないよ?」
「マリアは何と言っていた?」
笑われていることにムッツリしつつも、レアは分からない事は聞く性分だ。
「えーっと、ヒッヒッフーって…」
「…そっちじゃないな。子どもの作り方は?」
「えっ!? えーっと」
そっちではないと言われて、レアは頭を捻った。母が何やら一生懸命教えてくれるのだが、回りくどくて理解できずに終わった事を思い出す。最後に母が諦めたのだけは、理解できた。最後に母は何と言っていたか…。
「カイザックが知ってるから、カイザックの好きなようにしてあげなさいって」
ブハッと我慢できなくなって、カイザックは噴き出した。
聡いマリアが、レアに教えようとしたことだけは、確かなのだ。しかし、その一点だけひどく鈍い娘に諦めを抱いたのかもしれない。
「なっ、なによう…。知ってるからって」
「馬鹿にしたわけじゃない。お前らしくて、安心しただけだ」
その手を引き寄せて、その腰を抱き、胸に頭を預ける。今は遠いマリーノの潮の香りがするような気がした。
「ザックは安心したら笑うの?」
まだ怒っているのか、レアが言う。その背を撫でて、軽く叩き、カイザックは顔を上げた。
「怒るなよ。本当に馬鹿にしたわけじゃないんだ」
そう言って、嬉しそうに笑う。自分の心臓が跳ねる音にレアは驚いて、胸の前にある顔を押し退けた。
「皇帝の顔を押し退けるとは、いい度胸だな」
「なんだか、心臓の調子が悪くなるから、ヤだ」
「ほう?」
レアを解放したカイザックは、顎に手を当てると笑う。
「リリアン女史」
ハイと短く返事をして、一人の女性が女官の中から前に出た。控えていた女性たちの中で、一番年上だと言う事だけは分かった。
「レア、リリアンだ。王宮の…特に後宮の管理長だ。たいていの事は彼女に聞けば分かる。ある程度の権限もある」
「レア・シィー・ヴァルハイトです。お世話になります」
軍隊式に礼をしてから、しまったと思ったが手遅れだった。頭を上げた視線の先に、やや頬を引きつらせているリリアンの表情が見えてしまった。
後宮といえば、煌びやかな女性たちの園のはずだ。そこを預かる女史達にも、それなりにプライドがある。そこに軍服を着た髪の短い小娘が入るのだ。いい気はしないだろう。
「リリアン、レアの荷物はオレの部屋へ運んでおいてくれ」
「…それは…」
躊躇したような声を上げたリリアンへ、カイザックは視線も向けずに言った。
「レアの部屋は、オレの部屋で良い」
「ヤだっ!」
一拍遅れて、皇帝の言う言葉の意味を理解したレアは叫んだ。カイザックが書類から視線を上げる。
「さっきから、嫌だ嫌だ、だな」
「当たり前だよ! リリアン…さんの顔見て! 絶対ダメって顔してるよ!」
先代の時から後宮を取りまとめてきた長が、見るからに苦汁を示しているのをレアは読み取ったのだが、当の後宮の主は気にした様子もない。
「分かった。じゃぁ、レアの部屋を用意してやってくれ」
仕方がないと言いそうな勢いで、カイザックはリリアンに指示を出した。ほっと胸を撫で下ろしたレアの耳に、次の瞬間とんでもない事が聞こえてくる。
「オレがレアの部屋に行けば良いんだろう」
「ちがう~!!」
「家主がどこの部屋で寝るかなんて、家主の勝手だろう」
「…ジルド、なんとか言ってよ」
がっくりと脱力して、レアは先ほどから何も言ってこない彼の忠臣へ視線を向けた。視界の隅で、ティンが笑いをかみ殺しているような顔をしている。
「陛下が女性に執着されることは、良い事かと」
「うぅ、裏切られた気分」
それなりに人間関係は構築できたと思っていただけに、突き放されてしまって、レアは諦めてため息を吐いた。と、その視界に、壁に向かって頭を抱えている長身の男に気付いた。
「彼は宰相です」
レアの視線に気付いたジルドが教える。
「少し驚きすぎて、頭の整理をしているようなので、お気になさらず」
「…いや、気付いちゃったら、すごく気になるなぁ」
いつからそうしていたのか気になるところだが、我慢しきれなかったティンの漏れてくる笑いに、レアは話を戻した。
2日で更新だっ!(一人拍手)
実は休んでいる間に、初めて腐ってみました。
あらかたの少女漫画に飽きたためだと思われます。
なんか、ティーンズ辺りの「キュンキュン」のパターンに飽きたんでしょうね…。
わたしのヤフーブックのアプリは、子どもに見せられないレベルに、いきなりなりました(^_^;)
腐ってみて分かった。
こちらもパターンがあって、飽きる。
普通→腐る→普通…に戻ってきて、ようやく自分の作品に向かった…と言う1か月でした。
まぁ、休めました。
それなら、小説読んだ方が良かったんだろうけど、小説はまだ電子で読む気になれない。
アメリカにいるんで、仕方なしで一つ読んでますが、さっと読んでたページにいけないとか、なんかもどかしくて。
あの、紙をめくる感覚が良いんじゃないですか~。
逆に漫画は慣れてしまったのか、ググッとページを開かなくても奥のセリフが読めるので、好きになった(笑)
しかし、自分が腐った作品は書けないと思った。
看護師の悲しい性で、「生態的にどうなの?」って思ってしまう。
うん、だって、ゴム手して摘〇ンしてたからね☆




