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魔女と王様  作者: 新条れいら
マリーノ
53/117

53.宴(4)

 最後の一人を地面に叩き落として表を上げた時、雇い主である青年が一棟をじっと見つめていることに気付いた。


「終わりましたよ」


 こちらの騒動が終了した事にも気付いていないのかと、声をかけたデッドを見ることもなく、青年は視線を動かさなかった。


「一体、何を見て―――」


 青年の見ている物を見ようと視線を合わせたデッドの視界に、キラリと光る物が映った。それが命を狙う物だと咄嗟に理解して、雇い主の身を引き倒そうと腕を伸ばす。


「動かなくて良い」


 しかし、青年の声がそれを制止した。


 何を言っているんだ―――そう口にしようとするデッドの視界に、棟に向かって腕を伸ばした青年の姿が見えた。


 それは一瞬だった。




 ぴくりと肩を震わせた少女が、突然振り返り、虚空を見つめる。


「どうかしましたか?」


 主でも戻って来たのかと、同じ方向へ視線を向け、何もない事を知って、ジルドは少女へ問いかけた。


「…なんでもないよ」


 自分の行動の奇抜さに気付いたのか、レアは慌てて誤魔化すように手を振り、笑って見せた。




 放たれた悪意に手を伸ばす―――。


 掌に掌握する―――そのイメージ通りに、ソレは自分の足元にぽとりと落ちた。


 さらにその先へ―――棟へ、そこに潜む刺客へ。


「失敗したか?」


 思い通りにいったのか分からず、カイザックは思わず呟いていた。


「…何をやった?」


 伸ばした腕を降ろし、足元に落ちたソレを拾う自分へ、やや緊張したデッドの声が聞こえた。そちらへ視線をやると、声音のままに強張った表情のデッドが自分を凝視している。


 得体のしれないモノを目の当たりにした者の、それだった。


「あの塔に残りの刺客が伸びてるはずだ。捕まえておいてくれ」


 デッドの内心を理解しつつ、しかし問いに対する答えは口にせず、カイザックは意味深な笑みを浮かべる。




 現在、ロイヤ皇帝ガイディウス・カイザー・サクアには、隣国ユリミアから迎えた正妃の他に、側室が一人いる。


 それは、ロイヤの皇帝として跡取りを設けることが出来ると言う慣習に倣い、三人の女性と関係を持った際に身ごもった女性である。


 そして、その際に生まれた女子が、今年四つになる。


 女子だったことが幸いしてか、今は王宮内の権力闘争は見えてこないが、ここに皇帝の寵愛を受けたレアが加わる事で起こるであろう変化は、想像に難くない。


「ザックがこれ見よがしに貴女への寵愛を示すのは、周囲をけん制しているんですよ」


「けん制? 誰に?」


 興味があるような口ぶりではあるが、彼女の意識は目の前の珍しいチーズに集中している。


 大国の皇帝の側室となる自覚を疑いたくなるほど、緊張感のないレアの様子にミヤは苦笑した。


「シィー殿は、本当に興味がないみたいですね」


「えっ!? いや、違うよ! チーズに興味がないわけじゃなくて、王宮に興味がないだけで…」


「うっかり本音が出るぐらいには、興味がない事が分かりました」


「あわわわっ」


 慌てて佇まいを整えるレアへ、ミヤは諦めたようにチーズの器を彼女の前に置いた。


「魔女は、前線でも食事の無心をしてくるぐらいには、図太いですぞ」


「そりゃぁ、一日何も食べてなきゃ、恵んで欲しくなるでしょう…」


 ジルドの補足に、レアは紅くなった。あの時は緊迫している状況だったから、空腹もあまり感じなかったけれど、それでも辛かったのだ。仕方がない、仕方がなかった。


「…色々と心配しようと思いましたが、やめた方が良さそうですね」


「するだけ、こちらの心労が増えるだけですぞ、ミヤ殿」


 ミヤとジルド同時にため息をつかれ、レアは恥じ入った。


「だって、小食なんだもん。美味しい物、食べたいもん」


 良く分からない言い訳を口にして、チーズに手を伸ばした。こうなったら、遠慮なく食べる。そんなレアに、ミヤは再度苦笑した。


「興味がなくても、知っておいてもらった方が良いでしょう」


 自分もレアと同じ物に手を伸ばして、ミヤは言った。


「貴女を特別だと周囲に示すのは、貴女を守るのにそれなりの効果があるからです」


 コレは自分の大切なものだと。手出しをすれば、ただではおかないと。


 暗にそう告げているのだ。


 例えマリーノにいようとも、皇帝の行動は逐一『あちら側』に届いているだろう。


「貴女という弱みをさらすことになりますが、それだけこちらの覚悟も伝わります」


 そう言ったミヤの声は、先ほどよりも、小さく低いものだった。そこに潜む王宮に渦巻くであろう駆け引きを覗き見て、レアは小さく肩をすくめた。


 臆していると言うよりは、呆れているようにすら見える。


「なんだ? 作戦会議でもしてるのか?」


 心なしか頭を突き合わせるような形になっていた三人は、その声に表を上げた。


「陛下、長い所用でしたね。お腹でも壊されましたか?」


「デリカシーのない事を女性レアの前で言うな」


 ミヤのからかうような言葉に釘を刺し、カイザックはジルドの空けたレアの隣に座る。座り際に、手に持っていた物を無言でジルドへ手渡した。


 意を問う事もなく、無言で受け取り、ジルドは布を開いてサッと顔色を変える。


 しかし、ジルドの表情が変わったのは一瞬だった。次の瞬間には、何事もなかったかのように懐へそれをしまう。


「カイザック」


 レアがジルドから皇帝へ視線を向けた。


「さっき、…お守り、使った?」


「ん? あぁ、ルイーグスの仇を捕まえるのに、な」


 皇帝の言葉に、聞き耳を立てていた者達が身を強張らせる。が、レアはそれに気付かなかったのか、目を丸くした。


「捕まえたの?」


「なんだ、殺しておけば良かったか?」


「そんな事、言ってないよ」


 そんな物騒な結末を望んでいないと分かっていながら、笑えない冗談を言うカイザックをレアはむっつりと睨む。その膨れた頬を面白そうにさすりながら、皇帝は目を細めた。


 その様子が疲れているように見えて、レアは眉を寄せた。


「…大丈夫?」


 身体に負担があるのではないかと、不安そうにその腕に触れるレアに小さく笑ってみせる。


「あんな事が出来るなら、守れるんじゃないかと…安堵してるだけだ」


 棟の一角にその気配を感じた時、自分はソレを使う事に躊躇しなかった。むしろ、試してみようとすら考え、それを実行した。


 誰に見られようと、化け物と言われようと、自分には些細な事だと感じた。


(守れるなら、なんだって良い。神でも悪魔でも、何にだってなれる)


 レアの額に額を当てて、カイザックは小さく息を吐いた。


「無茶しちゃ、ダメだよ」


 内心を理解したのか、静かに諭すような少女の声が耳に届く。瑠璃色の瞳が間近でまっすぐに見上げてくる。


「しない。これからは、ちゃんと逃げる事も覚えるさ」


 細い腰を抱き寄せて、カイザックは安心したように息をついた。


「本当に、何度見ても珍百景ですね、ジルド殿」


「我が国の宰相殿が見たら、腰を抜かすかもしれませんな」


 ミヤの呆れた様な言葉に、ジルドのため息が混じって、レアは急に恥ずかしくなって、腕の中から抜け出そうともがく。恥じらうレアに、カイザックは面白そうに笑った。


「だから、いつも色々気付くの遅いだろう」


 行動が大胆であるのに、すぐに後悔して赤くなる。その身体を腕の中にすっぽりと入れて、耳にキスをする。


「我々に見せびらかす必要はありませんよ、陛下」


 じゃれ合う主を片肘突いて見つめ、ミヤは言った。先にレアに言った通り、こうやって見せびらかすのはけん制の為であって、彼がイチャつきたいからではない―――と思っていたのだが。


「別に見せびらかすためにやってるんじゃない。オレが癒されたいから、抱いてるんだ」


 抱き枕だから、と堂々と言われて、ミヤは脱力を覚えた。ジルドと目が合う。


「ザックが、そういう感じなんだとは…意外だったな」


「なに?」


「いや、なんでもない」


 もう好きにしてくれたら良い。それでお前が安心するなら、皇帝の威厳がどうのとか、色々と言う気は失せた。


 腕の中に捕らわれの少女は、ロイヤの更なる発展のための礎になってくれることだろう―――助けを求めるような視線をあえて無視し、ミヤはそう思う事にした。


魔法?を使うシーンがついに来ました!!

こういうシーンを書いてると、本編をバンバン書きたくなります。

まぁ、せっかくのこういう機会が出来たので、ちょっとずつ死ぬまでに全部書きたい。

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