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魔女と王様  作者: 新条れいら
マリーノ
52/117

52.宴(3)

 美しい町娘が彼に恋をした時は、少年隊の誰もが歯噛みした。


 給仕のおばちゃんが、彼にばかりおまけするので、ブーイングの嵐だった。


 とある貴族の男爵が、彼を寝室に連れ込もうとするのを、隊全体で阻止した事もあった。


 どれも中心に在りながら、人からの好意に無頓着とさえ言えた彼が、周囲に初めて示した想い人は、敵国の将。


「誰からの愛の囁きにも応えなかったザックの寵愛を、貴女はどうやって得たんです?」


 ミヤの問いかけに、若干探るような色が伺えて、レアは笑った。流石にすんなりと受け入れてもらえるはずはないと分かっているので、ミヤのそれは当然だと思う。


 しかし、レアにその問いに対する明確な応えはなかった。


「特別な事は何もしてませんよ。マリーノの将として出来ることを精一杯やって、なんとかマリーノを蹂躙されない方法はないかと動いた結果です。…と思ってますけど、何か違うかな?」


 最後は渋い顔をしているジルドへ視線を向けた。


「違っていません。…確かに貴女はこの国を守ろうとしただけだ」


 その方法がいかに奇抜であろうと、彼女が国を守ろうとしていた事だけは確かなのだ。その彼女が自国で酷い扱いを受けていると聞いて、ジルドとて不憫に思わなかった訳ではない。


「ジルド殿も、これは運命だったと?」


 ミヤの微かに好奇心の浮かんだ瞳に見つめられ、ジルドは若干後ろに引いた。そんな幻想的な言葉を具体的に言われて、肯定できるほどジルドはロマンティストでもない。


 言葉にはしないが、自分の意見に拒否的なジルドを、ミヤは笑う。


「陛下の女性への淡白さはジルド殿も知っているでしょう」


「…そうですね」


 何かを思い出したように、苦々しく答えたジルドをレアは見上げた。


「何かあったんですか?」


 瑠璃色の瞳に見上げられて、ジルドはレアがこの場にいた事を思い出す。どうもこの少女と話していると、女性相手だと言う事を忘れて、同僚と話しているような感覚になってしまう。良く考えてみれば、側室になる女性に話す内容でもない。


「いえ、貴女の耳に入れるような事では―――」


「ロイヤの皇帝の慣習を、ザックが嫌がってたって話だよ」


 ジルドの気遣いはミヤの一言で崩れ去った。案の定、レアは話に興味を持った。


「慣習?」


「正妃を取る前に、子どもが造れる体かどうか試されるんだよ。三人ぐらいの女性と三か月間関係を持って、子どもを作らされる」


「…まぁ、皇帝陛下ともなれば、…大事な話ではありますよね…」


 話の流れが一気に街角の夜更けの酒屋並みになった事に、レアは目を細めた。自分にも関係がある話のはずなのに、まるで遠いお国の噂話みたいな反応に、ミヤは面白がった。


 レアは、女性にありがちな嫉妬心が見当たらない。


 普通、側室とは言え、夫の他の女性に嫉妬しないはずがないのだ。しかも、どう控え目に見ても、レアもカイザックを好いている。


「他の女性達は、気にならない?」


 こちらを面白そうに見つめるミヤの瞳に、試すような色を見止めて、レアは少し考えた。


「…気にならない訳じゃないけど、今から仲良くなれるかなぁって心配しても仕方がないですし」


 先帝の王室女性陣のドロドロとした争いを知っているミヤとジルドは、レアの返答に目を点にした。レアは、そんな粘着質なものなど連想すらしていないのだ。


 ミヤは漏れそうになった笑いを慌てて口を押えて留めた。見れば、ジルドも同じように何かを耐えるような顔をしている。


「何かおかしかった?」


 二人が笑いを堪えているのを理解して、レアは微かに眉を寄せている。


「ザックは貴女が愛おしくて仕方がないでしょうね。貴女は、彼の母君に似ていますよ」


 裏切りと謀略の王宮に在って、それらを一笑してしまうのが、カイザックの母だった。権力に執着がなく、己の望むままに自由に振る舞う様は、王宮内では異質だった。そんな彼女を、先帝もまた好んでもいた。


 田舎者とのそしりは激しく、カイザック(男子)が12番目で会った事もあり、初期は権力争いに巻き込まれずに済んだ。


「似ていますか?」


「少しね。でも、その少しが、王宮ではすごい事なんだよ」


 嫉妬も妬みも、そんな負の感情を解さない光。


 カイザックが焼き尽くす太陽の光ならば、レアの持つのは、木漏れ日の様な光か、あるいは月の光だ。


「陛下はこの八年、ずっと突き進んで来れれた」


 口元に笑みを浮かべ、ジルドは自らの手の中の盃を見下ろした。


「我らの望みのまま、自らの望みのまま、突き進んでこられた」


 あの動乱を納めるために、ひたすら前だけを見て。そこに休息はあっただろうか。進む先に安息があると信じて突き進む道中に、先頭を行く十五の少年の背中は皇帝のそれになった。


ジルドの沈黙に、ミヤは苦笑して小さくため息をついた。


「馬車馬の如く、だったよ、この八年。家族を奪われ、名前まで奪われて、…いくら自ら覚悟して進んできたって言っても、そろそろ無理も出てくる」


 休むようにと言って、身体を休めたところで、それは一時でしかない事を、ミヤもジルドも感じていた。だからとて、どうすれば本当の休息になるのかなど、もはや分からなくなっていたのだ。


「貴女が側にいると、ザックは安定しているように見える。だから、何より規律を守って来たザックが、軍規違反だろうと体裁が悪かろうと、貴女に手を伸ばしたんだ」


 欲しい、と。


 ミヤもジルドも、それ以上は口を開かなかった。


 彼を皇帝に―――そう最初に願った二人の、彼を想う沈黙に、レアは小さく笑んだ。


「わたしを助けてくれたのは、カイザックだよ。もし、彼がザッカで気付いてくれてなかったら、わたしは今頃、土に還ってたよ」


 とんでもない事をサラリと言ってのけたレアを、ミヤはギョッとして見た。しかし、奇病で倒れたレアを知っているジルドは、それが冗談ではない事を理解していた。


「アレは、陛下のお側にいれば大丈夫なのだな?」


 確認するジルドを見つめ、レアはにっこりと微笑む。自分達の奇妙な関係性を、受け入れてしまえるジルドを、レアは素直にすごいと思った。


「うん、もう大丈夫」


 そう言って満面の笑みを浮かべるレアを見つめ、ミヤは様々に詮索する事を諦めた。


「もう、なんだか、…象が一列に隊列組んで攻めてきたみたいだ」


「ぞう?」


 聞きなれない単語に、レアは首を傾げた。その様子にミヤとジルドは顔を見合わせ、そして同時に笑んだ。


「南に住んでいる、とても大きな生き物です。南に行くことがあれば、見られるかもしれませんね」


「その、ぞう? がどうしたの?」


 その生き物と自分の話とが結びつかないレアは、ますます首を傾げる。


「まぁ、無敵だって言いたい、例え話ですよ」



 

 陽の落ちた中庭に差し掛かったところで、男は立ち止まった。


 音もなく近づいて来た黒ずくめの複数の陰達を見渡して、男は唇の端を釣り上げる。


「雇用主を教えてほしいところだな。心当たりが多すぎて…」


 男が言い終わらぬうちに刃が放たれた。それを躱したところで背後から、さらに一撃―――しかし、男はそれを知りながら避けようとしなかった。


 金属の激しくぶつかる音の後、布の翻る音が辺りに響いた。


「来ると分かっていて、なぜ避けない?」


 太刀を綺麗に受け流して払い、男の背を守ったフードの男が苦々しく吐いた。言われることを十分理解していただろうカイザックが、楽しそうに笑んだ。


「そろそろ仕事をしてもらおうと思ってね」


 そう言うだけで腰の得物に手もかけないカイザックの様子に、フードを被った男は諦めたようにため息をついた。


「ただ黙って立ってるだけなんて、つまらないだろう?」


「それで酒が飲めるなら、その方が良いですよ」


 そう言葉にしつつも、男は視界を遮るフードを後ろへ下した。


「双剣…っ」


 影の気配が変わった事を、カイザックは面白い物でも見るような色を浮かべて周囲を見渡した。


「今ので、オレの国からの刺客でない事は分かった。さしずめ、昼間の仕返しと言ったところか」


「貴方に負けたのが悔しくて? だったら、自分で相手した方が良いでしょう」


「何のための護衛だ。給料払うんだ、仕事しろ、仕事を」


 今にも得物をしまってしまいそうなデッドに、カイザックは苦笑して煽る。鞘に手をかけていたデッドが、やれやれと眼鏡を上げた。


「まぁ、何もしないのも、…貴方の話に乗った意味もなくなりますからね」


「そういう事だ」


 仕方がないとでも言いたげなデッドは、背負うもう一本を抜刀する。細い月の様な輝きが闇に現れた。


「さて、誰から来ますか? 来ないなら、こちらから行きますよ」


 もはや戦意喪失している様子の影に向かい、デッドは身を低くすると、穏やかに言い放った。



刺客の事とか、パルマ家のその後の暗躍とか、書いてるときりがないので、省いちゃった。

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