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魔女と王様  作者: 新条れいら
マリーノ
46/117

46.武闘会(2)

 真っ赤に燃えるように逆立つ髪と、大きな体躯と背に大剣。


 戦場を知る者ならば、その出で立ちを知らぬ者はいない。


「なっ…」


 マリーノ側の絶句する声を聞きながら、皇帝は口元に笑みを作った。


「あれが噂の師子王ティンですか」


 ミヤの問いへ、皇帝はさらに小さく笑った。


「あぁ。鬱憤なら、あちらの方が溜まっていたからな。晴らす場を設けさせてもらった」


 自国の陣営だと思っていたであろうパルマ家の人間に、一泡も二泡も吹かせられるなら、ティンは悦んで今回の出場を了解した。


「これは…卑怯ですぞ」


 ドルテ・パルマの言葉に、皇帝はゆっくりと彼を見た。


「卑怯? なぜ?」


 薄く笑いながら見つめてくるその碧眼に、ドルテは息を飲んだ。


「アレの軍が解散すれば、彼らは傭兵だ。新たに契約を交わす、それのどこが卑怯?」


「…」


 事実であるだけに、ドルテは何も言えずに奥歯を噛んだ。


「ティン…!」


 その時、市民席の一角から師子王を呼ぶ声が響いた。


 良く通る女性の声。


「居場所が分かったぞ。連れてこい」


 皇帝の命令を受けて、側近の一人がその場を離れた。


「ずいぶん、可愛らしい方ですね」


 小柄な女性が市民席から身を乗り出している。専用に用意させた大きめの木刀に持ち替えたティンが、その女性に向かってニカッと白い歯を見せて笑む。


「アレで師子王や双剣なんかの傭兵を虜にしてる」


「…冗談でしょう?」


 ミヤにザッカ前線の詳細は伝えていない。ミヤにしてみれば、遠征に出ていた主から、急に女性物を持って、辺境の国の監督をしに来いと言われたに等しい。


 観客席はティンの登場にどよめいていた。


 自国の英雄でもあるレアの下で働いていたはずの傭兵が、敵対する立場にいるのだから、動揺して当然だった。


「ティン! ほどほどにしなきゃダメだよ!!」


 しかし、驚いて身を出した英雄が呆れた様な顔をして、そんな事を言った瞬間、場の空気は一気に歓声へ変わった。


 その一瞬の変化を、ミヤは言葉もなく見ていた。


「…なっ…」


 滅多な事では動揺しない幼馴染の絶句に、皇帝は満足げに唇を上げた。


「すごいだろう。意識しないたった一言で、場の空気を真逆へ変える」


「…魔女ですか?」


 かつては自分もそう呼んでいた事を思い出して、皇帝はおかしそうに笑った。


「魔女か神かは、お前自身が決めればいい。…たぶん、どちらも嫌がるだろうがな」


「…」


 一際ひときわ大きな歓声が上がる。


 ティンの得物が風のように唸る。




「売国奴め!」


 ロイヤ陣営の席に向かうには、マリーノ陣営を横切らなければならない。


 なんとなく予想はしていたが、案の定、軽蔑も露わな目で言われた。


「ヒヨード様…」


 できれば顔を合わせたくなかったなぁと、レアは相手の名を呼んだ。呼んでみたが、会話をする気にはなれなかった。


「こんな事をして、お前はそれでも軍人か!」


 吐き捨てるような言葉に、弁解をする気もなかったレアはため息をついた。


「ヒヨード様のおっしゃる、こんな事とは、どんなことですか?」


 明らかに呆れた色の読み取れるレアの声音に、ヒヨードはカッと血が上るのが分かった。しかし、彼が怒鳴るよりも先に、冷静なレアの声が耳に届く。


「ティンは傭兵です。わたしが陛下に『王の意志』をお返しした時点で、解雇されます。次の契約をしていても、誰も咎めることは出来ませんし、違反でもありませんよ」


 そんな事は言われずとも理解しているヒヨードだった。なぜなら、そう理解して、何度も師子王や双剣に、パルマに雇われないかと話を持ちかけてきたからだ。


 その度に、軽くあしらわれ続けてきた。


 その事実がまた、ヒヨードがレアを嫌悪する結果となった。


「なんだ、父親と同じ事を言っているのか?」


 掴みかからん勢いで睨み付けた先に、ロイヤの皇帝がいた。


「カイザック…」


 気配もなく背後に立たれて、レアは驚いて首を逸らせた。


「…ほどほどにお願いねって言ったのに」


「別に違反はしてないぞ」


「そうだけど…」


 ティンやデッドは長くマリーノに滞在していた。だから、ちょっと錯覚してしまいそうになる。彼らはマリーノを裏切ったりしないと。そんな事は絶対にないのに。


「分かっているけど、やられたら絶対嫌じゃないですか」


「盛大に嫌がって、悔しがってもらわねば、嫌がらせの意味がないだろう」


 あぁ、皇帝陛下モード改め、魔王モードだよねと言いかけて、レアは諦めたように息を吐いた。そして、小さく苦笑する。


 ちょうどその時、背後で大歓声が起こる。


「やっぱり、ティンには勝てないよ」


 闘技場の中央で、暴れたりないとでも言いたそうな鼻息で仁王立ちするティンを見下ろす。すねたり駄々をこねたりするが、何をどう言おうとも師子王と二つ名を持つのだ。今まで、ティンよりも強い剣士を、レアは見たことがなかった。


「さて、余興は終わった」


 ひやりと背筋の凍るような声音に、レアはギョッとして皇帝を見上げる。


 その碧眼はまっすぐにヒヨードへ向けられていた。


「ロイヤの皇帝陛下が、こんな貧相な田舎娘の為に、ご苦労な事です。私の事などお気になさらず、連れけば良いものを。―――なんなら、のしもお付けしますよ」


 レアを視界に入れた時から、虫の居所の悪いヒヨードはイラついたように言い放った。何を言っているのか理解できないレアは、元婚約者へ視線を向けるが、不愉快そうに顔を歪められた。


 チリリと小さな火傷の様な痛みを感じて、レアは慌てて皇帝を再び見上げる。


「まぁ慣例ですから、お付き合いください」


「…だ、ダメだよ、カイザック!」


 怒りとは無縁な穏やかな笑みを浮かべている皇帝の、その上着に掴みかかった。驚いたようにレアを見下ろした皇帝は、しかしレアの必死の形相に、あぁバレたなと苦笑した。


「心配してくれるのか?」


「違うよ!!」


 安心させるように笑顔を向けようとして、レアの否定に失敗した。


「殺しちゃうよ! 今のカイザックは―――」


「分かってる」


 言いかけた言葉を言わせず、皇帝はレアの口を塞いだ。


「分かっている。…だが、これはいつか通る道だ」


 強い意志を持った瞳で見下ろされ、レアはこれ以上の口出しは出来ないと思った。


「ヒヨード様、逃げてください」


 皇帝への説得が無理ならばと、レアは立ち去ろうとしていたヒヨードの背中へ叫んだ。ピクリと反応し、こちらへ顔を向けたその眼元が痙攣している。


「…女のくせに、どこまで侮辱する気…」


「カイザッ…皇帝陛下は強いんです。でも、手加減出来ないかもしれない。出来なかったら、貴方は死ぬことになる。だから、逃げて!」


 レアにしてみたら、大衆の目の前で人が死ぬことは避けたいとの必死の想いだったが、ヒヨードのプライドは完全に傷付いた。


「…分かった…」


 低い声が届く。


「オレが勝って、お前はやはりパルマの奴隷にしてやるよ」


「…あれ?」


 誠意が全く届いていない事をようやく理解したレアは、遠ざかる背中に首を傾げた。


「お前はさといのか馬鹿なのか、時々分からないな」


 大きなため息と共に、皇帝はそう言った。


マリーノ編、完結まで修正まで終わりました。

こちらにアップ準備して、ロイヤ編の構想練りの時間が欲しいので、2日毎の更新でしばらくは。


区切りも良いので、小説大賞のタグ入れてみました。

コレ程度の才能なんて、まぁ五万といるでしょうが。

鉄砲も打たなきゃ当たらんのでね。

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