45.武闘会(1)
皇帝の提案から二週間後、パルマ宰相の手配で武会が開かれることになった。
闘技場はないので、王都内の訓練場が会場になる。
「お前は今日、どうするんだ?」
袖のボタンを留めながら、カイザックはレアに問いかけた。
「武闘会? あんまり興味ないから、市民席のあいさつ巡りする予定だよ」
ロイヤへ行けば、もう会う事もないかもしれない。そう思ってのあいさつ巡りを計画していた。娯楽の少ないマリーノでは、これは好む好まざるに関わらず、一大イベントだ。武闘に興味がなくても、お客目当ての出店だけでも楽しめる。
「まぁ、それも大事だが、一応お前が推薦した兵も出るから、見てやってくれよ」
「えっ? 全部あの通り?」
レアは驚いて表を上げた。訓練場で誰が良いと聞かれて、分かる範囲で応えたのを思い出す。
「…いや、一部変更したが、たいがいあの通りだ」
叩きのめすと言っていたが、圧倒的過ぎても楽しくないとも言っていたので、ほどほどのレベルを選んだのだが、本当に良かったのかとレアは冷や汗をかいた。
「余興を用意してある。たぶん、お前も楽しめるぞ」
そう言ったカイザックの笑みに、レアは嫌な予感しかしなかった。
マリーノの王が開催を宣言し、武家のパルマ家が進行を担った。
ロイヤは提案した手前、資金の援助は惜しまずに提供した。
「やはり、アレは武神だったな」
皇帝は肘をついて嬉しそうに言った。
「陛下、そのような事は…」
「堅物なお前でも、認めざるおえないだろう?」
「…」
後ろに控えるジルドは、言葉を詰まらせた。
隣同士とはいかないまでも、お互いの会話が耳に入る程度の近場で並んだマリーノ側にも、もちろんこの会話は聞こえている。
「オレは叩きのめすとも、簡単ではつまらないとも言って、人選を任せた。その結果がコレだ」
弓・槍共に競技は白熱した。わずかな運の向きで結果が左右されるほどの接戦の中、ロイヤが全勝していた。
「武器は扱えなくとも、長く軍にいただけの事はある。目は肥えているのだろう」
「私は、…あの者を簡単に認める訳にはいかないのです」
「まぁ、そうだろうな」
皇帝は面白そうにジルドの言葉を肯定した。
「ザッカ前線で一番苦労したのは、お前だからな」
長い足を組み直し、目の前の熱気を見渡す。
「ミヤも間に合えば良かったな」
とは言え、ミヤは多少たしなむが興味がない人間だ。つまらないとでも言って、さっさと出て行ってしまったかもしれない。
「間に合いましたよ、皇帝陛下」
懐かしくも聞き知った声に、皇帝は振り返った。
「来たか、ミヤ」
「はい、お待たせしました」
宮廷官吏の服を着た、皇帝と同じく長身の眼鏡をかけた青年は、軽く頭を下げた。
「どうせお前の事だ、早馬なんぞに乗る気はないだろうと思っていた―――マリーノ王」
ゆっくりと背筋を伸ばし、皇帝はマリーノ王へ声をかけた。ワインを口にしかけた王は身を強張らせる。
「パルマ宰相殿も…。コレが今回マリーノに呼んだ官吏だ。とは言っても、代表と言うだけで、コレがマリーノに残る訳ではないが」
「お初にお目にかかります。マリーノ王、パルマ宰相。ジャック・ミヤ・レトリマスといいます。ロイヤで宰相補佐をさせていただいております」
宰相補佐と聞いて、王も宰相も驚いた。
その地位にあるにはあまりにも若い。皇帝がまだ23と聞くが、それほど変わらないように見える。
「こう見えてかなり優秀だ。まぁ、容赦ない奴だがな」
「陛下、ご冗談を」
皇帝の紹介に、青年は人好きする笑みを浮かべて見せた。容赦がないと言う言葉に、宰相の頬に汗が伝う。
「で? コレはどういう趣旨の催しなのですか?」
「オレがそこの宰相殿の息子から婚約者を奪うための、…まぁ決闘の延長戦だ」
「マリーノでは婚約者を奪うのに決闘が必要なのですか?」
宰相をチラリと見た後、椅子にふんぞり返っている皇帝へミヤは視線を送った。
「いいや、必要ないぞ」
低く小さく皇帝は笑んだ。
その悪い笑みに、ミヤが深々とため息を吐く。
「悪い癖ですね。相当、鬱憤でも溜まっているんですか?」
「そうだな。オレの新しい愛人を苛めていたようだからな」
その言葉に、ミヤは目を丸くした。
「女性にあまり興味がなかった、あのザックが?」
「ザック言うな」
「あぁ…そうでした。女性にあまり興味のなかった、あの皇帝陛下が?」
「…言い直さなくて良いぞ」
深々とため息をついて、カイザックはミヤを睨み付けた。しかし、ミヤは少しも怯む様子はない。
「で、その貴方の鉄壁の壁をぶち破る、神の偉業を成し遂げた女性はどこです?」
皇帝になる前から女性にモテておきながら、その自覚の全くない薄情な男の想い人に俄然興味が湧いて、ミヤは辺りを見渡した。だが、周囲にそれらしい女性はいない。
「さぁな。市民席を回って来るって言っていたから、たぶん、あの辺りだ」
そう言って皇帝の示す先を見つめ、ミヤはさらに驚いた。市民の席に気軽に出向く女性など貴族であるなら考えられない。
「…ザック、持ってくるように言いつけたアレは…」
「贈り物だな。喜ぶかはさっぱり分からんが」
マリーノに来るようにと要請が来た時、同時に持ってくるように指示された品は、確かに女性物だった。何に使うのかと頭を捻っていたのだが、まさか女性への贈り物だったとは。
「なんだ?」
「…いえ、良かったなと思いまして」
「いつまでオレの兄貴気分なんだ。…仕事はしてもらうぞ」
皇帝の声色の変化に、ミヤはゆっくりと背筋を伸ばした。
「えぇ、ご期待に添いましょう」
武闘会は大いに盛り上がっていた。
元々、遊牧民の血を引く部族も混じっており、弓などは身近な物だったため、年寄りなどは酒を片手に昔話も盛り上がり、どちらが勝っても拍手喝采だった。
我が国の威厳が~などと歯切りしする者も見かけない。
「次は剣技でしょう? なかなか始まらないね?」
話していたパン屋の奥さんが気付いた。
「そう言えば、まだ始まらないね」
それぞれの競技の後には休憩が入ったが、今回は長い。そう思っている間に、マリーノ側の三人が出てきた。
「始まるみたいだよ」
パルマ家自慢の三人だった。自慢、と言うよりは「お抱え」に近いのだが、恐らく腕は立つ。―――自分の指揮下にいた事はないから、詳しくは知らないが。
「まぁ、今回もロイヤが勝つだろうけど…」
とロイヤ側の戦士へ視線を走らせ、首を傾げた。
指名した三人が出てこないのだ。
瞬間、何やら嫌な予感がして、王や貴族たちの座る席へ視線を走らせた。その視界で、皇帝である青年が手で何事か合図をする。
その合図に反応して、彼の背後に立っていたフードが観客席から会場へ飛び降りた。
フードが翻り、その下から真っ赤に燃えるような髪が覗いた。




