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魔女と王様  作者: 新条れいら
マリーノ
45/117

45.武闘会(1)

 皇帝の提案から二週間後、パルマ宰相の手配で武会が開かれることになった。


 闘技場はないので、王都内の訓練場が会場になる。


「お前は今日、どうするんだ?」


 袖のボタンを留めながら、カイザックはレアに問いかけた。


「武闘会? あんまり興味ないから、市民席のあいさつ巡りする予定だよ」


 ロイヤへ行けば、もう会う事もないかもしれない。そう思ってのあいさつ巡りを計画していた。娯楽の少ないマリーノでは、これは好む好まざるに関わらず、一大イベントだ。武闘に興味がなくても、お客目当ての出店だけでも楽しめる。


「まぁ、それも大事だが、一応お前が推薦した兵も出るから、見てやってくれよ」


「えっ? 全部あの通り?」


 レアは驚いて表を上げた。訓練場で誰が良いと聞かれて、分かる範囲で応えたのを思い出す。


「…いや、一部変更したが、たいがいあの通りだ」


 叩きのめすと言っていたが、圧倒的過ぎても楽しくないとも言っていたので、ほどほどのレベルを選んだのだが、本当に良かったのかとレアは冷や汗をかいた。


「余興を用意してある。たぶん、お前も楽しめるぞ」


 そう言ったカイザックの笑みに、レアは嫌な予感しかしなかった。




 マリーノの王が開催を宣言し、武家のパルマ家が進行を担った。


 ロイヤは提案した手前、資金の援助は惜しまずに提供した。


「やはり、アレは武神だったな」


 皇帝は肘をついて嬉しそうに言った。


「陛下、そのような事は…」


「堅物なお前でも、認めざるおえないだろう?」


「…」


 後ろに控えるジルドは、言葉を詰まらせた。


 隣同士とはいかないまでも、お互いの会話が耳に入る程度の近場で並んだマリーノ側にも、もちろんこの会話は聞こえている。


「オレは叩きのめすとも、簡単ではつまらないとも言って、人選を任せた。その結果がコレだ」


 弓・槍共に競技は白熱した。わずかな運の向きで結果が左右されるほどの接戦の中、ロイヤが全勝していた。


「武器は扱えなくとも、長く軍にいただけの事はある。目は肥えているのだろう」


「私は、…あの者を簡単に認める訳にはいかないのです」


「まぁ、そうだろうな」


 皇帝は面白そうにジルドの言葉を肯定した。


「ザッカ前線で一番苦労したのは、お前だからな」


 長い足を組み直し、目の前の熱気を見渡す。


「ミヤも間に合えば良かったな」


 とは言え、ミヤは多少たしなむが興味がない人間だ。つまらないとでも言って、さっさと出て行ってしまったかもしれない。


「間に合いましたよ、皇帝陛下」


 懐かしくも聞き知った声に、皇帝は振り返った。


「来たか、ミヤ」


「はい、お待たせしました」


 宮廷官吏の服を着た、皇帝と同じく長身の眼鏡をかけた青年は、軽く頭を下げた。


「どうせお前の事だ、早馬なんぞに乗る気はないだろうと思っていた―――マリーノ王」


 ゆっくりと背筋を伸ばし、皇帝はマリーノ王へ声をかけた。ワインを口にしかけた王は身を強張らせる。


「パルマ宰相殿も…。コレが今回マリーノに呼んだ官吏だ。とは言っても、代表と言うだけで、コレがマリーノに残る訳ではないが」


「お初にお目にかかります。マリーノ王、パルマ宰相。ジャック・ミヤ・レトリマスといいます。ロイヤで宰相補佐をさせていただいております」


 宰相補佐と聞いて、王も宰相も驚いた。


 その地位にあるにはあまりにも若い。皇帝がまだ23と聞くが、それほど変わらないように見える。


「こう見えてかなり優秀だ。まぁ、容赦ない奴だがな」


「陛下、ご冗談を」


 皇帝の紹介に、青年は人好きする笑みを浮かべて見せた。容赦がないと言う言葉に、宰相の頬に汗が伝う。


「で? コレはどういう趣旨の催しなのですか?」


「オレがそこの宰相殿の息子から婚約者を奪うための、…まぁ決闘の延長戦だ」


「マリーノでは婚約者を奪うのに決闘が必要なのですか?」


 宰相をチラリと見た後、椅子にふんぞり返っている皇帝へミヤは視線を送った。


「いいや、必要ないぞ」


 低く小さく皇帝は笑んだ。


 その悪い笑みに、ミヤが深々とため息を吐く。


「悪い癖ですね。相当、鬱憤うっぷんでも溜まっているんですか?」


「そうだな。オレの新しい愛人を苛めていたようだからな」


 その言葉に、ミヤは目を丸くした。


「女性にあまり興味がなかった、あのザックが?」


「ザック言うな」


「あぁ…そうでした。女性にあまり興味のなかった、あの皇帝陛下が?」


「…言い直さなくて良いぞ」


 深々とため息をついて、カイザックはミヤを睨み付けた。しかし、ミヤは少しも怯む様子はない。


「で、その貴方の鉄壁の壁をぶち破る、神の偉業を成し遂げた女性はどこです?」


 皇帝になる前から女性にモテておきながら、その自覚の全くない薄情な男の想い人に俄然がぜん興味が湧いて、ミヤは辺りを見渡した。だが、周囲にそれらしい女性はいない。


「さぁな。市民席を回って来るって言っていたから、たぶん、あの辺りだ」


 そう言って皇帝の示す先を見つめ、ミヤはさらに驚いた。市民の席に気軽に出向く女性など貴族であるなら考えられない。


「…ザック、持ってくるように言いつけたアレは…」


「贈り物だな。喜ぶかはさっぱり分からんが」


 マリーノに来るようにと要請が来た時、同時に持ってくるように指示された品は、確かに女性物だった。何に使うのかと頭を捻っていたのだが、まさか女性への贈り物だったとは。


「なんだ?」


「…いえ、良かったなと思いまして」


「いつまでオレの兄貴気分なんだ。…仕事はしてもらうぞ」


 皇帝の声色の変化に、ミヤはゆっくりと背筋を伸ばした。


「えぇ、ご期待に添いましょう」




 武闘会は大いに盛り上がっていた。


 元々、遊牧民の血を引く部族も混じっており、弓などは身近な物だったため、年寄りなどは酒を片手に昔話も盛り上がり、どちらが勝っても拍手喝采だった。


 我が国の威厳が~などと歯切りしする者も見かけない。


「次は剣技でしょう? なかなか始まらないね?」


 話していたパン屋の奥さんが気付いた。


「そう言えば、まだ始まらないね」


 それぞれの競技の後には休憩が入ったが、今回は長い。そう思っている間に、マリーノ側の三人が出てきた。


「始まるみたいだよ」


 パルマ家自慢の三人だった。自慢、と言うよりは「お抱え」に近いのだが、恐らく腕は立つ。―――自分の指揮下にいた事はないから、詳しくは知らないが。


「まぁ、今回もロイヤが勝つだろうけど…」


 とロイヤ側の戦士へ視線を走らせ、首を傾げた。


 指名した三人が出てこないのだ。


 瞬間、何やら嫌な予感がして、王や貴族たちの座る席へ視線を走らせた。その視界で、皇帝である青年が手で何事か合図をする。


 その合図に反応して、彼の背後に立っていたフードが観客席から会場へ飛び降りた。


 フードが翻り、その下から真っ赤に燃えるような髪が覗いた。


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