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魔女と王様  作者: 新条れいら
マリーノ
35/117

35.義兄との再会

 盛大な音と共に、謁見の扉が開かれた。


「お前もやるなぁ。…お陰で、展開が早くて助かるぞ」


 衛兵の狼狽える様子などお構いなしに、大股で長身の男は入ってきた。


 翻る漆黒のマントも、腰の漆黒の大刀も、身を包むロイヤの軍服も、目を引いた。それまで自分の中にあった怒りなど、一瞬で吹っ飛んで、レアはぽかんと男を見ていた。


 皇帝の後ろには、こちらも身なりを整えたジルドを始めとする側近達が遠慮もなく続く。


「ロイヤの…皇帝…?」


 唖然としたパルマ宰相の胸に、再度短刀を押し付けると、レアは部屋の中央で王に対峙するカイザックの元へ駆けた。


 強盗みたいな登場で注目を集める男の腕を掴む。


「ほどほどにするって言ってたのに」


「オレはお前が断罪されるのを黙って聞いていてやれるほど、寛大ではないぞ」


 声を落とすレアに対して、男ははっきりと言い切った。あんまりにも堂々とした態度に、止められないと理解して、レアは助けを求めて、カイザックの後ろに控えるジルドを見た。が、ジルドはレアの視線に気づいて視線を一瞬合わせただけで、すぐにマリーノ王へ視線を戻してしまう。


 つまり、これで良いという訳だ。


 仕方なく、レアは気を取り直して、王へ彼を紹介しようとした。それを制止するように男の手がレアの肩を引く。


「ここからはオレの仕事だ。お前は下がれ」


 有無を言わせぬ視線に、レアは驚いた。その手を引く者がいて、レアはさらに驚いて振り返った。


「お義兄さま…」


 レアが何か言うよりも先に、義兄はレアを強く引いた。一瞬、男と視線を合わせると、小さく礼をする。


「お義兄様、どういう事?」


 謁見の間を連れ出され、長い廊下を手を引かれたまま進みながら、レアは久しぶりに会う義兄の背中に聞いた。充分に離れ、周囲に誰もいない事を確認した義兄は、ようやく振り返った。


「レア、無事で良かったっ!」


 強く抱擁されて、その胸に鼻をぶつけてしまう。痛いよと文句を言おうにも、強い抱擁から逃げられない。


「…本当にっ」


「苦しいよっ!」


 数分にも及ぶ再開の抱擁に耐えたが、さすがに苦しくなってレアはその胸を押し返した。


「どうなってるの? カイザックがいくら無茶を言ったって、謁見の扉を開ける訳ないよね? それにお義兄様、カイザックと逢った事があるの?」


 初めから、自分を連れ出すことは決められていたような手際の良さに、レアは疑問を募らせた。


 義妹の疑問を理解できるケイト・リグ・ヴァルハイトは、苦笑した。


「扉を開けたのは、叔父上だよ」


「お父様が!?」


 謁見の間に姿がない事を不安には思っていたが、どういう事なのかますます分からない。


「カイザック…が、レアの口ぶりからロイヤの皇帝と判断するなら、僕達が彼に会ったのは、扉を開ける直前だよ」


 状況がまだ分からないレアへ、ケイトは当然だろうと苦笑した。


「彼は、シイリーズを介して、僕たちに手紙を寄こして来た。レアが倒れてすぐだよ」


 瞠目したレアに、義兄は順を追って説明した。


 手紙には、マリーノ王へ継続的な説得に感謝する旨、マリーノを蹂躙する気はない事、レアの状況と目覚めたらマリーノ城へ発つ旨が書かれていた。


「それから、レアをロイヤに連れて行くって書いてあったよ」


 そう口にする義兄の、複雑そうな瞳に、レアは初めてその未来を実感した。家族と遠く離れることになるのだと、この時初めて、その事を理解した。


 それでも、レアは義兄を見上げて、笑う。


「うん。…でも、大丈夫」


 手紙が届けられた時、叔父も叔母も自分も、皇帝がレアの価値に気付き、さらなる自国の拡大と繁栄のために利用するのかと思った。その後、ティンが届けた軍医ホルスの手紙に、彼の事が書かれていたが、すぐには信じることが出来なかった。


 しかし。


「貴殿がヴァルハイト卿か?」


 閉ざされた扉の前で、自分達に気付いた男は、自分とそう変わらない年に見えた。皇帝の名にふさわしい威厳と、どこか悪戯っぽさの伺える笑みとの差に驚いた。


「この度の協力に感謝する」


 そう言って、皇帝は頭を下げたのだ。控えていた側近らしい男が、ギョッとしたように制止したが、彼は軽く笑ってあしらう。


「レアをダシにしたようなもんだからな。謝るぐらいはさせろ」


 男は部下に言った。


「娘の恩人と、ホルスから聞いています。感謝は耐えません」


 叔父はそう言って深く頭を下げた。その様子を目を丸くして見ていた皇帝は、何かを納得したように小さく笑った。


「彼なら、レアを任せても良いのかもしれないね」


 もしも、ロイヤの皇帝がレアを物扱いするのなら、命に代えても阻止しなくてはいけなかった。もう、これ以上、義妹を戦場に立たせるわけにはいかない。


「逆に、ベッドに縛り付けられちゃうかもね」


 義兄の言いたいことを理解して、レアも苦笑気味に笑った。


「でも、どうやってシイリーズを手なずけたのかな?」


 鳥笛で呼んでいるところを目撃はされたけれど、あの時、シイリーズはカイザックを敵と見なしていたし、襲い掛かろうともしていた。それを一体、どうやって手紙を託すことが出来たのだろうと、レアは首を傾げる。


 ケイトもまた同じ疑問を持っていた。しかも、手紙は一度ではなく、ティン宛てに二度目があったのだ。それを聞いて、レアは驚くと同時に今朝の男三人衆の集まりに納得した。


 きっと、何かティンの気を引く様な面白い事でも提案したに違いなかった。でなければ、敵意剥き出しだったティンが、カイザックと楽しげに話すわけがない。


「どうしたの? お兄様」


 二通目の手紙の内容を、便宜上知っているケイトは、複雑そうにレアを見下ろしていた。それに気付いたレアに、慌てて取り繕ったような笑顔を向ける。


「まさか、ロイヤの皇帝も友達にしてくるとは思ってなかったよ」


 それは本心だった。


 良くも悪くも妙に人の心を掴む事に長けている義妹は、今までも戦地で敵対してきた部族長とそれなりの友情を築いて来ていた。だからとて、大国ロイヤの皇帝とまで、友情を築いてくるとは、さすがに思っていなかったのだが。


「友情、なのかな?」


 首を傾げるレアの背中越しに、上官を探すセイルの姿を見つける。


「さて、そろそろレアは軍を解散させてこないとね」


 ケイトは苦笑して、レアを促した。


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