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魔女と王様  作者: 新条れいら
マリーノ
34/117

34.マリーノ

 七日間、荷台に缶詰め状態で、ようやく外に出ることが出来たレアは、思いっきり伸びをした。


 さすがに時間を持て余していたし、体も鈍ってしまった。


「よお、元気だったか?」


 レアの愛馬と新しい制服、そしてヴァルハイト卿からの手紙を持って、城下町と目と鼻の先の岬で待っていたティンはレアに声をかけた。


「さすがに退屈だったかな」


 久しぶりの軍服の感覚に、腕を回してみたり屈伸してみたりしながら、レアは笑った。腰のポーチを装着して、いつもの準備完了だ。


 きっと、むっつりと拗ねてるか怒っているだろうと思っていたティンは、なぜか機嫌がよく、体調は大丈夫かとも聞いてこない。


 その事を不思議に思って尋ねようと振り返ると、ティンは林の陰で話していた男とデッドの会話に混ざってしまっていた。


(いつの間に、仲良くなったの?)


 男たちの会話は聞こえてこない。ただ、背中越しにもティンが笑っているのが分かるし、デッドも口元に笑みを浮かべている。二人へ何事か説明しているらしいカイザックも、楽しそうだ。


「ねぇ、何話してるの?」


 楽しげな男たちの会話が気になって、トコトコと近づいた。


 特に長身の三人が並ぶと、大木でも見上げるような形になるレアの頭を、ティンがガシガシと撫でた。


「シィには言えないな」


「言えませんね」


 味方であるはずの傭兵二人に拒まれ、レアはカイザックを見上げる。


「まぁ、ほどほどにしとくから、気付かなかった事にしな」


「…」


 嫌な予感しかしない。


 しかし、それ以上追及しようとした時、東の水平線から朝日が大地を照らし始めた。


「時間だ」


 男の短い言葉には、楽しげな色が滲んでいた。


 一抹の不安と緊張を抱いて、レアは昇り始めた太陽を見つめた。




 情報は届いていたようで、城下町への門は固く閉ざされていた。


 まずは使者を立て、開門を要求する。


「ここで、数日かかると思ってたんだけどな」


 あっさりと開門の要求が通ったことに、レアは首を傾げた。徹底抗戦をする気はないから、開いたのかとも思うが、自分が缶詰め状態の間にマリーノでは大きく内情が変わったのだろうか。


「さすがだな」


 隣の馬上でクスリと笑った男の言葉に、レアは首を傾げる。


「間者でも放ちました? それとも、もともと伝手があったとか?」


「伝手、なら途中で出来た」


 男の意味深な笑いに、レアはため息を吐いた。完全に悪戯をしに行く少年の顔をしている。きっと観客の一人にカウントされているだろう自分には、何も教えてくれないだろうとレアは直感で分かった。


 七日間、大方の話し相手はロイヤの皇帝で、彼がいかに聡明であるかも、強く厳しく、そして優しいかも理解したつもりだ。そして、時々とても子供っぽい。


「ほどほどで、お願いしますね」


 諦めて、レアは視線を門へ向けた。


 レアを先頭に、副官が続き、そのすぐ後をロイヤの皇帝と側近が続く。門の前に来た時、皇帝がレアの隣に馬を進めた。門の開く重い音がする。


 カイザックがレアの手綱を握る手を引き寄せた。


「では、夜にまた逢おう」


 軽く指に口づけをし、皇帝はにやりと笑った。




 始まりの場所への扉が開く。


 足を進めると、重い空気が全身を押しつぶさんばかりの勢いで襲い掛かってくる。


「陛下に『王の意志』を返しに参りました」


 誰も口を開かぬ事にしびれを切らし、レアは先に口を開いた。


 謁見の間において、最初に口を開くことは不敬極まりなかった。ざわつく広場を見渡し、そしてレアは壇上の王へ視線を向ける。


「生きて帰るつもりはありませんでしたが、…マリーノを守る光明があるとするなら、それはロイヤの皇帝自身がそれだと判断し、お連れしました」


「何を馬鹿な…」


 上擦った声は誰のものだったか。


 痴れ者が、と罵る言葉に、レアは薄く笑む。


 わずかな兵力で死闘を繰り返していた間、この場は何をしていたのだろう。死んでいった者達の顔が浮かんで、レアは怒りに震えた。


「わたしが預かりしは、『王の意志』! なれば、これは陛下のご意志です」


 ツカツカと歩み、手に抱いていた短刀を、パルマ宰相の胸に押し付ける。


ようやく、マリーノ編です。

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