3.捕虜の証言
最初の衝突があってから三月が経っていた。
土地に明るいのは確かにマリーノ側ではあったが、数は圧倒的にロイヤが勝っていた。どう考えても正面から戦って勝てる相手ではないのは、どちらの陣営も分かっていた。
「さぁ、魔女はどう出るか」
皇帝ガイディウスは、自分が少し高揚していることを自覚していた。
辺境の地の小国や部族を平定していったところで、一方的な暴力に近かった。無駄な殺生を好んでいるわけでも、したいわけでもない。目的のために勢力を広げているに過ぎない。
それでも、好敵手になりうるかもしれないと言う期待はあった。
第一波は、マリーノの領土から離れたガデル族の勢力内。まるで、ここから先は自分達のテリトリーだと警告するように、局地的かつ夜襲であった。
それを皮切りに、マリーノからのゲリラ戦が展開されていった。
最初こそ、奇襲に頭を抱えたが、それでも数の力には敵わないのか、じりじりと前線はマリーノへ後退していった。
捕虜が捕らえられたのは、ひと月半が経った時だった。
「名は?」
足に矢傷を受け、走る事が出来なかったのだろう青年は、男に見下ろされ身を強張らせた。
「デミーノ、…デミーノ・ハルス」
擦れた声で、青年は答えた。後ろ手に両手を縛られた状態で座らされて、気弱そうな様子が一平卒だと一見して分かる。
大した情報は引き出せないだろうと内心思いながら、男は青年の前にしゃがむ。
「知っていることは話してもらう。でなければ…」
男の言動に、ビクッと身を強張らせた青年は、両目に涙を溜め、しかし唇をかみしめた。その様子に、男は内心感心する。
少し脅せばしゃべりそうなのに、拒絶の意志を示した。
「お前たちの総力は?」
ビクッとその肩が震えた。唇を噛み、拒絶をするように俯く。その地面に頬を伝った涙の湿りが出来る。
多少手荒な事も必要かと、男がそう思った時。
「…150です」
ブルブルと震えながら、青年が蚊の鳴くような声で応えた。
「…は?」
意に反してあっさり吐いた事へなのか、それともその答えへの反応なのか、自分でも分からなくなる。
「150?」
自分の背後で、自分と同じように驚愕する側近たちの声が聞こえた。
「150? 嘘を言えと言われているのか?」
内心の動揺を抑えながら、男は俯いて泣く青年へ問う。男の次なる問いに、青年は激しく頭を左右にした。
「王はあの方に100の正規軍と30の傭兵隊しか与えなかった!」
叫ぶように青年は言う。
「あの方を慕う傭兵が名乗りを上げてくれて、150だ。それが全部だ!」
勢いよく顔を上げた青年の頬は、涙でぐちょぐちょだった。
「どうか…どうか、兵を引いてください。オレは…オレ達は、あの人を死なせたくない」
最初の捕虜デミーノを捕らえてから二週間で、捕虜は5人に増えた。
ゲリラ戦への対応が功をなし、損失は確実に減った。代わりにあちらへダメージがあるという事だった。
捕らえられた捕虜の態度は、ほぼ一致していた。
潜伏先こそ言わないが、戦力や指揮官の面子、傭兵のレベルなど、分かる事はすんなりと口を割った。そして、必ず兵を引いて欲しいと願う。
「なぜ、兵を引けと言う?」
最初の衝突から二か月目に入って、初めて傭兵が捕虜となった。
「そりゃぁ、シィに死んで欲しくないからだろ」
ジルと名乗った髭を蓄えた初老の傭兵は、胡坐をかいた状態で座らされていた。
「シィ?」
「外じゃ、魔女なんて呼ばれてる、マリーノの指揮官さ」
ジルの言いようは親しい者への物言い様に聞こえた。内心の驚きを見透かしたのか、ジルは男を見上げて小さく笑った。
「レア・シィー・ヴァルハイト。マリーノの頭の悪い王のせいで、こんな死地を任されちまってる、難儀な娘さんさ」
憐みの混ざる小さな吐息を、ジルは吐いた。
「傭兵の何人かは…いや、正規軍の人間も何人かは、シィに逃げるように言ってるけどな。あのお嬢さんは、そんな言葉になびく様な魂じゃないから」
「お前たちは、マリーノを守るためではなく、その指揮官を助けるために戦っているのか?」
ジルの言い様に、驚愕を隠すこともせずに男は聞いた。その言葉にジルがにやりと笑う。
「少なくとも、傭兵50人はそう思ってるな」
その言葉に、男は背筋がぞくりとするのを感じた。武者震いとでも言うのか、全身が微かに震える。
「ティンなんかは、無理やり連れ出そうとして、後頭部を殴られていたな」
思い出したのか、ジルは面白そうに笑んだ。
「マリーノの正規軍の捕虜も、兵を引いてくれと、指揮官を助けてくれと助命を求めてくるのは…慕われているからか?」
「あいつら、たいていの事はスラスラしゃべっただろ?」
男の問いに、ジルは違う問いで返した。
ぐっと喉を詰まらせた男の様子を、肯定と受け取って、ジルは意味深に笑う。
「もし捕虜になったら、自分の命を一番に考えろとさ。何としてでも生き延びる事を考えろと、出陣の時にシィが命令したのさ」
拷問など受けることは、自分の命令に背く事だと、彼女は高らかに宣言した。
生きて家族の元に帰るために、指揮官である自分を差し出す覚悟をしろと。
「それは卑怯じゃない。国を守る事より、家族を守る事を考えろ…って言う奴だ」
「馬鹿な…」
男の呟きに、ジルが諦めたように小さくため息を吐いた。後ろ手に拘束されてなければ、肘でもついて頭をガシガシ掻いてそうな雰囲気だ。
「馬鹿なのさ。でも、シィが祖国を諦めてるとも思えないから、怖い。魔女だからな」
魔女、と言う言葉に男はジルを見下ろした。
「その女は、一体どんな力を持っている?」
神掛かった力を持っているのか、はては山をも投げつけるほどの怪力でも持っているのか。
男の視線をまっすぐに見つめて、ジルはなんだか可笑しな気分になった。男の視線に悪意はなく、本当に世界を力で平定しようとしている皇帝なのだろうかと疑いたくなる。
ただそこにある男を見つめれば、まだ青年と言えてしまえる年であり、内面を隠しきれていない幼さも垣間見える。
自分達を見渡して、にっこりと笑った少女の姿が脳裏に蘇る。
少し、彼女に似ている。
「何も。―――ただの、16歳のお嬢ちゃんだよ」
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