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魔女と王様  作者: 新条れいら
ザッカ前線
27/117

27.太陽と月

 夢を見ていた。


 何度も何度も姿を変えて生まれ変わりながら、何かを探す夢。


 見つけておいでと、そう言われて旅立った、遠い遠い昔。貴女の、何の役にも立てなかった頃。


(何を…探していたんだっけ?)


 思い出せない。


 誰かが優しく笑った。優しい手が頭を撫でてくれる。


 大丈夫。


 見つかったら、すぐに分かるよ。




 風が頬を撫でるくすぐったさに、目を覚ました。


 眩しさに目をしばしばさせる視界に、誰かの背中が見えて、レアはあれ?と首を傾げた。


 その背中を見つめていると、何かを思い出しそうなのに、さっき見ていた夢のように思い出せない。


 その背中が振り返った。


 それが誰だったのか思い出して、レアは混乱した。


「なんだ。聞いてたより、目が覚めるのが早かったな」


 大きな手が額に触れて、そう言ったので、ようやく状況に予想がついて、レアは慌てた。


「わ…わたし、やっちゃいました!? あぁ、やっちゃった。全然、覚えてない。この感じ、絶対何日も寝こけちゃったヤツだ。どうしよ…」


 いつものように飛び起きようとして、起き上がった瞬間にぐらりと身体が傾いた。そのまま元居た寝台にひっくり返った。


「あれ?」


「騒がしいな。ひとまず落ち着け」


 自分を見下ろしてくる男の顔もぐるぐる回っている。手足が重く、息も苦しい。


(あれ? あれれ?)


 いつもの盛大な寝坊だったら、目覚めた後はすっきりしていて、多少関節が軋んでいても元気なはずだった。普段との違いに、レアは再び混乱する。混乱のせいで、余計に目が回ってくる。


「起き上がれそう…にないな」


 寝台の上で目を回している魔女を見下ろして、起き上がれるなら水を飲ませようとした男は苦笑した。抱き起すと、目が回っているせいか、腕にしがみついてくる。


「…きもちわるい…」


 青ざめた顔でしがみついてくる魔女の呼吸は、浅く早く、軍医から聞いていた状態とはとても思えなかった。言葉はそれ以上出てくる様子もなく、ぐったりと身を預けてくる。


 髪を撫で、額に触れる。冷たい汗と気だるげな熱が伝わってくる。


「水は飲めそうか? 食べられそうならリンゴの甘煮があるぞ」


 覗き込みながら言うと、何がおかしかったのか、魔女が小さく口の端だけで笑った。


「…王様、看病慣れしてる」


 指摘され、男は苦々しく舌打ちした。病人は病人らしく、黙って看病されていれば良いのに、と思う。そのままの勢いで口に水のみを突っ込んでやろうかと思った。


「お水、ください」


 男の内心を知ってか、魔女が力ない声で求めた。


 体が求めるままに三杯を飲み干して、ようやく落ち着いたのか、しがみついていた腕の力を抜いた。


「…どれぐらい、寝てました?」


 多少落ち着いてきて、状況が気になるらしい魔女は聞いてきた。自分を見上げようとして動いたが、めまいがひどいのか俯いてしまう。その様子があまりに弱々しくて、男はまいったなと内心でため息を吐いた。


「ちょうど一日だ。昨日の夕餉に倒れた。お前ところの軍医が、三日は目が覚めないと言うから、現場を目撃した奴以外には、お前はマリーノに状況説明に行ってる事にした」


 付き添いでティンがレアの愛馬を連れて言ったと聞いて、レアは苦笑する。きっと駄々をこねたに違いない。


 すぐに休ませた方が良いのは分かっていたが、一通りを教えてから、男は有無を言わせず、その身体を寝台に戻した。


「そんなわけで、あと三日ほどは寝ていてもらう。まだ顔色も悪いし」


 青ざめた顔が自分を見上げて、諦めたように息を吐いた。実際、声を上げるのも辛そうなのは素人が見ても分かる。


「陽が落ちたら軍医が来る。辛かったら、今呼ぶが?」


 そう問われて、レアは否を伝えた。せっかく機転を利かせてくれたのに、自分のせいでそれをぶち壊すような事はしたくなかった。そこまで頭で考えていたが、それ以上の事を考えようとすると、痛みさえ訴えてくる。


 苦しそうに顔を歪めた魔女を見下ろして、男はどうしたものかと思案する。軍医の話では対処法しかないのだと言うが、ただ見ているだけとは、こちらも辛いものがある。


 苦しげな呼吸に気付き、クッションで上体を上げて横向きに寝かせてやる。


「お前は難儀な奴だなぁ」


 額に濡らしたタオルを置いてしまえば、することもなく、寝台の側に腰を下ろし、その顔を覗き込むように肘をついて、しみじみと漏らした。


 男の独白に気付いたのか、魔女が紅く潤む瞳をわずかに上げて、力なく笑った。


「…」


 すぐに閉じられた瞼を、男はまんじりともせずに見つめていた。


 ジルドに言われた言葉が、脳裏に過る。


(惚れてるって?)


 今までの人生を掘り起こして、好意を持った女性を色々と思い出してみる。


初恋は侍女だったような気がするし、教養の一環として聞かされたオペラ歌手も好きになった。皇帝の地位に就いて、慣習で三人の女性と関係をもたされたが、これは好きとか嫌いとかの次元とは別物。正妃はいるが、これまた隣国との政略結婚で、愛があるかといわれると皆無だ。


「…」


 大体、自分の人生において、女性と仲良くやると言う事自体が少なかったと思い返して、男は盛大にため息を吐き出した。五つも上の姉と、六つも下の妹に挟まれ、奔放な母に振り回されて、女性は腹いっぱい、と言うのが正直な気持ちだったかもしれない。


「オレの人生、どこで間違ったかなぁ?」


 喉の奥で笑うと、入り口で自分を呼ぶ声がした。夕餉の時間だと呼ぶジルドを招き入れる。


「どうかなさいましたか?」


 眠る魔女の傍らで、面白そうに笑っている男へ、ジルドは首を傾げた。そんなジルドをまた面白いものでも見るように男は見上げる。


「オレは一生、あんたの部隊であくせく働いて、良いとこ部隊長くらいな人生のつもりだったことを思い出しただけだ」


「私は、…事が起これば、こうなると思っておりましたよ」


 ジルドの言葉に、男は一瞬だけ目を見張り、しかしすぐに笑った。


「嘘を言え。オレの上には12人も兄がいて、下には覚えきれない弟がいたぞ。優秀な奴はたくさんいた。それがどうして、こうなるんだ」


 悲観でもなく、それはただ本当に単なる疑問だった。口にし、他人の耳に言葉として発するのは、今日が初めての―――過ぎた疑問だった。


「王様は、太陽だもの」


 その答えは、見上げたジルドからではなく、眠ったと思っていた魔女からだった。


 驚いて振り返ると、横たわる瑠璃色の瞳がわずかに細まって笑っている。


「太陽?」


「天にあって力強く、決して触れられない。だけど、夜には月と交代する。時々、月と一緒に天にも昇る。貴方は太陽」


 引き込まれるその瞳に、別の者が映っている。男は直感で思った。


 男の内心に気付いたのか、彼女はその瞳を閉じた。


「月は太陽なくして生きていけないよ。太陽もまた、夜を待つ月がなければ、長く天にはいられない」


「お前は誰だ?」


 男の問いにジルドはぎくりと身を強張らせた。


 少女はまた小さく笑った。愛おしむ様な、優しい笑みだった。


 瞼が降りて、やがて穏やかな寝息が聞こえる。


 応えない事を予想していた男は、諦めたようにため息を吐いて、魔女の額に触れる。さっきまで火照っていた頬は落ち着いていて、呼吸も穏やかだ。


「ホント、難儀な奴」


 男は盛大に安堵のため息を吐き出した。


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