20.昼餉(3)
「大体、こういう場合は、わたしに拒否権はないのでしょう?」
ひと騒動の後の食事中、魔女は先ほど見せた恥じらいも、沈痛な面持ちも見せず、美味しそうな顔をしていた。
「…」
見るからにふてくされた様なティンが、クルミを殻ごと噛み砕く音がしていた。
「こういう時は慌てても仕方ないし、腹を括って、次にどうするか考えた方が良いんだって」
まるで、娘の結婚にふてくされてるみたいな男二人を宥めるように、レアは笑う。
「その割に、先ほど慌てていたように見えたが?」
皇帝のツッコミに、レアはぐうと唸った。
「王様は分かってないなぁ、乙女心が」
「魔女を乙女と思っていて良いのかが、分からん」
「…だから、魔女じゃないのに」
今度はレアが頬を膨らませた。
「ずっと逢ってみたいって思ってたんだから―――」
「そこだ! シィっ!」
細い両肩を掴んで、ティンは小さな体に覆いかぶりそうな勢いでレアに詰め寄った。
「なんで、こいつなんだ! 男なら他にも山のようにいただろう!」
「…お酒と女が大好きな、おじさんばっかりじゃない」
「…若い奴もいただろう!」
「若い人は、わたしよりティンに惚れてたんだ」
「変な言い方はやめろ」
皇帝は思わず噴き出した。
「そこの親子漫才、面白いな」
「ほら、王様だって言うじゃん。ティンぐらいのみんなは、わたしの事、娘だと思ってるよ」
「デッドはオレより十年下だぞ」
「馬鹿言わないでください、ティン。レアは良いとこ妹、下手したら娘ですよ」
無理矢理話を振られたデッドが嫌そうに言った。そして、ため息を吐く。
「何だかんだと言っても、シィはマリーノでは名家のお嬢様ですからね。下手な身分の者が安易に声をかけられるわけがない」
「だからって、パルマはないだろう…」
心底嫌そうにティンは言った。
「わたしに言われてもねぇ。師匠が生きてた時は、師匠が阻止してくれてたみたいなんだけど、いなくなっちゃったら、これ幸いと」
「親父さん、抵抗したんだろう?」
もちろん、とレアは頷いた。
「でもさ、あちらさんは陛下って言う切り札がある訳ですよ。陛下の口から言われても、お父様が抵抗しようとしたから、わたしが止めたの」
「なんで、止めるんだよ」
レア自身がパルマ家との婚約を良しとしていない事を理解しているだけに、ティンは納得できないという顔をした。
「それは…まぁ…わたしもあんまり長生きできそうにないし、いいかなって…」
「なんだ、そりゃ!」
ティンから目を逸らしながら言うレアの顔に、絶対怒るよねと書いてあった。
「親子漫才もその辺にしてもらおうか」
ティンやデッドに、自分の奇病について話していないのだと理解した皇帝は、そこで話を切るように声をかけた。
自分を睨み付けるティンの陰で、魔女がほっと胸を撫で下ろす様子を視界の端に収める。
「マリーノ軍での脅威は、魔女以外にあるのか?」
「ねぇよ、そんなもん」
皇帝の問いに、ティンははっきりと言い放った。説明の不足を感じたのか、デッドがその後を続ける。
「マリーノは大陸の隅にある海洋国家です。海軍は…と言うか海の知識は豊富ですが、陸上戦に至っては、赤子程度です」
この世界で、海に面した国家が責めてくることは、ほぼない。あるとすれば、海賊ぐらいである。海賊に対応する軍備はあっても、陸から攻めてくる各部族とのいざこざは、時々においてほぼ運だった。
「十年くらい前に、エバンスがマリーノに来て、それで状況が変わった。今は弟子のシィが地上戦を引き受けている。ただ、それだけだ」
地上戦の知識と経験のある者が、政家の者である事を良しと思わなかった軍家の、レアへの態度は極端だった。名を聞くのも毛嫌いする者と、取り込もうと躍起になる者―――パルマ当主は後者であり、婚約者は前者だった。
「では、脅しは簡単に通用しそうだな…」
「…ほどほどにお願いします」
フムと顎を撫でる皇帝へ、レアは額に汗を感じながら言った。
その魔女の顔に、月明かりの下で見た青白い顔が重なって、男は眉を寄せた。
「お前、顔色悪くないか?」
何気なく声をかけたのに、言われた方はギョッとしたように男を見た。
「わたしの顔色が悪いんですか? そんな事言うの、師匠だけなのに」
いつかと似たような返事が返ってきた。そして、にっこりと笑顔を浮かべる。
「わたし、タフなんで、大丈夫ですよ」
「…なら、いい」
本人が大丈夫だと言うのだから、見間違いなのだろうと男は話を打ち切った。




