18.昼餉(1)
言葉通りに、皇帝は昼餉にレアを呼んだ。
レアも今後の事を話し合う必要性を感じていたので受けたのだが、副官セイルはロイヤ側との細かい打ち合わせが立て込んでおり、第三班副班長ルディは雑務に忙殺されており、ロマに至っては一兵卒が皇帝同席の食事になど行けないと断られてしまった。
マリーノ兵で無傷な三人に断られて、仕方なく一人で向かっていたところで、デッドとティンに見つかってしまった。当然のように着いてくる二人に、レアはどうしたものかと頭を捻った。
戦闘における作戦会議には、傭兵軍の代表者にも立ち会ってもらうが、国の命運のかかっているこの場において、傭兵を連れて行くことはあまり良しとはされない。なぜなら、彼らは雇われれば、どこへでも行き、戦う。つまり、ひと月前までの味方が、敵になっていたりするのが傭兵だ。情報もまた流れる懸念がある。
「オレはお前以外に使われてやる気はないから、安心しろ」
「同意」
「…お給料、払えないわ」
頭を抱えたくなるような事を言う二人に、レアはきっぱりと断った。だが、二人はそれでは引き下がらない。
「寝床と朝晩の食事と、時々女を買えれば、それ以上は求めん」
ティンの言葉を肯定するように、隣でデッドが頷いている。レアは頭を抱えた。
そう言えば、師匠の家は彼らのような傭兵の溜り場になっていた。マリーノみたいな弱小国が有名どころの傭兵をそう何人も雇えるわけがない。それでも集まってしまう傭兵達に寝所を貸しているうちに、街の居酒屋以上に無法地帯になっていた。
「…奥さんになってくれそうな人を紹介するわ」
げんなりとレアは言った。いい歳なのだから、所帯でも持てばいいのに。
目的のテントの前で、お引き取り願うレアと、同席することを諦めない二人の悶着に、見張りの衛兵が困惑する。
「傭兵二人、どうしてもロイヤの食事が食べたいって言っているんですけど、良いですか?」
いつまでも問答していても仕方がないと、レアはテントの中に顔だけ出して聞いた。その瞬間、皇帝以外の全員が身を強張らせた。
「…かまわん」
レアの背中越しにデッドとティンを見留めて、皇帝は言った。傭兵の同席を許すことに意を唱えようとしたジルドを目だけで制し、レアの姿を見て緊張する側近達を見渡して不敵に笑んだ。
「何か楽しい事でもあったの?」
指示された席に座り、レアは皇帝へ視線を向ける。男は鼻先で笑っただけで、応えなかった。
「…ちょっと、ティン。もうちょっと、そっちに寄って」
何かあったのかとテント内を見渡そうとしたレアの隣に、大男が視界を遮るように座ったので、レアは抗議した。
「別に良いだろ」
「良くないよ。ティンは側にいるだけで暑いんだから」
「女は冷え性なんだろう。ちょうどいいじゃないか」
「…全然! 良くない!」
わざと近づいて来た、自分の足よりも太いティンの二の腕を押し返そうとしたが、びくともしない。
「まぁまぁ、シィ。ティンはこう見えて貴女を心配しているんですから」
「…気持ちは嬉しいけど、その熱気はいらない」
「ひでぇ…」
さすがに少しショックだったのか、大きな肩が落胆したように下がった。それを見て、レアは諦めたように、息を吐く。
心配をかけている自覚はあるのだから、ここは黙って熱気に耐えることにした。
昨晩の夕餉の時よりも集まった人数が少ない事に、レアは気付いた。皇帝を中心に、側近のまとめ役である第一隊ジルド、先日までマリーノの捕虜だった第七隊エゲート、第三隊ハッカの上司のイスマル、第四隊イヨルダ。第二隊医療班は今日もドクターに引っ張り出されていたから、この場にはいなかった。第五、六、八、九、十隊はザッカ前線手前で野営をしているので、そちらに帰ったのだろう。
「この二人の口が堅い事は保証します。今後について話し合いを持ちたいのですが…」
チラリとジルドへ視線をやると、彼は身を強張らせた。それを見て、レアはやっと今朝方の事を思い出す。
「あの…わたし、ほうきで空飛んだり、呪いとか惚れ薬とか作れませんから、安心してください」
「…そんな事は心配していません」
見当違いの心配だったのか、軽く咳払いをしてジルドは応えた。
「お前を魔女だ戦犯だと思えなくなってきているから、困っているんだ」
「陛下…」
面白そうに答えた男を、ジルドは諌めるように呼ぶ。レアの視線に気づいたのか、彼は再び咳払いをした。
「今朝、貴女が今後について話をしたいとおっしゃっていた旨、陛下にお伝えしたところ、この場を設けることになりました」
話の途中でドクターに引きずられる事になったので、こんなに早く話が進むと思っていなかったレアは、ジルドの配慮に感謝した。
正直に言うなら、今マリーノ王城内で行われているであろう攻防に対して、こちらからのアプローチはどうするべきなのか、祭事に疎いレアには良く分からなかった。だから、自分の動きも含めて、どう工作したものかと相談したかったのだ。
義兄が知ったら、敵に相談する事じゃないとか言われてしまうのだろうが。
「お父様とは、鷹文で毎日やり取りをするようにしています。それによると、昨日、降伏前の早朝に向かわせた早馬が城に着いたようで、城内は相当混乱しているようです」
とは言え、彼らの混乱は『今後の対策』ではなく、『責任の擦り付け合い』のようなのが文面から伺えて、レアは苦笑した。
「わたしに任せておけば、ロイヤを撃退してくれるだろう期待と、軍家にとっての目の上のたんこぶなわたしが戦死してくれたらと言う希望とで、出兵させたようなものですから、それ以外の状況の想定が出来てないみたいです」
自国の状態をつらつらと話すレアが面白かったのか、愚王の在り様を不快に思ったのか、皇帝が鼻先で笑った。
笑われても仕方がないのは、良く分かっているので、レアも肩をすくめて見せた。
「お父様が話が出来そうな者を集めて、今後の対応を検討していますが、軍家の勢いが強く議会での話し合いは困難なようですね」
父には、降伏を決めた夜の時点で文を出していた。予想をしていた父に慌てた様子はなかったが、ただただ自分の身を案じてくれていた。
「このような状況で、早々に詰め寄るべきなのか、時間を置く方が良いのか、ぜひご検討いただけたらと思います」
背筋を伸ばし、まっすぐに皇帝へ視線を向けた。
動じることもなく見つめ返されたが、不意に皇帝は視線を逸らせた。
「お前ならどうする?」
逆に聞かれ、レアは目をぱちくりさせた。
自分は捕虜である自覚はある。その捕虜に意見を求める事があっていいのか。
「わたしは、祭事には疎いんです」
「それでも考えはあるだろう」
そう促され、レアは少し考えた。
「王様の目的が周辺諸国の強制的な平定なら、混乱に乗じた方が有利な条約でも強制的な併合でも出来ると思います」
ジルド以下ロイヤ側一同が、息を飲んで硬直した。
皇帝だけが、視線を背けたまま微かに目を眇める。
「別に目的があってこんな極東に来られたのだとしたら、マリーノの受け入れる準備が整ってからでも遅くはないと思います。…お時間があるのならば」
最後に付け足した一言に、皇帝は唇の端だけで笑みを作った。そして、その青い瞳が鋭く自分を射抜く。
「いつから気付いていた?」
鋭いそれにすら怯える様子もなく、魔女は無邪気ににっこりと笑った。
「最初から。王様が王位に就いて四年です。領土拡大を図るには、時期尚早かなと。なので、一年近くも王都を空けなければならない、何か理由がおありなのでしょう?」
ロイヤが出兵準備をしていると聞いた一年前から、違和感があった。あのキラキラした王都を想う。まだ混乱から立ち直り始めたばかりの王都をそのままにして、皇帝が王都を離れなければならない理由が、きっと他にあるのだと思っていた。
「見事な慧眼だな」
ありがとうございます、と言った方が良いのか悩んで、レアは困ったように小さく笑うだけに留めた。
「流石は魔女だな」
「…わたしは魔女じゃないですよ」
「では、武神と呼ばれたいか?」
まっすぐにそんな事を聞かれ、レアは悔しそうに頭を垂れた。
「魔女で良いです…」
いつも読んでくれて、ありがとうございます。
あとがきは、全部ブログに移しました☆
https://blogs.yahoo.co.jp/reira_forest02/