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魔女と王様  作者: 新条れいら
ザッカ前線
15/117

15.朝

 重い瞼を上げて、見知らぬ天井が映る。


 あぁ、今日も目を覚ますことが出来たのだと安堵する。一日の始まりはいつも変わらない。


 なのに、その日はなんだか違った。


 まだ陽も登っていないはずなのに、太陽の匂いがする。暖かくてポカポカしていて、暖かいお天気の日みたいな安堵感。


 起き上がろうとして身じろいだ。自分とは違う何かが動く気配に、レアは首を傾げる。起き上がって、その正体と自分のいる場所を確認して、レアは頭を抱えた。


(…なんか…きっと…色々と…やらかしちゃった? みたいな??)


 水辺で王様と出くわしたところまでは覚えているけれど、話した内容に記憶がない。酷い睡魔に襲われて、ぼんやりしていた自覚はある。


 自分を見下ろせば、制服の上着は脱がされていたけれど、シャツに乱れはないし、身体に違和感もない。


 安堵にも似た吐息を吐いて、レアは黒髪の寝顔を覗き込んだ。


 この人は言動よりもよっぽど紳士だなぁと嬉しく思う。その髪を撫でてみたい気もしたが、起こしてしまったら悪いと思って、手を引っ込めた。


 そろそろと抜け出して、丁寧にかけられた上着を着込み、腰にポーチを装着し、ブーツを履き込んで、そっとテントを後にした。


「少しぐらい、慌てるかと思ったのだがなぁ」


 遠のいていく足音を聞きながら、皇帝は毛布の中で呟いてみた。




 皇帝のテント前の警備兵に驚かれつつも挨拶して、広場へ向かっていると、見慣れた人物が立ち話をしているのを見かけた。


 用事もあったので、レアは二人へ真っ直ぐ向かう。レアに気付いた一人が手を上げ、それに気付きこちらを見たもう一人は顔を引きつらせた。


「おはよう、ハイマン。もう歩いて大丈夫なの?」


昨日まで人の肩を借りての歩行だったのではないかと思いながら、レアはロイヤ軍第七部隊ハイマン准将へ声をかける。ちなみに彼の直属の上司はエゲートだ。


「お陰様でね。いつまでもあんたの世話にはならんよ」


 白い歯をニッと見せて笑う彼に、レアは頷いてみせ、続いてその隣で苦々しい顔をしているハッカへ顔を向けた。


「ハッカ殿は物資の管理してるんだよね? 朝食の材料はいつ取りに行ってもいいの?」


「なぜオレが物資管理だと…」


「え? だって」


 ぎくりと強張ったハッカに、レアは彼の持つボードを差した。


「そんなもの持ってるから、物資管理かなと。違った?」


 違わないのでハッカは言葉を詰まらせた。それを肯定と取ったのか、ハッカの自分への嫌悪感などどこ吹く風と、質問と重ねた。


「材料の引き取り時刻は、ロイヤと合わせた方がいいのかな? うちは炊事担当が30名で多めだから、炊き出しは手伝えそうだよ。それから、ハイマン」


 広場へちらほらと起き出した者達の人影を確認しながら、今度はハイマンへ呼びかける。


「今後の展開って、ジルド殿に相談すればいいの? それとも直接、王様に?」


 すべての決定権は皇帝にあるとは言え、細かい指示はジルドが総括しているはずである。レアの言い様に苦笑しながら、ハイマンはそう応えた。


「…朝食の食材も、半刻もしないうちに開ける」


 目線だけで回答を求められ、ハッカは視線を逸らせて応えた。


「じゃぁ先に医療用の湯でも沸かしておくよ。ありがとう、ハイマン、ハッカ殿も」


 屈託なく笑って、レアは足早にその場を去っていく。


「…ハイマン准将殿は…呼び捨てにされているようですが、よろしいのか?」


 その背を憎々しげに見やり、ハッカは吐き捨てるように言った。その様が三か月前の自分と重なって、ハイマンは苦笑した。


「まぁ、慣れた…ってとこかな」


 誇り高きロイヤの軍門にありながら、敵と馴染んでいることにハッカは苛立った。その嫌悪と苛立ちを感じて、ハイマンは苦笑する。


「そのうち、嫌でも分かる」


 いくら言葉を重ねても理解はできないだろう事を分かっているハイマンは、それだけ言った。




「ジルド殿!」


 背後からその声を聴いた時、ジルドは全身を強張らせた。自覚するほど頭から血の気が引いていく。


「ジルド殿、少しお時間いただけますか? 今後の事でご相談が…ジルド殿?」


 呼びかけに動かないジルドをレアがいぶかしむ。ジルドの脳裏に、昨晩の主とこの魔女の様子が浮かび、彼は暗澹たる気分だった。だが、自分はロイヤの誇り高き兵士だ。捕虜に対して不遜な態度を取る事は、プライドが許さない。


「なんでしょうか」


 ぎこちなく振り返ったジルドを見上げ、レアは首を傾げた。どうして引きつった笑みが浮かんでいるのか気になったが、自分を魔女だと嫌悪しての表情かと一人で納得して、それ以上は聞かなかった。


「マリーノの今後の行く末にも関わりますし、ジルド殿と一度お話をしたいのです」


 自分を見上げてくる瑠璃色の双眸には、腹を探り合おうという意図は見えず、どこまでもまっすぐだった。まるで闇や不純など知らぬ、幼さすら感じる。


 その瞳が、突然言った。


「なぜ、ロイヤはこんな辺境地までいらっしゃったのですか?」


 ジルドは絶句した。


 咄嗟に言い繕うとしたが、時はすでに遅かった。一瞬の沈黙が、図星なのだと言っていた。まっすぐ見上げてくる瑠璃色の瞳を見つめ返し、ドッと汗が噴き出す。


「なん…」


「シィー!!!」


 ジルドが言葉を発する前に、彼女を呼ぶ罵声が響いた。罵声と共に、激怒した男の足音が近づいてくる。


「あ、ドクター。おはよう」


「おはよう、ではないわ!!」


 汚れた白衣を纏った白髪頭の男は、強引にレアの手首を掴んだ。


「お前、昨晩はどこにいたのだ!」


 周囲に聞こえぬほどの小声で、しかし腸が煮えくり返っているような怒声でマリーノの軍医は叫んだ。彼の声が聞こえてしまったジルドが、ビクッと身を強張らせたのを、軍医は見逃さなかった。


「まさか…!」


「なんにもなかったみたいだよぉ? いたた…痛いよ、ドクター」


 魔女の手首を掴んだまま、引きずるように軍医は魔女を連れて行こうとする。その力に抵抗できないのか、魔女が異議を唱えているが、軍医の耳には届いていない。


「ジルド殿! また後ほど~」


 魔女の声だけが飛んできた。



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