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魔女と王様  作者: 新条れいら
ザッカ前線
14/117

14.水辺にて

 陽が落ちると、至る所で大きめの松明が焚かれた。


 敵の襲撃を気にする必要がなくなり、炊事も暖取りもコソコソする必要がなくなったお陰か、あちらこちらで暖を囲んで談笑するロイヤ兵を見かけた。


 元から設置していたマリーノ側にも、ロイヤからの物資で火が焚かれ、こちらは傭兵とロイヤとマリーノの三者が語り合っている。


 この三か月で、こちらの隔たりはないに等しい。共に傷付き、死の境界線を彷徨う仲間を救おうと助け合った。


 こちら側が捕虜であると言う事もあり、見張り担当はロイヤ側がやってくれる。マリーノは今夜からゆっくり休めるというものだ。もう一時間もすれば、医療班の夜勤組以外は床に入れるだろう。


「シィ、どこへ行くんです?」


 談笑する三者に声をかけ、立ち去ろうとするレアへ、腰を上げながらデッドが声をかけた。レアは手に持っていた布を示しながら、笑う。


「汗でも拭いてこようかなと思って」


「こんな時間に?」


 周囲はもう暗い。松明の光が届く範囲は良いが、レアが向かおうとしている水辺は光が届かない。しかも、もう冷えてくる時間だ。


「分かったよ、足だけにしとくから」


 デッドの言いたいことを理解して、レアは言った。が、デッドの言いたいことはそこではない。


「あなたはロイヤからすれば、八つ裂きにしても足りないくらいには嫌われているんですよ。一人でうろつくなんて」


 その場にいたロイヤ兵が困ったような顔をした。実際、皇帝が直々に手出し無用と令を出したとはいえ、人間の感情は突発的に動くこともある。そういう危険を、レアが分かっていないはずはなかった。


「行くなら、オレも―――」


「お願い」


 腰を上げてついてこようとするデッドへ、レアは否を伝えた。デッドの心配はもちろん理解しているし、危険の可能性も十分すぎるほど分かっている。


 それでも、少し一人になりたかった。


 押し黙ってしまったデッドへ、レアはにっこりと笑んだ。




 月の綺麗な夜だった。


 明かりなど持たなくても、開けた川辺では十分視界がきく。穏やかな流れに立つ、微かな波に、きらきらと優しい光が反射している。


 両方のブーツを脱いでズボンを膝上へまくり上げていた時、草を踏んで誰かが近づいてくる気配がした。


「護衛も付けずにうろつくとは、ずい分と不用心だな」


 耳に心地よい低い声が背後からした。振り向かずとも誰か分かっていたので、レアは小さく笑った。


「王様こそ、一人じゃないですか」


 水へ足を浸けながら、レアは振り向かずに言った。男のいぶかしむ気配の後、その長身が遠慮もなく隣に座る姿を、視界の端で見ていた。


「…何となく、いらっしゃるような気がしてました」


「さすが魔女だな」


 こちらを少しも見ないレアに、男は諦めたように盛大な溜息を吐いた。不気味には思わない。自分もなんとなく、そういう気がしていた。


「バスが、死にそうな顔して戻って来たぞ、さっき」


 レアが医療班として連れて行った班長のバスは、今にも吐きそうな体で自軍に戻って来た。一体何があったのか尋ねたが、鬼のようにこき使われたとしか答えなかった。医療班とは言え、それなりに鍛えているはずの他の班員もふらふらしていた。


 レアが小さく笑う。


「今のドクター、無双に入っちゃってるから、たぶん鬼のようにこき使ったんだ。元々軍医だし、人使い荒いんだよね」


 面白そうに笑う。だが、その声がひどく小さく、頼りなく聞こえて、男は魔女を見た。昼間の勢いなど嘘のように、その表は伏し目がちで弱々しい。


「敵ながら、敬意を感じずにはいられませんでした」


 憎々しげに言ったバスの言葉を思い出す。


 すぐにでもマリーノへ向かえるのかどうかの判断のため、医療現場の報告をさせた第一声。


「ロイヤの負傷兵が願い出るまで、彼らはない物資の中でもロイヤ側には物資を支給していました。代わりにマリーノ側は困窮していたのは言うまでもありません。可能な限りの処置はしていたようですが、彼らの状況は後一日遅ければ、化膿からくる死者が出ていたでしょう」


 バスは苦々しくため息をついていた。


「マリーノ兵には化膿止めを全員に飲ませておきました。重傷者12名の内、7名ほどは薬が間に合うかどうか分かりませんが、他は命を落とすことはないと思います」


「我が軍の方は?」


 なぜか自軍の報告がないのを疑問に思った。バスはさらに苦々しく顔を歪める。


「後は回復するのを待つだけです。動かせない者はおりません」


 フムと男は顎を撫でた。


「…それから、陛下。…お耳に入れておきたいことが」


 大変言いにくそうに、バスは言った。先を促すと、バスは目をそらした。


「捕虜になっていた我が軍の負傷兵たちが、あの女の助命を願っております…」


 自分では言いたくなかったと言う気持ちが手に取るように分かる顔をして、バスは奥歯を噛みしめていた。皇帝の反感を自分が受けることも嫌だったが、自身があの魔女に好意など抱けるはずもなかった。


「理由は聞いたか?」


 しかし、皇帝は冷静に問う。落ち着いた言葉に、バスは肯定の返事を返す。


「第一に魔女による献身的な治療があったこと。次に、死者に対してその先を指し示す言葉が、…まるで武神アファリアの憑代のようだと」


 今、流れに足を洗う娘を、ある者は魔女と呼び、また武神アファリアと呼ぶ。


「魔女であるお前自身も、治療に回っていたようだが、おかげで捕虜だった我が軍の兵からお前の助命嘆願が上がってる」


 エゲートが助命を求めたと聞かされたことから、なんとなく予想していたのか、魔女は小さく笑った。


「お前は魔女なのか? それとも武神アファリアなのか?」


 反応の薄い魔女にわずかにいら立ち、皇帝は問う。普通の者であれば震えあがるだろうその威圧に、レアは振り返らない。


「…さぁ? わたしはわたしでしかないけど…どちらかなんて、王様が勝手に決めてくれたらいいよ」


 どこか投げやりな言葉に、その腕を掴んで強引に顔を向けさせた。


 が、瞬間、男は身を強張らせた。


「今日はもう疲れちゃってて、あんまり考えられない…」


 その腕が、恐ろしく細い。


 こうやって腕を掴むだけで、折れてしまうのではないかと思わせてしまうほどに。


 どこかぼんやりと見上げてくる顔のその色が、酷く青ざめて見えた。月明かりの為かと思うのに、焦りにも似た感覚が拭えない。


「お前、顔色が悪いぞ」


 冷え始めた時刻に、足など水に入れているからだと言った。また魔女が小さく笑う。


「わたしの顔色が悪いんですか? そんなの分かるの、師匠だけなのに」


 今にも眠ってしまいそうな曖昧な呂律で、魔女は言った。埒が明かないと、男は立ち去ろうとした。が、数歩進んで振り返ると、月明かりの下でぼんやりと空を見上げる小さな背中が、そのまま消えていきそうだった。


 また、胸がざわつく。


 エゲートがただの娘だと言った。この魔女を前にすると、自分でも得体のしれない違和感に襲われる。こんな最前線に、死地に、なぜお前はいるのだと、苛立つ。


「そのままそこで寝るつもりか。お前のテントはどこだ?」


 大股で魔女の側に戻ると、その身体を強引に引き上げた。予想はしていたはずなのに、あまりの腰の細さにギョッとする。


「テントは…ないの。全部、負傷者テントなの…」


 男は盛大に舌打ちした。水から上がった足先から、ぽたぽたと水滴が落ちていく。もはや起きているのか寝言なのかの区別もつかない状態の魔女を片腕で支え、脱ぎ散らかされたブーツを反対の手で集め、水辺から松明の方へ大股で進んだ。


 松明を囲んで談笑していた者達はみな床に就いたようで、先ほどまでの喧騒はなく、見張りの微かな気配しかない。


「陛下、どちらにいらっしゃったのですか…」


 自らの寝所へ向かう手前で、ジルドに見つかった。が、男を見たジルドはその姿に続きを口にせずに、閉口する。


「騒がれたくない。黙っていろよ」


 それだけ言って、自らのテントをくぐった。


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