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魔女と王様  作者: 新条れいら
ザッカ前線
13/117

13.夕餉(3)

 陽が西の地平線へ沈み始めた頃、マリーノの現状を問われた。


 レアは特に躊躇した様子もなく、知っていることは話した。祭事には疎かったため、副官のセイルに補足を加えてもらう事もあった。


 現王が軍部の傀儡に近いこと。軍家と政家の国内バランスが傾いていること。民の生活までは支障が出ていないが、祭事が滞り始めていること。レアの今回の出兵に対して、現状に対する疑心や反感を持つ者が増えていること。


「ちょっと待って、何それ?」


 最後の補足に対して、レアはびっくりしたように遮った。


「それって、貴方達とかデッド達とかでしょう。話を盛りすぎだよ」


 セイルはそんな自分の上司を、呆れたような諦めたような複雑な顔で見た。


「シィーはもう少し、自分の価値を見直した方が良いですよ」


「いやいや、大げさな」


 そんなやり取りを繰り返す正副二人を、男は面白がった。セイルと言う副官が、魔女に振り回されて頭を抱えてきたかが分かるような気がする。


「で、実状はどうなんだ?」


 面白がってもいられないので、男は二人を遮って問う。セイルが背筋を伸ばした。


「今は不満が形として表に出ていることはありません。シィーは『マリーノの良心』とまで言われるヴァルハイト家の一人娘です。元々民からの信頼が厚いのです」


 言外に、レアを殺すことがいかに、その後のマリーノ攻略を難しくするかを語っていた。軍人にとって、意外にも掌握した街や村の住人の従順度は重要だった。掌握しても、住人から寝首をかかれては、面子が立たない。


 セイルからは何としてもレアを死なせないとする意志が伝わってくる。簡単に自分を投げ打ってしまう上官を守るための、彼なりの策なのはレアも分かっているのか、諦めたようにため息をついた。


「お父様が慕われてるのは知ってるけど、…わたしが戦死したからって、みんなが決起するとは思わないけどね」


 やんわりとセイルの言葉を和ませて、レアは白湯を含んだ。


「マリーノの現状は大体分かった。これほど簡単にしゃべってもらえるとは思っていなかったがな」


 白湯を飲む魔女へ、皇帝はにやりと笑んで見せる。


「売国奴と謗り(そしり)を受ける覚悟はできていると言う事だ」


 魔女が不敵に笑む男へ、驚いたように目を見開いた。何度か瞬き、それは心外だとでも言うように首を傾げた。その肩でくせ毛が躍る。


「戦って勝つだけが国を守る手段じゃないよ?」


 そして、にっこりと微笑み、言い放った。


「わたしは今、『王の意志』を持っているんだもん。だから、これは王様の意志って事になるんだよ」


 まさに魔女だと、男は声を上げて笑った。




 空腹だった腹を満たし、とりあえず色々聞かれた尋問も終わって、レアはうんっと伸びをした。


 隣では食事前よりげっそりしているセイルがうなだれている。


「生きた心地がしませんでした…」


「ご飯、美味しかったね」


 セイルの言葉に、レアは笑いながら応じた。生きた心地がしなかった最大の原因であるはずのレアは、どこかすっきりした様子で、太陽の消えた薄暗い空の下を進んでいった。


 その背中は小さく、初めてその背を先頭に立った戦地を思い起こさせた。


 少女の初陣は六年前、幼さの真っただ中の小さな背中。


 齢十の細い背中に、不安も恐れもなかった。恐ろしく良く通るその声が第一声を放った瞬間、敵も味方も全身が逆立つのを感じた。


「こりゃぁ、不憫だねぇ」


 その時、自分の隣でただ一人のんびりとそう言った―――それが、エバンスだった。


 毅然と立つ幼い背中を見つめるその横顔は、喜びの中に憐みと興奮をない交ぜにした、複雑な色をしていた。


 あの時のエバンスの言葉の意味を、彼がいなくなってから痛感する事になった。


 初陣で付いた二つ名を、彼女は続く戦闘で確実なものにしていった。


 軍部において後ろ盾を持たぬレアは、しかし唯一の鬼神の知識と技法を受け継いだ後継者だったためにそこから逃れることが許されなかった。


 エバンス亡き後、ヴァルハイト家にエバンスを通して軍部にまで影響力を持たれる事を嫌がったパルマ家によって、勅命を持って強制的に婚約させられ、エバンスが考案し築き上げた軍編成は解体された。


「オレがいなくなったら、お前は全力で逃げるんだぞ」


 幼い頭を撫でながら、エバンスがレアへ口癖のように伝え続けた意志は、今では遺言となってしまった。もっとも尊敬する師匠からのその言葉を無視してでも、レアがこの場所に立ち続けるのは、なぜなのか。


 命を削ってまで。


「シィー、病気というのは本当ですか?」


 レアの背中がピクリと震えた。


 黄昏の闇に消えそうな背中へ駆け寄り、その歩調に合わせて声を潜める。今はまだ、周りに知られるわけにもいかない。


「うん、本当。もし、わたしに何かあったら、セイルには後の事頼んだよ」


「…」


 否定ではなく肯定の言葉が、セイルの呼吸を苦しくさせた。エバンスの遺言を耳にしてた自分が、命に代えても彼女をここから遠ざけるべきだったのだと、取り返しのつかない後悔が頭をもたげた。


 あの皇帝をやり込める、嘘であってほしかった。


「大丈夫。あの王様がこんな極東の辺境まで来たのは、別に目的があるからであって、マリーノを踏みにじるためじゃないから」


 セイルの沈黙を別の意味にとったのか、少女は振り返って安心させるようににっこりと笑んで見せた。


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