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魔女と王様  作者: 新条れいら
ザッカ前線
11/117

11.夕餉(1)

 一通りの重傷者の処置が終わり、手洗い場で手と汗をぬぐっていると、ロイヤ皇帝から夕餉の招待があった。


 物資の整理をしていた副官を呼び、案内されたテントへ入る。


「武器をお預かりします」


 入り口の警備兵に呼び止められた。セイルが一瞬躊躇したが、レアに言われてすぐに腰の得物を手渡す。元々自分は何も持っていないから気にすることはないなと、中へ半歩入ったところで思い出した。


「『王の意志』って言う短刀を持ってるんだけど、それ、人に渡しちゃダメなんだよね。持ってても良い?」


 立ち去りかけた魔女に急に問われ、警備兵はギョッと身を強張らせた。


「シィー!」


 セイルの制止が入ったが、時すでに遅く、聞き耳を立てていたであろうロイヤの側近たちが一斉に二人を見ていた。


「なんだ、その面白そうなモノは」


 その中で一人、楽しげな口調で男はレアに聞いてきた。


「出兵の時に、王の命で出るって言う証として、短刀渡されるの。重いし邪魔だけど、帰って返却しないと、王の命に背いたとか、売国だとか言われて、面倒な事になるんだよね」


 さも何でもない事のように言うが、それは本来、王からの信用の証であり、軍人の誉れであるはずだ。


「確認させてもらえるなら、かまわないぞ」


「良いよ。人に触らせちゃダメらしいから、見せるだけしかできないけど」


 魔女のあっけらかんとした返答に、さすがの男も笑った。腰のポーチへ手を突っ込む様に、すぐ側のハッカが警戒した。が、そんなことなど露知らない魔女は、不慣れな手つきで金と宝石で装飾されたソレを示した。


「これなんだけど…」


 そこまで言って、さすがに周りの険悪な視線に気づいたのか、魔女は言葉を切った。自分へ視線だけで、もうしまってもいいかと聞くので頷いてやる。


「ひとまず、戦闘は終了した。まずは腹を満たそう」


 魔女と副官の壮年が席に着いたのを見て、皇帝が合図する。今はテーブルではなく、床に円を描いて座り、中央に食事と酒が置かれていた。


 円を描いて、とは言え、魔女と副官の左右はずいぶんと間が空いていた。まぁ、当然と言えば当然だろう。誰が好き好んで敵将の隣に密着したがると言うのだ。


 ロイヤ側の臣も、魔女の副官も居心地が悪そうにしていると言うのに、当の魔女は気に留めた様子もない。


 全員が胡坐という状況で、膝を折り座る姿は確かに女だった。


「いただきます」


 目の前に置かれた食事へ、彼女は神への感謝と共に手を合わせる。昨日から何も口にしていないと言っていた割に、がっつく様子もなく、作法も丁寧だ。


 さすがに本人の言う淑女だけはある。


 赤いワインを覗き見るその先で、男は魔女を観察した。食事のありがたみを噛みしめているのか、時々心底幸せそうに頬を緩める姿は、エゲートの言う『ただの娘』に見えた。


 だが、ただの娘があのエゲートを落とすことはできないのだ。


「そうそう、魔女よ」


 ワインを喉へ流し込み、男は少女の気を引いた。普段通りに食事をしているように見える周囲の意識が一気にこちらへ向いたのが、肌で分かる。


「エゲートがお前の助命を懇願したぞ」


 一瞬何を言われたのか分からなかったかのような顔をした少女は、しかし次の瞬間目を見開いた。


「さすがは魔女だ。あの忠臣を一体どうやって懐柔したのだ?」


「まっ待ってください。どうしてエゲートが? だって彼、わたしの事、大嫌いですよ!」


 皿を取り落しそうになり、慌てた魔女の膝に落ちた葉物がパラパラと床に散らばる。


「だから、お前に聞いている」


 男の冷たい言葉に、身を乗り出した状態から、少女は何かを諦めたように静かに座り直した。こぼれた物を拾いつつ、小さいが深い息を吐き出した。


「彼はロイヤ皇帝に忠誠を誓った、忠臣でした。それは今でも変わりません。最近は縛り上げなくても治療させてくれるようにはなりましたけど、それはわたしの事を調べているからだと」


 そう言いながら、魔女は再びため息を吐いた。そして、男をまっすぐと見つめた。


「皇帝陛下におかれましては、どうか彼の臣を疑う事ないよう、不肖ながらお願い申し上げます」


 それから、と彼女は言葉を続ける。


「彼の名誉のために言わせていただきますが、あの人は敵に情けをかけられるくらいなら自害しようとされるので、とても大変でした。…こちらの副官セイルなどは、腕と肩に歯形が残っていますよ。一週間も治療を拒まれましたので、大腿の傷に蛆が湧きました。なので、縛り上げて治療したぐらいです。今も本人は黙っていますが、肋骨も二本は折れてるはずです。食事も脅したり宥めたりと、大変でした。だから、僭越ながら申し上げたのです」


 そこで魔女は息を継いだ。


「皇帝に忠義があるのなら、死よりも報いる生き方がある。ただ死ぬなど、皇帝はそんな不義の家臣しか持たないのかと」


 瑠璃色の瞳に一瞬宿る、強い意志。


 燃える炎より熱く、刃よりも鋭い―――なのに、掴もうとする瞬間には掻き消える。


「とっても憤慨しておられましたが、それからは冷静に情報収集されてましたよ」


 にっこりと魔女は笑った。発破をかけられたエゲートが、魔女の真意を理解しなかった訳がない。それでも、そこまで言われて、それ以上の抵抗は出来なかったのだ。


「お見事」


「王様に忠臣を一人お返しする事が出来そうで、ほっとしてます」


 心底嬉しそうに魔女は言った。


 敵の忠臣を減らすことは、それだけダメージを与えることになる。魔女は敵である自分の忠臣を奪わずに済んだことを、本当に喜んでいるようだった。それとも、嫌味のつもりなのだろうか。


「三年前に師匠に連れられて、ロイヤの王都へ行ったことがあるんです。もちろんお忍びでしたけど」


 男の考えている事でも分かったのか、魔女は微かに意地悪い笑みを浮かべて言った。


「覇権争いで荒んだと聞いていましたけど、一年で活気づいてキラキラしていて。あぁ、良い王様なんだなぁって。逢ってみたいなぁって思ってたので、…非常識ですけど、今少し嬉しかったりするんです」


 魔女の隣で、副官がギョッと強張った。明らかに顔色が青ざめた。


「ほう…? で、逢ってみて、どうだった?」


 屈託なく言う魔女は、当の本人にそう問われて、一瞬苦笑した。


「うらやましいと思いました。うちの陛下も、もう少し周囲の見える方だったら良かったなって」


 それは手放しの称賛でありながら、酷くさびしいものだった。マリーノ兵達の国王への忠義の低い事はすでに分かっていたが、国の存続を懸けた前線へ送り出した指揮官にそう言わせてしまうほど、相手は愚王なのだろうか。


「あ、いえいえ、全くのダメダメって事ではなくて、…まぁ乗せられやすいのです。武神に任せていれば国を守れるとか、そう言う囁きを真に受けちゃうんですよ」


 そう言って、魔女は困ったように苦笑した。


 そこには自分を、武神アファリアと立てられる事への強い困惑が見て取れた。その仄暗い表を見て、男は一つ試してみようと不敵に笑う。


「お前は、今回の戦い、勝つ気はなかっただろう?」


 突然の話の転換に、レアは弾かれたように表を上げた。皇帝の言葉に、彼の側近が一斉に自分へ視線を向けてくる。


 5万対150の戦いを、普通に考えれば勝ち目などない。それを「勝つ気がない」と表現すると言う事は、「勝つ気になれば、勝っていた」と言う事だ。そんな事はありえない。


「なぜ、オレの首を取りに来なかった?」


 そのたった一つの方法を除いては。




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