101.武神か魔女か(2)
ふわりと風が頬をかすめた。
窓など開いていない状況での不可思議なソレに、リギッドは一瞬少女から目を離した。
「―――…」
微かな少女の呟く声が耳に届く。
皇帝の正妃や実妹に薬物を使用した事への怒りなのか、それとも恐れなのかと、自己の有利を疑わないリギッドは、顔に笑顔を張り付けて視線を戻した。
その瞬間、硬直する。
少女は何の躊躇もなく自分の目の前のテーブルへ近づいてくる。動きを押えるために居るはずの男達も、額から汗を流して硬直し、全く用をなしていない。
「何を―――」
「コレを飲めば、彼女達に手は出さない。―――約束してくださいね」
軽く屈んでティーカップを持ち上げたレアは、何色も見てとれぬ深い色の瞳をリギッドに静かに向けていた。
「…約束、する」
からからに乾いた喉で、無理やりに発した自らの声に、リギッドは頬を汗が伝うのを感じた。
「シィ…っ! ダメっ…」
苦しげな息で、必死に制止するルイスと、その隣で自分を見つめて首を振るアレビアへレアは安心させるように微笑むと、カップを一気に傾けた。
「飲んだよ。これで良いんでしょう?」
証明してみせるように、空のカップをリギッドへ示した。
その時、慌ただしい足音と共にドアが開け放たれた。
「叔父上、義姉上に何をするつもりですか!?」
勢いよく飛び込んできた甥の顔を見たリギッドは、それまでの張り詰めた空気を忘れた。何と良いタイミングだと、思ったのだ。
「おぉ! アルファよ! なんと良いタイミングだ」
息の荒いアルファは、叔父の言葉に眉を寄せた。叔父の顔はどこか引きつっており、声音通りの感情を受け取っていいとは、とても思えなかった。
「お前が執着するので、お膳立ててやったのだ。そこの娘に媚薬を含ませておいた。後は好きに…―――何をしている?」
「その娘」を指さしたはずなのに、先ほどまでいたテーブルの脇におらず、リギッドは慌てて周囲を見渡して、顔を歪めた。
空のカップを持ったまま、レアは熱い息を繰り返すルイスとアレビアの前に立っていた。
二人は既に一人では立っていられず、男達に強引に引きずられるように立たされていた。が、レアが二人へ近づくと、男達はじりじりと後退し、二人を解放した。
床に座り込む二人の前に、レアは膝をついた。
「…?」
声も出せないでいるルイスとアレビアへ、レアは唇に指を立てると小さく笑った。
そして、その指で持っていたカップの縁をなぞる。
彼女のなぞったそのままに、微かな光が舞い上がる。何もない底が、ゆらりと揺れて透明な液体が湧きあがった。
「慌てなくて大丈夫。ゆっくり…そう、すぐに落ち着いてくるから」
レアは先にルイスへ、それを半分与えた。アレビアの目には、驚愕と共に恐れも混ざっていたため、受け入れる事が出来るルイスを優先したのだ。
「怖がっても良いよ。それは当たり前の感情なんだから。…でも、解毒は飲んで」
胸を押え始めたアレビアの身体を支え、レアは彼女の目の前にカップを示した。アレビアの美しい瞳が熱に揺れ、そこにあるモノを見つめ、そしてレアを見上げた。
小さく頷いたアレビアに、「何か」を飲ませる少女の姿を、その場の誰も声を上げることも動く事も出来ずに凝視していた。
「シスター達と、バローナ様、イリア様は、駆け付けた憲兵隊に」
今だ声はかすれていたが、ルイスはレアへしっかりと視線を合わせると小さな声で言った。後宮で分かれた二人が見当たらない事に不安を覚えていたレアは、安堵したように小さく笑んだ。それだけで、今の懸念は払拭された。
「さて…」
ゆっくりと立ち上がったレアの動きに、部屋中の男達は身を強張らせた。
「わたしに手を出せば、死んだ方がマシだと思うような目に合う、とアルファには言っておいたのだけれど…」
リギッドの喉が上ずった悲鳴を上げた。
「アレビアには悪いけれど」
と、レアは前置きすると大きくため息を吐いた。
引きつった短い悲鳴を上げたリギッドは、ありがちな捨て台詞を吐いて部屋を出て行った。あまりの小物臭に甥であるアルファが唖然とするほどだ。
そのアルファに人数分の茶菓子と紅茶をお願いし、見張りの兵には部屋の外に出てもらって、全員ソファに座っての現在。
「ユリミアの関与は、かなり高い確率だね」
「…私も、そう思います」
アレビアから肯定がもらえるとは思っていなかったレアは、目を丸くした。レアの反応にアレビアは小さく苦笑する。
「兵はユリミア人の顔立ちの者が多かったので、…それで」
あぁとレアは思った。言葉は同じだが、イントネーションがやや違うのも、出身がユリミアだからだろう。
現在、この部屋にいるのは、レア、ルイス、アレビア。そして、各自の侍女が五人。
ルイスの侍女の一人はまだ幼く、異変が起こった時、ルイスの判断で、隠れさせたので、この場に連れてこられることはなかった。もう一人のユナも隠れるように言ったが、主を置いてはいけないと、毅然と付いて来たという。
レアの侍女であるフレアとリズは、闘技場の外の馬車で待っていたのだが、誘拐犯達に気付かれてしまい、連れてこられる事になってしまった。モモや護衛二人とは別に、この部屋に連れてこられていたという事は、戦闘要員ではないと判断されたのだろう。
アレビアの侍女リリスとマリスは、唯一アレビアと共にユリミアから来たユリミア人だった。
「正直、今回のこの反乱、ちょっと雑だよ」
紅茶を口に運び、レアは言った。レアのその動作を凝視していた一同は、レアの嚥下が済むのを固唾を飲んで見守っている。
「ん? あぁ、毒は入ってないみたいだよ? さっきの見ていて、今入れてたら、馬鹿だよね」
凝視される理由を理解して、レアは苦笑した。
「心配はいらないけど、無事にこの場を切り抜けるために、今はお互いの立場の遠慮はなしにしよう。意見があったり、気付いたことがあったら、遠慮なく言ってね」
そう言って、レアは並べられているクッキーへ手を伸ばす。とりあえず、自分が食べて見せた方が、周りも手を出しやすいかと考えての行動だった。
「ここに今は戦闘要員がいないから、相手と対峙する時は、わたしの後ろにいてね」
「っ! それでは、主を盾にしている事になります!」
リズとフレアがギョッと顔を上げた。始めこそ反抗的な視線を向けて来ていた二人だったが、ここ最近は親身に世話をしてくれていた。主と思ってくれている事を知って、レアは心底嬉しそうに笑んだ。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
あまりに無邪気に笑うレアの笑顔に、二人は唖然とした。
「さっき、わたしが何をしたのか、見ていたでしょう?」
その言葉は、その場の全員の身を強張らせた。そうだ、見ていた。遠目だった侍女達にすら、彼女が人ならざる力で二人を助けたのを見ていた。
「恐怖してくれても、嫌悪してくれても良い。…ただ、今は、この危機を無事に超えるために、協力しましょう」
レアの言葉に、誰も返事をすることは出来なかった。恐怖などないと感謝を口にすることも、恐れを言葉にすることも出来なかった。
そんな周囲の反応に、レアは苦笑した。
「今の感情に嘘を付く必要なんてないよ」
良いながら、紅茶を飲む。
「わたしに攻撃は出来ないけど、守る事は出来る。だから、万が一の時は、わたしの後ろへ。コレは絶対守ってね」
正確には、武器を扱えぬ自分が攻撃に転じた時の加減が出来ないのが、理由だった。相手を殺してしまうだけなら、まだマシだ。振り下ろした力が、地を割り、大地を破壊する―――なんて可能性がないわけじゃない。
それだけ、与えられたモノが大きいと、―――それだけは理解できている。
(守るだけなら…。カイザックが事態を収拾するまでは)
自分に出来る手は、すでに打ってある。
自分の護衛達にも、あらゆる場面を想定して、すり合せは何度もした。
(でも、油断は禁物だよね)
どれだけ万全の準備をしていようとも、人は生きている。どこで何が変わるかは、分からない。
「さあ! まずはお腹にいれて、体が動くようにしておかなくちゃ」
レアは努めて何でもないように言って、二つ目の菓子に手を伸ばした。
長女(六歳)と童話を書こうとしているけれど、「起承転結」のうち、
「転」がどうしても書けず、
「結」は必ず、「布団に入って寝る」と言う結末…
「あの子、どうなってーん(^_^;)」
「え、最初におったこの子は?」
ツッコミどころが多すぎて、笑えて笑えて…傷つけないように笑うのは大変です。
「寝て終わる」ってwwww
「一日の終わりは布団で寝るでしょう?」って真顔で言われて、これが笑わずにいられようか!!!!
あぁ~
長女は兄ちゃんのお蔭でしっかり者かと思うが、こういう所、すっごいかわええ。
生まれた瞬間から、マイペースだったな。