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魔女と王様  作者: 新条れいら
ザッカ前線
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10.エゲートの懇願

 エゲードは公私共に認める忠臣であった。


 激しい後継者争いの中にあっても、最初からガイディウスについて正当性を訴え、また力を貸してきた人物の一人でもある。


 その彼が、戦死したと聞いたときは、男も多少なりとも動揺した。


 右足首の複雑骨折と魔女は言ったが、それ以外にも傷があるのか、右の大腿部にも厚い包帯が巻かれ、身なりは多少清潔にはしてあるものの、ロイヤの軍服は疲れが見て取れた。


「無事であったこと、本当に良かったと思っている」


 頭を下げ、このような形で再会する事を謝罪するエゲードへ、男は素直にそう言った。


「お前には、あの魔女について意見を聞きたい」


 頭を下げたままのエゲードの肩が、強張った。表を上げ、本来の主へ視線を向ける。


「お前がこの三か月、捕虜としてマリーノに居た間、情報は集めていたのだろう? それを聞かせろ」


 肯定の返答をした。が、エゲードは言葉に詰まった。しかし、自分の胸に浮かぶ想いをどうにか押し殺し、エゲードは主を見つめる。


「名はレア・シィー・ヴァルハイト、出兵時に16になったようです。ヴァルハイト家は軍家ではなく、政家であるため、彼女に正式な軍の地位はない」


 軍家と政家の区分のはっきりしたマリーノで、レアは特殊な存在であった。そして軍家の方が政家より発言権が強かったため、軍家の策略により彼女はその位を一つも持っていない。


 しかし、彼女の師匠となる人物が、軍の中でも特別な地位を持っており、その知識や経験を受け継いだレアは、そのまま軍部に組み込まれることになった。


「少なくとも、ここにいるマリーノ兵からは深く信を寄せられています。デッドやティンなどの中堅の傭兵達からの信も厚い。…どちらかと言えば、自分の娘に対するそれのようにも見えますが、策に対して言えば、絶対の信を持っています」


 だからこそ、騎士道にも人道からも外れるようなゲリラ戦を、彼らは意を唱えることもせずに遂行してきたのだ。


 国を守るために。


 彼女自身を死なせない為に。


「敵対するものに魔女と呼ばれていますが、マリーノでは武神アファリアと」


 その場にいた誰もが、その名を聞いて息を飲んだ。


 武神アファリアとは、武神でありながら戦いを好まず、死者への鎮魂を歌い、天への道を示す女神だ。しかし、ひとたび剣を取れば、味方する者を絶対の勝利へと導くと言われている。


 そんな神話など信じるわけではないが、生と死の境界線で戦う軍人にとって、例え神話であろうとも神の存在は精神の深いところに関わってくる。


「しかし、アファリアとは違うのは、彼女は武器を持てない事です」


「持たない、ではなく、持てない?」


 男の問いにエゲードは頷き、これは本人が言うのですが、と前置きをした。


「武器を扱う腕力がないのだと笑っておりました。嘘ではないでしょう。マリーノの軍医が手伝いを申し出たロイヤ兵に、彼女に荷物を持たせるなと厳命していました」


 もしかしたら、腕力がないだけではなく、何か身体に異常を持っているのかもしれないとエゲートは感じていた。しかし、その言葉は胸にしまう。


「特別な力を持っているようには見えませんでした。あえて言うなら、とても記憶力が良い、と言う事ぐらいです」


 一度聞いた名前と見た顔は一致し、その屈託ない性格の為か、次に会う時には名を呼んでくる。敵味方の区別なく親身に接し、何気ない雑談ですら覚えている。


 最初こそ嫌悪していたロイヤ兵も、自ら手伝いを名乗り出ずにはいられない。それを魔性と呼ぶのなら、そうなのかもしれなかった。


「何者にも臆さない、と言う点を除けば、どこにでもいる娘のように思えますが…」


 エゲートはそこで言葉を詰まらせた。


「なんだ? 言ってみろ」


 続く言葉を躊躇したエゲートの、緊迫した様子に、皇帝は先を促した。いつも物事をはっきりと言う彼にしては、先ほどから歯切れが悪い。報告も、どこか的を得ないのだ。


 エゲードは奥歯を噛みしめ、胸中を占める息苦しさに冷や汗をかいた。主への忠誠と得体のしれない者への正体の分からない想いに、自分でも理解できない。


 主は裏切れない。


 それでも。


 エゲードは立ち上がり、その場にひれ伏した。額に硬い地面の感覚が、自分は何をしているのだと自問させた。治りきらない傷の痛みが、死んでいったトムの顔を思い出させる。


 突然土下座したエゲートに、男は目を見開いた。


 その肩がブルブルと震えている。


「マリーノの指揮官の、助命嘆願いたします」



 

場が一気に殺気立った。


 罵声こそ飛ばなかったが、ジルドの意を問う声は明らかな刃を含んでいたし、ひれ伏すエゲードへ向けられる視線は、裏切者を見るそれだった。


 その中で、エゲードは何も弁明せず、ただ頭を下げている。


 その様子を眺めながら、男は内心で魔女に感嘆していた。忠臣であるエゲードに、非道な敵将を助けてほしいと言わしめる魔女。一体どんな手を使ったのか、興味が出た。


「まぁ、鎮まれ。…エゲード、それでは傷に触る。椅子に座れ」


 男の落ち着いた物言いに、ジルドは不服そうではあったが言葉を納めた。だが、エゲートの方は動こうとしなかった。そこに強い意志と葛藤を認めて、男は小さく息を吐く。


「お前にまだ、オレへの忠義があるなら、座れ」


 表を上げたエゲートの顔が、苦悩しているのは、すぐに分かった。不自由な体で再び椅子へ座り、しっかりと皇帝へ視線を向けた。


「お前にそうまで言わしめるアレは、一体なんだ?」


 男は興味の湧くまま、その言葉を投げかけた。間違えれば己が裏切者となり、命を落とすリスクを抱えてまで、敵の助命を嘆願する理由が、何かあるはずだった。


「…アレは、ただの娘なのです、陛下」


 しばらくの間の後、エゲートは苦痛でも耐えるように、吐き出した。膝に置かれた手が拳を作る。


「他人の命を惜しみ、血も硝煙も謀略とも無縁であるはずの、ただの娘です。陛下もお感じになったはず。…言いようのない違和感を」


 未だ漠然とした言葉ではあった。


 だが、男はエゲートの言わんとする事が分かった。


 国を守るために、死地へ送り出す覚悟もない。他人の死への感傷も、軍人として戦地に立つ者にはふさわしくない。自分へ向けられた笑顔は、まるで妹が兄の自分へ向けるそれと同じだ。


 屈託なく、遠慮もない。


 なぜ、こんな戦地にいるのだと、疑いたくなるような、この違和感。


 あの魔女に関わるときの、自分のイラつきの原因もまた、そこにあるのかもしれなかった。


「ふむ、分かった」


 理由らしい理由ではなかったため、男の理解の言に、全員がギョッと男を見た。


「お前たちは散々腸煮えくり返っている状態だ。少し落ち着いて考えて、周囲を見れば分かるかもしれないぞ」


 しかし、と反論を口にしたジルドを一瞥で黙らせ、エゲートへ再び視線を戻す。


「魔女の処遇はまだ決めていないが、お前の言は分かった。まだオレの臣だと言う事も分かった」


 エゲートはそれを聞いて、深く頭を垂れた。


「後は本人に聞いてみるさ」


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