1.魔女の出兵
この戦争に勝ち目なんか最初からなかった。
そんなことは、たぶん誰もが分かっていたし、わたしに最前線を命じる陛下だって分かっていたと思うんだけどな。
もし、分かってなかって言うなら、もうどうしようもない。
滅んだって仕方がなかったって、きっと後世に言われちゃうよね。
「レア・シィー・ヴァルハイト」
静まり返る場に、おごそかな声が響く。
重苦しい空気、諦めを含んでいながらも、その名を呼ぶ声に微かな希望が覗き見えるのは、どうしてなんだろう。
「汝に、ザッカ防衛を命じる」
分かっていたことではあったけれど、きっと今頃、お父様は息を詰まらせているんだろうなとレアは他人事のように思った。
「正規軍100と傭兵隊30を連れ、速やかに任務にあたれ」
その瞬間、静まり返っていた空間がざわめく。
あてがわれる数が、あまりに少ない。
自分の背後に控えていた副官の絶句するような息が、レアの耳に聞こえた。
だが、誰も異論など唱えられない。
官吏の一人が、自分の前に金と宝石に装飾された短刀を差し出した。
(死ねって事だよね…)
光を反射する、その色を見つめて、レアは内心小さくため息をついた。その思いを隠してやることもないのだけれど、この儀式には従っておくことにした。
「拝命つかまつります」
短剣を握る。
「陛下と我が祖国マリーノの未来のために」
しかし次の瞬間、レアはにやりと笑んだ。
「130の兵の命と、わたしの命を懸ける。なれば、大国ロイヤとの交渉は陛下にお任せします」
不遜だ。
一介の将軍程度が、一国の主に対して口にするような事ではない。
場の空気は凍りついた。
(これぐらい、言わせてもらわなくちゃ)
最後なんだから。
しかし、レアは晴れやかな笑みを浮かべて、壇上の王と家臣たちを見渡した。
「民の上に戦火は降り注ぐことがない事を、祈っております」
無礼なと怒鳴る声も聴かずに、踵を返す。茫然としている副官の腕を叩き、謁見の間を後にする。
廊下の窓から見渡す城下町。
この国は、大国の岬にあるとても小さな国だ。三つの小さな島の一つに、この城がある。岬とさほど離れておらず、大潮の時など大陸と陸続きになる。
貿易の拠点として栄えてきたとはいえ、大国にいつ飲み込まれてもおかしくない弱小国。
自然豊かで、国民の多くが海から恵みを得て生活している。
海の民と、後に合流した騎馬民族とが融合して、このマリーノが出来た。
「シィー、どうするつもりですか?」
城下を見下ろしている上官に、副官セイルが控え目な声をかけてきた。
さっきの無礼な振る舞いはどうだとか、彼も言うつもりはないようだった。礼儀正しい事で有名な彼も、さすがに今回の前線派遣は死刑宣告と同義だと感じているからかもしれない。
潮の香りを含んだ風が、レアの茶色の髪を揺らした。肩でクルクルと揺れる、その髪をセイルは見ていた。
「さて、どうしようか…」
城下町は、活気はあるが小さく、どちらかと言えば質素だ。大国のそれとは比べ物にならない。
それでも、そこに住む人々の暮らしぶりを見ているのが、レアは好きだった。
自分の確定している死よりも、彼らが蹂躙されることを想像する方が、ずっと苦しい。
「大国5万に、130で挑めとか、みんなにどう言ったものかな」
行かねば祖国は蹂躙される。
大国ロイヤが軍事力を背景に、併合を迫って来るのか、元から根絶やしにするつもりなのか、それすら見極めが出来ていない。それとも、他に目的があるのか。
ただ、大国の皇帝が今の王へ代わってから、周辺諸国へ手を伸ばし勢力を拡大していっいる。
その手腕が見事だと褒めていた師匠の、感心したような笑顔を思い出して、レアはちょっと笑った。
「少なくとも、小競り合いは避けられないよ」
交渉するにも、何もしないで乗り込んでこられるのと、ある程度の抵抗をしておくのとでは、後々の交渉内容が変わってくる。可能なら、「出来れば戦いたくない」と相手に思わせた方が良い。
力で簡単に潰せると思うのと、力で叩こうとして指を切るのとでは、確実に違いが出てくる。
つまり、自分達の役目は、相手の指にちょっと傷がつけられればいい。その後の事は、お父様やお義兄様に任せればいい。
「…それが難しそうなんだけどなぁ」
さて、どうやって傷を付けたものかと、レアは小さくため息をついた。
初めまして、新条れいらです。
文庫本三冊分ぐらいの長編になってしまいました。
完結は2019年3月25日です。
楽しんでいただけると、嬉しいな。