0008 敵
「アオイさん?どうかしましたか?応答してください」
エネミーを処理したクロハは最悪の事態を想定する。
「とりあえずリーダーに連絡でしょうか……こっちもダメですね」
リーダーやデリクの方にも連絡をいれようとするが、同じく応答はない。
「少なくとも敵は複数。しかも私の感知をかいくぐっていることを見ると……やはり大規模クランのメンバーと見た方がいいかもしれませんね」
クロハは端末を操作して装備を変える。先ほどまでの防御力がしっかりとある対エネミー用のものとは違い、軽く、ひたすら軽くした、動きを阻害しないようにされた装備だ。
「応答がまだないということはまだ戦っているということ……今行きます」
洗練された無駄のない動きでクロハは走り始める。
※
「おい、嬢ちゃん。いまならメッセージをコピーさせてくれれば解放してやるぜ?」
アオイはHPバーを横目で見る。もうすぐ残り3割といったところだ。
耳元に落ちている端末がノイズを走らせる。
「ようやく観念したか」
アオイが全身の力を抜く。すると男の拘束も緩くなった。
その隙をアオイは見逃さなかった。左手で男の腰のナイフを抜き突き刺そうとする。
「クソがっ!」
しかし足で手首を踏みつけられる。そうとう強い力で踏まれたようで、赤いエフェクトが舞っていた。
「無駄な抵抗しやがって」
男が口を押さえていた手を離して振り上げる。拳を握って振り下ろそうとしたところで一瞬手が止まる。
死に際の恐怖というのはやはりゲーム内でも見える。目の前のプレイヤーはもう体力は少ない。この状態で急所を殴られれば死ぬ可能性すらある。
だがこのプレイヤーの目は恐怖の色に染まっていなかった。むしろ逆だ。まるでこんな状況でも、自分がまだ狩る側とでも主張するかのような、そんな強い意志の灯った瞳だ。
そんな瞳にこの男は竦んでしまったのだ。そして近接戦においてこの一瞬は致命的だった。
「無駄な抵抗なんかじゃない!」
アオイが突きつけたのはリボルバー、先日デリクから受け取ったものだ。
一時静寂だった森に1発の銃声が響く。
「カハッ……助かったぜ。ありがとな急所をはずしてくれて!」
アオイも急いで立ち上がり、腕で防御する。しかし体制の悪い状態で受けてしまい、男の拳がみぞおちに深く突き刺さる!
「これで終わりだ」
アオイが落としてしまったリボルバーを男が拾い、引き金に指をかける。
今度ばかりは、さすがのアオイも目を瞑るしかなかった。
※
「今のは……銃声?」
アオイの方向へ走っていたクロハは一度足を止め草むらに身を潜める。
「銃声も遠かったですし私が標的ではないみたいですね」
クロハは再び走り始める。
ようやく開けたところに出た瞬間、クロハの足は止まる。
「アオイさん!!」
隠密からの体術を好むクロハにあるまじき行動だが、それでも声が出てしまったほどの光景がそこには広がっていた。
ところどころに広がる出血エフェクトの痕、木の幹に寄りかかって微動だにしないアオイ、そしてそのアオイの前に立つ、見覚えのあるリボルバーを持つ男。
「なっ!お前はもう片方の!ちっ!」
男が慌てて銃を構えるが、もう遅い。すでにクロハの格闘距離内だった。
1歩で敵の懐に到達し、その勢いを殺す間もなく敵につかみかかり、地面にたたきつける。
見事なことに、男はスタンに入る。
「はあ、なんであなたがこれを撃つんですか」
リボルバーを手に取り男に向ける。
パンパン
確実に敵の命を刈り取った2発の銃声が響く。
「ん?腹部に別の銃創が……良かった。アオイさんが使ってくれてたんですね」
アオイがもう死んだものだと思ったが、どうやらまだ生きているらしい。瀕死で身動きすらできないほどに弱体化しているだけのようだ。
「なにはともあれ生きてて良かったです」
クロハはアオイに回復アイテムである注射器を使う。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「いえ、間に合ってよかったです」
シリンダーから半分の弾がなくなったリボルバーをアオイへと返す。
「あっそういえばこれ、ありがとうございました。おかげで生き残りました」
「……あっもしかしてデリクさんから聞きましたか?」
「はい、クロハさんが心配してたぞって教えてもらいました」
「そうですか。そういえばリーダーたちとも連絡が取れないんです」
「連絡が取れないですか、ということは接敵中でしょうか」
「いえ、銃声が聞こえません。確かにあの二人も格闘はできますが、こんなに戦い続けられるほどでもなかったと思います」
「ということは……人質?」
「おそらく敵の狙いは私たちの持つ秘密の場所。私たちをおびき出すのが目的でしょう」
「でも助けに行かないと2人が」
「はい、ずっと拘束されたまま、二度とゲームプレイができません」
「急いで助けにいきましょう!」
「ちょっと待ってください。敵は私たちを待ち構えているはずです」
「そう……ですね。まずは装備を整えないと」
アオイは自分の小銃を拾い、弾倉を交換する。そして新しい弾倉を端末で呼び出し、装備のポケットにしまう。
「アオイさん、コレつかってください」
「ナイフですか?」
「はい、小銃のカスタマイズで装備してください」
「でも私、銃剣なんて使ったことないですよ」
「大丈夫です。このゲームの特性上、胸を一突きできればサイレントキルできます」
「そういえばそうでしたね。クロハさんは?」
「私はこれでいきます」
そういってクロハはナイフを抜く。
「なんだかいつもより楽しそうですね、クロハさん」
「久しぶりに対人する気がするからでしょうか。新エリアでは銃ばかりかと思っていたのもありますね」
「まあ楽しそうでなによりです」
アオイとクロハは森を歩き始める。2人の狩人が、森の中へと消えた。
※
「ボス、本当に来ますかね?」
「おいおい新入り、ボスのお考えを疑うつもりか?」
「す、すみません、口が過ぎました」
「まあまあそんなカッカしないの」
「でも、ボス!」
「うちみたいな弱小クランに入ってくれただけで御の字なんだから」
「すみませんボス、口が出すぎました」
「新人君もとりあえずおちつきなさい」
「姉御!警戒に出てた奴の一人から連絡がきました。目標の2人にやられて死に戻りしたと」
「誰だ姉御っていったやつ!後でしばく!やっと動けるな。総員!配置について!敵は女2人だけど油断しちゃだめだよ!」
「イエス、マム!」
女の指示に従い男たちが森に散開する。
そんな傍ら、2人の男たちがコソコソと話していた。その両腕は拘束アイテムによって縛られており、先ほどから続けて技能失敗エフェクトが出ていた。
「おい、リーダー、行けそうか」
「無理だ。デリクは?」
「俺がDEXにステータス割り振ってないの知ってるだろう?」
「こりゃクロハちゃんにおこられちゃうな」
「ああ、詫びギフトは任せとけ。最近ボーナスが入ったばっかりなんだ」
「アオイちゃんは無事かなぁ」
「ルーキーなら大丈夫だろう、あいつはなんだかんだ生き残るって目をしてやがる」
「おっ、やっと一段階突破できた」
「おっさすがリーダーだぜ。で、何段階あるんだい?」
「30以上。こりゃプレイヤーメイド品の中でも一級品だぞ」
「HAHAHA、リーダーがこんなにかけて一段階クリアしたもの?俺が解除できるわけないよね!」
悲しい男の声が、静寂な森に響いた。