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ガラス島  作者: 平賀譲
2/2

2 すべては密室から始まった

 タワーマンションの47階から下るエレベーターは

重力を感じさせないよう設計されていたに違いない。

耳がつーんとするなどということはない。

すぐに音もなくドアが開いて少し驚いた。


 全面ガラスに囲まれたロビーフロアーから外を見ると

すでに黄昏時だった。

ガラス越しに見る夕焼けは眩しかった。

道を歩く人はコートの襟を立ててビル風があおる木枯らしと戦っている。

そういえば、「コンシェルジェ」でダウンジャケットを預けたんだった。

完璧な空調設備のおかげで、冬を忘れていた。


 ツアーに際して簡単なアンケート用紙を書かされたことも思い出した。

そのときに、お上着をお預かりします、などと慣れないこととを言われて戸惑ったが、

断るすべも知らないし、

そこで会話するのも面倒だったので言われるがままに

先日セールで買ったダウンジャケットを差し出した。

5000円だった。

安物には違いないがまだ新しく、

いまどきは安物でも機能・デザインともに見分けがつかない。

そう信じている。さほど恥ずかしさを感じなかった。

マフラーと帽子も促されたが、さすがにそれば何とか断った。


 そのとき渡された引換券をカウンターに提出する。

当然のように美人だった。


 少し待たされたのは意外だった。なぜか胸騒ぎを感じる。

ダウンジャケットを持ってきたのは別の女だった。


「おつかれさまでした。お部屋はいかがでしたか?ご満足いただけましたでしょうか」

黒縁のメガネに紺色のスーツ。ボタンがはち切れそうな胸元には白いブラウス。

色白の丸顔に尖った鼻筋と細くて高すぎるピンヒール。

勉強も運動も得意な学級委員を連想させる利発な声色。

わずかに関西弁を思わせる愛嬌のある甘い声。


「本日、お客様のご案内を担当させて頂きます。宮部と申します」


え?これから案内?さっき、おつかれさまです、って言ったよねぇ

などという気にはならない。


「お時間がおありでしたら、お部屋をご用意しておりますので」


時間はいくらでもある。なにせいまは無職だし、

夕食を約束するようなガールフレンドもいない。

一瞬戸惑った様子を見逃さなかった彼女は、

ダウンジャケットを持ったまま先を促した。

うつむき加減で彼女の後に続く自分を情けなく感じるが、

後戻りはできない。

一流大学を出た母親に手を引かれて塾に連れていかれる出来の悪い小学生。

傍目から連想されても否定する自信はない。


 カウンター脇の通路を進むと、「応接室1」から順にお部屋の表札が並んでいる。

「応接室3」のドアを開けて奥のソファーをすすめられた。

イタリアかどこかの舶来品らしき硬い革張りに浅く腰掛ける。


「お飲み物をお持ちしますが、なにがよろしいでしょうか」

飲み物なら何でもある、といった口調に聞こえたが、

無難なところでコーヒーを頼んだ。


「ホットですか、それともアイス?お砂糖とミルクはいかがしましょう」

無難な注文ではなかった。


「マフラーとお帽子もお預かりしますね」

もちろん断るはずもない。


「少々お待ちくださいね」

親し気な口調と笑顔に変わっていた。

想像以上に大きな尻の後ろ姿を見送ると、

革張りソファーに深く持たれて長い溜息を吐き出した。

全身がニコチンを欲していることに気づいたが、

これから始まる地獄に覚悟を決めた。


(つづく)






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