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第二話

 アルバートは平原を歩いていた。左には見渡す限りの草原、そしてその奥には山脈が見える。右手を見ればはるか遠くに鬱蒼と茂る森が見えた。

 彼が歩いている近辺は、足首まで程度の低い植物が生えている。彼は人工的に整備された平らな土の道を歩いていた。

 昨日までいた町での師匠の情報は、同じく彼を探しているという少女一人だった。彼女も師匠の行方については全くの手がかりを得ていなかった。これ以上あの町に留まっても得られる情報はないだろうと判断し、彼は次の町を目指すことにしたのだった。

「……なぜ、ついてくるんです?」

 アルバートは歩みを止めずに言った。顔も動かさない。

「だって、一緒に行こうって言ったじゃない」

 彼の数歩後ろを歩くリタがさも当然のように言った。彼女は少々大きめのバッグを肩から斜め掛けしていた。

「お断りしたはずです」

「何でよお!」

「邪魔だからです」

「ちょっと、それ酷いんじゃない? 言っとくけど、首席なのは本当なのよ!」

 アルバートは立ち止まり振り返った。そして、彼女を睨む。

「な、何よ!」

「学校の成績が何だというのです? あなたは世の中を甘く見ています。たかがひと月無事に過ごしたからといって、それは単に運が良かっただけのことです」

「そんなことないわよ。あなただって見たでしょ? 昨日の……」

「町のチンピラなんて、襲い来る驚異の中で最も下等なものです。王都に帰りなさい。安全なルートを通れば、何てことはないでしょう。それこそ、首席なのでしょう?」

「……嫌よ」

 拗ねた子供のように彼女は言った。

「聞き分けのない人だ」

 彼はため息をついた。

 しばらく彼女は拗ねた表情を崩さなかったが、突然真面目な顔つきになり、口を開いた。

「私、ライアン先生に憧れて学院に入学したの」 

「あなたが入学した時にはもう一線を退いていたんでしょう」

「あなた、本当に先生のことを知らないのね」

「知りたくありませんでしたから」

 憎まれ口を叩いたが、半分は本心だ。当時は生活する事に精一杯で、師匠の素性に興味を持てなかった。ずっと一緒にいたため、考える事を放棄したとも言える。

「当時、十八歳からしか認められなかった王国軍に十六歳で入隊。四年後には魔術隊隊長に昇進。数々の業績を打ち立てたのち、二十六歳で退官。国立魔術学院の創立を進言し、初代理事長に就任。優秀な人材を輩出し続け、十年前、三十五歳という若さで一線を退いた。それでも未だに彼に憧れて魔術師を志す子供は大勢いるわ」

「信じられませんね」

 アルバートは肩をすくめた。

「あなたの知る先生ってどんな人?」

「ただの面倒くさがりです。残忍で狡猾で、油断すると酷い目にあいます。面倒事を全部僕に押し付けて、自分は寝ています。お酒やギャンブルに現を抜かしていないのが唯一の救いです。それらに現を抜かさないのも、単に面倒だからという、根っからの怠け者です」

「そういう噂も一部ではあるわ」

「一部ではなく全部ですね」

 アルバートは即答する。

「私も先生に憧れて入学した。だから、先生が危ない目に合っているなら何とかしたい」

 彼女は胸に手を当て、身を乗り出して主張した。

「答えになっていません」

 彼は無下に彼女の言葉を切り捨てる。気持ちはわからなくはない。ただ、彼女の言葉は理論的ではないし、あくまでも感情論の域を出てはいなかった。

「私がどうしたって私の勝手でしょ?」

 淡白な返答が不満だったのか、彼女はムキになったように反論した。

「じゃあ、ストーカーも、窃盗も、強姦も、放火も、殺人も、本人の勝手だから許されるわけだ」

 アルバートは冷たく突き放す。その言動が気に入らなかったのか、リタは彼を睨みつけた。

「それは犯罪よ。許されるわけないじゃない」

「じゃあ、今のあなたの状況と、ストーカーの違いを述べてもらえませんか」

「う……、だって、そんなの、違うに決まって……」

 彼女は言葉に詰まって身を引いた。眉をひそめ、何か言おうと必死に思案しているようだった。

「そもそも、犯罪だからいけないというのは、ナンセンスです。では、いわゆる犯罪行為が法律で禁止されていなければ、道徳に反していようと、許される、ということですか?」

「あー……、うー……」

 彼女は何も言えなくなっていた。

「そういうことです。邪魔です。帰ってください」

「それは嫌よ!」

「あなた……いい加減にして下さい」

 アルバートは声を低くして言い、リタを睨んだ。彼女も意地になっているのだろう、彼を睨み返した。

 その状態がしばらく続いた。

 彼女が引く様子は見られない。やがて、アルバートはため息をついた。

「わかりました。そこまで言うのなら」

「本当!?」

「ただし、ひとつ条件があります」

 彼は人差し指を立てて前に示し出した。

「条件?」

「ええ、その条件を満たせば、一緒にいても構いません」

「やった!」

 リタは満面の笑みになって、その場で飛び跳ねた。




「ちょっと、どこに行くの?」

 リタがアルバートに尋ねた。

 彼らはいつの間にか山道を登っていた。それも、岩肌がむき出しになっているような、植物などほとんど生えていないような場所だ。

 時折吹く風が砂埃を巻き上げて、二人はそのたびに目を細めていた。

「この先に、僕が行こうとしている町があります」

 淡々とアルバートは答える。

「わざわざ、こんなところを通らなきゃいけないわけ?」

「いえ、これはかなり遠回りをしたと思います。これから、山賊のアジトを通ります」

「山賊ぅ!? 何それ、聞いてないわよ!」

 寝耳に水といったように彼女は声を上げた。そんな彼女を気にすることなく彼は続ける。

「これが、条件です」

「条件? これが?」

「山賊に襲われても僕は助けません。自分の身を守るだけです。自力で山賊を退けること。これが条件です。そのくらいでないと足手まといなので」

「ちょっと、それ、意地悪すぎるでしょう?」

 彼女は眉間に皺を寄せた。

「全然。何度も言いますが、これくらいできないと邪魔です。いいですよ。帰っても」

 冷徹なまでに突き放すアルバートの言葉に、リタは尻込みしいるようだった。だが、意を決したように、彼女は言う。

「うう……。わかったわよ! やればいいんでしょ、やれば!」

「別にやらなくてもいいですよ」

「うるさい!」

 彼女は大声で言った。

 そのとき、アルバートの耳が何かの音を捉えた。

 アルバートは人差し指を一本立てて、黙れのポーズをした。

「ちょ、何よ?」

「大声で喋りすぎましたね」

「え? 来るの? ちょっと、心の準備が……!」

「来ます!」

 岩肌を滑るようにして、ガラガラと音を立てて頭上から山賊が駆け下りてきた。砂埃が巻き上がって、人数は確認できない。

「ああ、もう!」

 投げやりに叫んだリタはバッグから杖を取り出した。十五センチほどの短く細い杖だ。どう見ても殴るのには向いていなさそうだった。武器というわけではないらしい。

「魔術師って、本当に杖を使うんですね」

「あなた、見たことないの?」

「ええ、師匠が魔術を使うところなんて一度も。それと、師匠以外の魔術師も一度も」

 そうこう言っているう内に砂埃が晴れてきて、相手の姿がわかるようになった。

「六人。少ないですね。まあ、僕ら子供が二人しかいませんから、むしろ多い方ですか」

 彼らはみな同じような襤褸のような服を着て、バンダナのような頭巾をかぶっていた。その手には手入れがされていなさそうな剣が握られている。

「片腕のないガキと女か。おい、命が惜しけりゃ、身ぐるみ全部置いていきな!」

 山賊のうちの一人が言った。大抵の賊が口にする言葉だ。威嚇するような男の声にも、アルバートは全く怯まない。そんな言葉は聞き飽きた。

「お断りします」

「ああん、てめえ、今の状況がわかってねえみたいだな」

「そうでしょうか?」

 その言葉が癇に障ったらしい。彼らの剣を持つ手に力が入ったのがわかった。表情も一段険しくなった。

「やっちまえ!」

 その合図で、まず二人の男が剣を振りかざして前に出てきた。

 アルバートは飛び上がりながら斬りかかる男の剣を、素早く抜いた自分の剣で防いだ。一瞬の膠着で出来上がった僅かな隙に、がら空きの脇腹に蹴りを入れて突き飛ばした。

「うっ!」

「うわあ!!」

 すぐ隣で叫び声が聞こえたので見てみると、リタを襲った山賊の足元が凍りついて動けなくなっていた。さらに、その男は焦点の定まらない目で茫然とその場に立ち尽くしている。足を奪ったあとで、幻術をかけたようだ。リタは涼しい表情をしてこちらを見た。

「どう?」

「それだけじゃ判断しかねます」

「こいつら、ただもんじゃねえ!」

「魔術師か……厄介だな」

「所詮ガキだ。まとめてかかるぞ!」

 今度は、動けなくなった一人を除いた五人が、まとまって襲いかかってきた。まとまった集団は、アルバートとリタの手前で二手に分かれた。彼の方には三人が襲いかかってくる。

 襲いかかる三つの剣を彼はバックステップで避けた。身をかがめて瞬発的に三人の懐に入り込むと、横一線に剣を薙いだ。

 二人には避けられてしまったが、一人を斬りつけることに成功した。斬りつけられた男はその場に倒れこむ。

 残った二人は警戒しながらじりじりとアルバートに詰め寄る。片方の男が駆け出したかと思うと、飛ぶようにしてアルバートの横を通り抜け背後に回った。

「挟み撃ちですか……」

 二人が同時に駆け出す。アルバートは前方の敵に向かって突っ込み、その首を刎ねた。瞬時に血が噴き出す。そして、瞬時に振り向き、彼に向かって飛びかかる男の胴を斬り裂いた。

「遅いんですよ」

 そう呟き、赤い雨を浴びながら彼は剣を収めた。リタの方を見ると、彼女はまだ戦っていた。敵は二人とも残っている。氷を相手の足元にぶつけ動きを削ごうとしているようだが、山賊の俊敏な動きを捉えきれていない。

 彼女の杖から氷の塊が放たれる。だが、またしてもそれは地面に氷の華を咲かすだけだった。

「ああ、もう!」

 痺れを切らしたのか、彼女は別の呪文を唱え始めた。すると、彼女の周囲が歪み、やがて彼女の姿が見えなくなった。

「なっ!」

「どういうことだ!?」

 山賊たちは辺りをキョロキョロと見渡す。

「うわあっ!」

 片方の男が悲鳴を上げた。気づくと彼の足元は凍り付いていた。残り一人だ。

 何もない空間から氷が放たれる。それを男はかろうじて避けていた。

 何度も別の場所から現れる氷に、男は苦戦しているようだった。

 だが、アルバートはどこから氷が放たれるかわかっていた。この魔術には致命的な欠点があるし、山賊もそれに気づかないほど無能ではないだろう。

「くそっ……。なめんじゃねえ!!」

 男もそれに気が付いたのだろう。ある空間目がけて剣を振りかざした。驚いてしまったのか、魔術が解けてしまい、その剣先にリタの姿が現れた。

 アルバートは駆け出し、背後から男の胸元を貫いた。

「…………え?」

 その声を発したのはリタだった。恐怖で目を瞑っていたらしく、目を開けた瞬間に入り込んだ光景に言葉を失ったようだ。

「避けてください」

 アルバートは言った。

 しばらくの静寂。

「……え?」

 遅れてリタが反応した。

「あなたがそこにいたら剣を引けません。返り血があなたにかかってしまう」

 しばらく呆けていたリタだったが、ようやく言葉の意味を理解したのか、よろよろとその場を離れた。

 アルバートが剣を引くと、男から血が噴水のように吹き出し、男はその場に崩れ落ちた。

 剣を収めると、彼はリタを見て言った。

「さっきのやつ、迷彩魔術ですね? 周りの景色と同じ映像を自らの体に投影し姿を眩ます高等魔術。宿でも使っていたでしょう? けど、体が透明になるわけではないので、移動するには投射する映像を絶えず変化させなくてはならない。故に、どうしても微妙な歪みが出る。それに、体が消えるわけではないから足音や砂埃は消えない。戦闘には、特にここみたいな荒野では不向きですよ。ただ、移動しながらも、あれほどの迷彩を施せるとは……。学院で首席というのは本当のようですね」

 リタは何も言わなかった。目の前の状況をまだ理解していないようだ。

 彼女のことはひとまず置いておいて、アルバートは足元を凍らされて動けない残党に近寄った。一人は、リタの幻術が効いているようで、話せるような状態ではなかった。話せる方の男の目は、足の痛みとこの先訪れるであろう死への恐怖で苦痛に歪んでいる。

「聞きたいことがあります。赤髪長髪で眼帯をした男を知りませんか?」

「し、知らねえ……! いっ、命だけは」 

「そうですか。わかりました」

「……へっ」

 そう言うとアルバートは身を翻した。男は緊張の糸が切れたらしく、力なくその場に座り込んだ。

 そしてリタに言った。

「行きましょう」

「え、ええ……」

 やや間があって返って来た声は、今まで聞いた中で一番か弱かった。

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