争う理由
クラウス公子は優しく私を立ち上がらせて長椅子に座らせ、自分も対面の席に座った。ティモシーは部屋の扉の前に立ったままだ。
「さてトゥーリア嬢?挨拶抜きで良いでしょう。僕のことはご存知でしょうし。早速授業を始めましょうか」
※※※
「ルケンティヒ国について世に出回る情報は少なくていいんですよ。あのどうしようもない国、と世の中は認識していますし、知りたいと思う人間の方が少ない。大抵知りたいと思う者は情報が偏っていることに気づいた官吏希望とかなんですけど、あなた理由が変わってますよね?争う理由を知りたいだけで、何もする気がないとか。あ、代々王族がルケンティヒ国に関わる事を説明してるので今回は学園にいる僕が担当なんです。で、どこから知りたいですか?あと、メモを取ることは許しませんし、教えられた内容について守秘して頂きますので、しばらく監視しますから」
クラウス公子は15歳にしては童顔で、表情はいたずらっぽく笑っているのに語る内容は結構キツイ。
「監視ですか?」
「ええ、都合の良いことにティモシーさんと婚約されるとか?ティモシーさんに監視をお願いします。まぁ女性と密室で二人きりになって誤解を招きたくないので立ち会いの意味もありますが」
ああ、それで一緒に来たのか。
私はクラウス公子に質問を開始した。多分これは、ギルスバード王子とクラウス公子ルートに進んだときの、サロンでお勉強イベントを踏んでいるのだろう。
しかし、私は知りたいのだ。
「なぜ2国は争うのですか?」
「それは少し違う。争いは常にルケンティヒから。ヴァルテリッドから仕掛けたことはない」
「なぜヴァルテリッド国から仕掛けないのですか?」
「ルケンティヒ国を併合して利益を得ても、周辺国から反発があるだろうからね。一応は帝国だった国だし、ある程度の敬意は持とうと」
「ルケンティヒ国はなぜヴァルテリッドばかりを狙うのですか?他にも面した国があるのに」
「それはヴァルテ一族が彼らに取って悪魔の一族だからだよ」
「あくま?」
全く予想もしなかった単語にオウム返ししてしまう。
「そのようなことは初耳ですが…」
「ルケンティヒ国とヴァルテリッド国の成り立ちは有名だろうが、この事については知るものは少ないよ。ねぇ、君さー知りたい?」
目の前の公子は可愛らしく首を傾げて微笑む。ショタ属性の彼の笑みはあざと可愛いが、冷たさを感じる。
「トゥーリア嬢。国の内情を知ることはお勧めしない」
ティモシーが私に声を掛けた。ティモシーは無表情だが、その瞳には心配と労りがあるような気がする。
思い込みかもしれないけどね。クラウス公子めっちゃこえーんだもん!ティモシーの優しさがグッと来るよ。
クラウス公子はショタ属性で癒やし系かと思ってルートに入れば、この子ヤンデレだからね!
クラウス公子は母王女と父宰相が冷えた関係で、義姉のユーフィミアちゃんも本当の子供であるクラウスに嫉妬し意地悪をされて愛情がない家庭で育つ。
愛情に飢えた彼が愛情溢れるトゥーリアに心惹かれるパターンだ。ハッピーエンドではトゥーリアのおかげで父母やユーちゃんとの関係も良好になったとか。
クラウスルートの最中、『君を僕の部屋に閉じ込めて僕だけの者にしたいよ』とか、『君が手に入らないのなら、代わりに君と瓜二つの人形がほしい』とか病んでる発言多かったからね!ゲームだから有りだったけど、現実に言われたらこえーよ。クルッテル公子ってあだ名付けてたな。
婚約者のアルティエ大丈夫かなー。うん、彼女なら大丈夫そうだ。
まあ、クラウスには素っ気ない態度で行けばいいだろう。
「知ることのデメリットは何です?」
ティモシーの優しさを無視して、クラウス公子に問いかける。
「一生監視するよ。君から万一話が広まれば・・・」
意味有りげにクラウスは言葉を切り、目を眇めて私を見つめた。
背筋がゾッと寒くなった。クラウスは命がなくなると言っているの?没落コースですか!?
青褪める私と、口元だけで笑うクラウス公子。
そこに、ため息を付き、ティモシーが口を挟んだ。
「一定の貴族達は知っていることだ。クラウス公子、あまりトゥーリア嬢を脅さないでください」
「まあ、公然の秘密だよね。馬鹿馬鹿しいほどの」
クラウス公子は話し始めた。
「ルケンティヒの王族はあの国では神の一族と見なされている。王族は最高神である太陽神サウレーが大地の女神の間に成した子供から始まったと言われている。王族は神の一族だからとあの国は愚かにも近親婚を繰り返したそうだよ。兄妹のように血の近いいとこや、叔父と姪達がね。そのうち王族に子供が生まれにくくなったり、病気がちな王族が増えたので、やっと王族以外から血を入れることにしたそうだ。しばらくは神の一族らしい姿の王族が生まれたそうだけど、ヴァルテ一族のリリアリムが皇帝の息子を産んだとき、リリアリムは不義を犯したと周囲から責められたそうだ。どうしてかわかる?」
「はあ・・・。全く見当が付きません。しかしリリアリム様の御子は皇帝に大変喜ばれたはずでは?」
「そう、時の皇帝ハインリッヒはリリアリムが不義を犯したとは全く思わなかった。だからこそ、自治領を渡して彼女と息子を帝都から離し二人を守ったんだ。たかだか黒髪と黒目の子供が生まれたぐらいで悪魔の子を産んだと暗殺者を送り込む周囲から守る為にね」
「黒髪と黒目の子供が悪魔の子?」
それはヴァルテ一族の特徴では?
「意味がわかりません。リリアリム様は黒髪と黒目の御方でしょう。お子様もその形質が現れやすいのでは?」
「神の一族の形質ではなかったからだよ。かの国の王族は必ず、太陽神と同じく輝く燃えるような赤い髪と、黄金の瞳を受け継ぐはずだから、と。馬鹿馬鹿しいよね?そして、リリアリムが呪いをかけたせいでルケンティヒの王族は神の形質を引き継ぐ子供がだんだんと生まれにくくなったらしい。だから、あの国はヴァルテリッド国を悪魔の国と蔑んで戦争を起こすんだ。神の為に」
呆気に取られ、私は言葉が出ない。
子供が王族の形質を引き継がなかった、たかだかそんな理由で?
クラウス公子だって、母がヴァルテの王女なのに黒髪、黒目を引き継いでいない。彼は宰相である父と同じ薄い茶髪に濃い紫の瞳だ。
ルケンティヒの人達って遺伝の法則って知らないのかな!?
「・・・ルケンティヒの国民性が盲信的ってことでしょうか?」
「まあ、洗脳教育だろうね。国民の不満をヴァルテリッド国に向け、王族や貴族の優位性を保つ為にね。まあ、そんな理由だから。馬鹿馬鹿しすぎて表に出したくない話しだからね。口外しないようにね」
今日はここまで、とクラウス公子は話を締め切った。
「でも次はあるのかな?君が一番知りたいことは聞いたよね?」と、ティモシーが淹れたお茶を飲んでクラウス公子は微笑んだ。
もうルケンティヒについて何も聞くなと、脅されているのだと私は感じた。
クラウス公子に丁重に礼を述べ、私とティモシーはサロンを辞した。帰りはティモシーが馬車乗り合いまで送ってくれるとのこと。優しいよね!
来た道と違う廊下を通っていると考えたとき、角から姿を現したのは。
「殿下・・・」
ギルちゃんとユーちゃんの二人の姿だ。
廊下の隅に持して、二人が行き去るのを見送ろうとしたとき、俯く私の顔に手が触れた。驚いて見上げるとギルちゃんが眉をひそめていた。
「どうして泣きそうな顔をしてる?」
泣きそうな顔なんてしてませんよ?いつもと同じポーカーフェイスでしょ!?ていうか、お久しぶりですよね!もう私のことお忘れだったんでは!?
混乱し、言葉が出ない私にティモシーが助け舟を出した。
「王族のお姿を見て動揺したのでしょう。彼女は私が責任を持ってお送り致しますので」
やんわりとギルちゃんの手を離し、ティモシーが私の背中を押した。
「トゥーリア、・・・いやなんでもない。ティム、頼んだ」
ギルちゃんとユーちゃんがサロンの方に立ち去り、私とティモシーは黙って反対方向に進んだ。
迎えの馬車まで送ってもらい、私はティモシーに礼を言う。
「トゥーリア嬢、私は貴方を大切にお守りします」
「ありがとうございます。でも国と王家を一番に考えてください」
疲れた、と馬車の中で目を瞑る。
逆ハールートで私とお父様は断罪された。理由などないと思っていた。そういうシナリオなんだと。
「姉さま!おかえり!」
家に付いて飛びついてくる弟のルルーディン。
「ただいま、ルル」
弟の髪をなぜながら私は考える。お父様によく似た可愛い大事な弟。
お父様と弟。その赤みのある茶髪、金に近い琥珀の瞳。
髪は染められる。弟の生まれたばかりのきれいな赤毛。冷えるからと常にしっかりと帽子を被っていた。
断罪に理由はあったのだ。
きっとお父様はルケンティヒの王族なのだろう。
私はルルを抱きしめ、涙を堪えた。




