婚約者
私は 14歳になった。
2歳下のアルティエも学園に入学した。
サミュエルとは、友人達と時々茶会をする仲だ。
学園の学業後は、父の商会に行き仕事を覚える。
初めは嫌々商会に来ていた私が、急に真面目に来るようになったので、
「どうしたの?急に?」
と、お父様は不審そうな目を向ける。
「まあ!真面目にお父様のお仕事を手伝う娘に失礼じゃありません!?」
と、頬を膨らませて私は答える。
「あ、ごめんね、ありがとう」
お父様は苦笑する。
まあ、私が真面目に商会に来ているのには理由があるのだが。
お父様が何者なのか、断罪を受けた時にルケンティヒ国と通じていたと言う話しが本当なのか、調べようと思ったのだ。
もし、今度お父様がルケンティヒ国に行くのなら、着いて行くのもありかと思う。
「今日はこれから取引先のお家に伺うから、トゥーリアも着いておいで」
お父様は、テーブルの上に置いてあった黒っぽい細長い金属の箱を抱えた。見るからに重そうな箱を軽々と持ち上げたな、と私は考える。
「学園の制服ですけど、構いませんの?」
貴族の家ならドレスが良いのではないかと思い、答える。
「学園の制服は、生徒の正装だからかまわないだろう。それにそのような事には頓着しない方だよ」
片腕に金属の箱を抱え、もう片手で私の背中を優しく押し、お父様は促す。
外に用意されていた馬車に乗り込み、移動する。
王都の西に向かうのだなと、馬車から見える町並みから判断する。
目の前のお父様の座る席に大事に置かれた黒銀の箱を見て、この世界に強制力は働いているのかとぼんやり考える。
「お父様、その中の物は剣ですか?」
「そうだよ、注文していたものがようやく届いてね」
(やっぱり剣かあ・・・。さて、どっちだろうね?)
馬車は王都を守る門を通り過ぎ広い街道を走る。街道には等間隔に騎士団の詰め所が立っている。
馬車は真っ直ぐ走っていた街道を左に曲がりはじめたようだ。
(左!)
馬車は灰色の石造りの城に辿り着き、止まった。
「さあ、着いたよ」
お父様が先に馬車を降り、振り返って私に手を差し伸べ微笑む。
お父様の手を取った私の手は、震えていなかっただろうか?
城の入り口から出てくる一人の若者。
銀色の短髪がまだ高い太陽に照らされ眩しく白く輝く。
姿勢よくキビキビと歩くその人は。
ティモシー・レスター。
「ようこそ、ラインヘルト男爵。男爵令嬢」
お父様に軽く頭を下げ、私の手を取り恭しく唇を落とす。(実際に口は付いてない)
腰を曲げたティモシーと視線の高さが揃い、オレンジ色の目が一瞬ジッと私を見つめ、離れた。
「どうぞ中へ。当主がお待ちです」
ビシッと入り口を指し示し、ティモシーが先導する。
ティモシーは最近婚約者が他国の貴族に見初められ、円満に婚約解消したと聞いていた。サミュエル・グラッドの婚約者も他の侯爵家の当主の後妻に望まれたとのことで婚約解消している。
ゲームの強制力が働いたのかはわからない。
ただティモシーと私が今ここにいること、それは多分。
壁に剣が飾ってある応接室に通される。
しばらくして背の高い銀髪の目の鋭い壮年の男が入ってくる。
お父様と共に頭を垂れる。
「本日はお求めのお品をお持ちしました。グラッド侯爵」
「堅苦しい挨拶は必要ない。さあ、見せてくれ」
テーブルに置いた黒銀の箱の留金をお父様が外す。
中から現れたのは、長剣。
銀色の刃の部分になぜか黒い丸い線が幾つも入っている。
「おお!」
グラッド侯爵が感嘆の声を上げる。
「ティモシー、見てごらん」
部屋の角に立っていたティモシーを侯爵が手招きする。
ティモシーは箱を覗き込み、無表情だった顔に笑顔を浮かべた。
「伯父上、美しいですね」
「うむ、強度も高いようだな」
ニコニコと微笑み合う二人。
(ティムちゃん武器オタクなんだよね、伯父さんもそうなのか)
サミュエル・グラッドの父であるグラッド侯爵は、レスター伯爵家から婿入りしている。グラッド侯爵を名乗ってはいるがレスター伯爵家当主でもあり、国境騎士団の司令官だ。
ルケンティヒ国に繋がる西の街道、右側にグラッド侯爵家の城、左側にレスター伯爵家の城がある。
戦が始まれば、この地が軍備の要となる。
ヴァルテリッド国が興ってからこの地を任されている二つの家。
ルケンティヒ国の王都への侵攻を幾度となく阻んでいる。
「ウォルター、甥の剣の相手をしてやってくれ」
ぼうっと国の歴史を思い出していると、侯爵がお父様に話しかけた。
えっと、お父様の顔を見る。
お父様は苦笑して、
「ただの商人に何をおっしゃいますか。ティモシー殿のお相手など務まりません」
「何を謙遜する。先の戦いで敵の将を討ち取った者が」
「ラインヘルト男爵、一度だけお相手をして頂きたい」
侯爵とティモシー、二人に言い募られ、お父様はため息を付いて了承した。
「訓練はしていないので期待はしないでください。お借りしますね」
お父様は壁にかかった剣を取り、庭に面したテラス窓から外に出る。
ティモシーも箱から剣を取り出し後に続く。
侯爵は私に腕を差し出し、
「姫君?参りましょうか?」
と茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。
怖そうなおじさんだと思ったが、ユーモアのあるおじさんだったようだ。
有難くエスコートして頂き、私達も二人の後を追った。
少し歩くと開けた場所にたどり着く。離れたところで騎士たちが訓練をしている。
お父様とティモシーは二人とも少し腰を落とし、向き合って立っている。
先に動いたのはティモシーだった。地を蹴り一瞬でお父様の間合いに飛び込んだように見えたが、お父様は横に受け流した。
ティモシーはくるっと宙で向きを変え、剣を叩き込んだ。
ガキン!
お父様は剣で刃を押しとどめ、足でティモシーを蹴り上げた。
「ええええ!」
ちょっとお父様!足使うって、それってどうなの!?
腹を蹴られ横に吹っ飛んだが、すぐ様姿勢を整えるティモシー。
ニヤリと笑いまたお父様に打ち込みに走る。
お父様は姿勢をかがめ、足払いを掛け、剣の柄頭をティモシーの喉に当てようとして避けられる。
(なんか剣の相手じゃなくない?)
目を丸くしている私に隣の侯爵は笑った。
「ははは、初めて見たのかな?ウォルは剣だけで戦うのではなく、体技を用いて戦うんだよ」
「騎士の試合では反則では?」
「正式な試合では認められないが、実戦ではなりふり構っていられないからね」
(実戦・・・)
お父様とティモシーの戦いはお父様の剣が折れ、終了となった。
「ありがとうございました、ラインヘルト男爵」
ティモシーが礼をする。
お父様も礼を送る。
「いえいえ。剣の使い心地はいかがでしたか?」
「手に馴染みますね。振った感覚もバランスがいい。質の悪い剣であれば容易く折ることができるでしょう。・・・さすがは東の名刀」
パチパチと侯爵が拍手を贈る。
「ティモシー、その剣は16歳の祝いだ。その剣で国と王家を守るように」
「ありがとうございます。伯父上」
「さて、トゥーリア嬢。私の甥はこの通り強く真面目な男だ。あなたと婚約を結ばせたく思うが如何かね?」
グラッド侯爵が振り返って言う。
ティモシーは継ぐべき爵位がない、伯爵家の三男。婿入りするにはなんの問題もない。彼がお父様が言っていた私を守ってくれる人?
ティモシーの静かな表情に、私への特別な感情は見えない。
彼との接点なんて、数えるほど、サミュエルを通してしかない。
それでも、侯爵からの申し入れを断れる訳がない。
「謹んでお受け致します」
私の微笑みは引きつっていなかっただろうか?
※※※
男爵と男爵令嬢が帰宅するのを見送る。
「伯父上、私は彼女と婚約する気はありませんが。・・・ルケンティヒに行くのに、何故」
だから、子供の頃からの婚約者を手を回して怪しまれぬよう円満に婚約解消した。自分も、サミュエルも。
それをグラッド侯爵はよく知っているはずだ。
「ラインヘルト男爵の商会は各国と取引を行い、影響力は高い。こちらに取り込んでおく必要がある。万一でもルケンティヒに寝返られる訳にはいかない。
トゥーリア嬢が重要な後継者であることを忘れず、大切に守りなさい。・・・そうだな。サミュエルにも伝えておこう。お前と二人で彼女の心を絡め取っておくようにと」
グラッド侯爵はトゥーリアを手駒と見ているのだろう。
それに対し、ティモシーはトゥーリアと同じ学園で学び、全く知らない相手ではない。主君である第三王子の恐らくは初恋の少女。そしてサミュエルが心から笑う茶会の相手。
ティモシーは大切な二人の特別な少女に対し、憐憫を感じた。
※※※
馬車の中。
「お父様、お強いのね」
ぽつりと呟いた声にお父様は、ため息をつく。
「強くはないと思うよ。必死に戦ってるだけだよ」
いつも優しい声が少し、投げやりに聞こえる。
お父様は私が生まれる前の戦争で勲功を挙げ男爵位を得た。
文字で意識していたことが、お父様の戦う姿で実感させられた。
(怖かった)
前世、平和な国に生きていて、遠くの国で起きている戦争はテレビ越しで実感なんてなく。
それでも、仕事で関わる高齢者から戦時中のことを聞いたり、本で読んだりして、前世は今が平和でとても良かったと思っていた。
それなのに、今この世界は隣のルケンティヒ国がいつ戦争を仕掛けてくるかわからない。
いつ非常時になっても良いように、騎士達は鍛錬を行っている。
お父様も招集されるかもしれない。弟のルルーディンだって。
(怖い)
ぎゅっと目を瞑り体が震えないよう体に力を入れた。
お父様が横に座りふわりと抱きしめてくれた。
「僕のお姫様は何がショックだったのかな?」
「お父様がお強いことと、婚約者がわかったこと、ですわ」
「それだけ?」
「あとは戦争が起きなければいいのにと。ルケンティヒがおとなしくしてくれればいいのにと」
確かにね、とお父様は息を付いた。
「なぜルケンティヒはこの国を嫌っているのでしょう?」
ふと浮かんだ疑問。
「勝手に独立したと、この国を妬んでいるんだろう」
それはこの国、周辺国に住んでいる者に共通する理由。
(それだけ?)
私は今まで学んだ勉強、本の中でルケンティヒに関わる内容が驚くほど少ないことに気づく。
その理由は。
(情報統制されている?)




