恋
ギルスバード王子への気持ちが、恋心であると気付いたのは、彼に会わなくなってしばらくしてからだった。
ギルスバード王子のことを思い浮かべては、自分では気付かずため息をつくことがあり、侍女達に心配をされたのだ。
『お嬢様、ため息をついてばかりいらっしゃいますが、何か心配ごとでもおありですか?』
『ため息、付いてた?』
私の髪の毛を梳かすアリアと鏡の中で目を合わせた。
『お気づきではありません?最近ぼんやりと考え事もされてますし、私もソフィも元気なお嬢様がどうされたのかと心配しております』
『元気だよ、気のせいじゃない?』
『いえいえ、お嬢様。私達は常に主を気にかけておりますもの。最近のお嬢様は恋をされていらっしゃるのではありませんかしら?』
もう1人の侍女、ソフィが寝具を整える手を止め、人差し指を上に向け左右に振っていたずらっぽく微笑んで言った。
『例えば最近お会いしていない第三王子殿下とか?』
『恋?殿下に?不敬でしょう!』
『なぜです?想う気持ちは自由ですよ?私も初恋は王子様でしたわ!アリアはどなた?』
『私はお父様かしら』
『あら、お父様?』
楽しげに恋バナに突入する侍女の声を聞きながら、私は呆然としていた。
(ギルちゃんに恋?)
最近、ギルちゃんを思い出すとなんだか胸がざわざわしたり、会いたいなあ、話がしたいなあって思う気持ちは、恋だったのか?
なんか、涙が出たりするのも、それのせいだったのか?
『でも、初恋は実らないといいますし』
『そうですわね』
『出会いはまだこれから色々ありますから、新しい恋をされることをお勧めしますわ』
呆然と口と目を開けている私を気の毒そうに見て、励ましはじめる侍女達。
どうやら私は失恋したと彼女達に認定されたようだ。
私の初恋は気づいて、すぐに失恋した。
※※※
馬車はもうじき学園に着く。
「お父様、私の婚約者は決まりましたか?」
「トゥーリア、僕は以前も言ったけど、ルルは男だから仕方ないとして、君は僕の仕事に関係なく自由に生きてもいいんだよ?」
困った顔をするお父様。
「でも、相手に打診はしてある。学園で出会うと思うけど、相手から了承が来るまでは、誰かは教えないよ」
「わかりました」
婚約者は保留中ね。
私はギルちゃんへの恋心に気づいてすぐにお父様に頼みに行った。
『お父様、私、お父様のお仕事のお役に立てるよう、政略結婚しますわ!』
仕事をしていたお父様は、扉をばん!と開け、叫んだ私とその内容に驚き、羽ペンを取り落とした。
『え?え?せ、せいりゃく?』
『政略結婚ですわ!お父様のお仕事に有利になる方と!』
『何を言い出すのー!?』
『旦那様!?』
日頃冷静なお父様の叫び声に、家宰のヒューが慌てて部屋に飛び込んできた。
『お嬢様はどうして政略結婚などとおっしゃったのです?』
眉をしかめて目を瞑っているお父様の前と、私の前に飲み物をだしながら、ヒューが、穏やかに私に尋ねる。白髪混じりの灰色の髪に皺の目立つ顔。大柄で体格のいいヒューは、家宰の仕事もしつつ、庭の手入れも行っている。
『お父様のお仕事のお役に立ちたくて』
いえ、嘘です。逆ハーを阻止するため、誰か攻略対象者と恋をしようと思ったけど、知らず知らずギルちゃんに恋をしてしまった。身分差があり、けして実らない恋。
だから、新しい恋をしようと思った。しかし、攻略対象者は、逆ハー時、婚約者と真実の愛を見つけたと言っていたのだ。私はお邪魔虫になってしまう。
だから、攻略対象者以外に恋をしてさっさとくっついてしまえばいいのだ。
その為、手っ取り早く、婚約者を見つけてもらおうと考えたのだ。
『お父様、いずれ私も結婚するのでしょう?お父様のお眼鏡にかなう、良い方を決めてください!』
『結婚だなんて・・・。まだまだ早いから!』
閉じていた目を開けて不機嫌そうにお父様は言う。
まあまあ、とヒューがお父様を宥める。
『でも旦那様、大事なお嬢様の将来のことですから、いずれは考えなくてはいけないことでしょう』
『そうだな・・・』
いずれは決断を、とお父様が呟いた。