8 エニ村
壁の隙間から日の光が差し込み、光が僕――ジョンの顔に当たる。
しばらくの間我慢していたが、瞼を透かすような強い光に思わず目を開け、たまらず目を開け上体を起こす。
「うん。もう......、朝でしたか」
頭痛がして、頭の中で昨日の出来事が一気にフラッシュバックする。
その記憶を頭の中で作った家の、二階に上がった一番最初の部屋に備えられた赤いタンス。その一番上の黄色い引き出しの中に仕舞う。
メモリーパレス。
これは僕に手品を教えてくれた師匠が使っていた記憶術の一つだ。
見たものや聞いたもの、感じたものを頭の中で作った家の押し入れ等に入れ、欲しいの時にいつでも瞬時にその記憶を取り出せるようにする技だ。
しかし、昨日の出来事は今まで経験したどの情報量よりも大きく、実際作っておいた家の3部屋分が昨日の記憶だけで埋まってしまった。
部屋ならまた作ればいいが、それでもあの短時間での情報量は頭に来る。
これはしばらくベッドの上で寝ていた方が良さそうだ。
「別世界への、移転......ですか」
思ったことを小さく呟く。
昨日この世界に来るまで、命の危険何て考えたことがなかった。それがいま、命を狙われている。
昨日出会った三人の女性達、彼女達は例え子供だろうが殺す勢いを持っていた。つまり、どれだけ泣き叫ぼうが容赦なく、あの拳で、あの腕で、あの剣で殺されていたはず。
そう思うといまの自分が無事なのは運と、同じようにこの世界に移転された男性、ソウジの機転によるところが大きいだろう。
ただしその機転も、最後に竜となり飛び去った女性、カト・ウィンにより意味がなさないことが分かってしまった。
このことを他のゲーム『参加者』にバレたら......。
昨日の夜はそのことばかり考えていた、おかげで寝不足気味だ。頭を働かせるには糖分が必要だが、何よりスッキリした飲み物、出来ればミルクティーが欲しい。
今朝の朝食は何だろう?
ふいにそう思った途端お腹が震え、ぐるると鳴る。どうやら僕は空腹の様だ。
まだ少し頭痛がするが、激しい運動をしなければ問題ないハズだ。
ベッドから立ち上がり、その間にギシギシと嫌な音を立てたことが少し気になる。このベッドに横になった時からしていた音だ、激しく動いたらすぐにでも壊れるだろう。
そんなことを考えながら、椅子に掛けておいた上着の黒いスーツ取る。
思いのほか汚れていないことと、シワもあまり付いていないことに内心喜びながらスーツの袖に腕を通し引っ張る。少し大きめの物を買ったため、腕を下げると手が半分くらい隠れてしまう。
本来ならスーツを着た後に姿見で全身をチェックするが、この部屋には残念ながら無い。
後でロディオ辺りに見てもらおう、そう決意してから部屋を後にする。
階段を降りる途中から、パンの焼けた良い匂いがしてくる。どうやら朝食はパン系らしい、それに他に甘い匂いと卵の匂い、スッキリした匂いもする。
頭の中で朝食のイメージを浮べながら一階にある、昨日夕食をとった場所へと目を向ける。
7人が囲んでも余裕があるほど大きな机の上には、予想していたとおり出来立てのようなパン――ねじれているからクロワッサンだろう――とゆで卵が別々のカゴの中に大量に入っており、その間には赤色と白色の瓶が並べられている。甘い匂いはたぶんこの瓶の中の物だろう、察するにマーガリンとイチゴのジャムのはずだ。
最後に、大き目のティーポットが置かれている。このスッキリした匂いから紅茶だろう、ミルクがあればなお良い。
「あ、おはようございます。ジョンさん」
「うん。おはようございます、クリエットさん。そして、ワスターレさん」
「......」
彼女は昨日の夕食に引き続き朝食も用意してくれたらしい。
隣にいる全身鎧の大男、ワスターレは相変わらず静かだが、その威圧感は後ろを向いていても気付きそうだ。
「他の方々はまだの様ですね」
「そうですね。ジョンさんが一番早く降りてこられましたあっふぁぁあ......」
クリエットは話の途中、口に手を抑えあくびをする。
よく見ると彼女の目が昨日よりも下がっており、充血している。どうやら昨日はあまり寝れなかったらしい、むしろ寝ていないのではないのだろうか?
「クリエットさん、少し寝たほうがいいのではないでしょうか?」
「いや、そういうわけにはいきません。すぐにでも皆さんを、都市の、なか......案内、しない......と」
いまにも倒れそうなクリエットを隣にいたワスターレに抱きかかえてもらい、二階の自分の寝ていたベッドの上に寝かす。
しばらく何かつぶやいていたが、気が付いたらもう寝ていた。
彼女だって子供だ、寝ずに何かをすると言うのは相当きついはず。急ぎたい気持ちは分かるが、いまは少し休ませておこう。
そう考えた後ワスターレにも休む様に言い、自分は一階に戻り朝食をとることにした。
予定では昨日から目指していた場所、近代都市『モドュワイト』へ着くはずだが、彼女があの調子だと今日の朝に出発するのは難しそうだ。
他の方々が降りて来たら、どうするかを相談してみよう。
「やぁやぁやぁ! ジョン君、おっは~」
「うん。おはようございます、ソウジさん」
一階に降りたところ、すでに机に座り手を振って挨拶をしてきた黒髪の男――ソウジ。彼は持っていたパンに瓶に詰められていた赤いゲル状の物を塗っているところだった。
机の上にはすでに紅茶も3つほど用意されている。彼には申し訳ないが一人分多いようだ。
「このジャムめっちゃうまいぜ! ジョン君も一緒にど~よ?」
「うん、そうですね。僕もお腹が空いていましたので頂きましょうか」
ソウジとは反対の席に座り、パンを手に取りつつ彼を観察する。
昨日と同じ服装と髪型、独特な口調に気さくな態度。そして机の上に置いてあるものを躊躇なく食べる軽率な行動をとることから、彼は自己中心的な人物或は自分に自信がある者と言うことだろう。
右利きで、両手を見る限り職業は本当にデスクワークみたいだ。
指輪もしていないことから結婚もしておらず、他にも装飾品などもない。自分を飾らないことから純粋で子供っぽい性格なのだろう。
昨日の集団を一番に見つけた事から危機探知能力が高く、それでいて視力もそこそこいいらしい。
食事中に音を立てずにいることから、基本マナーもしっかりしている。だがジャムの後にマーガリンを塗って食べのは気になる。どちらか一つに絞れない、または強欲な人物な可能性もある。
「どうしたのさジョンく~ん。パンを持ったまま止まってるよ~」
「あ、いえ、少し考え事をしていただけです。それにしても他の皆さんは遅いですね」
危ない。
昨日ユリアーナから彼のことについて多少知識を得ていた、おかげで元の世界での彼の事を思い出すことが出来た。
彼は日本にある一流企業の社長。彼の生み出すものは日常品から企業向けまで幅広く、噂では軍との関与があるとも言われている。もちろん噂だが。
ただ問題なのは、僕もそのことを知っていたのに気が付かなかったこと。それほど彼は、いまの彼は僕の知識と食い違うところが多い。
そしてこの『ゲーム』だ。
もしユリアーナの説が正しければ、彼がこの『ゲーム』を生み出し僕達を参加させた。
思惑は分からないし理由も分からない。だが、もし僕がソウジを怪しんでいると気が付いたら、何かしらの処置をする可能性がある。処置とは殺す事か、もしくは苦痛を与えることかもしれない。
だからこそいまは静かに、そして慎重に彼を監視し、警戒する必要がある。それにまだ、彼が『ゲーム』を創ったと断言できない以上、こちらかのアクションはあまりしないほうがいいだろう。
つまり、いまはこの『ゲーム』にあえて参加して、機を見るしかない出来ない。
「ふぁあ......。みんな、おはよ」
「うん、おはようございます。アリシアさん」
「おっはよ~、アーちゃ~ん!」
などと考えていると階段から昨日と同じ、紅いドレスを着たアリシアが下りてきた。
目をこすり、大きく口を開けあくびをしながらやって来る彼女は、元の世界で天才的歌姫と謳われていた者から遠い存在になり果てつつあった。
それでも彼女の魅力が衰えないところが、天才と言われる由縁なのだろうな。
「朝食はパンと、たまご?」
「見ての通りそんな感じだね~、でも見た目以上にうまいぜ! オレが保証するよー」
ソウジはゆで卵の殻を手綺麗に剥いて豪快に一飲みする。
「そんなことしていますと、喉に詰まらせますよ」
「んけーんけー! ぅんじょう......ぶっ!」
動きがとまり、顔が緊張している。これは、完全に詰まらせたようだ。胸を叩いて、目の前に置いてあった紅茶を一気に飲みこむ。
ソウジはしばらく上向きになった後「ぬはっ!」と息を返し、粗く呼吸をし始める。
「うん、実践しなくてもよかったのですが」
「いや、いやいや。あれはマジだったよジョンく~ん。てか手を貸してくれても良かったんだよ!?」
「本当に危なかったら手伝いますよ、今回はそうではなかったと言うことです」
不服そうな顔を浮べながら、ソウジはさらにもう一つ卵をとる。
そこで誰かの視線を感じ、何となく後ろを振り向く。
後ろはカウンターになっており、店主はまだ寝ているのか立っていない。代わりに、その店主の子供らしき汚れた白いワンピース姿の少女が二人、こちらをじっと見つめていた。
二人の顔の表情から、警戒と欲求が窺える。警戒は僕達で、欲求はこの机の上にある食事だろう。
その分析よりも早く、アリシアがカゴから二つパンを持って近づき、二人の少女にパンをあげる。そういえば昨日、彼女はこの宿の子供と仲良く遊んでんでいた。彼女なら警戒は薄いだろう。
そういえば昨日は夜と言うこともあり店や人が少なかった。朝食をとった後、クリエットが寝ている間に少し外を散歩してみよう。もしかすると何かあるかもしれない。
そう考え、アリシアと二人の少女を見ながら、ほんのり暖かいパンを齧る。
…………
村の様子は思ったよりも、悲惨だった。
店自体は昨日来たときとあまり変わらず、人の姿も多少増えた程度で多いとは言えない。
通り過ぎる人はどれも痩せており、食事は満足に出来ていないことも分かる。
服も汚れは目立たないが、それ以上に気になるのがサイズが合っていないことだ。子供はともかく大人も袖が合っておらず、長かったり短かったり、靴に至っては左右が違ったりしている者もいる。
「改めてみると、なっかなかすごい町だね~」
隣にいたソウジが周りを見渡しながら、感心するような馬鹿にするような言い方をする。
僕自身そこまで考えていない。だが僕が知っている町の中でもトップクラスに入るほど、この町は荒廃している。
「この世界では、このような町が普通なのでしょうか?」
「それはわかんね~な。あの女の子二人が言うには、ここは都市から離れすぎているためって言ってたからね~。もしかしたらここまで供給が行き届いていない。いや、来ないが正しいのか」
ソウジは一瞬考え込み、すぐに「直感だけどな~」と言って笑う。
実際のところ分からない。
だが、いまはそう言うことにしておこう。例え彼が答えを知っていて、はぐらかしているとしても。
「そうだとしてもこの町は酷い。人も少ないし店も少ない、何より活気がないわ」
「うん、アリシアさん。物がなければ人が少なくなり、人が少なければ店も少なくなります。それと伴って活気もなくなるのは自然のことですよ」
僕とソウジの後ろでアリシアの声が聞こえた。その不満に対し僕は、後ろを少し振り向きながら答える。
アリシアの両隣には、先程の宿にいた姉妹らしき少女――名前は『ニロ』でもう一人が『ミラ』と言う名前らしい――が、彼女の手を両手で占領している。そうとう彼女にはなついているようだ。
僕の問の返しに対し、アリシアは「そんなものなのね」と、また不満そうな顔をする。
「......それで、ボクを何で連れてきたのかな」
「もちろん! この世界を知るためっさ~、ユリアんもこの世界の知識は必要でしょ~よ?」
僕達の列で一番後ろにいる、ソウジにユリアんと呼ばれ、不服そうな顔をする白衣姿の女性。科学者ユリアーナだ。
彼女はアリシアの後に起きてきた。
その後ソウジが強引にユリアーナを連れ出し、そしていまに至ると言うことだ。
ちなみに、彼女は『ユリアん』と呼ばれているのを気にしているようだが、僕もそっちの呼び方が好きだ。
「そういえば、ロディオは連れてこなくてよかったの?」
「うん、彼もまだしばらくは休ませておきましょう。たぶん今日は、昨日と同じくらい忙しくなると思いますから」
そうは言ったが、実は起きなかったからと言うのが本当だ。
何度か起こそうと試みたが、彼はただ寝返りを打つだけで起きない。
得意な耳打ちもしてみたが、効果が見受けられたのは女性の話だけで、他は反応がなかった。もう少し彼の事を知ることが出来たら起こすことが出来たかもしれない。
僕らが町を見学していると町の端の方から、中年くらいの男が走りながら叫んでいるのが見えた。
「い、『異獣』だ! 『異獣』が出たぞぉ!!」
男の服は灰色の七分袖のシャツに、裾を捲り上げたズボンを穿き、茶色のサンダルを履いている。
その男はその勢いのまま僕達を通りすぎ町角を曲がったところで、両足を浮かせ、道の逆側の一軒家に上半身をめり込ませ、その辺りを血で四散させた。
何が起きたかをもう少し簡単に言えば、男は吹き飛ばされ壁に当たり、たぶん死んだ。
だが、突然すぎてその事実に理解が追いつかない。
こんなにも、人の命と言うのはあっけないモノなのか?
「えっ、なに?」
「......何が起きた?」
「あちゃ~。これは、ヤバいね」
同行していたソウジ達も同じように混乱している感じだ。
当たり前だ。何の前触れもなく、ただ一人の男の命が消えた。そんなものをいきなり理解しろなんて、しかも常識を超える死に方だ。
分かることがあるとすれば、あの町角に何かいる。
出来ればあの男を吹き飛ばした正体が、車かあるいは、自分の知識にある物がいい。そうすれば何とか納得できるし、何より安心する。
現実は非情だ。
町角からゆっくり現れた物、いや、現れた者と言うべきだろうか。
全身が赤く、頭には鉤爪のように曲がった大きな角。異常に発達した上半身で前かがみ、ゴリラを思わせるような格好をしているが、それ以上に巨大。たぶん3メートルはあるだろう。
何より顔が人に近く、三か四等身くらいだろう。はっきり言って見たことない生物だ。
そして何より困ったことが、そいつがそこから現れたと言うことだ。
その赤く屈強なバケモノが現れた直後、他の場所からも悲鳴が聞こえ、さらに先ほど殺された男も別のところから逃げてて来た。
つまり、このバケモノは一匹だけではない。
「逃げましょう!」
「分かってる」
「え、あ、なっなに!?」
「アーちゃんも、それと一緒に付いてきてる女の子二人も逃げるよー!」
近くの家の扉を開け、みんなを中に入れる。
あのバケモノの移動速度は分からないが、先ほど僕らが通り過ぎた場所にいた事から、あの巨体に似合わず機敏な動きをするの可能性が高い。
だからこそ、こうして空き家に隠れた。あのまま目の前を走ってしまっても、あのバケモノが予想以上の速さだった場合、まず僕等は助からないだろう。
僕が目指している場所はここから200メートルほど離れている。そこは僕達が寝泊まりしていた宿だ。その宿で休んでいるワスターレの力を借りる。
僕の考えでは彼は強い。あの参加者のカト・ウィンが恐れるほどの力を持っているのだから、赤いバケモノを倒せるほどの力も持っているはずだ。
彼ならきっと倒せる、断言できる。そうでなければ僕達は終わりだ。
「それでジョン君。お次はどうしやすか~?」
「うん、いま僕等が出来ることは少ないでしょう。ですので、宿にいるクリエットさんとワスターレさんの力を借りようと思います」
「それは、正解だね~。でも問題は、どうやってあそこまで行くかだよな~」
そうそこだ、何より難しい事だ。
壁の隙間から道を覗き見ると、思った通り暴れている。いま町の女性が捕まったところだ。
その女性は泣き叫び、そして地面に叩き付けられ......、それで、何を、している?
「ジョン君、アレは子供が見ていいものじゃないよ」
隣にいつのまにかいたソウジが、僕を壁から離す。
あのバケモノが行った光景が、頭の中に浮かぶ。
あのバケモノ、人を、食べていた?
「な、なによあのバケモノ!」
「アリシアさん、落ち着いてください」
「食人鬼とかやめてくれよ~、もう少しほのぼのがよかったぜ」
全員取り乱している。
僕もいまは平常心を保てているが、いつまで保つかわらかない。
この状況が初めてとか、そう言った物の話ではない。人が喰われているところを見て平然としている者がいるはずがない。
「......異獣」
アリシアが連れてきた少女の一人、ニロが消えそうなほど小さな声で呟く。
振り返り二人を見ると、ニロとミラは体を震わせ、完全に怯え切っている。
「い、異獣? アレが何なのか、君たちは分かるのかい?」
「異獣は、参加者が生み出した怪物。それが野に放たれたまま活動しているの」
「参加者が、生み出した?」
「つまりは~、参加者が実験や試験とかで生み出した......、違うな。アレは召喚された者だろうな」
「うん。ソウジさんは何か知っているのですか?」
「これから言うことは勘だけどね~。知っていると言うか、オレの国にある小説や漫画には、召喚術とか錬金術とかを使う者がたくさんいたからさ~。もしかすると、この世界に来ている参加者の中にもそういった力を持っている者がいる、とか考えたわけさ~」
最後に彼は「勘だけどね~」とさらに付け加えたが、僕はそうとは思えなかった。
もし彼の話が正しくて、少女の言っていたことも真実だとすると、これは非常にまずい。
僕達はいま、『他の参加者』から攻撃を受けている事になる!
「......それでどうする? ボクが提案しようとした事は、さっきの光景を見るからにやめておいた方がいいと判断したけど」
「それってもしかして、囮作戦とかですか~い?」
ソウジの冗談のような返しに、未だ壁の隙間から覗いているユリアーナが小さく頷く。
「マジか。で、誰がいくよ?」
ソウジの疑問に少し考えたが、簡単に決まった。
こちらは女性が4人に男性が2人。男性の内、一人は子供、つまり僕だ。常識的に考えて、最後に残った男性が囮になるべきだろう。
それにこれは、彼の素性を暴くいい機会だ。
もし彼が本当にこのゲームを創ったのなら、こんなところでは死なない。もしくは何かしらの力を使用するだろう。
気が付いたら、みんながソウジを見ていた。
「え、マジで?」
「うん、ソウジさん。皆さんのためにも、よろしくお願いします」
「う、裏口から逃げるとかは、ダメかな~?」
「......さっきの男はその町の裏に逃げようとしたら殺された。アレが見えていないほうが危ない」
「ですよね~。じゃ、じゃあ屋根裏を伝って行くのはどうよ~?」
「こっちは子供が3人もいるのよ、そんなの出来っこない!」
「お、おぅ。そうだね、そうだよね~。ここに留まるっていうのも......、危険だよな~」
ため息を吐くと同時に、ソウジは屈伸をする。どうやら彼も覚悟を決めたようだ。
「それで、アレはどうなったのさ~?」
「えっと、あれ? いな......」
アリシアが外を確認したと同時に、僕とソウジの間に突如、壁が出来た。それも赤い壁だ。
壁が振り返るように動き、こちらに見つめる。
もう壁じゃない、アレだ。さっき町角から現れたアイツだ、僕達の存在に気が付いていたんだ!
巨大で血塗られた手が、僕を掴もうとゆっくり動く。そして、顔が爆発した。
「こっちだ! はやくしろ」
声のする方に顔を向ける。アレは、宿の店主か?
崩れた壁の向こう側にいた店主は青いつなぎを着て、手には僕の身長程ある大きなライフルのような物を持っていた。
目を配り、周りにいた者達が無事なのを確認して、店主の元へまで全員で走る。幸いなことにバケモノは先の爆発で動けないらしい。顔を手で覆い嘆いている。
「お前達『参加者』なんだろ!? ならアイツくらい倒せるだろ!」
「うん。あいにくですが、僕達はいま力が使えない状態なのんですよ!」
もちろんの事、ウソだ。まさかとは思わないが、彼が『参加者』である可能性が無きにしも非ず。さらに他の参加者などに情報を拡散されては困る。最後に付け加えるなら、戦えないと知ったら見捨てられる可能性があったからだ。
「くそっ! ならどうする!」
「あなたの宿で寝ていた少女と騎士に頼もうかと考えていました」
「あんな子供に戦わせるのか!?」
「......あなただってジョンに戦わせようとしていたでしょ?」
「あのさー、睨み合うのは助かってからでもいいんじゃないのかな~?」
全くですよ、そう言おうとした瞬間、店主の姿が消えた。
辺りを見渡して探してみると、いた。店主は大きな木片の下敷きになって倒れていた。
次に聞こえてきた獣のような声、あいつだ。あの赤い四等身のバケモノ。顔の右半分程が吹き飛んでいるのに平然と動き、木片を投げてきたらしい。常識を超えてる。
そのバケモノが、まるでクラウチングスタートをとるかのような姿勢をとり、そして走る。予想より早く、見えるが動いて避けれるほどの時間がない。
瞬く間に目の前まで来たバケモノが、その拳を振りかぶる。咄嗟に顔を覆った、こんなの無意味だって知っているのに、反射的に、たぶん叫んでいたと思う。
けど、いくら待っても、衝撃や痛みが起きない。
「本当に、みなさんは弱かったのですね」
目を開け目の前にいたのは、少し赤みを帯びた白いドレスで着た、薄い青髪の少女。
クリエット・モドュワイト・ロームーブの姿だった。
彼女の姿は見たとき、周りの光景は異様だった。
彼女の右手一本だけで止められたバケモノの拳。体格差的に見てもあり得ない。
バケモノも彼女の異様さに気付き、バックステップで距離をとる。
「そうですね。前々回ゲーム参加者『カミ―ル』。その能力『恐怖の現実』による13体の召喚獣の一匹、名前は『グールオーガ』。種族は『鬼』、レベルは......、はぁ、『58』か、ステータスからして警察官十人程度くらいでしょうか」
淡々と話す彼女の言葉をただ黙って聞いていた。
一通りグールオーガと呼ばれるバケモノの説明を終えた彼女は、ポーチからどう見ても入らないはずの細身の剣――元の世界でレイピアと呼ばれている物に似ている――を取り出す。
「この程度の相手で死にかけていては、この『ゲーム』で生き残るのは難しいですね。都市に付いたら少し作戦会議辺りを立てましょう」
剣を鞘から抜く。だが、あんな細身の剣では、あの巨体の皮膚を切り裂くことが出来ても、ただ擦り傷をつくるだけで致命傷を与えれるとは考えきれない。
グールオーガもそのことが分かったのだろう。彼女との距離を一気に詰め、殴りかかる。
「ちなみにそうですね。私のレベルは『67』です。ステータスもコレよりも十分高いですよ」
彼女はレイピアを一度振るう。その直後レイピアの細く鋭い先端大きく膨れ上がり、棘が生えていく。
その折れてしまいそうな武器を、その細い腕で振り回し、グールオーガの横から叩き付ける。
肉が潰れ、骨が砕ける嫌な音がした後、まるでスロー映像を見ているかのように、バケモノの身体がゆっくり持ちあがり、そして吹き飛ぶ。
グールオーガは家に突っ込み、それっきり動かなくなった。
「そうですね。言うのを忘れていましたが、参加者が召喚した怪物がこの世界には溢れています。外出するときなんてほとんどないと思いますが、気を付けてくださいね」
武器を元に戻し、不思議なポーチに収納しながら笑顔で彼女は答える。
「そ、そうです! 他にもバケモノが......!」
「そうですね。ですが安心してください、そちらの方はワスターレにお願いしてあります」
彼女は笑顔のまま倒れている店主まで近寄り、手をかざし何かしらの処置をしている。店主はすぐに目を覚まし、近寄って来たニロとミラを抱きしめる。
「店主の方は私の回復魔法で何とか大丈夫そうですね、みなさんも怪我をしていたら教えてください」
その後、クリエットと共に宿に戻った。
ワスターレはすでに宿に戻っていた。どうやらこの町を襲っていたバケモノを全て倒したらしい。
店主からもお礼を言われたが僕達がむしろお礼を言いたい。僕達は何もできなかったのだから、店主が来なければ僕達は死んでいた可能性が高いだろう。
結局のところ、ソウジの事やこの世界の知識と言うのはそこまで手に入らなかった。
分かった事と言えば、この世界のほぼすべてが、僕達を死に至る術を持っている、と言うことだろう。




