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場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第一章 場違い召喚
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6 この世界



 身体を抜ける風が心地良い。

 白い雲が青い空を泳ぐように動き、その度に姿を変化させ、緊張した目をほぐす。

 日の光が生み出す光景は、とても綺麗で幻想的な風景をつくりだし、沈みかかった心を和ませる。

 一歩踏み込むごとに、足の裏から伝わる草と土の感触が、オレという存在を確立させ、生きているという実感を与えてくれる。


 それらの自然を、身体全体で浴びながらオレは歩く。

 悠々と、その他男女六人と共に、平和な草原を歩く。


 久しぶりのアウトドアだ、ワクワクが止まらない。


 それはそれは、小学生の時に行った遠足のような、晴れ晴れとした気分での徒歩だ。







 とまー、そんな考えは歩き始めて約20分くらいでやめた。

 いまのオレ――ソウジが考えていることは、次のようなことだけだ。


 足が痛い。

 腰が痛い。

 横腹が痛い。

 喉が乾いた。

 お腹が減った。

 そして何より、もう歩きたくない。


 歩き始めてすでに数時間、辺りはすでに足元もおぼつかないほど暗くなっている。

 唯一の明かりは、先頭を歩く青髪の少女クリエット――オレはクリエちゃんと呼ぶことにした――の持っているランタンの様な、全方位を照らす光しかない。正直に言うと心許なく不安だ。


「あのー、いつまで歩くんですか~い?」


 我慢できず、つい聞いてしまった。

 先頭に立って歩くクリエは「またか」という表情を浮かべながらこちらに振り向く。その顔は地味に傷つくからやめてほしい。

 いや、だが、よく考えたら、同じ質問を約10分間に一回言っている気がする。

 ちなみに、数えて100回くらいは同じ質問をしたかも。もしかしたら、聞きすぎ過ぎたのか?


「あと、もう少しですので頑張ってください」


 『もう少しです』......か。

 これもう、返事に面倒くさくなってない?

 20分前も、30分前も同じように「もう少しです」と答えていたような気がする。いや、絶対そう答えている、間違いない。記憶にはないけど。




 そう思っていたが、本当に家の灯りらしきものが見えてきた。

 灯りが見えた途端にオレを含め、周りにいた者達全員から安堵の声が漏れる。

 そりゃこんな草原なんてもう歩きたくないし、何より命の危険がある状態がずっと続いているたからな。みんなも、そろそろ休みたいと思っていたのだろう。


 ただ灯りを見たとき、想像していたのとは違った。

 オレの記憶が正しければ、クリエが言ったのは都市だ。しかも普通の都市ではなく『近代都市』という代名詞が付くような都市。だが、実際目にしている街並みは、そんな言葉が似合うとは到底思えない。

 もしかしたら遠くから見たら小さいだけで、近づいたら立派な都市がある。遠近法ってヤツだな。

 つまり、近づくにつれて、近代的で美しい都市が――


「あるわけ、なかったかぁー!!」


 またつい、声に出してしまった。

 だが他の皆もそう思っていたのだろう、残念そうに肩落としている。強いてあげればクリエとワスターレの二名以外だが。

 確実に言えるここは都市じゃない、どちらかと言えば農村だ。しかもかなり廃れた。


 人はいる、視界に入るだけで若干名だけど。

 店も一応ある、潰れているところが目立つが、数店舗はある。

 家らしき建物や宿もある、ほとんどがくたびれていて人が住んでいることすら怪しい。

 そして何より......。

 人は活気に満ちた目をしている、わけがない。ほとんどの人たちはトボトボ歩き、目は死んでいる。そうだな、アニメで言うハイライトのない瞳と言えばいいのかな。夢も希望も無いって顔だ。


「えーと、クリエちゃん? ここが『近代都市』モドュワイトってところですか~い?」

「はぁ......そんなわけないでしょう」


 よかった。どうやら違うみたいだ。それにしてもクリエちゃん、ちょっとオレに対する当たりが、少しずつ強くなっている気がする。

 あ、敬語使ってなかったからな、気を付けないと。マジで殴られそうだしな。


 クリエはこの光景に物怖じせず、ここに来たときと同じペースで歩き、近くの宿に入って行った。この宿は先ほどから見えていたものだ。

 木造建築の2階建て。ところどころ板が剥がれ、穴が空いている箇所があり、入り口の扉は触れた瞬間外れてしまいそうなほどボロボロに崩れている。

 クリエの後に続き、オレもその壊れそうな取手を掴み、ゆっくりと慎重に扉を開け宿の中に入る。壊して弁償とかは嫌だからね、大丈夫だと思うけど。



 中に入ると、そこは外形とは裏腹に豪勢な宿。というわけもなく、予想通りの残念な宿だった。

 床はボロボロで歩けるかどうかも怪しい。壁は外でみた外形通り、所々に穴が空いている。もちろん、と言っていいか分からないが、机や椅子なども傷や汚れが目立つ。

 だが先頭を歩くクリエ自身は、そんなこと気にしていないかのようにトコトコ歩き、カウンターの奥に立っている店主らしき人物の前に立った。


「七人ですが、部屋は空いてますか?」


 クリエが言い、腰に付けているポーチから金色のカードらしき物を取り出し、それを店主に見せる。


「......二階の部屋はすべて使っていい」


 店主が指差す方に目を向ける。

 指し示した先には2階へと続く階段と、たぶん地下室へと続く、薄暗い階段がある。もしここがお化け屋敷か何かなら、あの階段の先にはきっと、黒髪ロングの白いワンピース姿の女性が立っているだろう。

 そんな雰囲気を醸し出していた。

 店主の返事にクリエは「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をして、またトコトコとこちらに向かって歩いてくる。


 そういえばお金とかはいいのか?

 いや、いらないのか。

 あの店主に見せた金色のカードはたぶん『参加者』の証か何かだ。それを見せれば宿代がタダってことになるのだろう。

 いや、宿代だけではない。こういったパターンだと、ほぼ全てが無料になる、といった感じのはずだ。

 つまり、オレ達が日々を過ごすだけで、店を構えている者は無慈悲な出費を課せられる。ほんと、参加者ってのはろくでもねぇな。


「お待たせしました。皆さんこちらに来られて疲れていると思いますので、一先ず休憩と致しましょう」


 その言葉を待っていたかのように、皆が一斉に伸びをする。

 数時間前の緊迫した状況を思い出し、今にも倒れそうな者。歩き疲れて、今にも倒れそうな者。何も食べていないことから空腹で、今にも倒れそうな者。長時間日の光に晒されたことで、今にも倒れそうな者。

 オレの場合は、すべて当てはまるな。倒れそうというか、もう倒れたい。

 つまるところ、クリエとワスターレ以外の全員が体力の限界だったということだ。


 さっそく二階に上がる。

 階段を上がった先に見えたの部屋は全部で6つ、こちらの人数は7人。

 うむ、これは......。


「さて、誰かの部屋が無い事になるわけだけどさ~?」

「全部一人部屋なの? ベットが二つあれば一部屋に二人は入ると思うけど」


 まったくその通りだよアリシアちゃん、思ったより察しがいいね。でも女の子がまるで「一緒に寝ていいわよ」みたいな捉え方されそうな言い方はよろしくないとオレは思うな。

 それに正直に言うと、オレはしばらく考える時間がほしいと思っていた。

 これは予想だが、この国......いや、この世界は元いたオレ達の世界とあらゆる点で違う。


 それもほぼ全て、何もかも。


 確かめたい事がたくさんある、そのためしばらく自由に動く時間がほしかった。もちろん一人だけの、自分だけの自由な時間だ。

 周りの皆のことも少し気になるが、だいたいの人物は元の世界で知っているから問題ない。あの少女と全身鎧はオレの予想が合ってるかが気になるけど、それは後にわかるだろう。

 だからいまは、すこし強引にいこう。


「じゃ~、オレはこの奥の部屋でいーッスか? いーッスよね! 決まりました~」


 アリシアが止めようとしたが制止を無視して一番奥の部屋へ向かい、ボロボロの扉を開ける。


 汚い。


 宿の状態から予想はしていたが、思った通りだった。

 本音で「うわっ」と言ってしまったが。まー、他の皆も同じ反応をするだろう。少しその反応が見てみたいが、今回は我慢しておこう。......惜しいな。


「オレはもう疲れたから少し休むよー。飯出来たら呼んでくらは~い」


 あくび交じりに適当な理由を言って扉を閉める。

 取手を調べたがどうやら鍵はないみたいだ。少し不安だが、こんな宿だから仕方がないのかもしれない。オレのいた国では絶対あり得ないだろうな。




 オレが部屋に入ってすぐ、中央に浮いた小さく黄色の灯りがこの部屋全体を暖かく照らした。電球みたいな灯りが浮いているとか、ここが本当にファンタジーの世界だと実感させてくれる。

 ベッドに腰かけ、ため息を吐く。これほど疲れた日はいままでなかった。

 数時間前にこの世界に移転され、想像以上の厳しい『ゲーム』に強制参加させられ、命の危険が何度もあい、そして2、3時間の散歩。こんな一日、そうそうあってたまるか。


(それに、まさかここまでハードとはな~)


 座っているベッドに体重を掛ける。

 ほぅ、このベッドの感触は思っていたよりも柔らかい。ところどころ汚れていたりするが、これくらい我慢すれば何とか寝れるはずだ。

 壁は相変わらずボロボロで、除けば外の風景も眺めれるだろう。

 窓はあるが、木を打ち付けてあり開けることは出来そうにない。まるで外から何かを防ぐような感じの立て付けだ。


「おっと、いまはそんな事を考えついる場合じゃないよな~」


 独り言を呟いたあと、ズボンの右ポケットをまさぐり小さな銀の棒を取り出す。

 この棒は元々あったもの、ではない。この世界に来た時には何も持っていなかった。これはあの『創造の指輪』で創ったものだ。他にもあるが今は必要ないだろう。

 棒の端に付いているボタンを押し、起動させる。棒全体が薄く青光した状態で、横に付いた摘まみ部分を引っ張り薄青い透明な画面を出す。

 その画面にはとある場所が、空から見下ろしたように表示されている。


(座標と映像には、問題ないね......)


 数度頷き、いま映っている場所にオレは満足する。

 画面に映し出されているものは、いまオレ達がいる宿だ。

 日が落ちているせいで薄暗いが、確かにこのボロボロで今にも崩れそうな宿が表示されている。

 次に、その宿の屋根を手で摘むようなにして上に引っ張る。と同時に、画面に表示されていたもの全てが、薄い緑色のホログラフとして出現する。

 更に画面、というよりホログラフに映った宿を掴むように触る。もちろん感触はないが、掴んだ手をそのまま動かすと、宿も動きに合わせてコロコロと回転して動く。

 指先で叩くようにホログラフに映った宿を触り、宿の上に『LOCK‐ON』と表示させ、その後に手を開くような動作をして、画面に映る範囲を広大かさせる。

 周囲半径約500メートル程映し出されて、その映る範囲すべての宿らしき建物の上に、同じような『LOCK‐ON』と映っていることを確認する。


(動作と目標設定に問題はない、かな)


 次にやることを考えながら画面の端を軽く叩きホログラフごと画面を仕舞う。

 ポケットからもう一本(・・・・)同じ棒を取り出し、先に持っていた方を右耳に当て、もう一つを口元に近づける。


「あー」『あー』

「調子はいいかい?」『調子はいいかい?』

「うん、思った通りいい調子だ」『うん、思った通りいい調子だ』


 話しかけた声が反響するように聞こえる、どうやら上手く機能しているみたいだ。

 これで概ね、テストは無事完了した。


 この銀の棒は何かと言えば、簡単に言えば携帯電話だ。無駄に高性能なヤツ。

 初めに出した画面は、創った人工衛星が残っているかの確認。次に行ったのが、人工衛星の武装と目標設定が想像通り出来ているかの確認。これは対象のものだけが設定できるかの実験だった。

 あの時、これであの大群の中にいた一体を選択し、その状態で先ほどやった通りの広範囲一斉選択をした。その後奴らに『この光に当たったら消滅するよビーム』を食らわす。

 結果は想像通りで創造通り。

 『LOCK-ON』と表示した奴らだけが消滅し、周りにあった草や土などには一切の被害が出なかった。

 あの瞬間、想像通り過ぎてつい笑ってしまったな


 最後に確かめたのが電話としての機能が使えるのかだ。

 結果は見ての通り、聞いての通りの正常だ。

 自分が想像して創ったのはいいけど、本当にそれらの機能が使えるか疑問だったし、何よりちゃんと残っているのかが不安だった。

 けど、これですっきりした。とりあえずはいまは問題ないだろう。


「それにしても、こう自分の声を聴くと、気持ち悪いよな」

『それにしても、こう自分の声を聴くと、気持ち悪いよな』

「それは話している声は骨導音と気導音の混ざった音で伝わるけど、聞こえる声は気導音だけ。そもそもの聞いている音が違うからなんだけど?」


 ............。


 かなりビビった。


 部屋の扉の前にユリアーナが立っていた。

 ノックもせずに入ってくるとは、なんて失礼な奴だ。教育した奴でてこい。


「......何その顔、ボクが来たのがそんなに気に食わない?」

「いや、別にそんなことは思ってないけど。それにしても、なんでそこにいるの、さ~」


 ため息混じりに一言「夕食」と言い、なぜか近づいてきた。


「......それって、あの時の?」

「ま、ま~、そうだけど?」

「......貸して」

「へ?」


 半ば強引に右手に持っていた方を取られる。

 ユリアーナは棒状の携帯をマジマジと眺め、そして端のボタンを押し横にある掴み部分を引っ張る。

 先ほど同様に画面が現れ、宿とその周辺が表示される。それを彼女は更にマジマジと見つめる。

 その状態で画面の裏を見たり、画面に触れたり、臭いまで嗅ぎだす。遠くから見たら、ただの危ない変態だ。


「......これだけ?」

「こーれだけ~」

「ウソをつくな」

「アゥチッ!」


 渡した携帯で頭を叩かれた。ひどいな。

 確かに、少し頑丈には創造したけど、それはそういう使い方とは断じて違う。


「それで、さっきやってたこと......通話ができるの?」

「まー、出来ますねー」

「......使い方は?」


 「耳に当てて」という動作をして携帯を耳に当てさせ、オレが持っていた方の携帯を口に近づけ「こう使う」と言う。

 彼女ならこれで使用方法が理解出来るはずだ。


「......ボタンとかは?」

「な~い。近づいたものが耳か口かを判断したあと、話したい相手を考えながら話すと勝手に通話が始まるってな感じで想像しましたから~」

「不便ね」

「楽だろ~?」


 何か不満そうなユリアーナに対して、とりあえずドヤ顔する。また叩かれた。

 それと彼女のことだ、この携帯があの人工衛星と繋がっていることくらい気が付いているだろうけど。いちおう予防のために、ビームのことは教えておくかな。


「ちなみに~、その画面に映って居るモノを摘まむ様にして引っ張るとー。あら不思議、ホログラフみたいなのが出現するよ~」


 ユリアーナは口を尖らせ、また不満そうに画面を引っ張りホログラフを出現させ、その映像をまたマジマジと見ている。

 ホログラフを手でなぞり、それに合わせて動くことを確認した後、続けてタップして「LOCK‐ON」表示を出す。


「えー、すみませんが。それ以上はやめたほうがい~よ」

「......なんで?」


 知ってるくせに、ワザとだろうな。


「それをまたタップ......あー、叩くとビームが発射されるのさ~」

「......そう」


 この答えに満足したのか、表示を消し画面も閉じる。思った以上に素直だ。


 ちなみに彼女のことは一応、元の世界でニュースとか載っていたため知っていた。

 はっきり言おう、彼女は天才だ。彼女の発見や実証のおかげで、オレの発明が何度も実現にこぎつけることが出来た。

 携帯を返そうとするユリアーナに手の平を向けて止める。

 少し悩んだが、あの時の感謝の証として携帯は譲ろう。まだあるしね。


「それは元々渡す予定だったからさ~、持ってていーよ」

「......なら貰っとく」


 棒状の携帯を白衣に付いたポケットに仕舞う。

 ユリアーナはそのまま立ち去ろうとするが、途中で止まりこちらを見つめる。お次は何だ?


「......ひとつ聞きたい」

「なんだ~い?」

「どうして彼女......クリエットが、あの『創造の指輪』を持っていたことを、知っていたの?」


 なんだそんなことか。

 オレにとっては簡単だけど、これをどうやって説明したらいいか。

 うーむ......。


「カン......かな~」

「カン......だと?」


 すっごい睨まれてる。ちょっと、てかマジで怖い。


「......つまりアンタは直感で、彼女が何かしら持っていると思ったからそう言った、ということ?」

「まー、そうなるかな~」

「......なら、あの仮定『参加者』の彼女達に言ったことも、そういうことなの?」

「そうだね~、ああ言えば助かるってなんとなくわかった」


 めっちゃため息吐いてるよ、ユリアーナさん。

 ちょっと言いにくいな、今度からユリアんと呼ぼう。


「やっぱ、そういう反応するよな~」

「......それは、直感でわかったの?」

「いや、他に人にも同じことを聞かれたことがあって、みんな同じ反応したってだけさ~」

「......あっそ」


 バッサリ切られた。手厳しいなユリアん。

 その後彼女は金のボサボサの髪を掻き毟りながら「......チッ」と舌打ちをしてきた。アレって心に地味にくるんだよな。出来れば聞こえないようにしてほしい。


「......人の直感は論理的ではないから私はそれを正論とは思わない。けど、アンタならなぜか納得する。これが才能の差ってことなんでしょうね」

「才能、か。ちょっと前にも同じことを言ってた人がいたな~」


 この世界に来る前の事の、ほんの少し前を思い出す。

 オレが社長室で外を眺めているときに、同じことを副社長が言ってたっけかな。なんかまだ一日も経っていないのに、すごく懐かしく感じる。


「でもぶっちゃけ言うとそれ以外はオレ、能無しなんだわ~」

「......どういうこと?」

「簡単さ~。なんとなく直感で『正解』とその『パターン』が分かっても、それまでの工程が全く分からない。つまり、選択問題は解けるけど、解答に途中計算が必要な問題はダメダメってことさ~」

「......それで何が言いたいの?」

「オレは一人では、なんにも出来ないってことさ~」

「......」


 ユリアんはそれきり黙ってしまった。

 そう、あの時だってそうだ。オレは『参加者』の三人に言った言葉、あれで退散してくれると思ったが現実には退散しなかった。おかげでかなり焦った。

 そこで洞察力と言い回しが上手いジョンに頼んだ。彼ならオレの言葉に乗り、彼女達をうまく言いくるめることが出来るだろうと、そう感じたからだ。

 結果はうまくいった。そう、結果は、だ。何故逃げたのか全く分からないのが恐怖で仕方がないが。


 ユリアんはそのまま部屋を出ようとしたがまた立ち止まり、今度はポケットに仕舞った携帯を取り出す。

 彼女は携帯を回しながら悩む顔をしてこちらを振り向く。


「......もうひとつ聞いて言い?」

「なにかな~?」

「これ名前、なんて言うの?」


 先ほどの会話をぶった切るような流れ。

 ユリアんにとってはやっぱり、どうでもいい話だったのかな。


「んー、『棒携帯』じゃダメか~い?」

「ダサい」


 容赦ないねホント。

 だが、名前か......。その場に合った物と用途を考えるのは得意だが、名前とか決めるのは苦手だ。それっぽいカッコイイ名前がなかなか思いつかないんだよな。


「......S‐TEL(エステル)

「『STICK-TEL』の略か~。それもさー、そのままじゃね~?」

「いいじゃない、それで! じゃ、なんか分からないけど、名前はエステルで!」


 気付いたらまた一人増えてる、今度は紅いドレスのアリシアちゃんか。

 それと、なにこの人たち、勝手に部屋に入ってくるのは普通の事なのか?


「そ れ は ともかく、夕食だって言ってるでしょ! ユリアーナもソウジを呼んで来てって言ったのに全然連れてこないし。だから私がわざわざ来てあげましたよ!」


 そういえばユリアんもそんなこと言ってた気がする。

 すっかり忘れていた。


 アリシアちゃんの小さな手を掴まれた、そのままオレとユリアんは仲良く連行される。






…………






 駆け降りる様に階段を下り、一階に付き次第目に入ったもの。

 机上に乗っている、この宿で出されたと思えないほどの豪勢な料理が並んでいた。

 机の周りに置いてある椅子には、すでにジョンとロディオが座っている。それぞれ「遅かったですね」や「遅ぃ......」など言い、それに合わせて「わりーわりー」と言いつつオレも席に着く。


 机に並べられていた料理のジャンルはバラバラだ。

 鉄板の上にある肉厚のステーキ。大きめな皿に乗せられ、一口大に刻まれた野菜を使った味噌野菜炒め。

 人数分以上あるんじゃないかと思うほど巨大で、とろとろのチーズとスライスベーコン、コーン等が上に乗っているピッツァ。赤々として見た目からも辛さが伝わる麻婆豆腐。

 それらすべては出来たばかりと言わんばかりの湯気が立っている。


「さてみなさん、ゲーム初日と言うこともあってお疲れだと思いましたので、料理は私の方で用意させて頂きました」

「すごいな、これ全部クリエットが作ったのかぁ......?」


 ロディオの問に「え、まぁ......」と目を逸らし微妙な返事の後、ポーチから一枚のカードを取り出す。

 カードは二つの枠で区切られておりに、上の枠には「ケーキ」と書かれ、下の枠にはイチゴの乗ったショートケーキが描かれていた。

 そのカードを机の上に置き、クリエが『具現』と唱えると、カードの上に絵と似たケーキが出現する。


「おぉ......」

「便利そうですね」

「すごいわね!」

「......紙に描かれているモノを召喚いや、具現化か」

「味はー、あるよね~?」


 皆それぞれの感想を述べる。ちなみに、オレの問は無視された。


「では、皆さん。私とワスターレは地下にいますので、何かあれば呼んでください。なければ今日はもう、休んで下さって構いません」

「あの、ちょっと聞きたい事があるんだけど......」

「すいません。都市に着いてから聞きますので、今日はもう休んでいてください」


 質問したアリシアちゃんが眉をしけめて頷く。

 彼女もこの状況の説明が欲しいのだろう、オレの予想と直感で良ければ後で話そうかな。

 そんなことを考えながら目の前の食事に目をやり、手を合わせ「いただきまーす!」と大声を出し、皆より後に来たのに先に食事を開始しようとする。






 気付くべきだった、己の過ちが恥ずかしい。

 我慢できずにクリエちゃんに問いかける。


「ごめん。箸かフォーク、無いかい?」


 クリエはハッとした表情を浮かべ、慌てて厨房へと走っていった。

 食器類はまた別なのか。



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