5 絶対の差
最悪。
ほんっとうに最悪!
下唇を噛みながら、私――クリエットはこの状況になった原因をつくった者を見て、そう思っていた。
まさかこうも早く見つかるとは思ってもみなかった。
それもこれも全てソウジという男のせいだ!
そんなソウジが、他参加者である三人の話に割って入ろうとしている。
この状況でさすがだと思うが、無茶だ。無謀すぎる、先ほどの大群のほうが、まだ望みがある。
それに、彼に彼女達を倒す術なんてないことは、文字通りお見通しだ。
私の右眼に秘められた力に『視察』というスキルがある。
これは、私の右目に映るすべての生物や道具など、ありとあらゆるモノの名前や状態、用途など、全ての情報が目に浮かぶ能力。
例えば、目の前にいる女性。ジャトを視る。
名前は『ジャト・アクイラ』。
種族は『鳥獣人』。
所属チーム名は『地獄獅子』。
性別は女性。
年齢16。
身長152センチ。
レベルは88。
服装は黒いマントの下は太い紐の様な物を巻き付けている。
武器らしい武器は特にないが、獣人には鋭い爪や牙を持っているため、武器は必要ない。強いてあげるとするならば、全身が武器、ということだろう。
次に後ろを確認するようにカトを視る。
名前、『カト・ウィン』。
種族は『竜人族』。
所属チームは『ドラゴンズフォース』。
性別は女性。
年齢570。
身長172センチ。
レベル95。
装備は見た目では以上に強い。
対物、対魔が非常に高い服。武器は腰の後ろにある曲がり、大きな二つの剣。『カト=ラス』。
愛用してからすでに113年経っているが、未だに切れ味などは落ちていない。
どの素材も彼女の鱗などの部位を使われている。そのためか剣の属性に『風』が付いており、スキルも『静寂』『突風』『かまいたち』などが付いている。
左側にいるアーセルを視る。
名前は『アーセル・シュシュ』。
種族は『獣人族』。
所属チームは『ピースラブ』。
性別は女性。
年齢13。
身長149センチ。
武器は手に装備されている棘付きのナックル。
着ている服も露出が高い分、『移動速度:高アップ』や『広範囲探索』、『危機探知:高アップ』
そして何より、レベルが100。
ジャトと同じ獣人だが、彼女のほうが身体能力は極めて高く、体力も竜人のカト以上にある。年齢とは裏腹に、この場にいる者の中でレベルだけを見ると、このワスターレと渡り合える程の強さを持っている。
つまり、この中で彼女が一番危険だ。
そして何より彼女たちの前に手を挙げ立っている人物。
名前は『カタハズレ・ソウジ』。
種族は『人族』。
所属チーム名『 ―― 』。
性別は男性。
年齢18歳。
レベルは他の者と同じような、11。
服装もどこにでもあるような布製。
特殊な武器および特殊スキル『なし』。
レベル11とあるが、そのステータスはこの世界の子供同等、もしくはそれ以下。つまりこの世界では普通に生きていくことすらも厳しい。
そんな彼が、周りのバケモノ三人と対峙しようとしていた。
「あー少しいいかな~? もしかして今この状況でオレ達を殺そうとか考えてるんじゃねーでしょ~ね? それはやめておいたほうがいーっすよ」
「にゃにゃ?」
「......」
「なによこいつ......」
三人の視線がソウジに集まる。
あの殺気交じりの視線を三つも受けて、よく平気で経っているものだ。メンタル面では弱いだろうと思っていたが、思った以上に度胸がある。
ある意味彼のスキルかもしれない。
「あれ? もしかして知らない? 同じゲーム参加者なら知っていると思ったんだけどなー。ホントに知らないッスか~? このゲームの『ルール』を......」
その言葉に三人はピクッと肩や耳、首が動く。
彼にはゲームの勝利条件しか伝えていない。それなのに彼は、ゲームのルールを知っているのだろうか。
否。知るはずがない。
まだこの世界に来て間もないのに、あのような状況では何も分からないはずだ。
「ならしょーがないから教えてやーよ。いいかい?」
『―― ゲームの参加者はゲーム参加三日以内の者を殺してはならない ――』
「――っていうルール! マジで知らないんすか~?」
他参加者の三人が考えるようなそぶりを見せる。
もちろん、そんな『ルール』を私自身、彼に教えていない。むしろ知らない。
つまりこの『ルール』は嘘。ハッタリ。プラフ。だが、いまはこの嘘のルールを信じるしかない。
そしてプラフを言った本人、ソウジを信じるしかない。
しばらくしてもまだ考えている三人に対して、ソウジは「そうだよな?」と言いジョンに話を振る。この状況で子供に話を振るとは、やはり信じるのは無駄かもしれない。
「うん。そのルールはゲーム参加時、この場にいる全員がクリエットさんに教えてもらいました。もちろん、このルールをクリエットさん自身が知ったのは最近だと言うことなので、あなた方は知らないと思いますが、嘘だと思うなら試してみればいいのではないでしょうか? もし本当だった場合どうなるかは......あなた方が一番知っていますよね?」
堂々とした態度で挑発するように断言して笑うジョン。
その言葉にまたしても三人の肩がピクッと動く。
もちろんのことだが私自身、そんな規則、初めて聞いたし、言ってもいない。でも、もし彼女たちが私に話を振った場合、私は即答で肯定する。それしかない。
他参加者の三人は、それぞれ顎を手に当てたり、こめかみに指を突き立てたり、目頭を指でつまんだりして考えているように見える。
このまま、彼女達が立ち去ってくれるのを祈るしかない。
............。
「はぁー」
しばらく続く沈黙を破るように、そのうちの一人、アーセルがため息を吐き出す。
「マジですかにゃ......せっかく来たのに、残念無念ですにゃ」
そう言い残し、アーセルは姿を消す。消した後の強風が私達の身体を煽る。
服や髪が乱れるが、そんなのは後で直せばいい。いま一番重要なこのはそれではない。
これで後二人になった。
アーセルが完全に消えたことを確認したジャトが、ソウジを呪い殺せそうなほどの睨みを凝らす。
「お前、名前は何て言うよ?」
「カタハズレ・ソウジ。覚えるときはソウジでいいよ~」
「そう。じゃ、ソウジ。あなたを殺すのを楽しみにしてるね」
両手を広げるジャト。
腕は普通の人のモノのように見えたが、徐々に腕が伸びていく。ついには鳥の様な羽毛を腕から生やし、気が付いた時には本人の身長の約3倍はある翼が出来上がる。
彼女はその出来た翼を羽ばたかせ、そして次の瞬間にはもう消えていた。
本当に一瞬の出来事だったが、すぐさま冷静になる。
これで後一人。一人なら何とかなる。
最期の一人。
ドラゴンズフォースのカト。
彼女は肩を震わせ、手を口で押えている。
「く、くくく......」
我慢できなかったのか大声で笑う。
この何もない草原で、どこまでも響くかのように高らかに笑う。
その笑い声に混じるように雷のような轟音――竜の咆哮が聞こえる。
「あははははは! 最高! お腹痛い! なるほど、そう来たか。なるほど、なるほどなるほど。クククッ、これは、引くしかあるまいな!」
笑い声と共に、竜巻が起こりカトを包み込む。
笑い声は咆哮へと変わり、その竜巻から全長約10メートルほど縁竜の姿が現れる。
鱗一枚一枚が光を反射するほどの美しいエメラルドグリーン。
目は金色に爬虫類の様な黒目をし、腕は大人の男性の胴体よりも太い。
背中にはその巨体を浮かすのには不十分ではないかと思えるが、それでも巨大な翼を広げて、重たそうな口を開ける。
口内には無数の牙が生えており、前には上下二本。他よりも大きな歯が目立つ。
「して、そこの少年。お主の名は何と申す?」
ソウジの斜め後ろにいるジョンを指しながら問う。
「ジョン・リードと申します。ジョンとお呼びくださっても大丈夫ですよ」
ジョンは私達に言った時の様な、丁寧にゆっくりと自分の名前を言い。そしてお辞儀する。
「ソウジとジョン、か......なるほど。多少は知恵が回るようだが、一つ忠告しておくぞ? 私がこのゲームに参加して十数年経つが、そのような『規則』は聞いたことがない。私が引くのは貴様とそこの少年の度胸と、そしてそこにいる『銀の死神』ワスターレのおかげだということを覚えておけ!」
大きく翼を羽ばたかせ、強風が身体を叩く。それでも目だけは、彼女を見失わないよう力強く見つめる。
彼女が数メートル飛んだところで止まり、見下ろした状態で口がまた開く。
「では、次に会う前に死んでいるとは思うが。その多少回る頭を存分に生かせば、あるいはまた会えるやもしれんな......」
どうやって喋っていたのか分からないが、最期に「また会うときが貴様らの最期だがな」と言い、笑い声と咆哮が混ざった声を出しながら、大空へと飛び去って行く。
…………
しばらくして笑い声も咆哮も消え、風も穏やかになる。
――――助かった。
静かになった草原で最初にそう思った。
周りを見ると、他の私が召喚した参加者たちの顔も安堵が見える。
ゆっくりと仁王立ちしているソウジの元へ近づく、思えば彼のおかげで助かったと言ってもいい。
あのハッタリを、あの場で、あの状況で言えるとは、さすが別の世界での英雄だ。彼はいったいどんな偉業を成し遂げたのだろう。
安全な場所まで行ったら、少し彼自身のことを聞いてみよう。もしかすると、私の知らない新しい能力を持っているかもしれない。
「ソウジさん。ありがとうございまし――」
「ぅあ、グリエ"ッドじゃ~ん。ぎみは......ごわくながっだんでずがぁあ?」
またか。いや、これが普通の反応か。
話しかけ、振り向いた彼の顔は悲惨だった。
鼻水と涙を垂れ流しながら、そして何より口が異常なほど震えている。
スキルを使用しなくてもわかる恐怖、これが普通だ。彼らは特別な能力を持っていないのは、すでにわかりきっていたではないか。
むしろ、あの状態で何もしなかった自分が恥ずかしい。
レベルもスキルもステータスも、あらゆる面で勝っている自分が。
レベルも低く、スキルも固有能力もない。おまけにステータスに至っては村人の子供以下。
あの状況でよく立っていられたものだ。それだけでもすごいのに、口だけで相手を退散させた。
もちろん、彼だけではなく、ジョンの行動もかなり大きい。
子供は正直だ。とくに恐怖に対しては従順になりやすい、それでもあの少年はソウジと共にハッタリを、堂々とした態度で言った。それが今回の決め手になったのだろう。
「え、えぇ。かなり恐怖を覚えました。それにしても、よくあんなハッタリを言えましたね?」
「うぅ......。ちょっと待って......」
また袖で顔の涙と鼻水を拭く。見ていてとても汚いので、もし都市に着いたらシャワーを浴びさせ、選択をさせることを提案しよう。そうしよう。
後ろにいる、同じく召喚した参加者であるユリアーナとロディオの声が聞こえた。
「そんなに怖かった? 楽しそうな子達だと思ったけど」
「いゃぁ。アレは恐ろしかった。君はよく平気だなぁ」
「あまり人には興味がないからか、それともあなたたちがかなり臆病なのか......」
ユリアーナはその気持ちがわからない、と言った具合に首を横に振る。
彼等もソウジ達と同じ世界から来たのだから、もしかすると私の知らない、変わった何かを持っているのかもしれない。
横にいた少年――ジョンは座り込み、深く息を吸った後、自分の中にある重い空気を吐き出していた。それを慰める様にアリシアが「大丈夫?」と言いつつ宥める。
アリシアもあの状況で微動だにしなかった、いまだって汗一つ流していない。彼女はかなり精神面で強い者だということがわかる。これはさすがに『眼』では確認できない。
周りを見ていたら、ソウジが「いーよ」と言い顔を先ほど同様、にこやかに笑う。大量の涙や鼻水は顔からすっかり取り除かれていた。すべて左袖に移ったらしい。
「それで、先ほどの話ですが......」
「あー、うん。そのことは後で話そ~う。いまやるべきことは、ここをいち早く離れることだよね~」
ソウジの提案はもっともだった。
彼のハッタリが効いている間、つまり三日間は私たちは大丈夫だ。しかし他の――先ほど来ていない参加者チーム、以外の他チームはこのことを知らない。
だからこそ、早く安全地帯へと向かわなければならない。
「そ、そうですね、わかりました。では一番安全な都市に行ってからにしましょう」
「その都市というところは、どこなのですか?」
横で座り込んだままのジョンがすかさず聞く。
ソウジもそうだが、彼も命の恩人だ。質問には真摯に答えよう。
「はい。そこは私の故郷。近代都市『モドュワイト』と呼ばれているところです」
少し首をひねり考えていたジョンだが、その後すぐに頷いてくれた。
「では、さっそく行きましょう。少し歩きますが、すぐですのでご安心ください」
皆それぞれバラバラの返事をする。
今日から、新しい仲間でありチームである彼ら。個性的で自由奔放な彼ら。
それを待ち受けるのは、彼等にとってあまりにも強大すぎる敵。
しかし、私は思う。
彼らはスキルやレベル、ステータスではない、『眼』に見えない何かを持っている。
もしかしたら彼らは、私と共にこの『ゲーム』に勝利するかもしれない。
そして、本当にもしかして、彼らとも再び会えるかもしれない。




