41 新しい玩具
近代都市モドュワイトへ帰還してから、もう十日になるか。
つまりは、クリエット達と別れてそれだけの時間が経ったということになる。
連絡はいちおう定期的にはとっているので大丈夫だと思うが、それでもみんなと離れている事実にオレ自身不安は拭いきれていない。
近代都市にある古くも大きい施設。まるで工場のよなこの施設にある窓を開け、街並みの雰囲気を楽しみながらオレ――ソウジは連絡してきた内容を思い出した。
クリエットとワスターレは、地底都市代表召喚者であるローゼン・フィクレニス・ムートレアと共に、毎日楽しそうに情報交換と今後の行動方針、それと遊びに専念している。なんかハブられた感があるが、二人は数年来の再会だし、多少は大目にみても問題ないかな。
ジョンはチーム『地獄獅子』のリーダーであるミカエル・カリスやジャト・アクイラとよく行動を共にしているみたいだ。未来都市にいるチーム『ドラゴンズフォース』と同じように、何かしらの暗示や催眠術をその心の奥に潜伏させようと試みているが、あまり成果は出ていない。と本人は言っていたかな。そんなこと言われても、オレの専門外の知識だから「がんばれ」としか返しようがないよなぁ。
ロディオはいつもの通り絵を描いているが、他の者とは違い不満そうだったな。何より地底都市には美術館らしきものが無いとのこと。それと数日間は良かったが、辺りが壁しかないため景色の変化が無く、描くところが少なくなりつつあると言っていた。そんな彼にはとりあえず、彼の得意そうな仕事を与えた。結果はまだだけど、もうすぐ出来るかな? 楽しみだ。
そして最後に、オレの手を引きオレの代わりに地底都市に残ったアリシアだけど。彼女はフィルと共に毎日歌や踊りの練習をしている。今度はちゃんと一緒に歌えるように、そんな思いがあるみたいだ。ただ面白いのが、彼女はフィルのしたことに気が付いていないらしい。ジョン君やロディーさんが言わなかったとはいえ、あの不公平なライヴを自分の実力だと思っているあたり、やっぱり健気で良い子だなぁ。それでいて愛すべき
、守るべきおバカさんだ。まったく面白可愛いな。
「外見ながらニヤニヤして。......気持ち悪いな」
「おうおう相変わらず辛辣だねぇ~、ユリアんは」
背後から声をかけてきたのは、共に近代都市に戻ってきた唯一の女性、ユリアーナだった。
彼女のトレードマークであるゆるゆるな白衣を羽織り、動きやすそうなジャージを下に着た、つまりはいつもの服装をしている。
こっちに戻ってからの彼女は、新しく手に入れた玩具を使いながら日々何かしらの実験をしている。そのついでにちょっとしたお願いを頼んだりもしてるけどね。
「いまちょうど、あっちに残してきたみんなの事を考えていたところさ~」
「......彼女達なら、大丈夫だろう?」
「ん~。そりゃ、まぁ~ね。向こうにはジョン君もいるし、何よりクリエちゃんもいる。特に問題なんて感じていないッスよ~。むしろ彼等の方がオレ達を心配してたぜ~。ちゃんと『ジーニア・ズ』を見ているか? っとかね!」
「......彼等は十分働いているし学んでもいる。ボク達が留守の間も、日々の学習を怠っていないのを伺えた」
「ユリアんが言うなら、心配ないね!」
笑顔で答える。ユリアーナは相変わらず不貞腐れた表情を浮かべていた。
ふと、窓から外を見る。ちょうど話に出ていた組織『ジーニア・ズ』のメンバー、ガリムとショルラが道を歩いているのを見かけた。買い物でもしていたのだろうか、買い物袋をぶら下げながら楽しそうに笑い合い、歩いていた。目が合い、会釈する彼らに手で合図を返す。
「......ところで、彼等は信用足りえるのか?」
唐突に彼女は言った。
彼等とはいったい誰なのか、少し考えたがすぐに浮かんできた。
「ミカエル達は問題ないと、オレは思うっスけどね~。とりあえず同盟を組んでいる間は、だけどね~」
「その同盟を組んでいる間とは、どういった契約で、だ?」
「ん~簡単に言えば。あの時話した『悪い組織』の壊滅。そして、この世界にいる『棄権者』の殲滅。この二つが終わるまで、ミカエル達はオレ達を守り、オレ達はミカエル達に協力する。これが条件。ちょっと面倒くさいけど、仲間が出来たのは良い誤算だったねぇ~」
「仲間かどうか、今後が楽しみだな」
相変わらず手厳しい。いや、楽観視せず現実味ある答えだと考えておくべきかな。
彼らの能力は未だに未知数だが、こうじゃないのかな? と思うところがある。でも、やっぱ実際に戦闘してるとこ見てないと、難しいかなぁ。
いまはそうだな。クリエちゃん達の情報を待つとしますかねぇ~。
「ところでさ、ユリアんはオレに何か用があったのかな? 残念だけど、まだ夕飯には早いッスよ~? それかまさか、オレとお話がしたくて、来てくれたのかな~?」
「......チッ! 何でボクがお前なんかとわざわざ雑談しなきゃいけなんだ」
ユリアーナは不満そうな表情を浮かべると、白衣のポケットから小さなキューブを取り出した。アレは確か、物とか道具を仕舞うのによく使う『収納箱』かな。どんなものかと言うと、どこかの作品に出てくる四次元何とかに近い構造のモノだと、オレは考えている。
彼女はその箱の口を大きく広げて開け、中から布で巻かれた何かを取り出し投げつけてきた。
いきなり投げるもんだから、危うく落としかけた。
「これは......?」
「......ロディオに依頼し、ついでにボクにも頼んだ物の完成系だよ」
ユリアーナはそう言うと、近くのソファに腰を掛けた。
その後を追うようにオレも机を挟んだ正面のソファに座り、すぐさまオレ専用の飲食用カードで飲み物を生み出す。彼女にはいつものコーヒーを出したて、オレは何となくオレンジジュースにした。
ゆったり出来る空間を作った後、彼女の発した言葉を考え。それから何となく察しがついたところで、意気揚々と布を取り除く。
出てきたモノは『銀色の銃』だった。種類で言えばハンドガンタイプの形状をしている。
しかも、かなりオレ好みでカッコ良い。
「はっは~、これはなかなかどうして。いいんじゃないのさ~!」
「そんなモノでいいのか? お前の事だ、もっと変わった形状がいいと思えたのだが」
「これでいいんスよ~。このシンプルで分かりやすいのが、オレの予想通りの良さなんスよ~」
そうだ、これはオレが頼んで造らせたモノだ。
暇を持て余していたロディーさんや、ちょうどいい実験材料を探していたユリアんに提供した暇つぶしの一つだった。
ただ要望だけを伝えたため、具体的にどんなのを造らせるかは言っていなかったけど、まったく素晴らしい成果だね。予想通りの出来高だ!
「ちなみに、この銃のどうやって使うんだ~い?」
「......基本はボク達の世界にあった従来の拳銃と同じにしてある。弾倉を入れてスライドする。後は銃口を向けて引き金を引くと撃てる」
「性能は?」
「射程距離は最大約二〇メートルで反動は無いに等しい。弾倉には最大九発の弾丸が入る。弾と言っても、元の世界にある火薬を用いたものではなく、どちらかと言えばエネルギー弾に近い。大気中にあるEとFを弾倉に溜める事で、弾が生成される。また、その弾丸は、発射後も周囲のエネルギーを吸収し続け、威力と貫通力を増し続ける。この場合のエネルギーとは、言うなれば防御魔法によって造られた魔法障壁や、物理的に厚い盾などを構成しているEやF、Mを含んでいる。つまりは......」
「つまりは『どんな相手にも傷を付けさせる』ことが出来るって事っスよね~? 要望通りだ!」
最後のひとくくりで気分を害したのか、ユリアーナはいつもに増してムスッと不満げな表情を作った。
そんな「言われた」みたいな顔しなくてもいいのに。君のすごさは十分に伝わったんだから。
持っている銃を観察する。
見れば見るほど、よく出来ていると感心する。
二人に要望した内容は『オレが扱える、現段階で最高の武器』だったかな。よくもまぁ、そんな幼稚で適当な依頼を遂行してくれたものだよ。
それにロディーさんにデザインは頼んで、その製造をユリアんに任せはしたけど、確かこの銃の設計図がこっちに届いたのは五日前だったよな。
設計図があるからといって、何もないところから銃が、しかもたった五日で出来るとは、さすがだねぇ。
「これが五日間の成果かぁ~」
「......製作時間は三日だ」
「おっと、これは失敬した~」
三日だったか。うん、そうだよな。いやでも、やっぱ早すぎね?
流石のユリアんと言っても、三日はヤバイって。一度造ったことがあるとかなら何となくわかるけど、彼女は武器や兵器をあまり造ったことがないって言ってたよねぇ。
......あ~、なるほど理解した。
何となくわかった。
つまりは、アレを応用したとかだね、これは。
「ところでユリアん。あの『鎧』作成は順調か~い?」
唐突に、そうユリアーナに質問した。
オレが言った『鎧』とは、そのままの意味だ。
体に身に付け、攻撃から身を守るための防具。ただ、オレの要望は普通の防具ではない。
将来性を考え、幾度に変化し、強化され続け、あわよくば攻撃にも優れた。そして何より、この世界の『参加者』にも引けをとらない防御力を持った『鎧』の作成だ。
もしかすると、この世界の構造を理解し利用すれば、対抗できる防具や武器が出来るかも。そう考えての無茶ぶりな要望だと個人的に自覚はしている。
でも彼女なら、何とかしてくれる。そう確信すらもしていた。
その『鎧』の作成状況を今しがた聞いてみたのだが、ユリアーナは黙ったままだ。
いんやまぁ予想通り、あまり進んでいないみたいだねぇ。
そりゃまず第一に、情報が足りないから作りようもない。ある程度の防御力を誇る物だったら、彼女は余裕で造れるだろうけど。しかし、それじゃあ物足りない。
何せ造るモノは、対参加者用の防具となるんだ。そんな単純で簡単なモノではない。
でもその副産物でこの銃が生まれたと考えると、案外惜しいところまでは言っている気がするな。
「ま、いっか! まだ予定までは時間がある。もう少しゆったり考えて、じっくり造っていこうじゃないか~」
ユリアんは小さく舌打ちをしてからコーヒーを一口含んだ。
つられてオレもオレンジジュースを飲む。冷たくスッキリとした甘酸っぱさが口から喉を通り抜ける。
それにしても、珍しいこともあるね。
オレの事を嫌っている彼女と二人っきりで、こうしてテーブルを挟んでドリンクタイムを楽しんでいる。もしかしたら楽しんでいるのはオレだけかもしれないけれど、それでも一緒にいるというのは場面的に少ないよな。
これをきっかけに、もう少しユリアんと仲良くなりたいな。
......無理だと思うけど。
「......言い忘れていた」
「おう! なんだい?」
「いま渡した銃、連射は出来るが、することを推奨出来ないから気を付けろよ」
うむ? どういうことだ?
意図的にはそのまま、連射は出来るけどやらないほうが良いってことか?
「ん~、それは何故かい?」
「......先も言ったが、その銃の弾は極めて強力に出来ている。あらゆるものを吸収し、強化され続ける性質を持つ。そんなモノの近くに、同じ性質を持つ物質を近づけてみろ、考えるまでも無く酷い有様になる」
「えっとだね~。つまり具体的に、何が起きるのかな~?」
「......チッ。対衝突した二つの物質はお互いを吸収し合い、次第に膨れ上がる。そして許容量を超えた瞬間、周りを巻き込みながら爆破、破裂する」
「だいたいの規模と威力は?」
「半径一・五メートルほどだが、それは衝突が二つだった場合の結果となる。想定では一つ増えるごとに、範囲は乗倍されていく。また威力は爆発の範囲内にあるモノ全て漏れなく、跡形も無く、消滅する」
「お、おう。そうだね~。消滅とは、具体的にどんな感じなのかな~?」
「そのままの意味だ。消滅の範囲内にある全ての物質、及び周囲のあらゆるエネルギーが消える。しかもそれだけじゃない。その後あらゆる回復魔法や復元魔法、もしくは物質を直接的に合成する事が不可能。より正確に言えば、消滅した箇所は全ての行為の対象から外されてしまう」
「わーお、すんごいね」
「......ついでに言うと、最大射程距離が二○なのは、そのようにボクが設定したからだ。設定をしていないと、半永久的に動き続ける」
変わらない静かな口調でユリアーナは言った。
彼女の言ったことはつまり、同じ方向に二発以上を連続して撃つと、何かしらの現象が起きて周囲が消滅する。しかもその場所はどんな事をしても元には戻らない。さらには、設定をしないとずっと飛び続ける。
ナニコレ、やっべー。意外や案外、危険なモノ造らせちゃったぜ。
......ま、いっか。
造ってしまったものは仕方がないし、まだ一つしかできていない。さらにこれらを活用した物がこれから出来ると考えるのであれば、特に問題と感じる事もない......かな。
そう考えたあと、貰った銃を眺める。
ふと、ボタンらしき物を見つけた。弾倉を抜き取るためのものだろうな。押してみたら思った通り、銃の底から黒い弾倉がスラッと出てきた。
長方形した弾倉だ。よく映画とかで観るような弾などは見られないし、入れるところもなさそう。ただ中央には『7』と数字が浮かび上がっている。考えるまでもなく、この数字は残弾を表しているのだろうなとわかった。
うん? なんか気になる。試しに聞いてみるか。
「な~、ユリアん。さっき弾は九発入るって言っていたけど、いまの表示は『七』なんだけど。これはバグかなにかかい?」
「......そのままの意味だ。残弾七発。それ以上の意味はない」
「そんじゃ~、残りの二発はどこ?」
「さっきの話を聞いていなかったのか? 造ったらまず実際に試すのは当たり前だ。安心しろ、ちゃんと安全な場所と方向で試したさ」
さっきの話は計測された事じゃなくって、彼女の実体験かよ。
危ないことするな~。もしどっかの都市にでも当たったら、その瞬間に『規則』で消滅しちゃうじゃないか。いや、まぁ。ユリアんはそこんところもちゃんと考えているとは思うけどさぁ。
心配だし後でいちおう、どこら辺で実験したのか聞いてみるかな。
「怪我人とかは、いないよね~?」
「言っただろ、安全な場所でやったと。想定通り世界一周はしたが、その射線上には誰も、何もないことを、お前のエステルを使って予め調べた」
だから問題ないとユリアーナは言い、話の終わりにコーヒーを口に含んだ。
世界一周とかちゃっかり言っちゃってるけど、想定通りならいいか。......いいのか?
「ならいいけどさ~」
「......何か、文句でもある?」
「そんな! 文句なんてないッスよ~」
研究にある程度の自由はかかせないからねぇ。
ユリアーナは「ふんっ!」と不満げに鼻で返事をした。
機嫌が悪くなっていく彼女をよそに、さらによくマガジンを調べる。やはり気になるのは数字の『7』だろうか。そこで今まさに、疑問に思ったことを聞いてみる。
「ところで、撃った二発分はいつ補充してくれるのさ~?」
「すぐに補充は出来ない」
「マジで?」
「......本当だ」
「でもこれ......、弾がエネルギーなら。何か充電すればいいんじゃないの~?」
「いま、している」
「いま......あ~、なるほどね。つまりマガジンを外して放置するだけで弾が増える。とか?」
「わかってるなら聞くな」
「ひどいな~。んで、いつ頃に充電完了するのさ~?」
「......二年後」
「はっは~、ごめんごめん。ちょっと聞こえなかった。んで、弾の補充はいつ完了すんの?」
「二年後。正確には、後699日と約18時間」
「えっと。んーっと。実験はいつやったのかな~?」
「いまから約4時間前」
ユリアーナはコーヒーを再び口に含んだ。
一発の補充に350日間かかるとか、どんだけコスパ悪いんだよ。
しまったな~。扱いやすさと威力に重点し過ぎて、メンテナンス面を考慮していなかったなぁ。
「ん~まぁ仕方がないか~。それじゃあ、もう一つマガジン作ってくれよ!」
「......別にいいが。あまり気が進まないな」
「そいつぁ、何でっすか~?」
「ただ単純に、危険だから」
「危険、か~? 具体的にはどんな感じに?」
「......分からないのか?」
「オレは学者じゃないんでね~」
ユリアーナは何かを言おうと口を開いたが、代わりに大きなため息を出して口を閉じた。
彼女は髪を少し掻き毟った後、面倒くさそうに収納箱を開ける。中から灰色の板――ユリアん専用PC。とりあえず『ユリコン』とでも名付けておこうか――を取り出すと、板の端をなぞり起動させ、見えないキーボードを叩きだした。
何をするのか楽しみに待ちながら、オレは飲み物のおかわりを用意する。
「出来た」
「おっ! 早いッスね~、何か知らないけど!」
と言いつつ、ユリアーナの後ろに回り込んだ。彼女は何かを示すよう空中を指した。
だがもちろん、彼女が掛けている特殊な眼鏡を持っていないオレには何も見えない。その意図をジェスチャーで伝えると小さく舌打ちをして、彼女が掛けている眼鏡を貸してくれた。
眼鏡を掛けて初めて彼女の視界が分かった。
宙に浮く複数の半透明な画面が目立つ。一つは何かプログラムが動いているのか、文字列が流れており。また他には、さっき貰った銃の設計図らしきものも目に入った。
「......正面の映像だけ見れば良い」
ユリアーナが指す先を直視する。
他のより少し大きめな画面に、何かしらの映像がループしていた。映像の内容は、二つの四角い物体があり、突如その中心から円形状の光が広がっていく――てな感じだ。
「そんで、これはなんすか~?」
「......二つの長方形の物体は、お前に渡した銃の弾倉だと考えてもらえたらいい。さっきも言ったが、弾の基本的性質はエネルギーの吸収、そして弾倉にも同じことが言える。周辺のエネルギーを徐々に吸い取り、弾を形成していく。しかし、そんなモノが近くに二つあれば、同じ現象が起きる可能性が少なくはない」
「つまり爆発するってことッスか~?」
「そうだ。しかも現象の発生は偶発的かつ瞬間的に起きるため、いつになるか予想が付きにくい」
「うわ~、めんどくせぇ」
「また先程も言ったが、爆発範囲と威力は弾の数に比例して広大化する。つまり......」
「いまある七発分、と......新しいマガジンの九発分か。そりゃドでかい花火になりそうだねぇ~」
「......後には何も、残らないがな」
ユリアんが珍しくギャグ的な事を言ったが、実際にそうなのだから笑えないな。
「......それでも、予備の弾倉は欲しいか?」
「いやいや、大丈夫、だいじょうぶ! 七発あれば護身用には十分っスからね~」
「......チッ。せっかく実験できると思たのに」
「冗談でも言わなくてもいいッスよ~!!」
それから、ユリアんと適当な雑談をしながらお茶とお菓子を楽しみ、気が付けば日が暮れ始めていた。あっという間に過ぎていく時間にふと、これほど彼女と会話したことがなかったなと思うと、なんだか変に気分がよくなる。
結局のところ、彼女はジョン君が言っていたように、オレに嫉妬していただけだった。
今でも嫉妬しているのだろうか、オレにはまったく分からない。でも、共に会話をして、たまに笑顔を浮かべるまで近づいたことに、内心ホッとしている。
まだまだ先は長い。変なところで対立したくないからね。
それに、この『ゲーム』は、これからなんだから......。
「......ところで話は変わるが、お前はこの『ゲーム』......どう考えている?」
本当に話が変わったな。
そいや、以前にも誰かに同じようなことを聞かれたことあったなぁ。
確かその時は、こう答えたっけかな。
「茶番ッスよ。この『ゲーム』での殺し合いはまったく無駄なことだと、オレは考えてるかね~」
「......無駄なら、何故そのゲームに参加しているんだ?」
ユリアーナの問に小さく笑った後、窓から流れる風と共に答えた。
「それはオレ達が、このゲームの『参加者』だからさ~」
ユリアーナはため息を吐いたの後に「くだらない理由だな」と呟いた。
「ならユリアんは、どうして参加してるんだ~い?」
「......前にも言ったが、ボクは協力しているだけで、ゲームに参加している気はない」
「でもなぜ、まだ『参加者』のままなんだ~い? クリエちゃんに頼めば、このゲームから下りる事だって出来るはずだぜ~?」
「それは......」
「まだ、元の世界へ戻れる可能性が、捨てきれていないからだろう?」
「......」
「ユリアんはさぁ、あの世界よりもこっちの方が、幸せになれそうなんだけどな~」
「......それはお前の妄想だ。ボクにはあの世界でやり残したことが沢山ある......」
「人々の豊かさを与えるための研究だろう? そうだねぇ、ユリアんしか出来ない事だろうけど、それで君は幸せなのかい?」
ユリアーナはそれっきり黙ってしまった。
分かるよ。まだ迷っているんだろう?
すでにこの世界に来て半年以上の時が過ぎた。計画通り進めば、あと半年以内にゲームを終わらせるが、もしかすると失敗して数年後、数十年後に伸びるかもしれない。
つまりはそれだけ、元の世界から遠ざかることになる。そんな後の世界に戻って、どうするというのか。
彼女を必要としなくなった世界で、彼女が戻ったところでどうなるというのか。それならばいっそ、この世界で生涯を過ごしたほうが、幸せなのではないか......。
ユリアーナの考えはこんな感じか。
それに『ゲーム』の状況も、はっきり言えば良くない。切り札はあるけど、それもまだ使えない。現にいま使用しても、大して効果は無いだろう。みんなから逆上されておしまいだ。
タイミングを見極め、全てを掌握する。
もっと状況を、環境を知ることができれば、この先にも進めれるはずだ。
奴らの元へ辿り着くまで険しく長い旅路になると思うけど、それでもオレは――。
「......『がんばって生きるか。がんばって死ぬか』、かね~」
「いきなりなんだ?」
「ん? これはオレの好きなセリフさ~」
「そうか......。がんばって死ぬが、理解できないけどな」
「理解しなくても簡単さ~。現在がそうだと、考えればいいのさ~」
ユリアーナは「ふん」と鼻をならして、コーヒーを飲んだ。
オレも真似してジュースを飲む。気付くともうなくなりそうだ、彼女のコーヒーも残り少ない。
再び飲食用カードを取り出し、それぞれの飲み物を生み出す。
「安心しなよ。オレがちゃぁんと、元の世界へ返してあげるからさ~」
「......チッ。頼りにはしないよ」
そう言い、新しく生み出したコーヒーを手に持った。どうも温度調整を間違えたのか、コップに口をつけてすぐ肩が上がった。それを見ていたオレを、彼女は恨みったらしく睨みつけた。
謝りながらオレもオレンジジュースを口いっぱいに流し込む。
「っんぶふぅ! なんじゃこりゃあ!!」
思わず吐き出してしまった。こんな熱々のオレンジジュース、今までの人生で飲んだことない。
床とははいいけど、服がベトベトだ。なんかいつかのデジャブ感があるな......。
ユリアーナの飲み物だけじゃなくって、オレの飲み物も温度調整を間違えたのか? 濡れた服を脱いでいる最中、何となくユリアーナの方をチラッっと覗く。彼女は俯き、肩をコミカルに上下させている。
「......ユリアんさん、もしかして?」
「ふふっ、油断したな......」
ユリアーナは机の下から浮くPC――ユリコンを取り出した。
なるほど、温度調整にミスはなかった。飲み物の温度が変化したのは、彼女が変えたからだ。
まったく、何だかんだで可愛いところあるじゃんか。
「実験は成功した」
「まっさか、ユリアんがイタズラなんてするとはねぇ~」
ユリアーナは「いままでの仕返し」とだけ言うと片手でユリコンを操作し、溢れたオレンジジュース分を増やした。
濡れた服を収納箱に納め、別の服を取り出す。着替えながらジュースを戻してくれたことに「あんがと」とだけお礼を言う。
着替え終わった直後、ズボンのポケットに入れておいた棒携帯エステルから着信音が鳴った。エステルを取り出すと、先端が白く点滅していた。この色は発信相手を表している。
オレのは黒。ユリアんは黄色。ロディーさんは緑色。アーちゃんは赤色。クリエちゃんのは青色。
そして白色は、ジョン君。
「やぁやぁ! ご機嫌かね~、ジョン君?」
すぐさまエステルを耳に当て、機嫌よく話す。
『うん、ご機嫌ですよ。ソウジさん。いま、時間は大丈夫ですか?』
「問題ないッスよ~」
返事をした後、そういえばユリアんとお茶をしている最中だったと思い出し、ふと彼女の方を見て見るが、彼女はユリコンを操作している。彼女は彼女で勝手にするといった態度かな。だったら遠慮なく、ジョン君とお話していよう。
「定期連絡には早いけれど、何かいい報告でも持ってきたのか~い?」
『うん。良い報告と言えるかわかりませんが。急きょ重要なことが決まりましたので、リーダーであるソウジさんに報告を入れておこうかと考えたのです』
相変わらずの改まってな報告に、オレは「なにかね~?」と楽しそうに聞いてみた。
『明日から僕とアーちゃん、ロディーさん。クリエさんとワスタさん。そして、ミカエルさんとジャトさん。この六人で自然都市に出向くことになりました』
ジョンからの報告に目を細め思考する。
どうしてそんな話が急に出てきたのか、と言ったのはこの際無視して。問題は自然都市に行くことだ。
自然都市『ファンドゥラ』には新しく召喚された『参加者』がいる。その者達をミカエル達と共に確かめに行くというのはわかるが、嫌な予感しかしない。
何故かは分からないが、胸騒ぎがする。しかし、だからと言ってオレは何も言わない。
「オッケー! りょーかいだぜ~。じゅうぶんに、気を付けてくれよ?」
『うん、分かっています。ではまた、明日に連絡を入れますね』
変わらない、いつものテンポでいい返事をするジョンに対し、オレは「おぅ! おやすみ~」と言って電話を切った。
「......何か、あったのか?」
ユリアんがユリコンを操作しながら聞いてきた。
「ん~、なんも。ただ明日からジョン君たちは自然都市に行くって話だけさ~」
「......お前は何を考えている?」
ユリアんは手を止め、視線をこちらに向け話す。
「お前は、仲間を危険に晒したいのか?」
「問題ないッスよ~。むしろオレ達が行くよりも、ミカエル達と行った方が戦力があるからね~」
「あいつ等もついて行くのか。......護身用の武器を渡す相手を間違えたな」
「おいおい、もっと彼等を信用しようぜ~」
そう言った手前、少し不安に駆られる。
ジョン君たちなら上手く切り抜けれるかもしれないが、さっきからある不安は消えたりしない。だから「でも」と、続けて彼女に言った。
「心配事に対策をとる事は、いいかもしれないッスね~」
オレは右腕の袖をめくり、通常電話用のフィストリンクを起動し、いま施設付近にいるジーニア・ズ全員に召集をかけた。




