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場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第二章 他の参加者と他の都市
45/47

39 地底都市 温泉



 ここは壁一面がモニターに埋め尽くされた異質な部屋だ。

 そんな監視室のような場所で、ボク――ユリアーナはこの都市に住まうチームの一人、モ-リス・デルフィーヌ大尉の講義を受けていた。

 具体的な講義の内容は、彼女たちがこの世界に来てからの約五年間の成果。彼女がいた世界の科学と文明のレベルの差をデータ化し、それを元にした今後の文明的な世界成長の過程を予測した――の発表だ。


 彼女の解説によれば、この世界と元の世界――彼女の世界になるが――の文明、科学レベルの差はほとんどないとのことだ。ボク達が先に行った未来都市でさえ環境と知識、技術さえ揃えば、同じようなモノを造り出すことが可能だという。確かに、あの都市は見た目が非常に困惑的な形状をしているが、基礎的な部分とこの世界と似た環境さえしっかり理解し活用できれば同様な物を造り出すことが可能だろう。

 だがまあ、ボク達の世界は、まだ重力をコントロールする術を持っていないし、土台となる環境さえ整える事が困難だろうけれど。


「――――で、これらのことから今後も召喚された参加者が用いてきた技術が、この世界を成長させていく。つまり『ゲーム』が続く限り、同じく技術や文明のレベルは止まる事は無いのよ」

「だがその『ゲーム』が終わっても、また新たな『ゲーム』が開始され。召喚者によって『参加者』が次々と現れ、回り続ける。他の世界から技術を提供され続ける世界......よくもまあ、そんな常識を歪めるような事を許したよ、ここ神様は......」


 椅子の背もたれに体重をかけ、天井を見上げる。天井にはこの世界の地図らしい映像が映し出されていた。

 立体的に映し出されていた地図には、所々に点滅する赤い点があった。点の位置と地形的に考え、各都市の場所を表していると推測するのが妥当だろう。


 常識を歪める。

 それはもう、経験済みのことだった。

 元の世界での科学的な物質のほとんどは別の形に変換され、より簡単に、単純な設計へと、この世界は変化していた。

 いや、変化ではなく、進化と明言したほうが良いだろう。

 より住みやすいように、生きやすいように定義されたこの世界は、ある意味では理想郷とも言えるのかもしれない。

 そう考えると、マナ、エレメンタル、フォース等を用いる事で、単純に物を造る事ができる仕組みも納得だ。新しく入ってきた者達が作るモノの材料が、この世界のどの空間からでも得られるのだから。


「神ね......そういえば、あなた達がいた世界の神、どんな方々だったのよ?」

「なんだ。いきなり宗教的な話を持ち込まれても、ボクは無信仰だ。残念だけど、合わせる話はない」

「違う、違うのよ。確かにどこかの信仰者だったら話は分かりやすかったけど、別にそんなことを聞いたかった事じゃないのよ」


 一言「じゃあ何?」と聞き返しながら、コップに入ったコーヒーを暇つぶしに回す。

 このコーヒーは、昨日ソウジから借りたカードからの情報......つまりはエレメンタルとフォースをそれぞれ同じ質と量をコピーし、複製した自作のカードから生み出した物だ。

 日々いじくっていた成果が出たな。

 合成、分解、再合成はもう手慣れたものになった。

 これなら無事、あの未来都市にあった大型ライフルの製造を、ロディオの設計図を元に作れそうだ。


「あなた達のいる世界には、神は実在するの?」

「......やはり宗教的な話か、それとも証明出来るかという話? まさか、ボクを小ばかにしているとか?」

「あぁぁん、もう! そうじゃなくって......えっと、なんて言えばいいのよ」


 モーリスは頭を掻き毟りながら唸り出した。

 彼女が何が言いたいのか、全く分からない。

 それに、神と言っても種類や考え方が多々存在するし。何よりある意味で一番、タブーな話題でもある。一方は心が寄り添い、一方は争いの種にもなりかねないからだ。

 元の世界でもよく聞かれたが、いつも「さぁね」とぼやけた回答をしていたのを思い出す。

 ここに来て宗教や信仰的な話になるとは、彼女とボクはある意味で同じ種類の存在だと思ったが、残念な事にどうやら違う可能性が出てきた。


「......それでなに? もしかして勧誘? だったらお断りだ。神に祈るよりも、目前に広がる謎と研究対象を解き明かすことの方が、ボクにはずっと心地良いモノだからね」

「本当に違うのよ! そう言う事じゃなくって、神という人? 人種? のような者達が存在していたのかという意味なのよ」

「それこそ意味が分からない。君の言い方だとまるで、神様がボク達と同じでそこらの道を歩き、町でピーナッツでも食べていそうだね」

「そう、そう意味なのよ! はぁ......ようやく通じた」


 胸を撫で下ろし、ボクが生み出したもう一つのコーヒーを飲むモーリスとは違い。

 ボクは未だに彼女の言葉の意味を、ハッキリとした解釈は出来ていなかった。


「......つまり、神自身が生命と肉体を宿し、共通の世界を生きていると言うこと?」

「そう、とも言えるわね。けど存在が私達と同じ言うだけで、その個体自身の身体能力や生命力は桁違いなのよね」


 ボクにとっては、君たちもまた桁違いな存在なのだかな。


「......モーリス。君の世界では神と共存していた、というのは理解できた。だが未だに、ボクに何が言いたいのか全く分からないのだが?」

「共存......ねぇ。いや、大丈夫。私が聞きたかった答えは、だいたいこっちで理解したわ。それと、あなた達のいた世界の事もね」

「それはよかった。しかし残念な事に、まだ意思の疎通は出来ていないみたいようだけど」

「あぁ、そうね......。これは私の考察に過ぎないのけど。恐らく、あなた達の世界に他の種族の人種が存在しないのは、人が本来持っている枷を外しきれていないためだと思うのよ」

「......逆に言えば君たちの世界では、人を捨てた故に別の人種が生まれた」

「違うわ! 人を捨てたんじゃない。人を超える存在を生み出した結果、別の進化した人類が生まれたのよ」

「なるほどな、ではボク達は進化していない、劣った存在だという訳だな。勉強になった」


 言い捨てるように言い切った。

 別に皮肉を言ったわけでも、嫉妬心からの発言ではない。

 ボクが言ったことは事実であり、紛れもない真実で、現実の事だったから言ったまでだ。

 この世界の基準から見れば......いや、他の者達からの目線で見れば、ボク達の存在自体が生き抜くという意味でも、劣った者達なのだろうから。


「そんな......事はないと思うわよ」

「慰め? だったらいらない。どうやらそちらの常識の方が、こちらでは一般的みたいだしね」


 彼女達平均的能力と、自分達の力量を見比べればすぐにわかる。

 自分達は、人として未熟すぎる――と。

 それはこの世界......いや、他から見たほぼ全員が考えを統一させるほどに、確定的な回答だ。


「ちょっと、勝手に変な誤解をしないで貰える? 確かに私達に比べあなた達は生物として貧弱よ。でも逆に、文明や技術レベルはあなた達の方が高いのが興味深いのよ」

「......しかし、実際にはモーリス達のような強化人間は存在していない」

「それはまだ、あなた達の世界では本格的に研究をやっていないだけでしょ? 私達の世界では機械や道具の性能を上げるよりも、人の個体としての性能を上げることを重点的に研究していたから。その差が今のあなたと私の違いよ」


 そう言うとモーリスはボクに見せるように、自らの手を広げた。

 すると彼女の手の、指と指の間を徐々に透明な膜が張り出てきた。

 手の膜だけではない。よく観察してみると、彼女の腕や顔に鱗のようなモノも浮かび上がり。皮膚の色も少し青みがかっていた。


「わかってるとは思うけど、これも研究の成果の一つよ。この世界ではこの力を『獣化』と呼ぶみたいだけど、私達は『継』と読んでいるわ。由来は、ご先祖様が自の遺伝子に他の生物の情報を組み込んだことにより、人としての力を強めた。以後この力を持つ親の子も同様な能力が備わる。その『受け継がれる能力』により、個体としての生存率を高める事が出来るようにした」


 モーリスは手を反転させたり、指を徐々に曲げたり伸ばしたりして説明してくれた。

 彼女は続けて見せていた手を上げながら、踊るようにくるくると回り出した。着ている黒いワンピースのスカートの端から、まるで魚の尾のようなモノが生えているのも見えた。回るたびに動くそれを見て、作り物ではなく本物の、彼女の尻尾だと理解できる。

 くるくると舞う彼女の姿は、それはそれは魅力的な姿だった。


「それと、気が付いているとは思うけどね。個としての能力が増しただけで、人としての考え方は、あなた達とほとんど同じだったのよ」

「......同じ、と言う事は。何かしらの問題が起きたか」

「そうなのよ。そしてその問題とは――」

「人種差別でも起きたか?」


 答えが合っていたようだ。

 モーリスはにこりと笑い、踊りを止めてすとんと椅子に座る。彼女の姿もまた、椅子に座ると同時に人の姿へと戻っていった。


「そう。まさか一発目で当てるとは、少し驚いちゃった」

「ボクと君とを見ればすぐにでもわかる。同じ人間でも、どちらが優れているのかを考えた時点で、その問題が起きるのは分かりきっている」

「だよね。私達の先祖も、そこのところをもう少し考えるべきだったのよ。そうすれば、あんな化け物が現れることなんてなかったはずなのに......」


 吐き捨てるようにモーリスは呟いた。

 彼女の世界でなにが起こったのか、ボクにはあまり興味はない。

 しかし、これで彼女の言っていたことが理解できた。


「......神が現れたのか」


 モーリスは黙ったまま頷いた。

 瞳は震え、手は強く握られ、顔は強張った。


「私達はやり過ぎたのよ。文明や個を重視するあまり、世界を軽視しすぎた。差別から格差が生まれ。貧困が目立つようになり、国が分断される。貧しさを補うために強盗窃盗、殺人、大規模なテロ。繰り返される国内外での争い。その結果、神々の怒りを買った。それも天変地異などではなく、神自身が降り立ち、直接私達に天罰を下した」

「......」

「最初っから勝てる、なんて考えていなかったよ。でも、現れてしまっては仕方がない。後に残されたのは、服従するか抗うか......」

「......どっちを選んだんだ?」

「もちろん、服従よ。勝てる見込みのない戦いなんて意味がない。せめて、歴史上の悪者として描かれるだけよ。そうよ。分かりきっていた事だったじゃない。なのに......なんで......」


 モーリスは俯き、身体を震わせた。

 彼女に何があったのか分からないが、言っている事は分かる。

 勝った者しか正義は語れない。それは。あらゆる歴史が物語っている。


「ははっ、ごめんね。なんか急に湿っぽい話になっちゃった」

「いや、別に......気にしてない」

「なんかあなたと話してたら、思い出しちゃって......。もうアレから、十年が経つのか」

「......」


 モーリス達がこの世界に来たのは五年前。

 そのさらに五年ほど前から、彼女たちの戦いは始まっていたのだろう。


 神との戦争。そんなの、想像出来る気がしない。

 ボクにとって神とは確認不可能な存在であり。また存在否定すら出来ない超越した者だと考えている。

 神と言うと、ある数学者が言った言葉を思い出す。

 「(a+b^n)/n=x 故に神は存在する」

 ボクはこれを「あらゆるものは証明できる。故に、神もまた証明でき、存在する」と解釈している。

 ただそれ以上の興味など、ボクは全くもってない。

 神がいるかいないかを考えるよりも。限られた時間で、より応用と活用できる研究をした方が、ボクにとって価値がある。

 世界には神以上に分からない事なんて、無量大数ほどあるのだから。


「......とまぁ! 私から言えるのは、あなた達も気を付ける方がいいってことよ。いつまでも生態系の頂点にいるつもりでいると、それ以上の存在が現れた途端、すぐ根絶やしにされちゃうから」


 背伸びをしながら笑うモーリスに対し「......心得るよ」と、短く返した。これは貴重な話を聞けたお礼とも言える。


 神の存在。念のため警戒はしておこう。

 といっても、そんなことあの馬鹿(ソウジ)がいち早く考えてそうだけど。

 あいつはそういう、異次元的な存在をよく知っていた。その知識はどこから得たのかを聞いてみると、どうも書物やテレビゲーム等の創作物で知り得た知識とのことだった。そんな曖昧で不正確なデータをよく信じることが出来るよな、と思う。

 そこがあいつらしいと言えば、あいつらしいがな。


「そうそう。何か変な話をしちゃったお礼、て訳でもないけど。これ、あなたにあげる」


 モーリスは机に白い板のようなモノを置き、ボクの前に差し出した。

 置かれたソレを手に取り、裏返したりして見る。サイズはA5コピー用紙程度、厚さは5ミリほど。手触りから直感的に金属製に近い素材で出来ていると分かり、重さもそれなりにずっしりとした感じがした。


「......これは?」

「ふふっ、それはね――――」


「ユリア~~~~ん!! 今から温泉行こうぜ~~! お、ん、せ、ん! いやー、この都市に温泉があるなんて聞いてなかったよ~。実はオレね? かなりの温泉通だったんスよ~。こっちに来てからそんな経験もう出来ないかな~、って思ってたけど。いやマジで、ホント温泉に入れるとか感激だぜ~。ほら、さっさと行こうぜ! 温泉がオレ達を待ってい~る!!」


 背後の扉を思いっきり開け、モーリスの言葉を遮る人物に対し、自然と舌打ちが出た。

 相手はだいたい予想が付く。

 この変にうざったい喋り方。姿を見なくてもクネクネと変な動きをしていそうな者。ボクを馴れ馴れしく呼ぶ感じから、推測するまでもなかった。


 どんな存在の証明よりも容易く、どんな生物よりも嫌悪する存在を背後で感じた瞬間、身体が条件反射の如く動いた。

 目の前に置かれたカップを左手で掴み、振り向きざまにその人物に向かって投げつける。


「ふっ、甘いぜ!」


 彼の動きを読んでいた。

 ソウジの事だ、一撃目は易々と避ける。が、二撃目はどうだ。体勢を崩した相手に間髪入れず、連続的な投擲を避けれる事が可能なのは、熟練のボクサー並でないと困難極まる。

 したがって、次は避けられない。

 もう一つ、モーリスが飲んでいたコップを空いている右手で掴み、体勢の崩れたソウジに向かってフルスイングで投げつける。投げる瞬間、脳裏でより確実に当たる様に緻密な計算をした。

 ソウジと自分の距離を、一回目のコップが彼の頭部を掠めた時間と速度等の状況から計算し。

 右肩からコップを掴む手までの距離と、振りかぶる速度から、投擲後の初速と加速力、威力を予測し。

 さらに、相手に対する感情面からくる力をプラスαする、等々。

 確実をより確定に近付けるための、これまでの知識をフルに活用し、まだ中身が入ったコップを投げた。


「知って......――おふぅっ!」


 コップは予定通り見事に直撃し、ソウジは当たった箇所を抑え倒れた。

 彼にコップが当たるのは分かっていたがしかし、これは想定外だ。

 問題の当たったその箇所は、彼の抑えている場所が物語っているように、その......どうやら彼のまたぐら当たってしまったようだ。つまりは、男のアレに直撃した。

 それもコップが粉々に砕けるほどの衝撃を、もろに受けて......。


 痛がるソウジの下に、扉の影からジョンが駆け寄る。


「ソウジさん、大丈夫ですか?」

「うっ......。し、死ぬほど痛いッス」

「うん。死んでないので、問題無いみたいですね」

「いや、ある意味兄弟的なモノは死んだかも......」


 等と、冗談を言えるほど余裕のある会話をするソウジとジョンの横を通り過ぎながら、モニター室の外へ出る。

 ジョン以外にも部屋の外には人がいた。人数的に、ボクとモーリス以外がいるみたいだ。そのほとんどが着替えを持ったりしているため、ソウジが言っていた『温泉』へ行くというのは本当のようだ。


「それで、ユリアんはどうするの? 行く、行かない?」


 着替えを両手に抱えたアリシアが問いかけてきた。

 特に行く理由もない......が、行かない理由も特になかった。

 痛がるソウジを横目に「......行く」とだけ答えると、彼女は「うん、行こっか」と何故か嬉しそうに微笑んだ。






…………






 地底都市名所の一つ、地底湖温泉。この場所は以前、図書館で読んだことがある。

 乳白色で平均温度四五度と少し熱めのお湯が湧き出ている。

 効能は神経痛、筋肉痛、関節痛、健康増進、切り傷、火傷、月経障害等々の知っている効能から。魔力消耗症、魔力硬化など、この世界独特な効能もある。

 しかし、基本ボクには関係ない効果のため、一番の期待できる効能は精神面でのリラックス効果くらいかな。


 着替えを両手に抱え、アリシアと並び歩きながらそんな事を思考していた。

 横目で彼女を見る。楽しそうに鼻歌交じりをしている。先ほどまでロディオと明日のライブ練習をしていたらしいのだが、彼女の様子から、どうやらいい調子のようだと悟れる。

 元の世界でも日頃、外出など一切していなかった。もちろんのこと、温泉に入るのは今日が初めてだ。

 ......少し緊張する。


「ここが、この都市が誇る最大規模の温泉だ」

「ほっほ~、ここっスか~」


 温泉は城から数分くらい距離にあった。

 外形はこの都市独特の、壁に埋まった系の店で、入り口の上に大きく「温泉」と書かれる。

 ただ大きさは、この壁が続く限りだと考えると確かに大きい。が、恐らく中はそれ以上だろう。どこぞの魔具屋のように、外と中では全くサイズが異なる場合がこの世界では多々ある。その事について少し前に『ジーニア・ズ』の者達と研究してみたのところ、だいたいの構造を把握することができた。

 基本的に中と外のサイズが違う場合の多くは、あらかじめ中に造る部屋を別空間内に置き、入るときにその空間へ移動させるという方法を用いられているらしい。ただし、中の空間の最大サイズはおよそ元のサイズの256倍で、永遠と膨張する事は出来ないみたいだ。

 それと別の空間とは言ったが、その別の空間とはどこかまでは未だに分かっていない。地下深くなのか、それとも宇宙の何処かなのか。こればかりはまだ学習不足だ。


 そして考えていた通り。内側は外観とは異なる、広大な空間が目の前に広がっていた。

 まるでまた別の世界に来てしまったような感じだ。

 地下深くなのに暖かな陽が差し込み、木々が生い茂る。遠くではボク達を囲むように美しい山々があるのも分かる。恐らくどれも部屋のグラフィックとして塗装或はCGか視界の錯覚、立体映像で造られているに違いない。でなければサイズ設定的に説明がつかない。

 その中である意味で違和感があるのが、温泉の入り口から入ってすぐ目に付く二つの扉。各扉の上に「男」または「女」と書かれていることから、ここで男女が別れる仕様なのだろう。


「んじゃ~、先に入りますかね~」


 と、ソウジが「女」と書かれている扉へ向かおうとした矢先、アリシアの「ちょい待てや!」の声と共に入るドロップキックにより、彼は吹き飛んだ。


「お......こ、腰が......、思ってたなりに痛て~」

「ゼッタイ来ると思ったわ! いい、もしも覗いたりしたら......あなたなら予想できるわよね?」


 腰を抑え悶えるソウジにビシッと指を差し、アリシアは警告を発した。


「ガハハハッ! お前達は聞いていたよりもなかなかどうして、仲が良さそうでなりよりだな!」


 笑うミカエルに対し「な訳ないでしょ!」と言う声と「当たり前ッスよ~」と言う反対な声が重なり、再び彼の笑いを誘った。






 湯気が立ち上ぼり、視界が霞む。

 石造りの床を裸足で歩くと言うのは、子供の頃に裸足で庭を駆けていたのを思い出すかのようで、少し懐かしい。また、凸凹と並べられた石の床を歩く度に、足裏から伝わる刺激が脳内でエンドルフィンを分泌させ、心地よい気分になるのを感じとれる。

 風呂場もこの人数で入るには大きすぎるほどだ。

 夕暮れの綺麗なオレンジ色が水に反射し、視界に入るモノ全てが暖かい気分になれる。

 そうこうをタオルで前を隠しながら辺りを観察する。

 なかなか新鮮だ。裸で外に出るという機会自体、そうそうあったモノではない。

 じっくりと眺め終わった後ひと呼吸し、暖かな空気を身体の中に取り込む。


「始めて視ました......」

「......クリエットもか」

「はい、なかなか機会が無かったもので。いいところですね」

「そう、みたいだな」


 クリエットも多忙なのだろう。

 主にその、彼女の右腕をもぎ取るような勢いで抱き着いている妹のせいで。危うく巻いているタオルが落ちそうだ。


「ありえないわ......」


 後ろから呟く声が聞こえ、振り向くとそこにはアリシアがタオルで前を隠した状態で立っていた。


「......どうした」

「どうしたもこうしたもないわよ......」


 何故か睨まれた。

 そして何故か、胸を揉まれた。


「クリエちゃんが言ってたの、冗談だと思ってたのにいぃぃぃ!!」

「いや、何の話だ?」

「この膨らみはなに!? いっつもジャージの上に白衣を羽織ってるからわかんなかったけど、なんでそんなにあるのよ!」

「あぁ、バストサイズのことか。確かにアリシアは、年相応の平均から考えて、少し小盛りのようだけど......」

「冷静に分析しないで! 余計に悲しくなるから」


 なんか次は泣き出した。子供はこれだから嫌だ。

 困惑するなか、なんとなく「すまない」と言い、逃げるようにかけ湯の傍まで来た。




 ここに来て早々変なことがあったが、もう問題無いはずだ。

 よし、では入ろうか。

 元の世界で得た温泉の知識を活用する機会が来た。

 まずはかけ湯だ。この効果は大きく三つある。

 一つは身体の汚れをあらかじめ落とす。言わずもがなこれは、衛生面的な事を指している。

 二つ目はお湯の温度を身体に慣らす。これはいきなり高温の湯につかることで、心臓に負担がかかり。元々心臓が弱い者では心臓発作などを起こす可能性があるため、それを防ぐ目的がある。

 そして三つ目は、これが重要だ。それは何より、これから「温泉に入る」という気持ちに心から切り替える必要があるためだ。温泉は古代ローマ帝国時代にまでさかのぼるほど歴史があり、信仰の対象にもなるとされている。その重みに耐える必要があるため、まずはかけ湯からと、ボクは考えている。

 そしてかけ湯が終わったら、最初に入る場所は湯尻だ。

 湯口から一番遠く、そのため熱くなく入りやすい。そして何より、ルールでそう示している。

 つま先からゆっくりと入り、太もも、ふくらはぎ、腰へと徐々に身体を沈ませる。


「ふぅー......」


 つい自然と息が漏れる。

 全身を包み込む暖かな湯が身体を支え、全身をほどよくほぐしてくれる。

 これが温泉の正しい入り方だ。

 いきなりかけ湯もせずましてや湯口から入るなど、ルールを守れぬ愚かな思考の持ち主くらいだろう......。


「ヤッホーい! ジャトちゃんダーイブ!」


 守れない者が普通にいた。

 大声と共にジャトがお湯の中にジャンプし、激しい水飛沫が辺り一面に飛び散り、温かな水が顔に直撃する。


「まったくジャトは相変わらずだねぇ」

「ひどーい、大佐! 前は一緒に飛び込んだ仲じゃないですかー」

「んー? 覚えてないね!」

「むぅぅぅ......裏切り者ぉー。これじゃあジャトちゃんが子供みたいじゃないか!」


 見た目子供で何を言うのか。

 それにしても、着替えの時に気付いていたが。チーム『地獄獅子』のメンバー全員、数はさまざまだが少なくとも古傷を負っている。それもかなり前のモノだ。戦争があったと言っていたが、その名残なのかもしれない。


「おや、君はモーリスと話していた。えっと......リーナ?」

「......ユリ、アーナ」

「そうそう、ユリユリだ!」

「ユリ、アーナだ」

「うん? アナナ?」

「ユ、リ、アー、ナ。わざとか?」


 フィルは「冗談だよ、ジョーダン」と笑いながら隣に座ってきた。

 彼女を見ているとやはり目につくのは、彼女の脇腹から胸部の辺りにかけてついている古傷だ。他の者よりも深いその跡は、見ていて痛々しいものがある。


「コレ、気になる?」


 また気付かれた。じっと見つめる悪い癖だ。

 素直に黙って頷いた。


「これはねぇー、戦争の名残なの」


 やはりか。モーリスが言っていた神と戦争したとは言っていたが、モーリスに比べて傷が深い。つまりは......。


「フィンは、レジスタンスだったのか?」

「ご明察だね、その通り。アタシとラムダ、それとあそこで沈んでいるジャトは、神への服従を拒んで戦った仲なんだ」


 ふいに、話に出てきた二人を見る。

 名前を呼ばれたからか、全身泡まみれのラムダが睨み付けてくる。

 ジャトは潜っているのか、姿が見当たらなかった。


「それでねー、アタシは団長ってな感じの立場になって戦ったんだけどねー。もうむちゃくちゃ! 戦力差はこっちの方が分があったのに、一日で半数以上やられちゃって。そんで日に日に指揮も下がって。最後には味方から生贄要員にされそうになる始末だったのさー」


 散々な旅路だな。フィルは笑っているが、それは今だから言える事なのだろう。

 彼女と話している間に、身体を洗い終えたラムダとモーリスが共に入ってきた。にしても、チームの全員が身体を隠そうともしないとは。そういう趣味の者達だったのか?


 クリエットとローゼンは一緒になって別の場所の湯に浸かっている。

 その少し傍で、何故かこちらをチラチラ見ては自分の胸を見てがっくりしているアリシアがいた。

 ジャトは相変わらずどこにいる分からない。


「そんでね! アタシとラムダ、ジャトの三人で基地から抜け出して、死にそう、もうダメだってときに現れたのが、我らがチームリーダー! ミカエル将軍ってなわけよ!」

「君達は初めっから知り合いではなかったのか?」

「なわけないよー。みーんな、生まれは別々だし育ちも別々。悲しい事に戦争が、アタシたちを引き寄せたのよ」


 フィルはわざとらしく目をこすった。

 それを見ていたラムダはただため息を吐いているだけで何も言わない。


「その日からアタシは『もうコイツ以外とは寝ない!』って決めたのよね」

「それは自分もだ」


 初めて聞く声かと思ったら、フィルの隣にいたラムダからだった。

 話を聞いたフィルは「うぉ! 言うねー」と口笛を吹いた。


「自分はあの日、将軍に助けられてから、恩を感じて生きてきた。返しきれない、大きな恩だ」

「それでミカエルは君達に礼として、身体を求めてきたのか?」

「いや? 自分からだっかな。初夜はすごかった。彼の優しさに包まれながら眠る夜は、人生で最高の生き心地だった」

「わっかるー! 普段はあんな威風堂々なのに、夜はもう甘ったるくて暖かみの塊みたいなかんじでさぁー。そして必ずヤった後に、アタシの傷にキスをするのよねー」

「それは自分の時もだ。あの瞬間は、心が安らぐ」


そのままミカエルと夜はどう過ごしているのか、彼と何時間勝負したかなど。ボクにとってかなりどうでもいい会話になってきた。

 とてもじゃないが聞いていられない。何か別の話題にしなければ......。


「......そういえば、モーリスはどこで知り合ったんだ?」

「そうそう、アタシたちが将軍と会う前から一緒にいたよね。いつ会ったのよー?」

「あれ、言ってなかった? 戦争で孤児になったところを拾われたのよ。もちろん、その日から私も一緒に寝てるけどね!」


 それからまた、ミカエルとの夜自慢が始まった。

 もう面倒だ、自分から移動しよう。ちょうど身体が暖まってきたし、そろそろ湯口にで入ろうかな。


「どべっはぁー!」

「......」


 湯口に足を入れたと同時に、目の前のお湯が再び飛び散り、ジャトが飛び出すように立ち上がった。


「ちょっと用事できたから、先上がるねー!」

「走ると危ないよぉー」


 フィルの忠告を「大丈夫! 大丈夫!」と話し半分で答えた後、濡れた床で滑って転び、頭を強打した。普通なら心配するが、彼女達は自分達より頑丈そうだからまず大丈夫だろう。

 ジャトは強打した頭をさすりながら、そのまま風呂場を出ていった。


「みなさん、面白い方々ですね」


 隣に来たのはクリエットだった。

 セットのローゼンは何処かと辺りを見渡すと、温泉でのばせたであろう、横になるアリシアの看病をしていた。


「......そうだな」


 短く答えた。

 その通りだ。いままで見てきた参加者はみな、人並み以上に考え、行動する良き者達ばかりだ。決して好きで争いをしているようにはみえない。

 現にボクとしては珍しく、気に入っている者達が存在していた。

 多くの馴染みのない知識に触れ、共に学習することがこれほど素晴らしいとは思ってもみなかった。


 しかし、これは一番に考えるべきことなのだが、彼女達を倒さなければ元の世界には帰れない。

 ボク自身、その条件が気に食わない。

 現時点での帰還方法は、この『ゲーム』のクリア。クリア条件は『他の参加者チームの全員殺害』だけ。

 そう、向こうにいるモーリスや天空都市にいるグリュフィザとも敵対関係となり、殺害対象になってしまう。彼女達と殺し合うのは肉体的にも精神的にも厳しい。

 ならばボクがやるべきは一つ、他の脱出方法を見つけること。

 そう言えばチーム『ラブピース』のリーダー、全身黒鎧のレイルも脱出方法を模索していた。同じようなことを考えの者同士、連携がとれるかもしれない。今度会ったとき、成果を聞いてみるのもいいな。


 天にめがけて息を吐く。

 考えすぎか、やけに身体が火照ってしまったが、もう少しだけゆっくりしていこう。

 たまにはなにも考えないようにしながら......。






…………






「おいっす~ユリアん! 温泉はどうだった~?」


 風呂から上がり、着替え、風呂場から出たところで、まさか一番最初に会うのがこの面倒な奴か。

 ここは無視するのが一番だが、あいにく今は気分がいい。


「......なかなか、良かった」

「そりゃいいね~」


 気安くボディタッチをしようとしたところを、軽く手で弾き返す。

 払われた手をブラブラさせ「相変わらず防御が固いな~」と笑うソウジに舌打ちを返す。


「なんだ、もう上がっていたのか」

「いや~、なかなか良い湯だったッスよ、旦那~」


 ミカエルの声にソウジが反射のような早さで振り向き、出てきた彼とハイタッチをした。お互い少し潤った手だったためか、やけに良い音を出した。

 ただ、その筋肉美を見せたいが為なのか、身に付けているのがパンツだけと言うのは、はっきり言ってやめてもらいたい。


「おっ! ちょうど上がったみたいだねー」

「なんだ、ジャトはもう上がったのか?」

「ちょっと通信が入ったんだよー。それでねミカエルしょーぐん。後でちょっとした報告があるんですけどー」

「ここで構わん。言ってみろ」


 ジャトは「んー」と少し考える素振りを見せた後、姿勢を正し「りょーかいデス!」と敬礼した。


「んとねー。自然都市に潜伏中の我が同胞からの速報なんだけどねー。どうやら召喚者プリアリスが、新たな参加者の召喚に成功したみたい。だってさー」


 ジャトのその言葉を聞いた瞬間、暖まっていた身体が冷えていくのを感じた。



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