38 地底都市 三日目
ベットの上で寝転がり、足をばたつかせ、鼻歌交じりに棒携帯エステルを操作する。画面を素早く指でスライドさせ、マップにマーキングを付けた箇所の映像を次々と映し替えていた。
只いまオレ――ソウジは、薄青色の画面に映る地上を観察している。
近代都市や天空都市は特に異常はなさそうだ。未来都市の方は昨日と少し違っていた。ヴァン達のチームはあるが、レイル達のマ―キングが消えていた。どうやら昨晩のうちに都市を離れたらしい。
そういえば彼等はあえて転移......じゃなかった、移転魔法を使用していないようだ。
未来都市の周りをぐるっと一回り見ていたら、すぐにレイル達一行を見つけた。映像をズームして見てみるとちょうど休憩中のようで、木陰で座りパン? のようなモノを食べていた。
彼等を見つけた途端、自然と笑みが生まれた。
(不用心だなぁ~。君たちがいた世界とは違って、都市の外でのんびりしているとすぐ殺されちゃうよ~)
エステルに映し出されたレイルを指で叩き、ロックオンをする。さらに他の二人、アーセルとミリアにも同じようにロックオンする。
画面に映る彼等は今なお、何ごとも無いように笑い合い、楽しそうに食事をしている。
三人の中心には『LOCK ON』と表示したまま。いまこの瞬間、画面をタップすれば三人の真上にオレが創った衛星からの光線が降り注ぐ。目標の全てを消滅させ、存在を抹消する美しくも儚い光。それをいま、画面に数ミリの距離で指が止めている。
触れた瞬間。何の振動も無く、何の感情も無く発射され、画面に映る三人は消え失せ。後に残るは、風になびく草木だけになる。
そう、画面に触れさえすれば、一つのチームが終わる。
この人差し指が、彼等の命を握っている。そう考えるだけで、心臓の鼓動が早まる。
指を少しずつ、少しずつ、画面に近づけていく。
(なんて、ね~)
画面の端を叩き、エステルをただの棒状にしてベッドの横に放り投げる。
身体を反転させ、天井を見つめる。薄い赤色した天井だ。色だけ見れば、この城全体が赤土粘土で造られているのではないかと思えるほどに。
目を閉じレイル達と周辺の映像を思い浮かべる。ビームを発射しようと思えばできた、けどやらなかった。
理由はいくつかある、あるのだが......たとえ理由がなくても出来なかっただろうな。それがレイルの持つ固有能力なのだから。
ミカエル達に教えた情報には嘘がある。というか、だいたいが嘘だ。所詮はオレ達の考察に過ぎず、それ以上の情報などなかった。ジョン君やユリアんのサポート的な解説がなければまた牢屋行だったかもな。
いまのところ目的達成する上で面倒な相手は、レイルだろうな。
ミカエル達には彼の能力『我ガ意思二応エヨ』の詳細を「相手の行動を思い通り操る」という感じに伝えたが、オレの予想ではそれ以上に面倒な能力のはずだ。不合理で想像絶する理不尽な力。現最強のチーム『神の集い』のそれぞれの能力をも超越する力を彼が持っていると想像すると、本来ならばこのゲーム、勝者はすでに決まっていただろうな。
これはこれは、とうしたものかなぁ。
などと今の段階で悩んでも仕方ない事を考え、無駄だと悟り鼻で笑う。
今やるべきことは、ミカエル達チーム『地獄獅子』の力量を調べること。クリエットから彼らのレベルやステータスを教えてもらったが、重要情報の一つである固有能力がまだ不確定だ。彼女曰く、どんな力が発揮されるのかは実際に発動しないと分からないらしい。
ここにきて実戦を要求されるとはなぁ、困ったものだ。
カタッ。
「もしかしてラムダさん、か~い?」
「......どうして、私だと分かったのですか」
本当にいたよ。扉の方から音がして、何となくあり得そうな人のパターンを考えて言ってみたけど、マジでいたのか。
扉がゆっくりと開くと同時に、チーム『地獄獅子』の一人ラムダ・ラケルタが現れた。不思議な色の長い髪に、ハリウッドスター並みの美しい容姿とは裏腹に、キッチリとした黒い軍服を着て、空気が震えそうなほど強張った顔つきをしている。
何かしら自分がしでかしたかと思い考えてみたが、特にないので思考を止めた。
「何となくだよ~。むしろ君がどうしてそこにいるのか、それをオレが聞きたいね」
「......朝食の準備が整いました」
「ま~、そう言うよね。それで、オレ個人には何か聞きたいことはないのか~い?」
彼女がこの場所にいる理由は、ミカエルに頼まれたから。朝食が整ったことと、別の用事を含めて。だとしたら面倒事を抜きにして、直球で聞いておこうかな。オレの知らない情報を持っているかもしれないしね。
「本当に、私達が行っているこの『ゲーム』の勝者となるつもりですか?」
「うん、そーだけど~?」
「無謀だと、私は思います」
「それは、やってみないとわかんないでしょ~よ」
「始めなくともあなた方と他の方々との戦力差や能力差、どれを見ても勝算が無いとしか考えられません」
「かもね~。それで、なにかどうかしましたか~い?」
「黙っていましたが、私はあなた方を監視していました」
「ん~、あまり関心しないけど、知ってたからいいよ~」
「これから話す事は私個人の見解です。私はあなた方を監視して思ったのですが、あなた方は戦闘を好むような者ではなく、弱者に手を差し伸べる優しい方々だと思われます」
「そりゃど~も」
「ところで、あなたはチーム『場違い』のリーダーだと伺っております」
「だいたい半分くらいは、強制だったけどね~。それで、他に何が言いたいのかな、そろそろハッキリさせよっか~?」
「......では申し上げます。いますぐに、あなた方が行っていることを止めるべきです。あなた方がわざわざ敵地に踏み込み、情報を入手するというのは、あまりにも危険すぎます。今はまだ、無事かもしれませんが、このままではいつか確実に、犠牲が出ます」
まさか、殺そうとしている相手から忠告を受けるとは驚いたな。それも、かなり真剣な顔で。
君らからしたらオレ達は言った通りの敵なのに、いい人だな。本当に、安心した。
「それは、出来ない相談っスね~。チームのみんなにも元の世界へ返すって約束したしね。あっ、これは自分の心の中で勝手にした約束か。でも約束は、男としては出来る限り守りたいよね~」
「約束を守ることは重要です。ですが、それ以上に生きる事が重要だと私は思いますが......」
「生き残る為にすることだよ~」
「無謀で愚かな行いをすることが、ですか?」
「そうかもね~。でも時が経てば、環境と状況は変化する。そして、オレ達にはソレを操る事が出来る。そうなれば、話は変わってくると思うんだけどな~」
「......どうやら、今のあなたに何を言っても止める事はないみたいですね」
「今だけじゃなくこれからも、かもね~。もうすでにオレが決めてることだから」
ラムダは続けて何か言おうと口を開けたが、結局声に出さず口をつむんだ。
しばらく睨みつけてきたが、くるりと背を向け「きっと、後悔する」と言い残し、静かに部屋から出ていった。
「後悔なんて、結果が見えなかった人の言い訳さ~」
誰に言ったでもなく、自然と口に出た言葉だった。
けど、彼女の言ったいた言葉もまた真実だ。いまのオレ達には彼等を殺す以前に、現状を生きる事だけで精一杯。第三者から見れば、アリがゾウに挑むみたいで滑稽だろうな。
自然と笑みが生まれる。
このまま予定通りならば、オレ達は本当に戦わないまま勝利する。
準備にかなりの時間と労力はかかるだろうが、ほぼ確実に勝てる。問題は、この『ゲーム』の先。こればかりは、オレの予想が当たっていないことを祈るばかりだな。
だけど、とりあえずいまは、考えなくていいや。
「さてさて。今朝はどんな料理か、楽しみだね~」
音を無視してそう呟く。
ベッドから飛び降り、そのまま背伸びをする。いい感じにポキポキと音がした。
今日もまた、良い日にしようかね。
…………
鼻歌交じりにカードを使って飲み物を次々と生み出す。食後のティータイムだ。
食事をとった後、みんなそれぞれやることがあるみたいで別れた。
アリシアとロディオは明日行われるライブの練習をしたいという事で、会議などに使う外の音を遮断する魔具を使用して部屋に引きこもった。明日のライブ、個人的にも気になるところがあるから、是非とも頑張って頂きたい。
ユリアーナは『地獄獅子』のチームメンバーであるモーリスと、こちらの世界と元いた世界の技術的な面の差を話し合う、とか何とかでどっかいってしまった。一人での行動は控えさせておきたかったけど、ミカエル達のチームとは昨日の内にある条件が満たされるまで『同盟』を結んだから、たぶん大丈夫だと思う。
クリエットはこの都市の王女であるローゼンと、またお話するみたいだ。というか、ローゼンの方から「話したいことあるー!」と言ってクリエットとどっか行ってしまった。仲が良いのは分かったけど、たまに過剰なほどのシスコンっぷりを見せるローゼンは、少しだけ怖いな。
「それで、ジョン君は何かオレに用でもあったのかな~?」
残ったオレはというと、食後にジョンが「話したいことがある」と、いつもらしくない不安そうな顔をして言ってきたため、その相談を受けることしたわけだ。
ジョンはオレの部屋に一つだけ用意されていた椅子にちょこんと座り、辺りをキョロキョロと眺めている。別段散らかってもいないし、形状を大きく変える様な事もしていない普通の部屋だと思うのだが、彼の敏感すぎる五感が何かを察知しているのかな。
ジョンに生み出したばかりの、青い刺繍が施されたティーカップに淹れられたミルクティーを手渡す。彼は「ありがとうございます」と両手で丁寧に受け取ると、すぐに飲み始めた。まだ熱かったようで口をつけた瞬間にピクッと肩が動いた。まだまだ子供だな。
「あっっっっつぅぅ!!」
「ソウジさん、熱いので気を付けてください」
慌ててカードを見る。裏には指でなぞるだけで温度が調整できるようになっている。示す針が下なら低温、上なら高温と簡単にわかる。そして予想通り、その設定温度は最高値を指していた。
このカード、昨日ユリアんに貸した奴だっ気かな。何かの実験に使ったままだったか、設定がそのままにしやがったな。あー、くそぅ、勢い余ってこぼしちゃったじゃないか。かなりテンションが下がるなぁ。
床に零れた液体は瞬間的に分解されマナに還るが、服についたものは別だ。べっとりと付いた。これはまた、クリエットに怒られそうだな。
「ソウジさんが着替えるまで、話はやめておきましょうか」
「ん~ゃ、着替えながら聞くよ~。まーだいたい話したいことは予想できるしね」
ジョンの「そうですか」と呟いた。
ポケットから道具保管用の小さな箱型の魔具を取り出し、フタを開ける。
中の亜空間に手を突っ込み、着替えを適当に思い浮かべながら引っ張り出す。が、出てきた服が前にアリシアが買ってきたネタ的なパーカーだ。そうだな、簡単に言えばこの服は『獣人になれるパーカー』だな。フード部分に動物の耳や目、鼻らしいものが付けられた服。さらに腕や腹あたりにも何かしらの模様が付いている。
別の服にしようか少し迷ったが、これも何かの縁だ。今日は一日、この服で過ごしてやろう。
「それで~、一応聞くけれど何の話か~い」
「はい、簡潔に言えば......未来都市にいるリコが話していた内容です」
「君にしては、ずいぶん根に持ってるねぇ~」
「えぇ、そうですね。そうですよね......」
裾から手を出し、フードを被り、ベッドに腰を掛ける。いい歳した男がこんなお子様な格好をしているのに対し、ジョン君は変な反応するかな、と思っていたが。残念な事に彼はうつむき、オレの姿を見ていなかった。なんだろう、微妙に恥ずかしいな。
仕方がないか。彼がいま悩んでいる事は、彼の心に引っかかっている過去の話か。こんな齢十もいっていない子供が過去で悩むとか、どれだけ充実した人生を送ってるのか。相変わらずこの子は面白いなぁ。
「僕には、兄がいたらしいんですよ」
「うんうん」
「でも、僕はその兄の存在を思い出せないんです」
「ほぅほぅ」
「僕はソウジさんが知っての通り、かなり記憶力がいいです。手品師の師匠から教わった技術もありますが、元々僕は覚えるのが得意だったみたいです」
「ふむふむ」
「なのに、まったく自分の兄弟が思い出せない。むしろ本当にいたのか。でも思い出そうとすると、嫌な、不安な気持ちになるのです。どうしようもないほどに......」
「そうかそうか」
「ここ二、三日。ずっとその事で考えていましたが、どうしても考えが定まらないのです。一時は考えないようにしようと決めても、すぐにふらっと思い出してしまいます」
「それでそれで」
「そこで思い切って、ソウジさんに相談しに来たのです。ソウジさんの状況把握能力と瞬発的判断力は、今まで見てきた他の人とは段違いです。もしかすると僕の抱えている悩みを解決できるかも、と。そう思ったのです」
「なるほどなるほど」
「ソウジさんはどう思いますか。僕には本当に兄がいたのか。もしくはこれはリコの嘘で、兄など存在しないのか。ただ、忘れているだけなのか。もし居たなら、彼女の言う通り、僕はその......兄を殺めてしまったのでしょうか。それも、記憶に残らないように抹消したのでしょうか......」
「そうだね~............」
「............」
「........................」
おっと、適当に聞いてたから何と答えたらいいか考えてなかった。
でもまぁ予想通り、リコちゃんからの嫌がらせについての相談だと言う事はわかった。
それにしても、いつものように自身に満ち溢れているジョン君らしくない、椅子の上で縮こまっている彼は、何か見れたものじゃないなぁ。まるで虐められて、体育倉庫に置いてある跳び箱の影に隠れているような、惨めな姿だ。
新しくお茶をカードで生み出す。
ゆっくり立ち上がり、カーテンを開け窓越しに外を見る。思った通り、外の景色は壁しかなかった。
「ジョン君。それはいま、考えて分かることなのかな~?」
窓に反射したジョンの顔を伺う。まるで「どういうこと?」と言いたそうに眉をひそめ、首をかしげていた。
残念だが、オレもよくわからん。とりあえずそれっぽい事言って、この話をさっさと終わらせよう。
「ジョン君が悩んでいることは、現状ではどうこう出来ることじゃないよね。それを今、必死に考えたところで意味がないし、答えなんて出るはずがないと、オレは思うんッスよね~」
「そう、かもしれませんが......この胸の内に秘めたモヤモヤがまったく取れないまま過ごすのは、かなり厳しいです。普段の平穏さが維持できないほどに......」
「ん~、そりゃ残念だね。でも、例えオレが何か君に言ったところで、それは単なる予想の範疇を越えないし、無意味なことじゃないかな~」
ジョンは黙った。幼い身体の小さな頭で、それでいて大人以上に考えて、必死に答えを探そうとしている。
だけど、結局のところ、オレの言った事が事実だし、それ以上の価値もない。いま考えてわからないものは、どれだけ思考を巡らせたとしても、わからないものだ。そのことをもうじき、聡明な彼は気が付くだろうな。無駄な時間なのだと、そう悟るしかない。
けと、それじゃあ気の毒だよな。
「それでも答えが欲しいと言うなら、教えてやんよ。君が悩んでいるそれは『筋違い』であり、単なる『勘違い』なんだよ」
乾いた喉をお茶で満たす。ため息のような、深い息を吐きながら、ゆっくりと呼吸をする。緑茶のふんわりとした苦味が、鼻を通り抜けていくのを感じる。やはり、お茶はうまいな。
しばらく余韻に浸っていたが、ジョン君の相談中だと思い出し、慌てて彼の方を見る。
自信満々に言った事が適当なことばかりだからなぁ。呆れ顔してたら、なんて言い返そうかな。じょーだんだよーって言えばいいか。
と、思っていたが、反応は逆みたいだ。
ジョンは顔をあげ、曇りのない綺麗な眼差しでオレを見ていた。
「ソウジさんは、やはりすこいですね。本当に、最短で欲する答えを導きだす才能がありますよ。すごいです。うん、とてもすごい。うん。うん!」
「お、おぅ。そりゃど~も」
ジョンは呟きながら何度も頷いた。
何がなんだか分からないが、とりあえず彼が元気を取り戻したみたいだし、良しとするか。
再びお茶を作り、一口飲もうとしたところ、扉をノックする音が聞こえてきた。
誰だろうな。オレ達のチームメイトはほぼ全員、予定があるみたいだったし。単純に考えて、ミカエルあたりかな?
「入っていいか?」
「うん、もう部屋に入ってますよ。ミカエルさん」
素早いジョンの返答にミカエルは「悪いな、癖だ」と大笑いしながらオレ達に近づいてくる。
それにしてもいつも思っていたが、この男はデカイな。
高身長のロディオと比べても、彼が小さく見えてしまうだろうな。ワスターレと比べても差が出るくらいかな。
「なんだ、二人いたのか。それなら手っ取り早い」
「うん、それでどうされたのですか? てっきりあなたはロゼさんと一緒にいると思っていましたが」
「うむまぁ、そうだったんだがなぁ。あの二人がいる空間にずっといると気が休まるところが無くてな、お前達に話があると言って、離れてきた」
あー、分かるなーそれ。
クリエットとローゼンの仲は傍から見たら異常なほどだからねぇ。ホント、周りに漏斗状の花が咲きそうなほどに、ね。
「それにしても小僧、お前は最初に会った時よりも元気になったみたいだな。何か溜まっていたモノでも解消出来たのか?」
「うん、表現は微妙ですが、だいたいそんなところですよ」
ジョンはオレと話す前とは違い、屈託のない笑顔を見せながら答えた。
どうやらちゃんと吹っ切れたようで安心した。彼がいなければこの計画は成功しなかったと思うし、戻ってきてくれて助かったよ。
「そんで~? オレ達に話って、何かな~」
「おぅおぅそうだったな、忘れかけていた。実はな、一つ提案を出しに来たのだがな......」
ミカエルは親指で後ろを指して言った。
「これから温泉に行かないか?」




