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場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第二章 他の参加者と他の都市
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36 地底都市 一日目(後)



 クリエット、ワスターレの二人と離れ、俺――ロディオ達はいま、地下牢とは違う別室にいる。

 この都市の城も思った通り他の都市と構造が似ている。この場所だって、天空都市ではディストラス達と食事をしたところであり、未来都市ではミカエル達が俺達を見下す様に座っていた王座の間があった場所だと思われる。

 しかし、やはりと言うべきか。各都市と各『参加者』によって部屋に個性が出るみたいだ。


 案内された部屋は中央に大き目なテーブルと、折り畳み式の椅子が数脚並べられている。全体的に薄暗いが、壁を埋め尽くす青白く光るモニターがその暗さを補っていた。モニターに映し出されているのはどこかの部屋や廊下、道や家、森のような木と草しか見えない風景など。映像にはどことなく見覚えのある場所もちらほらあった。恐らくこれらは、設置されている監視カメラからの映像だということか。彼等は本当に周到な者達だ。ジョンの言った通り、ミカエル達はこの『ゲーム』と俺達『参加者』を完全にコントロールするつもりらしい。

 ――――と、言う事をこの部屋を見ただけで十分理解できた。

 理解はしたが、深く考えるのは途中でやめた。そんなことよりも重要なことが、いま俺の身に起こっているいるからだ。

 それは......この暗さでは、俺の描く絵が見え辛いと言う事だ。


 何てことだ。この絶妙な暗さでは、はっきりとした色が確認できず、尚且つ細かなところも描き加えにくい。不快だ、本当に不愉快だ。俺達の前に座るミカエル達と横一列に座るジョンとソウジ、そしてユリアーナの三人の会話が、俺の中にある温厚で清らかな心の水を、少しずつ温度を上げ沸騰させようとしているのも気になる。

 隣を横目で見るとガチガチで動かず、少し震えているアリシアがいた。先ほどから静かだと思ったら緊張しているのか、それともトイレでも我慢しているのか、彼女の振動が床を通して伝わってくるほどだ。

 頼むからみんな、俺に気持ちよく絵を描かせてくれないか。


 スケッチブックを閉じ、肺に入っていたあたたまった空気を、深く大きく吐いた。同時に頭と胸にあったモヤモヤも解消する。集中できない環境では絵を描かない。描いたところでつまらない作品しか出来ないのなら、存在そのものをなかった事にした方がまだマシだ。


「おやぁ、絵を描くをの止めちゃったの?」


 正面に座りテーブルに両肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せた状態で微笑む女性。

 彼女は先ほど紹介されていた。名前は確か......フィル・リンクス。

 ミカエル同様に彼女も軍人で、位は『大佐』だったか。羽織るように着ていた軍服は椅子の背もたれにかけられ、今の彼女は白いスポーツブラを身に付けただけになっている。胸も大きい、見ただけの判断ならばEはありそうだ。

 そんな彼女が俺の正面に座っているのだ、目のやり場に困る。


「ここでは集中できないからなぁ......」


 帽子を少し下げ、視界から彼女を消す。こうでもしないと話なんてやっていけない。別の意味で集中できない。

 フィルは「そう」と小さく笑うように言った。

 何故彼女が俺の前に座っているんだ? 何故上は下着だけなんだ? 何故あんな余裕そうなんだ?

 変な事を考えないように、無駄だと思われる事をあえて考えるようにした。



「――――以上が、僕達が手に入れてきた情報の全てです」



 ジョンはそう言い小さく息を吐いた後、目の前に置かれた紅茶に口をつけた。この紅茶はいつも通り、ソウジがいつものカードで生み出したものだ。もちろん、俺達だけでなくミカエル達の分もいつの間にか用意した。ただ彼等は、かなり慎重に細かく紅茶を調べた後に、いまは警戒しながら飲んでいるが。


 ジョンが話した内容は、先ほど約束した情報の提供だ。詳細な部分は彼だけではなく、ユリアーナとソウジが付け加えた。

 正直に言うと、初耳なところが結構あった。本来ならば現代都市にある拠点に戻ってから情報共有をする予定だったため、俺に知らされていない情報もあるのは仕方がないことだが。改めて考えると、チーム内でも知らない情報を他のチームに渡してよかったのだろうか。

 いや、しかし、まぁ......。話終わった後に考えるのも無意味な疑問かなぁ......。


「フムぅ、なかなか興味深い話だった。だが、何故だ。何故、約束した情報以外(・・)の事も話した?」


 ミカエルが腕を組み問いかけた。そうだ、それも俺は気になっていた。

 ジョンとソウジは牢屋から出るための情報として、チーム『ドラゴンズフォース』の各固有能力名と分かっているだけの詳細な能力情報を教えたのだが。他チームである『神の集い』の五人と『ラブピース』の二人の固有能力もミカエル達に教えた。

 何故に手に入れた情報を、それも無条件で渡したのか。彼等でなくとも疑問に思う。


 ジョンがソウジに顔を合わせると、ソウジはいつもの笑みを浮かべたまま肩を竦めた。何かの合図だったのか、ジョンは何も言わず頷き、口を開いた。


「簡単です。これから頂く情報の先行投資、的なモノですよ」

「......それは具体的に、どういうことだ?」

「どうという事ではないです。ローゼンさん、あなたは確か僕達に話したいことがあるんですよね。その情報の価値が他参加者チームの情報に値する、と僕達が考えただけですよ」


 この場にいる全員の視線が、一斉にローゼンに向いた。

 そういえば、そもそもクリエット達と離れ別室に移動したのは、彼女が俺達に何かしら用事があったからだった。部屋に案内された後、先に俺達の持つ情報の提供をしたが、まだ肝心な彼女の話が残っていた。

 俺自身まったく興味が無かったから、すっかり忘れていたなぁ......。


「ローゼンさん。あなたが僕達を個人的に呼んだのは、話したいことがあるからですよね。それも、あなたの姉、クリエさんに関係のあることを......」

「ど、どうしてお姉さま関係の話だと思ったのかしらー......?」

「あなたが嘘をついたからですよ。先ほどあなたはクリエさんに久しぶりに会ったような事をおっしゃっていましたが、本当は昨日の夜。この都市に移転した直後に会っていましたよね?」


 ローゼンが少し動いた、どう見ても動揺している。

 ジョンは紅茶を一口飲んでから、また口を開いた。


「アリシアさんが起きていた時、六人の影を見たと言ったことから推測するに。影の正体は参加者であるミカエルさん達五人と残る一人になります。そして、その一人とは、召喚者であるあなたです。あなたのクリエさんに対する好意は見て分かります。しかし、そんな彼女にあなたは嘘をついた。理由は恐らく、僕達に対しての『警戒』ですよね。わざわざミカエルさん達の前で魔法を発動し僕達を調べたのも、もし僕達があなたの考えた『敵』であった場合、クリエさんを素早く守るため。違和感があればすぐ保護できるように。ですが、結果は調べた通り、僕達は語った通りでした。そうです、僕達とクリエさんとの間に過去の関係などは全くありませんし、ましてや彼女の敵ではありません」


 ジョンは最後に「教えて頂けますか? クリエさんの過去を......」と、少し間をおいてから聞いた。

 問われたローゼンは紅茶を一口飲み、瞳を閉じ、大きく深呼吸した。

 すこし考える素振りを見せ、何か独り言のようにブツブツ聞こえない声で言い、納得したように小さく頷いた。


「......これから言う事は、お姉さまには内緒よ」


 ローゼンが先程よりも少し低めな声で言った。

 その時の彼女の顔は、先ほどやクリエットと会った時とは違和感があるほど違う、神妙で険しい顔つきだった。

 照らし合わせたわけでもなく偶然に、図らず俺達は同時に頷いた。


「あなた達が、クリエお姉さまにとって二回目に召喚された者達だと言う事は、もうご存知かしら?」


 初耳だった。いや、確かに彼女はゲームに関して経験が多そうだとは思ったていたが、俺達以外にも召喚した者達がいたとは知らなかった。

 隣にいたアリシアから「えっ?」という驚いた声が聞こえた。ソウジやジョン、ユリアーナを見ると、アリシアとは違い表情一つ変えていない。三人ともこの事を察していたのか、もしくは個人的に教えてもらっていたのか、見ただけでは定かではない。ただ、少なくとも俺とアリシアは知らなかった。

 ローゼンが「知らなかったみたいね」と微笑む。


「これから私が言う事は、クリエお姉さまが一回目に召喚し、二年間を共にした者達の話。そして、あなた達が召喚される直前までの話よ」


 彼女は紅茶をまた一口飲み、深いため息をしてから語り始めた。






 …………






 初めにクリエお姉さまが召喚を行ったのは、今から約二年前ほど。

 前召喚者であるユーラニア......クリエお姉さまと私の姉ね。ラニアお姉さまが事故で死んで、各都市に訪問した後に『虹光石』を媒介して召喚した。


 召喚された者達は今のあなた達と同じ、無能力で低レベルだった。

 ミカエルに頼んで調べてもらい、結果を見た時は絶句したわ。私の召喚した参加者よりも断然に弱者で、戦闘経験なんてものもほとんどなさそうだった。

 そう思うと、二回目でもあなた達のような者を召喚したのは、運命的なモノだったのかもね。


「すみません。その召喚された者達は名前は、何という方なのですか?」


 ジョンが軽く手を上げて聞いた。対しまた少し考えた素振りを見せた後、ローゼンは「まぁいいか」といった具体に話し始めた。



 クリエお姉さまが召喚した者達の名前、そうね。

 当時のチーム名は『ウィーケスト』だったかしら。あなた達『場違い』と繋がるモノがあるわね。

 チームリーダーの名前は『ロイド』、爽やかな笑顔が特徴の青年よ。

 他のメンバーは、黒髪が綺麗な女性『イザヨイ』。背の高くスレンダーな女性『ウォクラ』。不機嫌そうな表情をしている男性『ハートロッカー』。最後に......問題児『セメンテリオ』。

 何が問題児だって? それは、後で話すわ。


 そんな変なチームだったけど、お姉さまは楽しそうではあったわね。

 戦闘訓練ではいつも朝早くから夜遅くまで行っていたわ。食事もカードで生み出さず、自ら厨房に立ち料理を振る舞っていたみたい。それに、よく話してもいたわね。

 けど、召喚されて半年後、あることが起きた。

 毎日、同じように繰り返していたクリエお姉さまと彼等との戦闘訓練の最中......彼等はレベルが上がった。

 と同時に、ステータスが飛躍的に上昇した。それはもう、尋常ではないほどに。そして、私達が言うところの固有能力も手に入れた。


 何故いきなりそんな事が起きたのか......。原因があるとすれば、この世界に来たことにより彼等の持つ潜在能力が開花したと言う事だと思われるわね。レベルとはいわゆる、人の持つ『成長の壁』といったものよ。その壁が数値化され、鮮明になり、安易に超えれるようになった。

 壁を越えた人間の成長率は個人で違うのだけど、彼らは非常に伸びしろがあったという事ね。最初は驚いたけれど、そこまで異常という訳でもないわ。結果として彼等はその後、レベルを上げたとしても一回目にレベルが上がった時よりもそこまで伸びなかったわ。停滞、というほどでもないけれど、伸びにくくなったと言った感じかしら。それでも、恐らく私達のチームと引けを取らないくらいには......。

 あら、そう思うとあなた達はすでに成長しきった。という事になるのかな?



 茶化す様にローゼンが笑うと、ソウジも何故か笑いだした。

 気のせいか、恐らくバカにされていると思っていたが。俺達の中で唯一、ソウジだけがレベル上げをした経験があるから、何かしら察する事でもあったのだろうか。

 ローゼンは「そうそう」と言い、また話し始めた。



 彼等の固有能力もそれぞれ、恐ろしいモノばかりだったわ。

 ロイドは『破壊と修復』という能力。名前の通り、対象を問答無用で粉砕し塵にする。そしてあらゆる壊れたものを直す力。

 イザヨイは『固定した概念』という能力。対象をその状態から変化できなくする力らしいけど、実際に使用したことは最後までなかったわ。

 ウォクラは『ハッキング』という能力。対象の情報を詳細に手に入れる力らしいけど、他にもその情報を書き換える力をあるらしいわね。

 ハートロッカーは『存在の増幅』という能力。これは対象と同じ存在をただ増やすだけ。ただ恐ろしいのは、上限が無い可能性があるということ。

 最後の一人、セメンテリオの固有能力名は『創造』。考えた物を創り出す力よ、単純だけど極めれば一番厄介で恐ろしい力よね。



 ローゼンは一息つきつつ、紅茶をゆっくりと飲んだ。

 彼女の言う通り。俺達の前に召喚された者達は、最初は同じだったとしても結果は全く別物のバケモノだったということか。クリエットが俺達に絶望するのも納得するな。


「ふぅ、なかなか美味しい紅茶ね。おかわりを頂こうかしら」


 ローゼンが空になったティーカップをソウジに見せながら言った。

 ソウジもソウジで、何か嬉しそうに新しく入れ始めたところで、話の続きが始まった。



 それでね。私達が監視している初めの頃は、比較的に平和だったわ。初めて手に入れた超人的な能力にみんな喜んで、色々と試していたわ。

 ロイドの能力で都市の周りにいる異獣狩りを行い。

 イザヨイは都市で困っている人の助けをしたり。

 ウォクラの能力で都市外の情報を動かずに手に入れたり。まさか監視カメラがバレるとは思ってなかったわ。

 ハートロッカーはその能力を自身に使用して、分身をつくっていたりしていたわね。

 セメンテリオの能力で生み出した『実験ハウス』だったかしら。家の中で死んでも、入って来た状態になって戻る不思議な家を創ったり、彼と同じ能力を持った指輪とかね。


 人って不思議よね。無力な状態だった時はみんな協力して助け合い、それで楽しんでいたのに。新しく手に入れたモノが便利で、不安が無くなった途端にバラバラになるのだから。

 彼等が力を手に入れて一年半ほど。徐々にチームに亀裂が生まれ、食事はおろか会話すらしなくなっていった。それでもチームという事で、週に一回くらいは会議的な事をしていたみたい。その間、クリエお姉さまは大変そうだったわね。彼等にとって唯一の伝達係として走り回っていたわ。

 そんなこんなで、召喚してから二年が過ぎ。そして、あの出来事が起きた。



 またローゼンが止まり、新しく淹れられた紅茶を飲んだ。それも一気に、ゴクゴクという音が聞こえてくるほどの勢いで。

 空になったティーカップをゆっくり口元から離し、カチャッと少し音を立ててカップを置き、続きを語り出した。気のせいか、感情を無理に殺しているような話し方だった。



 異獣狩りに出かけていたロイドが殺された。

 残念だけど、誰がどうやって彼を殺したのかは今でも分かっていないわ。もちろん、私達じゃないわ。ただ、私の読みだとチーム『王の法則』が怪しいと睨んでいる。彼等のみがロイドが殺された時間帯に唯一、私達が設置した監視カメラに映っていなかったから。



 チーム『王の法則』とは、どういったチームだったか......。

 そうだ、初めて見た『参加者』同士の戦闘にいたチームだ。だが彼等は、チーム『ドラゴンズフォース』に敗れ、消滅していった。つまりは、容疑者は死亡で事件は闇に溶け込んだという話になるのかぁ。



 衝撃だったけど、本当の問題その三日後なのよ。

 彼等チーム『ウィーケスト』の一人が面倒な人物を引き連れてきた。



 ローゼンが「その一人は......」と言ったところで、ソウジが「セメンテリオって奴だね~」と食い気味で言い。彼女は肯定するように頷いた。



 セメンテリオが引き連れてきたのは『ジョシュア・ライアン』という人物。

 私達が監視し、追っている中でも危険度数Sランクの超ヤバい奴。彼が属する『組織』は、自らを「神の使い」と称し。世間体では慈善団体を装っているけど、裏では殺人、強盗、拉致、監禁......。組織は闇に潜み、都市内、外のどこにでも存在する。そして怖い事に、世界の約半分以上の犯罪が彼等の組織によって行われていると考えられているわね。

 現に、私達が捕まえた犯罪者の三分の二は、組織と関りがある人物だったわ。


「捕まえた方達から何かしらの情報を手に入れないのですか?」


 ジョンの問に、ローゼンはただ首を横に振った。


 彼等がいる組織は全員が恐ろしいほどの忠誠心を示し、捕まえ尋問が開始したと同時に自害するのよ。それも生半可な自殺じゃない。ある魔具を常時し、それを使用して死ぬ。魔具の効果は『脳に直接、電撃魔法を与え、丸焦げにする』という、情報を抜き取れないようにするための非道な行動をとるのよ。


「では、何故捕まえた者達の判断はどうするのですか?」


 簡単よ。彼等はみんな、同じようなその魔具を持っている。少し違うわね、訂正するわ。持っているのではなく、つけていると言ったほうが正しいわね。彼等は全員、歯の一つを『金歯』にしているのよ。そして、自害するとき『十三神徒と共に......』と言い、三回金歯を強く噛む。

 恐らく、三回噛むが魔具の発動条件ね。たまに言葉を発せずに発動させるているときがあるから、そう判断はしているけれど。

 とにかく、そんなヤバい集団の幹部が、そのジョシュアなのよ。



 ローゼンはミカエルに目を合わせ、頷く。何かの合図だったのか、ミカエルは立ち上がり、部屋の隅にあった小さめの箱を机の上に置いた。

 箱を開け、中身を取り出し俺達に見えるように手持ちのライトで見せる。


「うっ!」


 隣にいたアリシアが顔を背けた。

 それは、誰かの頭蓋骨だった。左下の奥歯にはライトの光を良く反射する金歯も見る事が出来た。

 人の頭蓋骨は、元の世界でたまにデッサンしていたから見覚えがある。見覚えがあるが、机の上に置かれたソレは頭部の部分が真っ黒に焦げており、ところどころ穴も開いていた。



 これは私達が捕らえた組織の一人の、その亡骸。見ての通り、頭蓋骨に穴が空くほどの衝撃と威力を持っているわ。自害用にしては強力すぎるほどに。

 話を戻すわ。このイカレた集団の幹部の一人がジョシュアという人物よ。

 彼らの目的はまだはっきりしていない。けど、厄介事だってのは分かるわ。そして、彼らはチームのリーダーを失ったクリエお姉さまに、同じチームメイトの一人を利用して接触してきた。


 接触してきた理由、それはお姉さまと残ったチームの四人を仲間に加えるためだったみたい。

 結果から言えば決裂した。

 ジョシュアの仲間になることを望んだ者はセメンテリオとハートロッカーの二人。残りのイザヨイ、ウォクラはクリエお姉さまと共に、今まで通りチームでいようとした。


 ジョシュアは何もせず、提案しただけで終わった。

 もちろん私達は彼を追跡したけど、さすがに移転魔法で移動した後に捜索したところで見つかるはずもなく、彼は現代都市から姿を消した。

 ジョシュアがクリエお姉さま達と離れ五日後、再び問題が起きた。


 その日、クリエお姉さまとイザヨイが口論になった。カメラに録音されていた内容から察するに、元の世界へ帰るのが困難だと言う事らしいわ。お姉さまの手には彼等を召喚したときに用いた供物『虹光石』が握られているのも見えたわ。その供物を用いて召喚できたのだから、逆に元の世界へ送ることも出来るのではないか。って考えたのでしょうね。ただ分かっていたけれど、そんな事出来るはずが無いわ。


 チームはボロボロ、精神的にもすり減っていたイザヨイが感極まり、クリエお姉さまに殴りかかった。

 お姉さまも知らなかったのね。『ゲーム』の規則第三番目に、『チーム内の参加者は召喚者に危害を加えてはならない』というのを。

 あなた達は知っているわよね。この『規則』を犯した者がどうなるのか......。



 思わず俺は唾を飲んだ。

 その規則はクリエットから聞いていた。しかし、その時の彼女はまだ、知らなかったのか。

 なんて恐ろしいんだ。知らなかったとはいえクリエットは目の前で、それも自分のせいでチームの一人を消滅させてしまったなんて。



 その事が決定的になったのね。

 騒ぎを聞いた他の三人が集まったときには、彼女イザヨイは散り散りになり消えていった。

 彼女の最期の姿を見た仲間の三人はそれぞれお姉さまを罵倒したわ。

 何故イザヨイを殺したのか。

 何故『規則』の事を教えなかったのか。

 何故元の世界へ戻ることが出来ないのか。

 ロイドを殺したのもお姉さまではないのか、なんて言いがかりもしていたわね。


 そして言い争う彼等の前に、タイミングを見計らったようにしてジョシュアが再び現れた。

 再び彼等に提案した。ジョシュアの組織に入るか、それとも『ゲーム』をやり続けるか。

 今度はすぐに決まったみたい。すでにセメンテリオとハートロッカーは組織に属することを決め、ウォクラも同じく組織の一員となった。

 クリエお姉さまは三人の意思を尊重し、この『ゲーム』から解放するため契約を解除した。


 これでセメンテリオ、ハートロッカー、ウォクラの三人は『ゲーム』とは無関係になり、この世界に永住する事に決めた。

 しかし、ジョシュアはお姉さまにも組織に入るように勧めた。理由はクリエお姉さまの持つ『神眼』と『召喚者』としての力を利用するため。供物さえあれば何度でも召喚できるという事は、組織にとって強力な即戦力が一気に増える事を意味していたの。最悪な戦力増強よ。


 さすがにクリエお姉さまはその案を拒否したわ。

 彼女にも使命がある。この『ゲーム』に参加していなければ自分が所属する都市からの信頼に背くことになる。私個人としては、そんな事考えなくてもいいんだけれど。クリエお姉さまの場合はすでに二代目として引き継いでいるという責任の重みがあったのでしょうね。


 頑なに拒否を示したお姉さまに対し、ジョシュアは組織全体に殺害命令を下したの。

 お姉さまはワスターレさんと共に現代都市からランダムな座標で移転魔法を発動し、逃亡した。そして、移動後に異世界の者を召喚をした。

 二回目の召喚。つまり、あなた達五人を召喚したのよ。




 ローゼンは最後に「これが、私の知るお姉さまの過去の話よ」と言い、再び淹れられた紅茶を飲んだ。


 なるほど、ようやく話が繋がってきた。

 つまりは俺達が召喚されすぐに襲われたのは偶然ではなく、クリエットを追っていた相手がこちらに向かってきたという事か。しかも、彼女をその中には元チームメイトがいる。何とも悲しい話だろうか、共に二年間を過ごしていた仲間に命を狙われるとは。

 それにしても俺達がいま生きているのは、何と奇跡的な事だろうか。

 ソウジの機転もさることながら、単純に運が良かった。もしあの時、各チームの者達が現れなかったら、さらに追撃をされていたかもしれない。

 不運だと考えていたことが後に幸運だったとは、恐ろしい事だ。


「すみません。三つほど質問があるのですが、いいですか?」


 ジョンが小さく手を上げ、ローゼンは「どうぞ」と笑みを返した。


「一つ目です。クリエットのお姉さんが無くなった理由は分かりますか?」

「残念だけど、そこまでは分からないわ。何せ各都市に監視カメラを設置したのは、クリエお姉さまが召喚者になった直後でしたから」

「分かりました、では二つ目です。僕達の前任者であるセメンテリオとハートロッカー、ウォクラの三人はどうなったのですか?」

「後の彼等のことは分からないけど、かなりの可能性でジョシュアの属する組織に入ったと考えるのが普通ね。ジョシュアの存在もその日以降、私達も確認していないので何とも言えないですけど......」

「ありがとうございます、最後に三つ目。話の流れで素通りしたのですが、この僕達が参加している『ゲーム』は途中でやめる事が出来るのですか?」

「そうね......結論から言えば可能よ。ただ分かっているとは思うけれど、この『ゲーム』をクリアできるのは『参加者』だけ。つまり、元の世界へ戻るためには『参加者』でなければならないのよ。それは『規則 其の八』にも記述してあるわ」


 また新しい『規則』か、それも八番目。俺達が知っているのは一から四まで、まだ最低でも他に三つ存在するのか......。

 ジョンも同じことを考えているのか、顎に手を当て少し考える素振りをしていたが、今は追及しないことを決めたみたいだ。小さく頷いてから別の質問をした。


「つまりこの世界には、僕達のような『参加者』以外にも、異世界から来た者達がいるという事ですか?」

「そうよ、この『ゲーム』を途中で辞退した者達。参加者と同等な力を持つ『棄権者』が存在するのよ」






…………






 ローゼン達との話が終わり、俺達はクリエット、ワスターレと合流するために廊下を歩ていた。

 太陽は沈みきっており、灯りは廊下の白色の蛍光灯のような光と、窓からちらちら見える街の灯りしか見えていない。

 ただ、この都市の地形と相まってか、夜景がとても美しい。

 道路に設置された灯りは柔らかな黄色い光を、ゆっくりと点滅させ。点々と輝く家々の光は、暗い世界を照らしている。例えるならば、夜空一面に輝く星々をイメージさせられる。そういえば、この世界には月はおろか、星が無いみたいだ。夜はただ暗く、明かりが無ければ何も見えない。初日の事を思い出す。クリエットを先頭に夜道を歩いたときは、彼女の明かりだけが頼りだったな。


「みなさん。彼女、ローゼンさんの話はどうでしたか?」


 靴音しかしなかった廊下に、ジョンの幼さが残る声が響いた。


「......気になる情報が多く手に入った。クリエの過去、新しい『規則』、そして『棄権者』」

「ロゼが危険ししている、ジョシュアという男が所属する組織も気になるなぁ......」

「でも、何より許せないのは、クリエちゃんの元チームメイトの三人よ! 有り得ない。確かに元の世界に戻すのが難しくて、二人も仲間を失ったのは辛いけれど、だからと言って彼女ばっかり責めて! 挙句の果てに殺そうとするなんて、酷い。彼等の方が悪よ!」

「でもさ、アーちゃんよ~。ロゼちゅんに聞いた話はかなり重要だぜ~? それも俺達に関わと思う事ばかりだ。一度、彼女に直接聞いてみたいね~」

「ソウジさんの言う通りです。クリエさんも僕達に話すタイミングを見計らっていたかもしれませんが、それでも直接言ってくれたら、彼女を信じてあげれるのに。いまは少し、難しいですね......」


 ジョンの言葉に全員が黙った。

 静まった五人の空間に、再び廊下には五人分の靴音よく耳に届いた。

 部屋を出てから描こうと思っていた絵も気分が乗らない。こんな気持ち、生まれて初めての体験だ。




 ローゼンに教えてもらった部屋についた。この扉の奥にクリエットとワスターレがいるはず。

 これから彼女に会うというのが怖いな、一体どんな表情で彼女と会えばいいのだろうか。

 黙っていたことを追求するのもいいかもしれないが、それはあまりしたくない。何せ、一番辛いのはクリエットのハズだと思うから......。

 そうだな、今まで通り接していこう。それが無難だ。


「やーやークリエちゃ~ん! 過去の話は妹さんから聞かせてもらったよ~」


 扉を開けたと同時に、一番に飛び出す様にソウジがいつもの調子でみんなが気にしていることを言った。

 思わず鳥肌が立った。彼女には気遣ってあげようと考えた真っ先に予定が狂った。しかも、開口一番というどうしようもない状態でだ。

 言い逃れ用もない。おそるおそる彼女の表情をうかがう。案の定、クリエットは少し暗い顔をしていた。


「お帰りなさい。やはり......そうでしたか」

「なかなか興味深い話だったね~。言えなかった理由でもあったのか~い?」

「そうですね。強いてあげれば、ただ怖かったんですよ。もし過去の出来事を言ってしまったら、また私を殺そうとするんじゃないかって......。どうです、話さなかった私を嫌いになりましたか?」


 ソウジは「はて、なぜかいな~?」と言い、部屋の中央に用意されていたベットの上にダイブし、そのまま寝転んだ。


「ふっかふかだぜ~。とにかく今日はもう遅いし、昨日は冷たい床で寝てたから身体がキツイんよ~。話はまた明日にでもしようぜ~」


 あくびをしながらソウジは言った。それから彼は目を閉じ、仰向けに横になったまま一言も話さなくなった。

 ソウジの言う通り、確かにこの都市に強制的に連れて来られてからゆっくりとしていなかった。時間も......もういいぐらいにはなっているだろう。ずっと椅子に座って話を聞きっぱなしだったから、腰も少しガクガクと鈍い。眠気はまだないが、身体が休息を必要としているのは間違いないか。


「ソウジさん......」

「......」


 クリエットはソウジが寝ている隣で言ったが、彼は起きない。すぐには寝ていないとは思うが、ワザと返事をしないようにしているつもりだろう。

 今日はもう終わり。難しく考えるのは身体を休ませ、じっくり考えてからという彼なりの意思なのか、今の俺にはわからない。


 クリエットも表情が先ほどよりも柔らかくなっている。心情を理解するのは難しいが、寝ているソウジと見守るように立っている彼女は、なかなか良い絵が描けそうな雰囲気だった。

 が――――クリエットはそんなソウジの額を軽く「ペシッ」と叩いた。思わずソウジも「アゥチッ!」と飛び起き、額に手を抑えながら叩いた彼女を見上げた。


「そうですね。寝るのはいいですが、ここは私とワスターレの部屋です。ソウジさんは別の部屋を使用してください」


 つい笑ってしまった。これではしんみりとした感じが台無しだ。

 クリエットのその言葉がきっかけとなり、今日はその場で全員解散となった。



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