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場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第二章 他の参加者と他の都市
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35 地底都市 一日目(前)



 木製のボール型に入れられた、ぬるい粗末なスープをスプーンですくい、口の中へと運ぶ。


 味は薄い。塩味も無く、甘味も無く、酸味も無く、苦味も無い。これは調味料を加えていない、ただただ野菜を煮込んだだけのスープ。客に出すようなものではない。

 しかし、残念ながら今の私達は客として扱われていない。

 私――クリエットとチームの五人、そして私の護衛の騎士ワスターレも、この冷たく忌々しい牢獄に押し込められ、まるで罪人のような扱いを受けている。


 こんな状態が始まったのは昨日の夜。私達は未来都市から他の参加者に気付かれないように、こっそりと簡易移転陣を描き、ひっそりと移転魔法を発動して脱出するところからだ。

 結果から言えば、それは失敗に終わった。

 理由は分からない。分かっている事は、移転魔法を発動後私達は気を失い、目が覚めた時にはこの鉄格子のなかに入れられていたという事だけ。

 そして失敗の原因は、いま鉄格子の向かい側で座り、私達を観察するように眺めている五人の人物達。彼等のせいで失敗したと思って間違いないはずだ。

 なんてたって、彼等は私達の敵である『他参加者』なのだから。


「どうした、手が止まっている。早く食べないと冷めてしまうぞ?」

「味見しました? コレ、元から冷めていましたよ」


 上半身裸のゴツイ身体をした男に、せめてもの抵抗とばかりに強い口調で言った。

 男の名前はミカエル・カリス、レベル九五。彼のベースは『狼犬』という生物。彼等チーム『地獄獅子』のチームリーダー。あまり表立った行動はせず、緻密な戦略と作戦を立てることでここ数年生き延びていた。


 ミカエルの後ろで白いボードを叩く、纏められ先端が扇状に開いた青く長い髪を持つ女性。

 軍服に似た黒いワンピース姿の少女の名前は『モーリス・デルフィーヌ』、レベル八七。

 彼女のベースは『海豚』という生物。彼女と目が合うとにっこり笑ってきた。


 モーリスの持つボードを興味有り気に覗き込む女性。

 銀色のショートに切り揃えられた髪を持ち、濃い緑色の軍服を羽織る彼女の名前は『フィル・リンクス』、レベル九四と彼等の中で二番目に高い。

 彼女のベースは『山猫』という生物。尖った長い耳が、頷く動作に連動してピコピコと動いている。


 壁際に背を向け、腕を組み瞳を閉じる根元が赤く、先にいくほど緑色になるオーロラ色の髪を持つ女性。瞳を閉じているが、油断ならない気迫と鋭さが遠くから見ても分かる。

 黒い軍服がさらに深みを増している彼女の名前は『ラムダ・ラケルタ』、レベル九二。

 彼女のベースは『大蜥蜴』という生物。


 唯一この中で見た覚えのある少女、木造の扉の前に立ち、手を後ろに組んだ状態のジャト・アクイラ。

 初めて見た時と変わらず全身を覆い隠すマントで身を包み、私達全員を監視するように目を動かしている。マントの奥からはちらりと『AK-64』という、鉄と木製で出来たライフル銃を確認することも出来た。あの武器は以前会った時は持ってなかったが、恐らく移動速度を上げるためにあえて持っていなかったと思われる。


 彼等の固有能力は全員同じく『超獣化』と表示されているのだが、この能力の具体的な判断は難しい。

 固有能力『超獣化』とは、簡単にいえば彼ら獣人のベースとなる生物の力を強化、応用、改造させる能力。故にベースの生物がわかったところで『超獣化』した際どうなるかはまた別の話だと言うことになる。能力名がわかったところで対処できない例外の一つと、私は考えていた。


 しかし、この部屋の中で一番気になるのが、部屋の隅に立っている者達。

 彼等のレベルはさほど高くない、私でも倒せるくらいだ。チーム名も表示されない事から、彼等はチームメイトではない。ミカエル達と共にいる事から、彼等の協力者。つまりは、私達の仲間である組織ジーニア・ズの者達と同じと考えるのが普通かも。

 ミカエル達も私達と同じことを考えていた、と言う事か。


 それに、ここが地底都市で、彼等チーム『地獄獅子』がいると言う事は、彼女(あの子)もまたここにいるのかもしれない......。


「さて、もう食事はいいだろう。そろそろ貴様らの持っている情報を、全てオレ達に教えろ」

「その見返りは何ですか? ないのなら、僕達から話すことは特にありません」


 ジョンが抵抗するように言うと、ミカエルは口を大きく開き「ハッ!」と笑う。

 威嚇するように鉄格子を叩き、ジョンを高身長を活かして見下す。


「どうやらこの小僧は、いま自分が置かれている状況が理解できないらしいな! いいか、オレ等が参加しているこの『ゲーム』は......いや、これはゲームと言う名の各都市の『戦争』だ。命を懸け、自身の持つ領土と仲間を守るための戦いだ! 戦いに必須なもの、それは情報。特に、刃を向ける相手の情報は格別に美味いものだ。その美味しい料理を持っているのが貴様らであり、そんな貴様らをいま捉えているオレ等は、言うなれば貴様らにとっての上位者ということだ。つまり、上位者である者の言う事は素直に聞いたほうが身のためだと、理解したほうがいい。でなければ、痛い目に合うことになるぞ? しかし、子供相手にこんなことを言っても、無駄だろうがな!」


 ミカエルは鉄格子の外で余裕そうに高笑いする。少し腹が立つ言い方だが、彼の言っていることはもっともだ。

 私達は囚われている。私達を取り囲むこの鉄格子もただの鉄ではない。単なる鉄素材程度ならばワスターレの剣技で切り裂くことが可能だが、この鉄格子は対ゲーム参加者用の強固な素材で出来ており、何重にも防御、強化魔法が施されている。破壊して逃げる事は不可能だろう。

 この場所が本当に都市内ならば、彼等は私達に危害を加えられない。だが、こう捉えられていては、彼等の要求を飲まずには入られない。でなければ、この状態のまま都市外に出され殺される。もしくは、放置され餓死させるなどが考えられる。


 こうならないために、捕まる前に逃げていたのに。これは、本当にまずい事になってしまった。


「そんなこと、ジョン君は知っているよ~。それに、君らがオレ等にやったこともね~」


 ソウジが器をスプーンでリズミカルに叩きながらユリアーナに目配りする。

 視線に気付いたユリアーナは持っていた器を床に置き、小さく舌打ちをした後ゆっくりを口を開いた。


「......ボク達がこの場所にいる理由は簡単だ。クリエットが使用した移転魔法の座標変更。たぶん、ボク達はずっと君らに監視されていたんだろう。気付かれないよう、ボク達がいない間に移転陣に細工を施した。細工をした者は、あなた達が未来都市にスパイとして送り込んだ者。つまり、この部屋の片隅で者達と同じ、あなた達が購入したこの都市の労働者。そして意思とは別の場所へ移転してしまったために、激しい移転酔いがボク等を襲い、移転後に気絶した。辛うじて起きていたアリシアが聞いた会話から推測してみたけど、まず間違いないはず」

「それとですね、僕は何にも間違ったことを言っていませんよ。あなた方は僕達が持つ情報が欲しいのでしょう? 僕達が捕まっていることなど関係ありません。あなた方が欲しい情報を手に入れるには、僕らにも有益な見返りが無ければ成立しません。何せ、僕等が持つ情報は、あなた方がどれほど尽力を尽くしても手に入れることが出来ないモノですからね」


 ユリアーナに続いて自信満々にジョンが言った。

 彼の言い方が気になったのか、ミカエルが「なに?」と眉間に皺を寄せた。


「簡単な話です。僕等はご覧の通り、弱いです。ですから、まず相手は油断します。敵と判断するには、それほど上下と強弱の関係がしっかりしていますからね。ですが相手も僕達がどんな者たちなのかは知りません。アポなしで来た僕達を知るためには、実際に面と向き合い、会話をする必要が出てきます。そして、僕達が敵と判断したときにはもう遅い。僕達は逃げ、その場にはいない。今回は想定外な事態、第三者......あなた方の介入があった為に失敗しましたが、予定通りならば無事近代都市に帰還出来ていたはずです。あなた方もそんな僕等の行動をずっと監視してたのでしょう? 罠を仕掛け、実行した。結果はお見事、成功です。ただ問題は、肝心な物をまだ手に入れていないと言う事。あなた方が欲しいモノを僕達が持っています。欲しいモノを手に入れたいならば、まずは需要と供給を意識してください。僕等はすでに渡す準備が出来ています。問題があるのは、あなた達の方なのですよ」


 ジョンが最後に手を叩き「どうですか?」と問いかける。この状況をものともせず、むしろ好都合とばかり提案する彼は、まるで戦場の中の商人だ。相手の怖さを物ともしていない、もしかして怖くないのか?

 ミカエルは黙った。整えられた顎鬚を擦り、唸りながら考える。他の者達も彼の発言を気にしているみたいだ。作業を止め、ミカエルに視線を向けている。


「そうだな......情報を提供したあかつきには、貴様らを解放してやろう」

「解放するだけですか? でもどうせ放してすぐ、僕達を殺すんですよね? このゲームの勝利条件は、全てのチームを全滅させることですから」

「うむ、確かにゲームでの勝利条件はそうだ。しかし、オレ様はゲームの勝利にはこだわっていない」

「でしょうね、知っていましたよ。貴方のような方は一見すると凶暴で恐ろしく、利己主義的な考えを持ち、この『ゲーム』に積極的だと思われそうです。しかし、本当はそうではない。貴方は誰よりも仲間想いで優しく、情に厚い人なのでしょう。そんな鬼面仏心な貴方が行いたいのは、よりこの世界で生きやすくするために必要な事、つまり争いの火元である『このゲームと参加者のコントロールを得る』ですね?」

「......何故それを? まさか、オレ達に気付かれず何かを使用したのか?」


 ミカエルは背後にいるモーリスに目をやるが、彼女は首を横に振った。

 当たり前だ。私が召喚した彼等は魔法や魔術を使用するのに必要な魔力を持っていない。使用なんて出来るわけがない。いくら調べたところでステータス以上の情報は出てこない。

 ......彼等の頭の中にある情報以外は。


「顔に書いてありますよ。それに元々、あなた方は僕等をどうこうするつもりもないのでしょう? 殺そうと思えば移転先を都市外に設定し、移転後の無力な僕達を始末すればよかった。しかし、しなかった。理由は簡単に思いつきます。あなた方は情報さえ手に入ったらあと、僕達を放す。また僕達が情報を手に入れたら、捕まえて聞き出し、また放す。それがミカエルさん達がやろうとしていること、ですよね」


 ミカエル達はジョンの言葉に何も答えず、ただ黙っている。これはまた、彼の言ったことが当たっていたみたいだ。

 ジョンが再び手を叩き注目を集めた。


「以上の事から、あなた方が欲しいモノを手に入れるには、僕等の利益を優先させる他に無いですよ」

「......貴様らの手足を一本か二本を折る、もしくは一人ずつ尋問してでも口を割らせようとするかもしれないぞ?」

「それは、あまりオススメしませんね。拷問のせいで記憶があいまいになってしまい、うっかり嘘の情報を教えてしまうかもしれませんよ」


 ジョンの反射的な返しに、ミカエルはその大きな口を全開にして笑った。


「ガハハハッ! ああ言えばこう言う小僧だな! 面白い、気に入った」

「ありがとうございます。では手始めに細かな話をしたいので、この牢から僕達を出してくれませんか?」

「うむぅ、それはどうするかだな。貴様らを簡単に牢から出しては、直接都市で工作を行った者達の苦労がふいになってしまう。それはいけない。まず、貴様らを牢から出すに値する情報(モノ)を......」

「じゃあこっちからは、チーム『ドラゴンズフォース』の者達それぞれの固有能力名とその力の詳細、てのはどうかいな~?」


 ソウジが口を挟むように、ミカエルに提案を持ちかける。しかも彼が持ちかけたモノは、私達が手に入れた最新の情報だ。

 牢から出るためとはいえ、いきなりそんな貴重な情報を与えてもいいのだろうか、少し疑問がある。

 ジョンは目を丸くして掃除を見つめるが、すぐ微笑みを浮かべ肩をすかした。

 ミカエルは先ほどとは違い、考える様な渋い神妙的な顔をした。しばらくして迷彩柄のズボンから大きめな鍵を取り出し、そのまま牢についた鉄格子の扉を開ける。


「いいだろう、それが条件だ。出ろ」

「カリス将軍!」

「いいんだ、モーリス大尉。いま重要なのは小僧の言う通り、オレ達が知る事が出来ない情報の入手だ。手に入らなければすべてが無駄になる。例え泥水を啜ろうとも目的達成に全力を尽くす、それが軍人だ。そうだろう、大尉」


 モーリスは釈然としないといった表情を浮かべつつ「......了解しました」と言い、頭を垂れた。

 彼等を見て思ったが、どうやらこのチームにも上下関係があるみたいだ。そしてトップが彼、ミカエルだろうな。


「では貴様らに、この都市での自由行動を許可しよう。しかし、分かっているとおもうが......」

「心配しなくとも大丈夫です。ちゃんと情報を教えますよ」


 ジョンがにっこりと笑い、ミカエルの言葉を遮るようにして答えた。私のチームは扉が開いてすぐ、何の躊躇もためらいも無く牢獄から出た。

 牢屋の外にいた者達からの視線が彼等に集まる。

 そのままソウジ達はさらにこの部屋の扉を開け出て行った。


「......チーム『場違い』の召喚者クリエット、少し待ってもらえるか?」


 ミカエルの横を通り過ぎる前に私の歩みを止めた。

 彼の顔は初見時と同じく凶悪で恐ろしい。その顔が私の目前にまで近づく。葉巻の煙が顔全体を覆うように広がり、同時に何とも言えない独特な臭いが鼻にまとわりつく。


「君とオレ達とは敵同士だがこれだけは言わせてもらう。奴等はオレ達が思っている以上に、もしくは君が考えている以上に、強い。おそらく魔法や魔術、能力を使用出来ない者が到達する、最高潮の域だろうな。力が無いこそ手に入れた力、というものか」


 ミカエルは咥えていた葉巻を外して、ゆっくりと息と煙を吐いた。

 彼は腕を組みこちらに背を向け「それとな」と付け加える。


「これは忠告だ。気を付けろ、あぁいう輩は目的達成のために手段を選ばない。例え君という飼い主にも問答無用で歯向かい、裏切り傷つけ、利用するだろうさ。そう、君が一回目(・・・)に召喚した者達のようにな......」

「そうかもしれませんね。御忠告、感謝します。ですが大丈夫です。私は彼らと共にこの『ゲーム』を勝ち抜くと決めましたので。それと、あなたが思っている以上に、彼等はいい人達ですよ」


 ミカエルは鼻で笑う。そんなことを気にせず、私は後ろのワスターレと共に部屋を出る。

 出た瞬間、空気が暖かくなるのを感じた。あの部屋自体に何かしらの魔術的な結界が張られていた可能性があったのかもしれない。試しに眼を使用しようかと考えたが、やめた。すでに出た後だ、気にしても仕方がない。


 部屋の外はすぐに階段があった。上に登る階段だ、ここは言うなれば私達がいたところは地下牢的なところかな。


「あの子、元気かな......」


 後ろをついて来ていたワスターレに聞いたつもりだったが、返事は息を吐く空気の音だけだった。いつも通りで安心した。もし返事が返ってきたら、それはそれでどうしようか困っていたけれどね。


 一言「行きましょうか」とワスターレに再び声をかけ、階段の段差に足を乗せ上がっていく。






 …………






 地底都市フィクレニス。

 どの都市よりも太陽の光が届きにくく年中夕暮れのような明るさで、どの都市よりもロマンチックな場所としても知られている。よくこの都市でプロポーズを受けたという話も耳にする。

 やはり、私達はフィクレニス城の地下に監禁されていたみたいだった。地下から出てすぐに記憶にある廊下と風景が見え、懐かしの光景に胸を撫で下ろす。


「美しい、場所だなぁ......」

「えぇ、私の好きな景色の一つです」


 同じく外を眺め、ペンを走らせていたロディオに言った。

 監禁されて、約一日ほど経ったのだろうか。窓の外から見た風景に日はもう見えず、広がる街々を徐々に暗闇に覆われつつあった。


「なんだか妙に暗いわね。周りが山に囲まれているから?」

「......違う、前に教えただろう。この世界の地上は何層かに分かれていて、この都市が一番下の層に存在するためだと。ちなみに、未来都市は最上層、ボク達の拠点となる近代都市は二層目に位置する層、遺跡都市が三層、そして、天空都市は最上層のさらに上空にある......と」


 ユリアーナの説明が入ったが、教えられたアリシアが「そうだっけ?」と首を傾げる。

 アリシアが戸惑うのも無理はないのかもしれない。どうもユリアーナの言った通り、私が生きたこの世界は彼等の世界とは違い、地上が複数に分かれていないみたい。それはつまり段差が無く、全てが平坦だということなのだろうか。

 疑問はあったけど、ユリアーナに聞くと長くなりそうなので考えるのを止める事にしたっけかな。


「......どうやらこの都市はクリエさんにとって、何やら特別なものがあるようですね」


 後ろからジョンの声が聞こえた。振り向き「そうですね」と答える。

 隣にはソウジが、彼の頭をポンポン叩いていた。


「この場所は私にとってある意味、現代都市に次いでの故郷ともいえるところでしょうからね。その理由は......」



「おぉぉねぇぇぇぇぇぇぇぇぇさぁぁぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁあああんっっ!!」



 廊下の奥から床を叩くリズミカルなヒールの音と、懐かしの声が聞こえてきた。

 声と音は徐々に近づいてきて、そのまま横腹へ痛みと共に届いた。


「お姉さま、お姉さま! お久しぶりです、クリエお姉さま!! 以前お会いした時よりも年とった顔してますが、大丈夫ですか? どこか具合が悪いのですか? 何なら今から私の部屋のベッドで寝ますか?」

「ひ、久しぶりね......ロゼ。心配しなくても大丈夫よ。あなたは逆に相変わらずなのね」


 空いた脇にタックルをかましてきた存在。この者がこの地底都市を第二の故郷というべき理由と言えるだろう。

 そして、個人的に会いたくもない存在でもあり、元気な姿を見たいとも思っていた存在でもあった。


「ごめんよ、クリエちゃ~ん。その元気な子は、どちら様ですか~い?」


 ソウジが笑みを浮かべて言った。妙に察しの良い彼が気になるのも当たり前か。

 彼女は私と同じ形状の青いドレスを着て、赤い髪を持っていた。今までの都市訪問の経験上、気が付くのも無理はないだろうな。

 彼女の両肩を抑え退かし、私のチーム全員に見えるように立たせる。


「そうですね、ロゼ。みなさんに挨拶なさい」


 赤髪の少女ローゼンは「はい」と元気よく頷き、瞳を閉じて指を胸元で組み、小さくお辞儀をした。


「みなさん、初めまして。私の名前は『ローゼン・フィクレ二ス・ムートレア』と申します。どうぞ、ロゼと呼んでください。そして......クリエお姉さまの妹になります!」


 ローゼンは両頬に手を当て照れくさそうにクネクネと動く。

 彼女の言った「お姉さま」という言葉に反応したのか、私のチーム全員がこっちに顔を向けた。この事はあまり話したくなかったが、こうなっては仕方がない。


「あの、クリエちゃ~ん? マジでその子って......」

「......はい、そうですよソウジさん。この地底都市を代表するチーム『地獄獅子』の召喚者であるロゼは、私の腹違いの妹です」


 そうだ、彼女ローゼンは私の妹。いや、妹だったと言うべきか。

 私達は三人姉妹だった。兄もいるが、アイツの事はどうでもいい。妹は今回のゲームが開始してすぐ、養子として地底都市フィクレニスへ送られた。

 当時の私はショックだった。それが例え、足りない要員を他の都市から補充するという、都市国家を持つ者同士のルールだったとしても、私は納得がいかなかったな。

 そこの事で数日間拗ねたことはみんなに黙っておこう。



「おー、なんだ。もう会っちまったのか。感動の再会をさせようかと思ったが、しかたねぇなぁ」



 ミカエルの声が聞こえた。振り向くと他にも彼以外のチームメイト四人がいた。

 彼の両腕には山猫のフィルに、反対には海豚のモーリスがくっ付いている。その後ろに背をまっすぐに歩く大蜥蜴のラムダと、頭の後ろに手をやり外を眺めて歩くジャトがいた。


「あー! ミカちん達どこいたの、今朝からずっといないから探してたんだよ!」


 ローゼンは頬を膨らませわざとらしく大きく足音を立てながら、ミカエル達に迫っていく。ミカエルも目の前に来た彼女に「悪い悪い」と宥めるように頭を優しく撫でる。


「お詫びとして今度プリンを買ってきてやるから、許してくれよな」


 ミカエルの提案にローゼンは少し考えてから「......遺跡都市限定の『どっぷり甘々キャラメルプリン』しかイヤよ」と注文に付け加えた。

 私よりも一つ歳が違うのに、彼女はまだお子様みたい。この事も以前と変わりなくて安心した。


「それで、クリエお姉さま。銀騎士のワスターレさんはご存知ですが、その他の金魚のフン共はどちら様でしょうか?」


 ローゼンは振り向きざまに私のチームを罵倒した。この性格も相変わらずなのか。

 彼女の発言の後ソウジが頷きながら「あぁ、妹だね。納得」と呟いた。何をどう判断して妹と納得したのか分からないが、彼女の暴言についてはそこまで気にしていないみたいで安心した。

 眉間に皺を寄せ、睨むようにソウジ達を見つめる。

 私の隣にいたソウジが小さく手を振りご機嫌をとろうとしたがかえって毛嫌いさせたらしく、ローゼンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「えっと......ロゼ、彼等は私が召喚した『参加者』ですよ」

「えー、その人達『参加者』だったのぉ? あんまりにも弱そうだから、お姉さまの新しい使用人かメイドカト思ったわ」


 ローゼンはそう言いながら、右手を前に突き出し魔法を発動させる。彼女が発動させた魔法は『ステータスチェック』という、ごく一般的な能力測定魔法。ある程度魔力がある者ならば誰だって使用可能だが、その程度の魔力さえ私のチームの者は持っていない。

 調べるにつれ、最初は面白がっていたが徐々に顔色が悪くなり、最終的には。


「なにこれ......クソ餓鬼以下の雑魚じゃないの。でも所属チームはあるし......本当だとすると、これほど酷い『参加者』は過去に類を見ないんじゃないの?」


 ローゼンは最後に「逆に心配になってきた」と言い、発動させた魔法を止めた。

 彼女はしばらく考えるように右手で口元を隠しながら、私達に聞こえないようにブツブツと呟き、そして頷いた。


「......お姉さま。もしよろしければ、彼等を少しお借りしてもよろしいですか?」


 先ほどとは違い、真面目な顔をしたローゼンが言った。

 彼等に何か話すことがあるのだろうか。少し迷った後、ローゼンを信じて「いいですよ」と答える。ミカエルとの会話で彼等の無事はある意味保証されているし、ソウジも笑顔を浮かべこちらに頷いている。彼の事だ、危なそうだったら露骨に嫌な顔をするだろうけど、その表情を浮かべてないから、恐らくは大丈夫だと思う。......思いたい。


「では残った召喚者クリエットと、ワスターレだっけか。二人には部屋を案内させよう。どうせ数日はこの都市に居てもらうからな。案内は......ジャト、お前に任せる。フィル、ラムダ、モーリスはオレと一緒にローゼンと彼等の話に加わろうか」


 ミカエルが指示を出すと、控えていた全員が同時に敬礼した。


「じゃークリエットにワスタ―レさん。このジャトちゃんが部屋へ案内するよー」


 ジャトは笑顔でマントの中から手を伸ばし、道を指し示す。

 頷き、先行く彼女の後に着いて行く。少し進んで後ろを振り向くと、ソウジと目が合った。彼は手を小刻みに振り、その後親指をグッと立てた。

 彼の仕草に何故か安心した。微笑みを返して視線をジャトの方へと戻す。


 それにしても、ローゼンは一体何を話すのだろうか......。

 ミカエルも共に行動するという事だから、チーム『ドラゴンズフォース』の情報を提供するのは間違いないだろうけど。出来れば一緒にいて、聞いていたかったな。


 徐々に話し声が遠くなる。少し不安がよぎるなか、私は彼等と離れた。



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