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場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第二章 他の参加者と他の都市
40/47

34 未来都市 三日目(後)



 みんなと近場の図書館を出た帰り。

 日はまだお空を漂い、落ちてくるまで時間がありそうだった。


 街を歩いている私――アリシアとクリエット、ワスターレ。そしてレイル、アーセル、ミリアの三人。

 この奇妙な都市は多種多様な動きがあり、見ていて飽きはしないが、少しばかりもの寂しさもある。


 図書館も凄かった。というか、図書と呼べるのか疑問を覚えるほどに画期的だった。

 本などの書物的な物は無く、全てが電子化されていた。ヘルメットみたいなものを被り、知りたい情報を思い浮かべると、情報の返答が頭の中に勝手に入ってくる。目は開けたままなのに、瞳の奥で別の映像が次々と流れ、耳の奥では知らない女性の声が聞こえてくる。知らないワードが出てきても、考えるだけでその不明なワードを自動的に説明してくれる。


 あの装置、便利なのはいいんだけど、ずっと付けていると頭が痛くなってくる。丁寧に解説して教えてくれるのはいいが、自分が理解するのに少しばかり時間が掛かってしまうため。結局のところかなり時間がかかってしまった。そう思うと、どうして私を図書館に行かせたのだろう。それも、他のチームの人達と一緒に......。


「う~ん......あの頭につける変なののせいで、まだ頭がぐわんぐわんするにゃ~」

「あはは、アーセルは日ごろ使ってないところだしね。大丈夫、きっとすぐ元通りになるよ」


 アーセルが頭を抑えむぐむぐと文句を言い、レイルは彼女の隣で笑いながら慰める。本当に仲が良さそうな二人だ。元の世界でほとんど共に行動していたと言っていたけど、更に隣の召喚者ミリアも楽しそうに笑っている。

 彼等のチームは楽しそうでいいな。こっちのチームは変な人が多くて、たまに居づらさを感じてしまう。


 レイルも昨日見た時と変わりなくてよかった。

 今朝、城を出る直前にレイルは起きてきた。どうも悪い夢に魘されて起きるのが遅くなったらしい。起きるのが遅くなるほどの夢とは、逆に気になるのだが、残念ながらはっきりとは覚えていないみたいだ。微かに覚えているのは、男性が女の子をいじめる夢だった、と彼は言っていた。思っていたよりも悪趣味な夢だ。


 女の子と言えば、『ドラゴンズフォース』のリコはまだ眠ったままだった。

 彼女もまた、変な夢でも見ているのだろうか。もしかして、あの城には悪い夢を見せる亡霊が住み着いているのかもしれない。そう考えると、今日で退散は助かったわね。

 あれ、昨日クリエットが二日って言ってたわね。もしかして、一日延びた?

 ま、そこは、後で聞きますか。突然の予定変更は、あのソウジ達にとって普通だからね。






 …………





 城に着くころには昇っていた太陽も落ちてきていた。日のある方向は私達の足元、つまり私達は傍から見ると直角に立っていることになる。地形が球型だからこその現象みたい。


「オレ達はまた話し合うから、また夕食にな!」


 レイルが笑顔を浮かべて言った。隣にいるアーセルが手を振り、ミリアは小さくお辞儀をした後、別々の部屋へと戻って行った。

 私達も図書館で得た情報を整理する、と言う事で部屋に行くことになった。

 情報と言っても、だいたいがユリアーナ博士が教えてくれた内容だった。つまり、すでに知っている情報がほとんどで、あまり意味をなさない知識ばかりだったわけだ。新しい情報を強いて言えば、この都市の前回『参加者』の一人がゲームから失踪したと言う事くらいだ。そんな簡単に逃げれるのなら、私も逃げたいわね......。




 部屋にはジョン少年達はいなかった。

 まだ研究所にいるのか、もしくは別の部屋にいるのか分からない。一瞬電話でもしようかと思ったけれど、面倒だったからやめた。どうせ何かあったら向こうから電話をかけてくるでしょうしね。

 真っ先にベッドに腰かけ、天井に向け息を吐いた。


「ソウジほどじゃないけど、この都市の街を歩くとなんか眩暈がするのよね」

「そうですね。この都市は球型をしていますし、少しずつ回っていますのでいつもと違う感覚がしますね。どこか出かけるときは気を付けないといけませんと」

「そうそう! なーんか変な感じがするし、道が分かりずらいのよね。こんな街じゃ迷子になっちゃう!」

「......ですよね」


 どうやらクリエットも同じ気持ちみたいだ。顔を引きつったような笑顔で同意してくれた。


「ところでですが、これから大広間の方へ行こうと思っているのですが。アリシアさんはどうしますか?」


 大広間と言えば、今朝や昨日の夕食で食事をとった部屋だったっけ。


「なんか用事? 戻って来て早々だけど、何かあるの?」

「いえ、ただソウジさんを少し探してみようかと思いまして」


 ソウジか。そう言えな、彼は外には出れないから残るって言ってたわね。

 みんなもまだ戻り感じはしなさそうだし。彼女の言う通り、もしかしたらソウジがあの部屋にいるかもしれない。行ってみる価値は十分ね。


「そうねー......。んー、なら私も行こうかな。どうせ暇だし」


 ベッドから降りて背伸びをする。疲労はまだあるし、歩きっぱなしだから足に多少の痛みもあるが、この程度なら大丈夫。


 さっそく扉を開け、部屋を出るが、出てすぐクリエットが「忘れ物しました」と言ってワスターレと部屋に戻って行った。いつも用意がいいのに、彼女にしては珍しい。

 扉の前で「わかった、なら先に行くわね」と少し大き目な声を出す。扉の閉まった部屋から「わかりました」と聞こえた。

 そう言いつつも、少し部屋の前で待ってみた。しばらくして部屋から何か探すような物音が聞こえてきた。忘れ物と言っていたけどそれは何かの口実で、本当は別の目的があったのかもしれない。ただ、例えその考えが当たっていたとしても、私には手伝えそうにないわね。だって、もし手伝えるなら、手伝ってと言われるから。


 何度か自分を納得させるため頷いた後、扉から離れ、言った通りに先に広間へと歩いて行......こうとして立ち止まる。

 立ち止まった理由は一つ。「そういえば、大広間ってどっち方向だっけ?」と思ったからだった。






 今朝とは違い、テーブルや椅子が片付けられた大広間は、だだっ広いだけの部屋になっていた。


「ソウジはこの部屋にもいませんね」

「みたいね。やっぱりアイツの事だから、みんなに黙って街に出たんじゃないの?」

「残念ですが、そうですねとは言えませんね。彼は高いところが苦手だったはずでしょうし、それに城でやることがあると言ってもいましたからね」

「そう。なら、この城のどこかと言う事ね」


 クリエットと一緒に笑いながら肩を竦めた。

 結局のところ、部屋を出てから道が分からず、準備が終わったクリエットと共に行動することになってしまった。彼女は私がいる事に驚くかと思ったが、何も変な事を言わず「お待たせしました」と笑顔で先導してくれたのはよかった。

 道に迷ったなんて知れたら年上の女子として、非常に情けないからね。




 大広間から出て次に向かったところは、始めてヴァン達と対面した大きめな部屋だ。

 階段の様な段差の一段一段に設置された各色の椅子。階段の頂上は黒と黄金の煌びやかで大きな椅子。赤いカーペットが敷かれた床も相まって、私にとって印象的な場所だった。

 部屋の前に着いてすぐ、何か音が聞こえた。音の正体は、笑い声や物を叩く音。


「......ここにいるわね」

「そうですね」


 顔を向き合うクリエットの頷きに確信する。ソウジはこの部屋にいる。よく聞くと、彼の声も聞こえなくはなかった。しかし、何を話しているかまでは、扉越しでは聞き取れない。

 クリエットが数度扉をノックしてから開ける。


 大きめな部屋の形状は、初めて来たときとあまり変化はなかった。段差があり、各色の椅子が置かれ、赤いカーペットが敷かれている。ただ違いがあるのは、段差の下、つまりは段差がない平地にテーブルが置かれ、そこに四人の影があった。

 一人は片肘をつきながら、もう片方の手でグラスを回す色黒の男性、ヴァン。

 彼の左隣で目を閉じ、口を少し上げ笑みを浮かべている色白の女性、ミナ。

 彼の右隣でテーブルを手で叩きながら笑う女の子、リコ。

 さらにリコの隣、背筋を伸ばしティーカップに口をつける少女、召喚者であるエミューもいる。

 彼等の正面に座り、腕を大きく動かしリアクションをとっている男性、残念な我らがチームリーダー、ソウジがいた。


「おっ! クリエちゃんにアーちゃん、それにワスタっち。もう帰って来たのか~い?」


 私達に気が付いたソウジがこちらに手を振るう。


「こちらにいましたか、ソウジさん。とても楽しそうで何よりです」

「いやいや~、待っている間は暇だったからね~。それに、彼らと話してみるとね、以外にも気が合うところが多いってわかったんすよ~」


 彼等のいるテーブルに歩を進めるクリエットと私に対し、ソウジはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべる。手慣れた様に無駄に多いズボンのポケットから白いカードを取り出し、白い椅子を三脚生み出した。あのカードって、食べ物や飲み物以外も出せるのね......。

 ソウジが創った椅子に座る。

 座ると同時に正面にいるヴァンから痛いほどの視線を感じた。

 私は、正面にいる彼等が苦手だ。どうも上から目線でこちらを見ている気がして、はっきり言ってムカつく。

 私は見下されるのが嫌い、つい抵抗したくなってしまうから。


「こんにちは、リコさん。今朝は見かけませんでしたが、体調が優れなかったのですか?」

「心配ありがとう、でも平気だよ。少し、良い夢を見ただけ。単なる寝坊よ」


 リコは上機嫌に笑う。確かに昨日見た時よりも雰囲気が和らいでいる気がする。


「そんで話を戻すけど~、君たちは優しいね。噂で聞いたよ~。アレだろ? 鍛錬とか修行とか言いつつ、都市の外に蔓延る異獣(ザコ)共をやっつけているんだろう~?」


 ソウジの言葉にヴァンのグラスを掴む動きが止まり、彼を睨みつける。隣にいたミナも同じだ、薄っすらと開けた白い瞳で彼を見つめている。


「何故、そう思った?」

「勘......と後は、カトのレベルが気になった、からかな~。彼女と初めて会ってすでに三ヶ月以上経っている、にも関わらず彼女のレベルは変わっていない。君らがもし、毎日とはいかずとも三日に一度を本気で修行していたら、少なからずレベルは一つや二つは上がってもいいはず。しかし、彼女のレベルは変化していなかった。そこから考えるに君らが相手しているのは、君らにとって取るに足らない相手と戦っている。と予想してみたんだよね~」


 ソウジは「んで、合ってるか~い?」と最後に加えて言った。

 私にはどうかは分からない。でも、ヴァン達が言い返さないところを見ると、図星のように思えてくる。結局は理由のない彼の単なる勘、なのにね。


「......それは、貴様の勘違いだ」

「ふ~ん、そうかい。でも、民の為に働くってのは、一国の王として素晴らしい行動だと思ったけどな~」


 ソウジは茶化す様に笑い、ヴァンは口をへの字にして黙る。

 これはあまりいい雰囲気とは言えない。もしかすると微妙なタイミングに私達は来てしまったのかも。この空気は、とても居辛い。


「さてさてさて、そんな話はいいんスよ~」


 勝手に話題を作って、勝手に話題を切った。

 ソウジ、あんた、いい加減過ぎるでしょ。


「オレが聞きたいのは、直球で言うよ、レイルの持つ固有能力の事なんだけどね」

「レイル......あぁ、奴か。口は達者で理想的な考えをしているが、中途半端な志しか持っておらず、滑稽で哀れな道化。奴との戦いは、オレの記憶の軌跡に刻まれる事は無いだろうな」


 不快そうに顔をしかめ、怒りを抑えるように持っていたグラスの中身を一気に飲み干した。

 本人がいないからって無茶苦茶に言うな、この色黒の男性は。


「でも、強かったっしょ~? 彼が本気になったら、たぶんアンタ、負けるぜ?」

「それは本気だったらの話だ。しかし、奴は決して本気にはなれない。目的と食い違ってしまうからだ。だから中途半端なのだ、気持ちがブレている相手に、オレは決して負けん。むしろ簡単に殺してしまうだろうな」

「なるッスね~。でも、ならどうして、あの時レイル達を殺さなかったんだ~い?」


 ソウジの次の質問に「それは」と、ヴァンは口を動かすが、すぐに止まった。

 手で口を隠し、何かを考えるように少しの間沈黙する。


「......なぜ、だろうな。あの時オレは、確固たる意志を持ち、奴を殺す気があった。しかし、殺せなかった。あのメスが現れたからではない。殺してはいけない、そんなふざけた考えがオレの中をよぎったのだ。結果、興ざめと言ったが、実際は違う。何かによって強制的に戦闘が中断された、そんな感じがしたな」


 ヴァンが呟くようにぶつぶつと言った。語った後もヴァンは下を向きつつ、片肘をついている。

 何がそんなに気になるのか、逆に私が気になる。

 ソウジは「やっぱッスか~」と口の端を吊り上げ、にやけた。


「ならもし、もう一回レイルと戦うことがあったら、今度こそ勝てそうか~い?」

「勝てる、もちろんだ。誰に言っている?」


 ヴァンが即答する。

 聞いた本人であるソウジは腹を抱えて笑い出した。


「ははは~、そうかいそうかいそうかい! 流石だよ、それでこそ王様だ」

「そういえばソウジ、さっきから気になっていたけれど。どうしてヴァンの事を王様とかで例えたりするの?」


 何か大きな音と衝撃が身体に触れ、思わず「ヒャッ」と飛び跳ねる。

 音と衝撃の出所は、ヴァンの隣に座る赤紙の女の子リコから。彼女の握り拳をつくった手でテーブルを叩いた音と衝撃だった。


「あー、えっとねアーちゃん。ヴァンはね、この世界に来る前はね、大竜帝国って国の王様だったんすよ~」

「えっ? そうだったの?」


 だからソウジはヴァンを『王様』て言っていたのか。

 ん? それだと私いま、そんなヴァンに結構ヤバい事を聞いたりしちゃった? 本物の王様なのに、勝手に疑問視してしまった。


「あ、あの私、その、知らなくって......、それで、とても失礼な事を聞いてしまって。ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 立ち上がり、すぐさま謝る。勢いよく立ち上がったせいで、座っていた椅子が倒れたが、そんなこと気にしていられない。今は自分の生命の瀬戸際なのだから。


「ふ、ふふ。そうだな、貴様は王であるオレに対して、無礼な行為を行った。これはさて、どうしたものか......」


 ヴァンは渋い顔をして、何か考えるように額を指でトントンと叩いた。

 彼の動作に自分が牢獄に入れられ、火炙りされたり、銃殺される。そんなイメージが脳裏で流れ、自然と手が震え、地味に視界も霞んできた。


「そう怯えるな、冗談だ。キングジョークだ。いまのオレは王ではなく、貴様等と平等に『ゲーム』の参加者の一人でしかならんよ」


 ヴァンはそう言い笑うが、彼の両隣にいる女性は笑っていない。むしろ、彼女たちに何かされる可能性がありそうで怖い。


「そうそうアーちゃん、彼の事は気にしなくていいさ~。どっちみち最終的には、オレ等は殺し合うんだからさ~」


 笑いながらソウジが狂気じみたことを言い出した。

 王様相手でも動じてない彼は、ある意味凄い。見習いたくはないけれど。

 そこで何故か、ヴァンは笑い出した。そこまでリアクションは大きくなく、小刻み的に笑う。


「そうだな、貴様の言う通りだ。しかしオレは、王であった事を誇りを持っている。国を守り、民を慕い、未来を導く事に。そのことが今でも心身に刻まれているのだろう。その絶対的な強者として、弱き者に手を差し伸ばしたくなる。だからだろうな、過去の遺物を排除して回っているのは、根拠はそこにあったのかもしれんな」


 グラスに赤い飲み物を注ぎ足しながらヴァンは語った。その目は何か昔を思い出すかのような、懐かしむような、それでいて寂しさが籠った瞳だった。

 ソウジに顔を向けると、彼も何か納得したような笑みを浮かべ、数度頷いていた。




 部屋の扉が古めかしい「ギィ」という音を立て開いた。


「皆さん、こちらにおられましたか......。もう食事の用意は致しましたよ」


 扉を開け声をかけたのは、彼等の執事的なポジションである人物、ギースだった。

 彼がここにいると言う事は、ジョン達も戻って来たのかもしれない。食事と言っていたが、まず部屋に戻って確認してみようかな。この場の空気から逃げたいし。


「もうそんな時間か~。それじゃオレ等も一旦部屋に戻るぜ~」


 素晴らしいタイミングでソウジが席を立った。

 この瞬間を逃すともう無理だ。私一人では彼等から逃げる事が出来そうにない、というか逃げれないだろうな。


「じゃ、じゃあ部屋、戻ろうか!」

「......待て」


 ヴァンが低めの声を出して私達を止めた。椅子から立ち上がり昂然たる態度で、悠々と近付いてきて、私の目の前で止まった。

 腰から膨らんだ不思議なズボンを探り出す。なんだろう、何か怖い。


「これを、使うがいい」


 ヴァンが取り出したのは、可愛らしいピンクのハンカチだった。

 少し涙目だったのを彼にバレたみたい。

 それで、使えと言われても。彼の後ろから覗く、三人の女性の視線が怖い。でも、使わないと、王様の命令だし。うぅ、頭が痛くなってくる。というか、なんでハンカチの色がピンクなんだろう。しかも端っこには花柄の刺繍もされている。これは確実に誰か、しかも女性からのプレゼントだ。


「あ、ありがとうございます王様。でも、持ってますから......」


 笑顔を浮かべ、誤魔化しながらクリエットから貰ったよく入るピンクの腰付けポーチを探る。しかし無かった。そう言えな昨日、ジョン少年に渡したままだった。

 背中に何かが当たった。視線を向けるとクリエットが青いハンカチを手に持って微笑んでいた。


「ほ、ほら、大丈夫です!」


 すぐさまクリエットから貸してもらい、ハンカチをひらひらさせる。

 ヴァンは「そうか」と鼻で小さく笑う。しかし、まだ女性陣の視線があってキツイな。


「うんじゃ、もう行こうかいな~、アーちゃん達」


 扉を開け、ソウジが手招きする。


「では王様。また後で、ですね」

「あぁ、夕食にな」


 手を振り、ソウジが開けていた扉から部屋を出る。続けてクリエットとワスターレもついて来た。

 視線を部屋に戻す。彼等はまた席に座り、何か話しながらグラスに入れた透明な飲み物を飲んでいた。






 三人で歩く際中、私たちが使用していた部屋の前で、偶然にも戻ってきたアジョン少年とユリアーナ博士、そしてロディオ絵師と出会うことが出来た。


「やぁやぁジョン君たち、お帰りね~」

「はい、今戻りました。なかなか面白い工場でしたよ、ですよねロディーさん」

「あぁ......、だが『俺の絵』には、なれそうになかったがな」


 ロディオ絵師が帽子の唾を掴み、薄く笑った。かなり悲観的な気味な笑みだった。

 彼の言う『自分の絵』とは何なのか、自分が効きたい気分だ。


「チッ! ......それで、準備は出来ているのか」

「はい、そうですね。部屋を出るまえにだいたいの事は終わりましたよ」


 腕を組み、眼鏡を直す仕草をするユリアーナ博士の疑問的な言葉に、アリシアは笑顔で丁寧に返す。

 準備とは何なのか、それはどうせ直に分かる。いつもそうだ、私の知らない間に彼等は何かをやっている。そんでいつの間にか作業は完了し、それでいつの間にか事は終わっている。私には一言も、何も言わずに。


「さっすがアーちゃ~ん。ならさっそく、行こうかいな~」

「それがいいと思います。僕はここの人達の事、少し苦手ですので」


 ジョン少年が苦笑いをして言った。

 そういえば、昨日ジョン少年は赤髪の女の子リコと喧嘩してたっけかな。あの時なんとか、手が出る前に仲裁に入れる事が出来たけれど、喧嘩しっぱなしっていうのは良くないわよね。

 うん、よし。ここはお姉さんっぽくいこう。


「ジョン君!」

「は、はい!? なんですか、アーちゃん」

「今からリコちゃんのところ行って、仲直りしよう!」


 ジョン少年の手を引っ張り走り出そうとしたところ、空いていたもう片方の手をソウジに捕まれ止められる。


「アーちゃんアーちゃん。残念だけどもう時間だから、また今度にしよ~ね」

「でも、でもこのままじゃ、なんか、ジョン君が嫌じゃない?」

「かも、だけどね~。けど当の本人は、ビミョ~そうっすよ」


 ソウジが指で差す方を見ると、これまた本当に微妙な表情を浮かべるジョン少年がいた。その何とも言えない顔に思わず「ごめんね」と彼の手を離す。

 ジョン少年は「大丈夫ですよ」と手を振って笑うが、この笑顔も無理につくっていそうだった。

 そんなにも、リコちゃんの事が嫌いなのか。


「......用事がないなら、もう行くぞ」


 ユリアーナ博士が注目を集めるように、部屋の扉をノックしながら言った。


「そうですね。まだ気づかれていませんが、動くなら今が絶好の機会でしょう」

「クリエの言う通りだなぁ......。こんな廊下の真ん中で騒ぎ立てても、無駄に時間を費やすだけだぁ......」


 ロディオ絵師が言い、先ほどユリアーナ博士がノックした扉を開き、部屋に入っていった。彼につられるようにユリアーナ博士とクリエット、ワスターレも部屋に入る。

 長く静かで、少し黄色がかった廊下には、もう私を含め三人しかいない。


「皆さんは準備が出来ているみたいですが、アーちゃんはどうしますか?」


 何をするのか全くの不明だが、どうせ私に必要な準備など無い。ジョン達が何かをするときはいつも、すでに準備は終わっているのだから。

 ため息が出る。あまり気が乗らないが、これもチームのためだ。


「わかったわ。仲直りは、また後にしましょう」

「はい、理解が早くて助かります」


 笑顔でジョン少年は言った。部屋の前でソウジが扉を開け、親指で中を指していた。

 ソウジを通り過ぎる前に、なんかムカついたため腹に一発入れてから部屋へと入った。彼は扉を背に腹を抱え悶えている。いい当たりだったみたい、今日は運が良い。




 部屋の中には、先ほどクリエットといた時とはまるっきり違っていた。

 まず、部屋の床に魔法陣が描かれている。こんなのいつ描いたのか覚えがない、けど、この魔法陣の形には見覚えがある。これはいつも移動に使っている......えっと、何だっけ?


「これは『移転陣』......ですか?」


 ジョン少年の問いかけに、クリエットが「はい」と頷いた。

 そうだ『移転陣』だ。

 しかし、青色のペンか何かで描かれたソレは、いつも見ているのと少し違う。具体的に何て言えばいいのか分からないが、省略されているみたいだった。普段のはもっと、陣の周りには文字や記号がたくさんあったり、複雑そうな線や丸が何重にも重なっているのに、今回のは違う。二重丸に六芒星と少しの文字や記号、それと真ん中に『札』みたいのが置いてあるだけだった。

 でも何でそんな準備がされている?


「あれ? もしかしてこれから、拠点に帰ったりするの?」


 魔法陣の中心に移動したクリエットが「はい」と短く言った。

 全員が当然だろうという顔をしている。どうも察するに、みんなが私に内緒でやっていた事は、帰るための準備みたい。

 でも、それくらい言ってもいいじゃなの。チームなのに、なんか釈然としないなぁ。


「前回は少し油断したからね~、今度は普通に逃げようと考えたのさ~」


 ソウジが腹を擦りながら答える。

 彼の言う前回とは、天空都市へ行った時の事かな。あの時は危なかった、あらかじめソウジやジョン少年が細工をしていなければ、今頃まだ捕まっていただろうに。その事に関しては、彼に感謝しなくてはね。


「それにしても、いつもよりスッキリしているのね」

「そうですね。今回はそこまで時間がありませんでしたので、先日購入しました『移転札』を使用する事にしました」


 クリエットが言った『移転札』とは、たぶん陣の真ん中にある札かな。始めてみる、白い紙に青色で読めない文字が書かれた札。陣の省略用に使用するのかな。


「......この札一枚では、魔法を発動出来ないのかぁ......?」

「いえ、出来ますよ」

「なら、陣を描く必要はないと思うがなぁ......」

「そうですね。ですが、直接使用すると一回しか移転が出来ず『移転札』は消滅します。それで、これはちょっとした裏技なのですが、簡易的に陣を描き、その中央で使用する事で数回に分けて使用する事が可能になるのです。それに、この『移転札』は、その、少々値が張るモノでして......」


 クリエットが言いにくそうに言った言葉に、私以外の全員が何かを察したような、納得したような感じで頷いた。

 なんか一人だけ分かっていない風は嫌なので、とりあえず「そうね」と真似て相槌をうつことにした。


「では準備はよろしいですか? これから、移転魔法を発動します」


 今度は全員が同時に頷いた。

 すでにみんな魔法陣の中に入り、これから来る振動と重圧感に備えている感じだ。

 移転魔法で発生するあの感覚は、私は苦手だ。あの感覚を例えるならば、ジェットコースターとかで急降下する時に起きる、自分の中のモノがフワッとする感覚に少し似ていた。むしろあの感覚、好きな人いるのだろうか?


 クリエットが魔法陣の中央に張られた移転札に触れながら「発動!」と声を上げた。

 しばらくして陣の文字が浮かび上がる様にひかり、身体の周りを今までにない奇妙な感覚が纏わりつく。札を使ったためなのか、いつもと何か違う。ソウジではないが、直感的にそう感じた。


「ク、クリエさん。どうも、これ......変ではないですか?」

「いえ、ジョンさん。大丈夫な、はずです。いつもと何か違うのは私も思いました。ですが『移転札』の使用方法は間違っていないはずですし、移転先もしっかり記憶しています」

「......しかし、現に何かが変だ。まず全身を覆う感覚がいつもの移転魔法とは違う。まさか、魔力が足りていないのではないか?」

「だ、大丈夫ですよ、ユリアんさん。そのことも問題ありません。昨日消費した魔力はすでに回復済みですし。それに魔力が足りなければ、移転魔法を発動する事が出来ません」

「移転陣に刻まれた文字や記号の発行する色がいつもと違うがぁ、これも問題ないのかぁ......?」

「え、えぇロディーさん......。少し色が薄いような感じがしますよね、私にもわかりません。何故でしょうか?」

「あちゃー、こりゃアカンやつですわ~」


 ほとんどの者が表情を強張らせ、周りを警戒するように顔を左右に動かす。

 クリエットに質問するその中で、最後に言ったソウジの言葉は特に印象的だった。まるで、この先の事が分かっているかのような物言いだ。また彼の予想だけど、不安になるのでやめてほしい。


 伝わる振動が強くなり、身体が徐々に浮き始める。

 冗談は言っていられない。これは、どう考えても、今までと違う。魔法が失敗したのか、それとも不具合が生じたのか。そんなこと考えたところで、もう遅い。事態は、すでに起きてしまっていた。


「どうしよう、怖い! パパ! ママ!」


 恐怖から、思わず口から出た言葉だった。

 何もかも遅い、これですべてが終わる。私の生きていた時間が、周りの光と共に、消えて無くなっていく。


 また、一人ぼっちになってしまう。


「い、やぁ......ッ!」


 私の全身は、青から黄色に移り変わる光に包まれた。






 …………






 身体を襲っていた振動と圧迫感が無くなり、残ったのはダルさだけになった。

 どうもまだ私は、一応何とか生きているみたいだ。それといつの間にか倒れてしまったようで、頬が冷たい床に付けていた。

 上体を起こし、周りを確認する。とても暗く、そして少し冷たい。こんな感覚は久しぶりだ。

 ここがどこなのか、見当なんてつくはずがないが。この場所は、私が知る拠点ではないという事だけは合っていそうだ。本当に、残念な事に。




 目が暗さに慣れてきて、周りで倒れる私のチームメイトも見えた。一人だけではない、それだけでかなり安心できた。

 他にも、遠くを見るように目を細くし、周辺を確認する。どうやら私達は、鉄格子に囲まれていると言う事も分かった。

 これはもしかして、捕まっている?


「カリス将軍。発動した移転魔法の座標変更および修正、成功致しました」

「よくやった、後で撫でてやるぞ」


 男性と女性の声が聞こえた。知らない声質だ、つまりは知らない人物。私が思うに、彼等が何かを知っているに違いない。そして、私達を捕らえたのも、彼等の可能性は高い。


 足音が近づいてくる。力強く重たい足音、たぶん男性だ。

 近付いてきた者は鉄格子の前で立ち止まる。ライターらしき物を使って火を起こし、口元に近づけ、咥えていた葉巻に火をつけた。

 この動作で相手はやはり男性だと言う事がはっきり分かった。それも、かなりの大柄の男性だ。


 剛毛な顎鬚に険しい目つき。頬には獣に引っかかれた様な三つの傷跡。吊り上げた口から見えた、ひときは大きい犬歯。火の明かりだけでは全身がはっきり見えないが、それでもよく鍛えられた肉体を持っていると言う事もシルエットで分かる。


 男は「ふーっ」と煙を吐き出し、鉄格子の前で座った。

 彼は部屋がこんなにも暗いのに、私がはっきりと見えているみたいだ。先ほどからずっと視線をこちらに向けている。

 男が口から煙草を離す。煙草の火が消えたため、また周りが暗くなる。


「こんにちは、オレ様は『ミカエル・カリス』だ」


 声が聞こえた。さっき聞こえた男性の声だ。つまり見えないが、目の前の鉄格子前で座る男性が、先ほど話していた男性だったらしい。


「ん? どうした? オレ様が挨拶したんだ、しっかり返すのが礼儀だと思っているが違うか?」

「えっ......。あっ、はい。わ、私は......ア、アリシア・ライトベアと、いう者です......」


 何故か口が震え、上手く喋れない。いきなり寒気が襲い、思わず身震いする。

 ミカエルと名乗る男は「よろしい」と言い、また新しい葉巻に火を点けた。葉巻は赤く輝き、みるみるうちに小さくなっていく。

 彼は手を招き誰かを呼ぶ。気が付けばもう一つ、彼の隣に影が増えた。


「はい、確認しました。彼女はチーム『場違い』の一人、アリシア・ライトベア本人です」


 女性の声。ミカエル同様、先ほど聞こえた声の人だ。

 彼女の容姿は暗くて見えない。シルエットしかわからないが、しゃがんでいるミカエルと同じ背からして低そうだ。長い髪はポニーテール風に結ばれているくらいは分かった。


「そうか。ではモーリス、他の者達はどうだ?」

「強制移転先変更を行った影響で、彼女以外まだ意識を失っていますが。性別や種族、レベル、人数から推測するに、当人達であると考えられます」


 女性が紙の束らしきものをめくりながら答える。

 この暗さで紙に書かれた文字を読めるとか、夜目が効く人なのかな。

 ミカエルは「よくやった」と言い、女性の頭を撫で始めた。どうも満更ではないようで、女性は連動するように身体をくねらせた。


「さて、会話を続けようか、アリシア君。そうだな。悪いがしばらく、お前達全員を監禁させてもらうぞ?」

「そ、それって......どういうこと?」


 ミカエルは何も言わずに、女性の頭を撫でるのを止め、立ち上がる。

 暗くて全くわからない。他の皆はまだ寝ているみたいだし、何より監禁とは一体どういう意味なのか。展開について行けない。


 もう一度考えてみる。

 私達はクリエットが発動した移転魔法を使って、近代都市にある拠点へと戻る。その最中、他の皆は何かしらの異変に気が付き、対処しようとしていた。私は何もわからず見ていただけ。

 移転魔法は発動し、私達はどこかに移動した。移動先は未だ分からない。気が付いた時には牢屋に入れられ、捕まっていた。

 私と同じく、飛ばされたみんなの意識もまだ戻っていない。もしかして、ずっと目が覚めないのかも。


「さて、ネタばらしをしようか」


 ミカエルは部屋全体に響く大きな声で言った。

 突如、眩いほどの照明が点けられ、思わず目を手で覆い、視界を細める。


 目が光に徐々に慣れてきて、視野が伸びる。やはり私達は鉄格子と厚そうな石壁に囲まれている。

 ただここで初めて分かったことは、正面には六人の人物が立っていたと言う事だ。


 見た限り、六人の内五人は女性。その中に知っている人物がいた。

 紫色の髪に、全身を黒っぽいマントで覆い隠している少女。彼女の名前は憶えている。何てたって、初日に私達を殺そうとした三人の一人だったからだ。

 彼女の名前はジャト。ジャト・アクイラ。けど何故、彼女がこんなところにいるの? まったく訳が分からない。


 ジャトを見ていると、視界外から「パンパンパン」と手を叩く音が聞こえた。

 反射的に音の出所を確認する。どうもミカエルが叩いたみたいだ。私の視線が彼に向いたのを確認した後、咥えていた葉巻を手に持ち変え「ふー」と煙を吐いた。


「さて、では改めて挨拶をしようか。こんにちは、アリシア君。そしてようこそ、ここ地底都市『フィクレ二ス』へ」


 ミカエルはゆっくり、そして力強く歩み寄り、鉄格子のしゃがんで目線を合わせてきた。

 見た目とは違い、反射して自分の顔が映るほど綺麗な紅い瞳をしている。頬についた傷が妙に生々しく、痛々しい。上半身は裸で、もじゃもじゃ濃い胸毛が目立つ。下は軍人が身に付けている、迷彩柄のパンツを穿いている。

 正直言って、怖い。これから何をするのか、何をされるのか、しかもまだ誰も起きていない。

 自然と手が震えてくる。


「そう怖がるな。いまはまだ、何もしない。いまは、な......」


 ミカエルは立ち上がり、葉巻を再び咥えた。口から洩れた煙が顔にかかり、思わず顔をしかめる。

 私の顔が面白かったのか、ミカエルは笑い出した。そのまま笑ったまま、他のジャト以外の者と共に部屋から出て行った。つまり、いまこの部屋にはジャトと私達しかいなくなった。


 正直言って、まだ状況が呑み込めていない。

 これはまるで、天空都市にいるディストラス達から逃げる時と同じだ。いつの間にか、知らない場所に移動していた。あの時はジョン少年の大掛かりな手品だったが、今回は違う。だって、本人が未だに寝ているんだから。


 部屋に残ったジャトに話を聞こうとした時、視界がうねる。頭もグルグル、吐き気もあって、気持ちが悪い。倒れないように冷たい床に手を置いたが、力が入らない。


「あっ......」


 バランスを崩し、あっけなく倒れる。

 身体が言う事を聞かない。何も、考えられない。意識も徐々に、薄れていく......。


 目が霞む......言葉も出ない......。

 これから、私達は、一体......。


「ただの移転酔いだよー。大丈夫、少し休めばすぐ楽になるはずだから」


 女性の声が聞こえたが、軽い返事も出来ず、そこで私は気を失った。



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