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場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第二章 他の参加者と他の都市
39/47

33 未来都市 三日目(前)



 瞼が重い。それでもカーテンの隙間らか差し込む光が、起きる事を強制してくる。


 嫌々上体を起こす。

 寝相が悪かったのか、身体の節々が痛む。昨日の夕食で飲んだワインのせいか、軽い頭痛もしている。

 身体全体のだるいさも感じている。原因はベッド、枕の質、というわけではないと思うのだが、熟睡できたわけでもないらしい。

 睡眠時間は十分とれているはずだ。悪い夢も見ていない。強いてあげれば、この世界にまだいる、と言うこと事態が悪い夢だろうか。


「......チッ」


 頭を掻きながらボク――ユリアーナはつい舌打ちをしてしまった。

 これは自分の悪い癖、直そうとしても直らなかった自分の悪いところの一つだ。舌打ちをすると少なからず近くの者が不快に感じてしまう。それは時に、実験や実証に影響を及ぼす。

 こんなことで不快に思うとか、だから他人は嫌いなんだ。


 ベッドに足をかけ、頭を垂れる。この世界に飛ばされてから一度も切っていない、長くなった金色の髪が辺りの視界を消した。

 伸びた邪魔な髪を掻き上げ、左右に顔を振い一つため息を吐いた。


「......今日は、なんだっけ」


 小さく独り言を呟いた。呟いたと同時に昨日みんなと話し合ったことを思い出す。

 今日の予定は、カトに頼んでおいた研究所への見学。そこへはロディオ、ジョンと共に行くことになった。ソウジも付いてくるかと思ったが、彼はまた別行動をするらしい。

 そういえばジョンの様子が、昨日ソウジが広間から連れてきてから変だった。妙に考え込み、発言もいつもより少なかった、気がする。特に彼から話したいわけでもなさそうだから、気が向いたときに何があったかを聞いてみようかな。

 アリシアとクリエット、ワスターレは図書館に行くと言っていた。出来たらチーム『ラブピース』の三人も誘うとかも言ってたかな。




 扉を叩く音がした。短く返事をすると扉越しに低い声で「おはようございます」と聞こえた。

 未だに頭痛がする頭を抑えながら、ゆっくり立ち上がり扉の取手に手をかけ、警戒しつつ小さく開く。扉の向こう側にはチーム『ドラゴンズフォース』の一人、老紳士のギースが昨日と同じ青いスーツ姿で立っていた。


「......なにか用?」


 返事の代わりに一礼した後、ギースは「朝食の準備が出来ました」と言い、また一礼してどこかに行ってしまった。

 時計が無いため、曖昧な時刻しかわからないが、カーテンから漏れ出す日の傾きから約九時ほどだと思われる。ジョンやクリエットはもう起きているだろうな。ソウジはたまに驚くほど早く起きる、時間は不定期だ。


 ベッドに腰かけ、最近アリシアと買った茶色のブーツを履き、紐を結ぶ。どうも結びが下手らしく、紐の長さが左右非対称になってしまうが、移動するときに支障がないため気にしない。

 再び立ち上がり、昨日寝る前に放り投げた白衣を掴み、羽織る様に着る。ヨレヨレのままだが、汚れてはいない。シワは多少あるが、この世界に来てから増えていない。やはりこの白衣も一つの『存在』となり、『概念』となったか。


 白衣のポケットを探るとクリエットからもらった小さな箱型の魔具『簡易アイテムボックス』が手に当たった。この魔具はとても不思議で興味深い。手づかみ出来るほどの小さな物ならほとんど入る。整理しなくとも考えただけで勝手に出てくる。思い出せなくとも、リストを箱の内蓋にリストが書いてあるから分かりやすい。ボクが愛用している魔具の一つに、これは入るだろうな。

 箱を手に取り、中に入れておいた眼鏡を取り出す。この眼鏡を作ってくれたグリュフィザには感謝だな、おかげで研究と実験に捗り、役立ててくれている。


 もう反対側のポケットを探ると、別の物が手に当たった。この感触は分かる、ソウジが『創造の指輪』で創った物だ。人口衛星通信用携帯電話――通称エステル。別行動するときはこの道具を皆に持たせる。ついでに連絡は魔具や魔器、使えないため関係ないと思うが魔法の使用を控えさせている。理由は分からない、とにかくそう彼は皆に徹底させていた。


「......ホントあいつは、何を考えているんだ」


 呟き、ため息を吐きながら部屋の扉を開けた。

 廊下は全ての窓から日が指し、まるで黄色い花が一面中咲いているように綺麗だった。カーテンを閉め切っていたためか、廊下のほうが明るくも感じる。


「やぁ、おはよぅ......」


 低音の響く声が左の方から聞こえた。

 そちらに向くまでもなく声の主は知ってはいるが、念の為に声した方へ顔を向ける。

 いつもの暑そうな長いコートで身を包み、ハット帽を被った男性。片手はポケットに突っ込み、もう片手にはいつもの様にスケッチブックを握っている人物。

 普段通りの格好をしたロディオが、帽子の唾を掴み立っていた。


「......おはよう」


 短く返す、彼にはこれで十分だ。

 視線を廊下の窓に戻す。いい天気だ、雲が丁度良くばらけている。やはり今日も、雨は降りそうにないな。こう日々の天気を見ていると、天空都市にいる科学者グリュフィザの会話を思い出す。彼女は言った「自然現象すら発生しない」と。

 自然現象、つまりは簡単たものだと雨や霧とかだ。具体的には雲もその一つだが、逆に雲以外が見当たらない。しかも、積乱雲の直下で雨が一度も降った記憶がない。むしろ雨が降った日が無い。虹も見たことが無い。恐らくよく見かけるこの雲は、形がそう見えているだけで、実際はボクの知る雲とは違う物なのだろうな。


「朝食、共に行くかぁ......?」


 外を見てふけていると、ロディオが話しかけてきた。

 朝食、そうだ廊下に出たのは朝食を食べに行くためだったな。まだ寝起きのボーっとした状態が続いているみたいだ。

 彼に「いいよ」と返事をした後、重たい足を動かす。


「ちょっと待てぇ......」


 ロディオに呼び止められた。立ち止まって振り返り、帽子と髪の間から現れる彼の顔を見つめる。

 何か今朝方にやる事でもあっただろうか。特に記憶にはないし覚えていない、が念のため彼の話を聞いておこう。もしかすると急遽ソウジが、決め事とかを考えたりしたかもしれないからな。

 大事なことかもしれない。彼の口の動きに注目し集中する。


「場所は、こっちだぁ......」


 ロディオが首を、歩こうとした方向へと逆に傾げた。






 朝食はスクランブルエッグに野菜のスープ、籠に入れられたナンに似たパンもあった。デザートに果物を角切りにしたフルーツポンチも出された。

 どれもシンプルで、かつ新鮮な味だ。朝食としては重くも無く、あっさりし過ぎていない、ボク好みの食事だった。


「それで、いつ行くのだ?」


 昨日、夕食をとった場所と同じ大広間で、三つあるテーブルの一つから声が聞こえた。

 声の主はチーム『ドラゴンズフォース』のカト。彼女のレベルは依然調べた時と変わらず九五。固有能力『旋風一体』と、変化なし。

 彼女のテーブルはギース以外の全員が座っている、ただし空席が一つ。昨日の記憶から探るに、名前はたしかリコ・サニィと呼ばれている赤毛の女の子、その子の姿が見当たらなかった。

 空席と言えばもう一つ。チーム『ラブピース』の三人の姿も見えない。食事が置かれたままだと言う事を察するに、まだ部屋にいるのかもしれないな。


「そうっすね~。だいたいこれから三十分後くらいで、良いッスかね~?」


 ソウジが勝手に答えた。はっきり言って困る、時計も無いのにどうやって三十分を計ればいいんだ。

 彼女も彼女で「わかった」と、息を吐くついでのような静かな声で言った。これで三十分後に出ることが決まった。それで、どこに集合するんだ?


「......」


 普段なら、ここですぐにジョンが聞いてくれるのだが、彼は遠目をしながらナイフでスクランブルエッグを差し抜きしている。今朝はいつもの彼らしくない。


「......場所はどこだ?」

「昨日と同じエントランス辺りでいいッスよね~?」


 仕方がなく自分から口を開いてみたのだが、カトに聞いたつもりがソウジがまた答えた。

 ただ彼女も同じ事を言いたかったらしく「そうだ」と後から言った。

 ソウジも「オッケー」と言い、立ち上がって広間を出て行く。部屋を出た彼を合図にするように、別のテーブルに座っていたヴァン達も席を立ち、ギース以外の三人の女性と広間を出て行った。


「おはようございます、みなさま」

「おはよーさん、にゃー」


 ヴァンが出ていく代わりに二人の女性の声が聞こえた。

 二人の女性、召喚者ミリアと獣人アーセルだ。黒鎧のレイルはいなかった。


「おはようございます、ミリア。......ところで、レイルさんの姿が見えないのですが、どこか行かれたのですか?」

「おはよう、クリエット。いえ、まだ寝ているだけですよ。何度か声をかけたのですが、なかなか起きなくって」


 ミリアは肩をすくめて言った。隣にいたアーセルも両手を上げ首を振っている。

 普段のレイルがどのような性格をして、どういった生活習慣を送っているか分からないが、心配してなさそうな二人を見ているかぎり、レイルという人物の寝坊は普段通りらしい。

 クリエットは彼らと出かけるハズだったのだが、多少予定が変更になってしまった。こちらとしては特に支障がないためレイルの事は気にしなくともよいだろう。


「ジョン様、食器はそのままでよろしいですよ」


 等と考えていると、食事を終えたらしいジョンが食器を持って立ち上がったところを、近くまで来ていたギースに止められていた。

 そういえば、彼だけはこの広間に残っている。他のチームメンバーは出て行ったのに。格好といい仕草といい、恐らくこの世界に来る前は良い使用人か執事だったのか。

 ジョンは小さく頷き、食器をテーブルの上に戻した。

 椅子に再び座る彼の眼はまだ暗く、そして遠くを見ていた。






…………






 未来都市ノヴォエラ『第二コア』、未来技術開発研究所。あらゆる『参加者』がもたらした最先端の技術を一つに集めたその場所は、この都市では『第四コア』とも呼ばれていた。

 だが、この場所は他のコアとは違い、住めるような場所ではない。

 まるで工場地帯だ。地上では見えなかった人々が、ここ一同に集められているのではないかと思えるほど、人の数が桁違いに多い。そして、その一人ひとりが何かしらの作業をしている。


「凄いな、何だあれはぁ......」


 帽子の唾が透明なガラスにくっつけながら、興味ありげにロディオが言った。

 彼が見ているのは恐らく、あの流れるラインの上に置かれた大きな銃らしきものだろうか。ボクはあまり武器には興味が無い。

 ......とも、残念だが言えない。

 元の世界では兵器や武器を、とある軍事会社から時たまに頼まれたりした事があった。それも、銃や戦車とかではなく、人には言えない様な非人道的な類を......。

 ボクだって道徳的な人間だ、頼まれただけで作ってはいない。別に作れなかったわけではない。人としての倫理が、自分の良心がその依頼を断っただけの話。ただもしも、世界を恨むような事があったら、もしかしたら了承していたかもしれない。

 そう考えるとボクは思ったよりも、何だかんだであの世界が好きだったのかもしれない。


「あれは対『異獣』用ライフルですよ、ロディオ様。あの武器は前参加者の私物の一つでして、ここで量産しているのです。あの銃は精密射撃と豊富な種類の弾を撃つ事ができ、重さも魔法で軽減されており慣れればどんな人物でも扱えるようになります」


 数歩後ろで控えるように立っていたギースが言った。

 昨日の話ではカトだけが付いてくると思っていたが、彼女だけではなくギースまでもが付いてきた。理由は分からない。ただ、強いてあげるならば、監視を増やす目的だろうか。それほどこの研究所は重要施設だった可能性がある。


 それよりも銃だ。近付かなくともわかる、自分が知るライフルよりも大きい。数はラインに流れている数だけでも百丁はくだらない。未完成のこの状態で百、保管されている数はどれほどなのか。

 そういえば初めて訪れた町、たしかエニ村だったか。そこの宿の店主も異獣に対し、持っていたライフルを撃っていたかな。効果は、そこまでと言った感じだったが、アレでもボク達を殺害するには十分な威力だ。おそらく、この流れている銃は、あの時みたライフルよりも強力なのだろうな。


「......対『異獣』用、ですか。対『参加者』用の間違いではありませんか?」


 ジョンが、未だ暗い表情だが、はっきりとした深みのある声で言った。

 対異獣用ではなく、対参加者用ライフル。つまりはボク達を殺すための武器開発を、この場所で行われているのではないか。そうジョンは言いたいのだろうか。


「いえ、そのような――」

「対『参加者』ではない、対『異獣』だ。勝手な妄想で語るのはやめてもらえるか?」


 話しているギースの言葉を遮るように、強い口調でカトが言った。

 異獣でも参加者でも、ボクはどちらでも構わない。どちらにせよ、撃たれれば死にそうだしな。

 気になる事と言えば、あの銃の製造工程、もしくは設計図さえあればなおよい。本音を言えば一つでもいいので手に入れたいが、そんなのは無理だろう。

 持ってきた改良型ボールカメラが役に立った。大きさは標準の百分の一にまで出来たため、服に埃が付いた様に設置してみた。おかげですべて撮影できる。




 ギースが「では、次にあちらへ」と手を広げ、先の道へと誘導する。

 ジョンはカトに何も言い返さず、いつもより素直そうにギースの言葉に従い歩いた。

 カトは特に変わりはない。ジョンの後を行くように歩いて行った。

 少し間をあける。もしかするとギースが自分よりも先に歩くかと思ったが、残念ながら最後尾は譲らないらしい。まるでイギリスの兵隊のように、手を広げ前屈みになった格好のまま動かない。仕方なく、カトの後をついていくことにした。


 後ろで何か滑らすような「シャッ、シャッ」と音がする。

 振り返る前に誰かは想像できた。案の定、この研究所の絵を描いているロディオが真後ろにいた。絵を描く事に集中しているためか、距離が非常に近い。止まればそのままぶつかりそうだ。


「......『自分の絵』は、見つかりそうか?」


 距離をわからせるため、少し大きめな声で話題を振ってみた。

 横目でロディオを確認する。身長差があるため少し見上げる形になったが、それにしても迫力が妙にある。帽子の影で怪しさも増している、街の裏通りにでもいたら通報されそうだ。

 彼との距離はまだ近いままだ。もしかして、これはワザとか?

 ずっと見ているとロディオと目が合った。ペンを止め「にやり」とにやけた後、表情を暗くしてため息を吐いた。


「見つからなぃ......」

「......誰かに、ヒントを貰えないのか?」

「ヒント、かぁ......。そういえばソウジが『目に映るモノを描けば、わかるんじゃないかなぁ』とか、言っていたかな」


 ロディオの言葉にただ「そうか」としか答えれなかった。というのも、ソウジの言った事があいまいすぎてヒントにもなっていないと思ったからだ。

 彼がひたすら部屋や景色を写真のように丁寧に描いている理由は、律儀にも彼の言う通りに、目に映った興味深い風景をすべて描いているようだった。ジョンといいロディオといい、何故彼等はソウジの言う事を素直に聞くのだろうか。確かに彼の案は、結果的に言えば正解に近い。しかし、すべては結果論だ。仮定も根拠もない、危険な博打と同じだ。その事が何故わからないんだ。


 深く息を吐き、ロディオのさらに後ろを見る。

 背筋を伸ばし姿勢良く歩くギースがいた。

 ギース・レィン。クリエットから聞いた彼のレベルは九九。所有する固有能力は『確定命令』だったか。これだけでは何の力か全く予測がつかない。ヴァンの能力は戦闘で何とか片鱗を知ることができたが、これは無理だ。仮定すら思いつかない。こういった現実離れした力は自分の専門外だ。

 こう言った摩訶不思議な力は、ソウジ辺りなら何故か分かっていそうだけどな。


 自ら考えた事を、フッと笑う。先ほどロディオの事でソウジの発言は危険だと思ったばかりなのに、それでも頼ろうとしている。これではいけないと思いつつも、自分だけの限界を知っている。悔しいが結局のところ、知識外の事は他の者に頼るしかない。それが事実だ。


「......? どうしたぁ......」


 笑った事を気になったのか、ロディオが話しかけてくる。しかし、手に持つペンは走らせたままだ。


「......別に、考えていた結論を即座に覆してしまっただけさ」


 ロディオも笑った。愛想笑いか、それとも彼にも同じ思いがあったのか、そんなこと考えを読めなければ知る由もない。考えるだけ無駄な事だ。


「そういえばユリアん......。あの銃を、どう思ぅ......」

「あの銃? ......あぁ、さっきのか。どうもこうも無い、武器を量産しているのは非常にまずい自体だ。だが......」


 そこで少し顎に手を添えて考える。

 まずい状況なのはいまに始まったわけではない、しかし引っかかることもある。アレ等はヴァン達だけで使用するのだろうか。例えば、あのライフルが単発式だとして、レイルが戦闘中に見せた亜空間武器庫に仕舞い、戦闘時に開いて、一つずつ使用する。と言った方法が考えられるが、果たしてそれが目的なのだろうか。

 ギースとカトは『異獣用』と言った。それも、かなり強調して。

 彼等の話が本当だとしたら、あの銃は街の者達用と考えるのが、普通ではないだろうか。そうなると、彼等は軍隊を作ろうとしているのか? ボク達のジーニア・ズのように。


「......チッ」


 頭を掻きながら舌打ちをする。

 情報が絞り切れない。可能性が捨てきれない。考えれば考えるほど増えていく。しかし残念ながら、結果は一つだ。それが分からない。


「大丈夫かぁ、ユリアん......」

「......まぁ、考える事が多いくらいだよ。せめて、あの銃の設計図さえあればな......」


 そうだ、ライフルの設計図があれば、実際に作ってみて知る事が出来る。威力を、扱いやすさを、生産方法を。そして、用途も可能な限り分かるはずだ。

 ギースは言った、重量を減らす魔法を使用していると。だが、この世界には重力は無い。あるのは個人が持つ『地上へ近づく』という概念だけだ。つまり重量軽減は問題では無い。それに、天空都市で使用していた透明なタイルを確保して、破壊し、再構築し、浮遊魔法だけを取り除くことにも成功した。

 すでに魔法を増やす方法も考察済みだ。魔法系統は問題無い、しかし実物で試さないと、実証しないと、あの銃の本当の力を知るには難しい。それに例え作れたとして、彼等に通用するとも限らない......か。


 舌打ちをしようとした口を無理やり止める。意識すれば、癖も止めれるものだな。など、無駄な事を考えていると、後ろで聞こえていたペンの走る音が消えた。次に紙を破るような音がした。

 気になり振り返ると、ロディオが折りたたんだ紙を渡してきた。手触りで分かる、この紙は先ほどからロディオが描き込んでいたスケッチブックの一部だ。


「それで、どうだぁ......」


 いつもよりも小さな声でロディオが言った。元の低さもあってか、とても声が聞こえ辛い。

 彼に渡された、折りたたまれた紙を開く。そこには四面図が描かれ、さらには小さな部品の様な物までしっかり描かれている。

 この絵を数秒見つめてから勢いよく、折り目正しく紙を閉じた。


「......これを、どこで知った」


 ロディオと同じく、小さな声で問いかけた。

 彼が渡してきたこの絵は、この図は、紛れもなく先ほどの大口径ライフル銃の設計図だった。


「さっき見ただろぉ......」

「......見たが、見ただけだが」

「それでだいたいは、分かるだろぅ......?」


 三秒ほど、ロディオが言いたいことを考え、そして思い至る。

 彼はあの一分ほどしかない状況で、しかも未完成のただ流れているだけの物を。遠くから見ただけで、完成された状態の設計図を描いてみせた。と言う事らしい、ふざけているな。


「......なるほど、分かった。しかし、それをいまボクに見せてどうする。もし取られでもしたら......」

「大丈夫だぁ、もぅ覚えたからなぁ......」


 自信満々にロディオは答えた。

 あぁ、そうだった。彼もジョンと同じく、記憶力は普通ではなかった。

 ジョンの場合は『記憶の宮殿』を用い、ロディオの場合は『カメラアイ』を習得している。習得と言っても、彼は初めっからその能力が備わっていたのだろう。しかし違うところがあるとするならば、ロディオの場合は故意に忘れることも出来る。自然ではなく、まるでゴミ箱に捨てるかのように。普通の者は覚えたい記憶だけを取るが、彼の場合は覚えた記憶から消していく、それが出来る。この数ヶ月共にいて分かった事だ。


「それで、どうだぁ。使えるかぁ......?」


 不安げにロディオが問いかけてきた。

 もう一度紙を開く。図は完璧だ、しかし寸法や細かな素材が描かれていない。

 設計図を閉じ、笑う。寸法や細かな素材が足りない。これはまるで、拠点である施設の部屋を作る時とほとんど状況が似ていた。つまり、あとはボクが持つ知識の範囲内だと言う事だ。


「......あぁ、最高だよロディーさん。素晴らしいギフトをありがとう」


 笑みがこぼれると同時に、次々と考えが巡ってきた。

 これで作れる。同程度、いや、それ以上の物を作れる。今まで行ってきた計画に練り込むための考えが、脳内を駆け巡り、瞼を閉じれば先のビジョンが見える。


「それは、よかったなぁ......」

「よかった、よかったよ。素晴らしいよ。後は、そうだな。他に使えそうな技術を見ておこうかな」


 歩きながら、ガラス越しの工場を見つめる。

 このラインでは新しい魔具か魔器を作っているのか。黒服の者が魔法を使用し、白服が魔法を組み込むといった作業が行われていた。貰った眼鏡のおかげで魔法の形がよく見える。手のひらサイズのもやもや、色は紫だったり赤だったりの雲の様なのを、小さな円柱に入れているところだった。


「彼等にも、同じことをさせるのかぁ......?」


 同じ景色を見ていたロディオが言った。

 彼の言う『彼等』とは、自分と彼との共通点から察するに『ジーニア・ズ』の事だろうな。ほとんどが少年少女、数は多くないが同い年の者もいるあの組織でも、この工場と同じように量産作業させることも出来なくはない。


「......同じことは、させるかも。ただ、最初は研究だ。実際に作れたとして、活用できるかはまた別問題だからな」


 それに、と続けようと思ったが、この場では話さないようにした。

 これは胸の内に秘めておこう、考えたことは可能性の問題だったからだ。可能性の問題、つまり具体的に言えば、復元、作成、完成されたライフルの銃口が、こちらに向くのではないか。そういった不安だった。


 いま組織との関係は良好だ。ただし、この先ずっとではないはずだ。

 確かに購入した時点で、彼等にはボク達を逆らえないという制限があるが、特に魔法とか何かで縛っているわけではない。単純に世界共通の法律でそう定めているだけなのだ。逆に言えば、法律を気にしなければ、反逆出来ると言う事にもなる。

 この知識もあまり『ゲーム』には関係ないと考え、そこまで深く調べていないが。

 購入した()......『商品』の反逆を恐れて、普通の購入者は、購入後に制限付き魔法らしきものを商品に使用するらしい。どんな魔法かと言えば、購入者に危害を加えた場合、即座に死亡する。

 といったのが通常だ。どうもこの世界では人の命の重量は、想定している以上に軽いらしい。


 ボクの考えを察してか、ロディオはただ「そうか」といつもの低い声で言い、眺めていたガラス張りから遠ざかる。


「ところで、話は変わるのだがぁ......、ユリアんはジョンをどう見る」

「......どう、と言われてもな」


 ロディオに言われ、カトと耳打ちするように話し合うジョンを視界に収める。一見普通そうにしているが、彼はいま本調子ではない。という事が分からないほど、ボクは人に興味を失っていない。

 ジョンが本調子でない理由は、今朝ソウジから少しだけ聞いた。なんでも『ドラゴンズフォース』のリコが持つ能力が起因しているらしい。らしいとは、ソウジ本人も現場に居合わせたわけではなく、彼が来たときに丁度、ジョンがリコを殴ろうとしていた、言っていた。


 暴力に走るとは、普段のジョンからは思いもよらない行動だ。例え子供でも、彼はそこらの子供ではない。十分に自分を理解しているし、周りや状況にも気を遣う。たまに子供という事を利用する時もあるが、決して力ずくな考えはしなかった。

 そんな彼がリコを殴ろうとするとは想像出来ない。何が彼をそこまで追い込んだのか、気にするべきかほっておくべきか、心理学は専門外だ。


「......あのままでは、いけない、だろうな」

「あぁ、まったくその通りだ......。彼を普段通りに戻すには、時間が解決するのを待つか、彼の抱える問題を解決する他ないだろうな」


 ロディオは帽子を手で抑え、軽くため息を吐いた。

 彼の言った事に何も意見が無かった。当の自分もこの世界に来た数日後、気持ちがかなり落ち込んだからだ。今までの知識が通用しない、生かせないこの世界に失望し、気力を無くしかけた。そこを、ジョンが励ましてくれたな。ある意味強引に、でも繊細に優しく。表現は変だが、まるでゆで卵の殻を剝くように、自分の不安な気持ちを丁寧に取り除いてくれた。

 自分が恋する乙女なら、一発で落ちていただろうな。


 そうだ、ボクは一度、彼に助けられたんだ。

 これは恩を返すチャンス、同じような事は出来なくとも、不安を軽減させるくらいなら出来るかもしれない。


 同じく考えているであろうロディオに「少し行ってくる」と、自分に言い聞かせるように言い、早歩きで前を歩くジョンのところまで向かう。

 ジョンもちょうどカトとの会話が終わったみたいだ。話をしようと声をかける前に彼から「どうしたんですか?」と聞かれた。


「いや......その......」


 手を軽く上げた状態で言葉が詰まった。

 しまったな、会話が続かない。何を話すかを考えてから行くべきだった。


「......あっと、アレだ。えぇっと......」

「......大丈夫ですよ」


 言葉が出ない自分に代わり、ジョンが笑いかける。彼の顔はいつも通りに戻っていた。


「だ、大丈夫、なの、か......?」

「はい。全然、とは言えませんが......。いつまで考えても仕方がありませんので、こう、スイッチを切り替えました」


 ジョンはそう言いながら、右手でダイヤルを捻る様な動きをさせた。

 彼のその動作に、こっちまで笑えて来る。さっきまで恩を返そうと活き込んでいたのが可笑しくなった。

 そうだった、彼は気持ちや心を操るのが得意だった。それは他人だけではない、自分だって例外ではなかったわけだ。


 元気そうにするジョンに「そうか」と言い返した。

 安心した、彼はもう大丈夫だ。


「はい。それと、ソウジさんにもお土産が出来ました」


 いい笑顔のままジョンが言った。

 とても子供らしい笑顔だ。だが、彼がその表情をすると、小悪魔的な悪意を感じられる。


「......お土産とは、何かいい物でも手に入れたのかい?」

「はい、とても良いモノを手に入れました」


 手を広げ、クルクル回りながらジョンが続けて言った。


「これで彼女......カトは、問題無くなりました」


 そう言い残し、ジョンは先行するカトのところまで小走りに行ってしまった。


 カトが問題無くなったとは、どう言った意味なのだろうか。

 少し考えてみたが、あまり思いつかない。しかし、状況はある意味で改善した。

 ジョンは元に戻った。まだ問題は抱えたままだが、彼なら問題なさそうだ。今の彼を見ればすぐにわかる。むしろ今までで一番楽しそうにしている。


「ジョンは、どうだったぁ......」


 後から来たロディオの問いかけに、ただ一言「問題無くなった」と答えた。

 その答えに満足したのか、ロディオもまたジョン同様に「なら、問題無いなぁ」と笑った。




 問題なくなった。しかし、この先どうなるかはわからない。他の問題は山積みだ。

 だが、どんな問題も、必ず限りが有り、答えもまた存在する。


 生き続ける限り、人は常に問題を突き付けられ、その都度解いていく。そうしなければ生きていけないから。逆に問題が無ければ、自分という存在もまた消えていく。


 そんな哲学的な考えが浮かんだとき、小さくフッと笑ってしまった。

 自分らしくないが、これもまた自分だ。彼を元気づけるつもりが、逆に教わってしまったな。


 ボクもまだまだ、勉強不足だ。


「勉強不足、か......」


 心の中で呟いたのか、声に出ていたかはわからないが、そう思ったのは間違いない。

 しかし、どんな事も、また学び直せばいいだけの事だ。


 研究所の次の部屋の前で、ジョンが笑顔で待っている。

 彼に手を振り返し、少しだけ歩く速度を上げた。



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