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場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第二章 他の参加者と他の都市
37/47

31 未来都市 二日目(後)

 レイルとヴァンの模擬戦後、僕――ジョン達はチーム『ドラゴンズフォース』の方々に決闘場で置いて行かれた。その後、クリエットが発動してくれた移転魔法で、なんとか未来都市にあるノヴォエラ城へと戻ってこれた。

 念のため城の広場に移転するためのマーキングを施しておいてよかった、とクリエットは呟いた。思っていたよりも、彼女は抜け目ない人だ。


 そんなクリエットも今はかなり疲労しているみたいで、呼吸するたびに肩を上下させている。

 理由は簡単だ。移転魔法を使用した際、いつもよりも人数が三人ほど多く移転させたためだ。そのため、彼等分の魔力消費が激しい、とのことらしい。

 彼等と言うのは模擬戦で負傷したレイル、彼を治療していた召喚者ミリア、そして心配そうに見ているアーセル。このチーム『ラブピース』の三人が加わっていた。ミリアも移転魔法を使用できるらしいのだが、回復魔法に多くの魔力を消費してしまったらしく、彼女もクリエット同様にぐったりとしていた。


 ミリアの治療を受けていたレイルも、昨日から借りていた部屋でいまは休んでいる。

 というか、未来都市に着いてからすぐにチームごとに別れた。別れた理由は普通に考えて、チーム内での情報の共有と、今後の行動について話し合う必要があると他の者達も考えていたのだろうな。


 別れた後、僕等を置いて行ったチーム『ドラゴンズフォース』の召喚者であるエミューとも出会った。

 置いて行かれたことを根に思っていたソウジがすぐに問いただすと、彼女達も「つい」忘れて戻ってきてしまったということらしい。いちおう彼女からその後謝罪を貰ったが、チームの参加者達からは一切貰っていない。そのことについて、ソウジは少し怒っている風な感じを出していた。ただ、態度や顔がワザとっぽいから、実際はそこまで怒っていないというのも分かっていた。単なる場を和ませるための行動だろうな。

 あと僕自身からすれば、そこまで彼等から謝罪を求めていない。

 むしろ彼等、彼女等のあの態度や仕草、表情、言動はとても貴重な情報だ。今のところ、あの例外的な強さ以外は普通の人そのものだ。もしかすると、天空都市にいるチーム『神の集い』よりも分かりやすいのかもしれない。


「やっぱこのシーンはヤバいな! まるでアニメのスピード感をそのままに実写化した映画みたいなだな~おい!」


 薄暗い部屋でソウジの声が言った。

 いま僕達は借りた部屋の一室に集まっていた。集まって何をしているかと言うと、先ほどの模擬戦の映像を、クリエットの解説付きで見直しているところだった。

 映像はどこで入手したかと言うと、普通にユリアーナが持ってきた改良型ボール型カメラで撮影していた。その数、五台。どう改良したかと言うと、空中浮遊させ、出来るだけ遠隔操作、自律性を高めたと言っていた。その改良型カメラを自分達から見た視線と会場の真上、真横、反対側と中間あたりに設置していた。さらに撮った映像を、早速戻ってから編集し、編集後の映像を僕等は繰り返し観ている。


 ちなみに言うと、先ほどソウジが興奮していたシーンは、最終局面で行われたレイルとヴァンの斬り合いのところだった。

 個人的にあまり暴力的なのは好きではないが、ソウジが興奮するのは分かる。目で辛うじて追える彼等の動きは、常人の域を超えている。素人目で見た限り彼等は隙が無く、お互いけん制し合うところがなんとも見どころで面白い。それに、この映像の中でも彼等の癖や特徴などの情報が盛りだくさんある。


 この映像でヴァンの能力とレイルの能力を皆で考察しているところだった。


「やはりヴァンは、相手の技を狂わせる固有能力なのでしょうか?」


 クリエットがだるそうに言った。見た限り、彼女はまだ魔力の消費が回復し切っていないようだ。

 映像はちょうどレイルの突きがヴァンに躱されたところだった。

 どこからどう見ても完全に、完璧に当たるであろう攻撃が、ヴァンには当たらない。それも、躱されたり防がれたりされていない。戦闘映像を見る限り、戦い慣れしてそうなレイルがここぞと言う時に手元が狂ってしまった、とも考えにくい。

 もし、クリエットが言った事が合っていた場合、つまりヴァンの持つ固有能力である『絶対王導』の詳細な力が『相手の技を狂わせる能力』だったとしたら、レイルの攻撃が外れた理由には一応なる。ただ技を狂わしただけで、あんなにも綺麗に当たらないように調整できるのだろうか。

 狂わす、ということは、能力を使用した本人でもどうなるか分からない可能性だってあるのではないのか。


「それだと、他の技も出来たんじゃないのかぁ......?」


 映像を見ながら、さらに何かしらをスケッチブックに描きながらロディオは言った。

 彼の言う通りだ。ヴァンが能力を使用したと思われる場面はいつも、ヴァンに攻撃が当たる直前がほとんどだ。しかも、全部ではない。躱したり、防いだりするときも何度かあった。

 もしかして、すべての技を制御できないとか、だったりとか。


「......レイルの固有能力......」


 最近作成中の義足のような装備をいじりながら、ユリアーナが言った。

 彼女の言いたいことはおそらく、レイルが持つ固有能力が起因しているでは、という事だと思われる。

 レイルの固有能力『我ガ意思二応エヨ』。はっきり言えばこの能力、映像を観ただけでは、まったくどんなものか検討が付かない。むしろ発動していたのかすらも怪しい。


「そういえば、その固有能力っての、どうやったら発動するの?」


 ソウジと同じく、戦闘映像を楽しそうに見ていたアリシアが人差し指を唇に添えながら言った。

 思わず僕も「あっ」と言ってしまった。

 そう言えばそうだ。発動するタイミングに合わせて、何かしらの動作でもするかも思っていたが、彼等はそんな素振りを一切見せていなかった。本当にただ、僕らには真似できないような、別次元の闘いを繰り広げていただけだ。

 その事だけでも敵として脅威なのに最重要な情報、能力の本筋もすら見えないとか。これでは彼等を倒す勝算がどんどん低くなっていく。

 やはり、彼等同士を潰し合わせる計画を進めておくべきか......。


「ジョンく~ん、いまメッチャ面白怖い顔になってんよ~。なんか変なこと考えてた?」


 顔を覗き込んできたソウジに、強張らした顔をやめてにこやかな表情で返す。


「うん、何でもないですよ。ただやはり、計画通り進めていこうと思っただけですよ」


 返事をした後、ソウジは「そっか」と軽く笑って言った。


 彼への認識を後にして、再びアリシアの疑問を考える。

 能力の発動条件。それは参加者が持つ各スキル、魔法、魔術、技など、多くの力を発動するための条件の事を言っている。

 例えば、よく知っている魔法だと移転魔法だ。あの魔法の発動条件には、使用者が移転陣の上に乗り、移転先を思い描きながら決められた記号、番号を言う必要がある。逆に言えば、それが無ければ移転魔法は発動しない。

 しかし、例外もある。それは移転魔法を使用する魔具や魔器の存在だ。アレ等のほとんどは起動後にある条件、もしくは設定した時間で発動することが出来る。たしか、ソウジが天空都市で僕等に身に付けさせた腕輪も、発動条件が特殊な魔具の一種、と聞いている。実際にどうなのかは知らないけれど。


 問題は固有能力の発動だ。

 恐らく、どちらかと言うと発動条件は、無いに等しい。

 映像を何度見ても分からない。眉一つ、指先一つ動かさない。天空都市でも実際に間近で、宙に浮いているルヴィヴィナや金髪縦ロールのミュリティアが持つ能力を見ていた。だがそれでも彼女等は、まるで身体を動かす様に、自然に能力を使用していた。

 もしかすると、能力保有者はその力事態を身体の一部として、まるで心に思い描くようなだけで使用しているのかもしれない。


 そう考えると、つい笑えて来る。

 心に思い描いて能力を発動する。それはつまり、考えたことを逆に読み取ることさえできれば、発動するタイミングも読み取れるということ。

 思った以上に単純で簡単な方法、そしてきっと僕なら出来る方法だ。



「確かに、アイツの能力はよく分からなかったな」



 部屋の扉から聞き慣れない声が聞こえた。いや、この声の主は知っている。

 治療を受け、体力を回復したチーム『ラブピース』のリーダー、レイルだ。彼が何故か僕等が鑑賞している部屋にやって来た。なんて堂々とした態度で、しかも敵がいる部屋へと入って来るんだこの人は。それと、何故このタイミングで僕たちに接触したのか、その意図を知りたい。


 レイルは「ここ、座るぜ」と言い、アリシアの隣に座った。彼女は気にしてなさそうだけど、彼女の後ろにいるロディオは変な顔している。

 服装は戦闘時や初めて会った時と違い、とてもラフな感じの黒い長袖のシャツと黒いズボンを穿いている。鎧も黒だったし、あの大剣も黒色だった。彼は黒が好きなのかな。

 黒色が好きな人、師匠から習ったことを思い出す。たしかプライドが高く、強さを求める人。自分を立派だと褒めると、態度には出にくいが無性に喜ぶ傾向がある、だっけかな。

 情報は貰った。しかし彼がいると作戦会議も出来ないから、話し合いは後日になるか。


「んでさ~、レイルくんの能力ってどんなのだっけ~?」


 レイルの肩に肘を乗せ、馴れ馴れしくソウジが言った。

 まさか彼を、僕等の作戦会議に入れてやるつもりなのか。

 だが、これはチャンスでもある。彼の癖や特徴を覚えたり、それにソウジが言った彼の能力の詳細も分かるのかもしれない。


「うん、僕も聞きたいですね。レイルさんの能力名は確か......『我ガ意思二応エヨ』と言うのでしたね。実際どんな能力なのですか?」


 レイルに直接聞いてみた。

 そんな簡単に教えてもらえるとは思っていない、必要なのは彼のその動作だ。彼の眼や手の動き、呼吸のリズム、タイミング。まばたきの回数、口の形、頬のたゆみや強張り方。

 すべてはどの言葉で、どんな動きをするのか。それを見極めれば、人の心は容易く読める。まるで文章が生み出され、書かれているかのように。顔に出ているとはよく言えた言葉だ。 

 ゆっくりとレイルの口が開く。


「それが、分かんないんだよな」

「分からない、とは。それは自分の持つ能力は名前だけ知っていて、詳細すらは自分でもわからない、と?」


 さらに聞いてみたが、レイルは「まぁな」と言い左上を向いた。

 声の抑揚や仕草、表情を見る限り、彼は嘘を言っていない。

 つまり、彼は本当に知らないのだ。自分の持つ能力なのに、自分の知るべき力なのに、自慢すべき才能なのに。なんてもったいないのだろうか。

 こうなっては、彼から言葉での情報は抜け出しそうにない。だが、これはこれでチャンスだ。彼が知らないのならば、僕等が調べればいい。彼の癖、動作、仕草、言葉、彼が自然と持つあらゆる情報から、僕等が抽出し、検証し、把握すればいい。


「うん、ありがとうございます。そういえば先ほど『アイツの能力が分からない』と言っておりましたが。戦闘中のちょっとした会話の中で、ヴァンの能力が分かったような事を言っておりましたが。それはつまり、読みが違ったと言うことですか?」


 そんな単純な問いかけに「そ、それは......な」と手で頭の後ろを掻いた。

 誤魔化そうとしているが、態度と声の抑揚が先ほどと違う。どうやら僕が考えている通りみたいだ。

 彼は戦闘中に分かった、と思われていたヴァンの能力を間違えた。戦闘の結果からでもそんなことはわかっていたが、これではっきりした。


「そうですね。ではレイルさん、ヴァンの能力と発動条件を最初どう考えていたですか?」


 カードで生み出した紅茶をレイルに手渡しながら、クリエットが質問した。

 僕もそれは気になっていたところだった。それはつまり、数ある選択肢の一つ消えるという、重要な情報だったから。

 手渡された紅茶を飲みながら、ホッと一息ついたあとレイルは口が動く。


「最初オレはヴァンの能力『絶対王導』を具体的に言えば『相手の技を操作する』能力だと考えていた」


 嘘は無い。真っ直ぐな瞳から、彼は何の躊躇もなく情報をくれた。敵であるはずの、僕達に。

 思わず自然に「その根拠は」と言ってしまった。彼の素直さにつられて言ってしまった。あの喫茶店の会話でも同じ、彼は素直だ。おそらく、僕のチームにいるアリシアと引けを取らないほどに。


「オレがヴァンに繰り出した技、武術は、当たる直前に逸らされた。君らがコッソリ撮った映像を観てもそれらは分かるはずだ。その事とオレの経験上から判断した」


 レイルは話し終わった後ため息を吐き、頭を下げて「けど......」と言って終わった。


「うん、連撃の最後。技を使用せずに繰り出した攻撃。刀による突きが同様に躱されましたね」


 言いにくそうにしているレイルの代わりに言ってみた。

 彼は分かりやすく肩を上げ、目をそらした。本当に彼は分かりやすい、でも操るには純粋すぎる。単純な事で催眠が解かれる恐れがあるな。

 それと、レイルは実際に試したおかげでヴァンの能力が一つ分かった。ヴァンは相手の技だけでなく、恐らく、相手の行動自体を操る。

 だが、それでもあいまいだ。相手の行動をすべて操れるのならば、そのすべての攻撃を自身から外させることだって出来るはずだ。しかし実際は、レイルの攻撃を身体を動かして躱したり、斧で防御したりしていた。

 それに最後の連撃だって同じことが言える。最後は外されたが、逆に最後以外の攻撃をヴァンは食らっている。油断させるためワザと食らったのか、それとも能力が発動しなかったのか。


 レイルが「だが......」と何かを話そうとしたとき、扉から数回ノックの音が聞こえてきた。

 アリシアが立ち上がり、「はいはーい」と扉の方へ躊躇なく出向く。この都市にいる限り攻撃されないだろうが、あまりにも不注意すぎる。

 今後のことも考えて、あとで注意しないと。




 扉を開けるとそこには、青スーツで身を包んだ紳士的な男性。チーム『ドラゴンズフォース』の一人、ギースが部屋の前で頭を下げ、前屈みになりながら立っていた。

 彼はアリシアの姿を確認して「失礼致します」と言った後「ご夕食の用意が出来ました」と続け、一礼してどこかに行ってしまった。


 どうやらギースは、本当にただ、食事の用意が出来た事を知らせに来てくれただけみたいだ。

 まさか持て成してくれるとは思ってもみなかった。映像を止め、明確に観るために閉めていたカーテンを開ける。閉め切っていたせいか、時間の感覚が少し遅れていたみたいだ。

 カーテンを開けてみると、日が沈みかけているのもわかった。今日もいつもと同じ、とても綺麗な夕暮れだ。


 扉を開けるために立ち上がっていたアリシアが椅子にもたれ掛かるように座り、入れ替わるようにしてレイルが立ち上がり「オレもそろそろ戻るとするか」と言って、部屋を出て行った。

 結局のところ、彼が着た目的は何だったのかを分からずじまいだったが、こちらとしては情報はきっちり貰ったからので問題ない。少し引っかかるけれど......。


 レイルが部屋を出た後、ロディオとクリエットがため息を吐いた。何かそこまで緊張することでもあったのだろうか。思い返すが、特にこれと言ったことは分からなかった。


「うん、僕達も行きましょうか」


 周りを見渡しながら言った。

 アリシアは手を上げ背伸びした。クリエットは音もなく立ち上がり、部屋を一番に出ていく。もちろん、というかいつも通り、彼女の後ろをついて行くようにワスターレも出て行った。

 ユリアーナはまだ義足みたいな物を改造している。それをロディオが引っ張るように立ち上がらせ、背中を支えながら共に部屋を出ていく。

 残っていた僕とソウジ、それとアリシアもほぼ同時に出た。

 ソウジは笑顔を浮かべながら「どんな飯がでるか、楽しみだな!」と話しかけてきた。料理に関してはそこまで気にしていない、むしろ共に食事をするであろうチーム『ドラゴンズフォース』とチーム『ラブピース』が気になる。どんな食べ方をするのか、何が嫌いで何が好きなのか。礼儀作法はしっかりしているのか、食べる順番や速さはどのくらいか。

 僕にとって食事とは、相手をよく知るための情報収集の一つになっていた。






 …………






 大広間での食事を終え、ただいま丸いテーブルにそれぞれのチームごとに座り、食事後のティータイムを楽しんでいる。

 いま飲んでいるの紅茶は最近開発されたブレンドらしく、かなり独特な味わいのモノだった。濃く深みがあるが、それでいて不思議とあっさりとして飲みやすい。ミルクや砂糖を入れなくとも、ある程度の甘みが後味として口に広がっているのも感じる。ただ、個人的にはあまり好みではない。美味しいのだけど、毎日飲みたいと思えるほどではないかな、と心の中で思ったりしながら飲み干す。


「それで、明日はどうしましょうか?」


 少しだけ大きめな声で、この場にいる全員に聞こえるように言った。

 この場にいる全員というのは、単純に先ほど食事を共にした者達の事だ。僕等のチームや『ドラゴンズフォース』、そして『ラブピース』の方たち。計十六人がこの広間でお茶を楽しんで、中にはデザートのケーキを食べている人もいる。


 彼等に聞こえるように、ワザと言った。理由は簡単、皆の反応をみるためだ。

 僕の言葉に反応した人たちは様々だ。


 まず、僕等のチームはこちらに顔を向けた。ティーカップに口をつけて止まったり、腕を組んだり、何かをいじくったり、ケーキを食べていたりしているが、視線はこちらを見ていた。


 次に『ラブピース』のリーダー、レイルもこちらを見ていた。普通に興味あり、という感じだ。もしかしたら僕らの行動に便乗してついて行こう、と考えているのかもしれない。召喚者ミリアはこちらを見ていないが、動きが止まったことでこちらに気を向けていることは分かった。アーセルは、ケーキを食べていた。


 反応が鈍かったのは『ドラゴンズフォース』の者達だ。リーダーであるヴァンや隣に座るミナ、席を唯一立っているギースはこちらへの反応はあまりない。召喚者のエミューも、ミリアと同じ感じがする。つまり、顔を向けていないけれど反応はしている、と言った感じだ。カトはこちらを見ている。おそらく、昼頃頼んだ研究所の件について、話し合いに加わろうと思っていそうだ。

 思ったよりも食いついたのが、赤い髪を指でクルクルと巻きながら、にこやかな笑みを浮かべ、こちらに顔を向けている少女だ。名前はたしかリコ・サニィだったかな。身長は僕と変わらないし、見た目の年齢も僕とは変わらないけど、天空都市のディストラス達の件がある。見た目での年齢は『参加者』には当てはまらない可能性がある。もしかすると、この中で一番歳が上かもしれない。年の功はかなり厄介だ、気を付けないといけないな。


「そうですね。滞在期間はあと二日ありますが、明日どうするするかはもう考えてもいいですね」


 クリエットが鎌をかける様に言った。

 彼女が言った「滞在期間はあと二日」というキーワードは、実は嘘だ。天空都市と同じく、三日間で情報を集めるというのは、この都市に来る前にすでに決めていたことだ。

 一日延ばしたのに言ったのは、相手に罠を仕掛けさせないようにすることと、他の者の反応を確かめるための作戦だろう。

 残念ながら、反応はあまりない。むしろこちらのチームの少女、アリシアだけが「そうだっけ?」と言いたげな顔をしている。たまに察しがいい彼女だが、咄嗟の事には対応しきれないのが弱点なんだろうな。


「うん。明日は僕とユリアんで研究所に行こうと思うのですが。カトさん、手配の方はどうですか?」


 この場にいるほとんどの視線が、何かしらのお酒を飲んでいたカトに向かった。

 彼女は立ち上がり、こちらのテーブルへ歩み寄る。近付けば近付くほど、彼女の大きさが分かる。いろんな意味で。足元とか見づらそうだ。


「......すでに完了済みだ。それと、なるほど......そうやって貴様らは情報を集めているのだな......」


 気付かれたか、だが問題ない。十分情報は貰っている。それに、彼女が直接こちらに来た、ということは。彼女はチームに皆に言っていなかった可能性がある。

 カトは振り向くように、誰かを確認した。目線の先は瞳を閉じ、腕を組んでいるヴァンだった。


「ならカトを、案内役として連れていけ」


 ヴァンは提案するように言ったが、カトからすると命令に近い感じがする言い方だ。目を閉じ、素直に頷く彼女だが、嫌そうな感じが普通に態度や表情で読みとれた。

 上下関係はこのチームにもあるみたいだ。

 ディストラス率いるチーム『神の集い』も同じくあったが、こちらの方がしっかりしている感はある。しっかりしているというか、厳しいと言う方が正しいのかもしれないな。


 ヴァンと、彼の隣にいたミナは立ち上がり、二人は広間を出て行った。

 二人に着いて行くようにギースも一礼した後、出て行った。


「では、カトさん。明日はよろしくお願いします」


 微笑み浮かべながら立ち上がり、カトに手を差し伸ばす。彼女も手を差し伸ばし、握手をした。

 約束をするための握手。ただの握手。普通の人ならそう見えるだろうな。

 今はそれでいい、個人的に仕掛けた事だから。読まれてはいけない、特に、先ほどからこちらを見て微笑んでいる、あの赤毛の少女、リコには。


「では、部屋に戻りましょうか。続きは戻ってからで」


 手を離した後に、チームの皆に言った。

 ヴァン達が立ち去った為、情報がこれ以上手に入らない。それに、映像の解説もしなければいけないし、明日のことについてのチーム内だけで話し合いもしたと考えての発言だ。

 チラッとリコを見る。まだ同じ席に座ってこちらを見ていた。

 彼女の前に置かれたティーカップの中身はすでにない、にもかかわらずどこにも行かない。同じチームであるカトに用事があるのか、それとも、別の何か......。

 目が合った。彼女は手を振りながらこちらに笑いかける。

 一瞬で寒気がした。嫌な予感、といか感じがする。




 皆は次々と広間を出ていった。

 同じようにレイル達、チーム『ラブピース』の三人も出て行った。アーセルはケーキを皿ごと持って行ったのを、あえてツッコまないようにした。


「あなたはなかなか、素直で気持ちがいいわね」


 出ていこうとしたところで、あまり聞きなれない声が聞こえた。

 声のする方を見ると、まだ広間にいたアリシアの隣に一人の人物がいた。あの赤髪の少女、リコだ。彼女はいきなり話を振られ、戸惑っているアリシアを揶揄うように、彼女の隣の席で手を顎に乗せ、楽しそうに足をばたつかせる。


「うん、すみません。僕等は部屋に戻りますので、話は明日でよろしいでしょうか?」

「あら、残念ね。彼女は裏表がなくとても素直で、一緒にいて気持ちがよかったのに。そうね、嘘と疑念まみれの心しか持っていない、貴方と違ってね?」


 また寒気がした。今度は先ほどより深く、心の中に突き刺さる様に。リコの、赤毛の少女の可愛らしい笑顔の先から出された棘が、僕の身体を貫くような感じがした。

 彼女はヤバい。

 ソウジではないが、直感でそう感じた。


「アーちゃん、もう行きましょうか」


 自分らしくないが、強引にアリシアの手を引いた。

 彼女は「え、えぇ......」と、また戸惑うように立ち上がり、着いて行くように後ろを歩く。



「僕ちゃんはなかなか、姑息な事を考えるのね」



 広間から出るため扉の取手に手をかけた時、見透かしたようにリコが言った。

 内から熱い何かが溢れ出る感じがして、動きが止まってしまった。この感じは自分らしくない、感情に任せようとしている。

 だけど、これは、普通には、止められそうにない。


「アーちゃん。すみませんが、先に部屋に行ってください」

「わ、わかったけど、ジョン君はどうするの?」


 取手から手を離し、アリシアと繋いでいる手も離して、その場で振り返り、リコを見る。

 彼女は手を振り、まるで誘っているように微笑みを浮かべていた。


「僕は少し、用事を思いつきました」






 僕は知らなければいけない。それも出来るだけ早く、多くの情報を、彼女から。

 先ほどから気になっていた。リコのあの視線は、僕がよく人を観察する時と同じだった。ただ、似ているだけではない。感覚的に、僕の中の内なる声が言っている。

 彼女、リコ・サニィは、僕と同類だと言う事を。


「何かあたしに用かな?」


 リコの前にある椅子に座り、彼女を観察する。

 他の者は誰もいない。この大広間で、三つの丸テーブルと並ぶ椅子に、子供がたった二人だけしかいない。

 もちろん、遊びで彼女の前に来たのではない。彼女の能力名をクリエットから聞いたときに、そしてソウジからの忠告から注目をしていた。


 リコ・サニィ。クリエットから聞いた能力名は『思考交信』と言うらしい。そして、おそらく、僕が一番苦手であり、天敵である相手だとも思っているおり、同時に同じ性質の存在だとも思っている。ソウジは彼女の力を『心の内を読み取る』能力ではないかと見ていたが、もし彼の考えが当たっていた場合、かなりまずいことになる。

 考えを読まれていた場合、僕の計画が、僕が行ってきた事すべてが無駄になってしまう。

 いまここで、確かめなければ......。


「うん、あなたの能力は――」

「そうよ、あなたの思っている通り。ズバリ当たっているわ」


 リコは組んだ手に顎を乗せ、見透かすように笑う。

 いや、実際に見透かしているのだろう。彼女の態度、仕草、声の抑揚、目線、その全てが物語っている。

 彼女、赤毛の少女、リコ・サニィは、ソウジの勘の通り『心を読む』能力を持っている。と、今は仮定していこう。


「どういう、ことですかね?」


 何食わぬ顔で言い返す。

 もしかするとリコは、僕と同じ特徴を持っているかもしれないと考えたからだ。心を読むのは嘘で、ただ僕に対し、鎌をかけただけかもしれない。

 だが、もし本当に僕の考えを、心を読むとしたら――


「すべての、特にカトに仕掛けた催眠がバレてしまう可能性がある。ってかな」


 また、真っ直ぐな瞳で、迫る様にリコは言った。

 大丈夫、まだ慌てるな。まだ観察していれば、あのくらい気が付いたって不思議ではない。彼女が言ったことはそういうことだ。


「そうじゃ、ないんだけどなぁ」


 リコは僕が考えたことに対して、答えるように言った。

 思わず口を塞ごうとして動いた手を、すんでのところで止める。今動いてしまえば、考えが読まれたと相手に悟られてしまう。まだ、ただ鎌をかけているだけかもしれない。

 しかしまずい、これ以上は彼女のペースに飲み込まれる。


「うん。先ほどから、何を言っているのですか?」

「何って。あたしは君が考えた事に対して、答えているだけよ」

「御冗談を、考えを読むなど出来るハズが――」

「君が言うことなの? 皆を観察して、考えていることを分析していた君が言うの?」

「うん、リコさんが言う事には一理あります。ですが、どんな人でも、完璧に考えを読むなどは出来ませんよ。人ならざる者なら、話は別ですが......」

「う、なっ......!」


 リコは何かを言おうとして止めた。

 何も考えずに、反射的に会話をして正解だった。

 彼女は先ほどまでの落ち着きが無くなり、表情から読み取るに焦りと恐怖、怒りが窺える。どうやら僕が言った「人ならざる者」と言う単語が、かなり効いたみたい。

 あまり人を罵倒するような言葉は好きではないが、この場合はあえて使おう。心を読むなど、普通に考えれば嫌われそうな力だ。その事を突けば、彼女を封じれると思っていた。あんなことを言ったが、彼女だって僕から見ればただの人だ。感情が揺れれば、それだけで人は簡単に動きを止める。特に、人の心を読むような相手には効果がある。実際自分も似たような事をしている訳だし、僕だって似たようなのを言われたこともあったからね。

 考えを読むのはそれほど難しい訳でもない。学べば誰でも出来る事であり、僕からしたら読めない、考えれない相手が異常だと考えていた。人の心は難しそうで、実は簡単だったりもする。


 情報はちゃんと貰った。リコの発言などで分かったが、どうやら本当に、ソウジが言った通り『心を読み取る』能力を保有しているらしい。

 なぜ僕にその事を包み隠さず、あんなバレる様に言ったのかよく分からなかったが、一先ずこの情報を持って皆のところへ帰るとしよう。


 部屋を出ようと椅子から立ち上がり、最後にリコへ意識を向ける。

 彼女は足元に視線を落とし、下唇を噛んでいた。表情を見なくとも、悔しそうな顔をしているのだと分かる。


「うん、では僕は部屋に戻るとしま――」

「その『うん』て口癖......、元は兄さんの口癖だったのよね」


 リコの発言に心臓が大きく跳ねた。

 彼女はいま、何と言った? 僕の、兄の口癖だと、言ったのか?


「な、なんのことで、ですか?」


 僕らしくなく、口が震えてうまく言えなかった。

 リコは顔を上げる、とても嫌な笑顔を浮かべている。まるで仕返しと言いたげな、口の両端を極端に吊り上げた表情をしていた。


「そう、仕返し。このあたし、大竜帝国特殊情報捜査局長を侮辱した報いは、百倍にして返してやるわ」


 リコに気押され、自然と身体が後ずさりする。

 なんだろう、この感じは。恐怖でも怒りでも憂いでもない、初めての感覚。とても嫌な感覚でもあった。

 あと、彼女は兄さんの口癖とも言っていた。まったく、何のことか分からない。僕に兄という存在はない。そうだ、僕に兄は――


「いないはず。それもそうよね。君はあの時の記憶を、心の奥底に封じ込めていたのだから」

「いったい......な、なんの」

「君の両親が別れるちょうど二週間前、君の兄さんは死んだ」

「う、嘘、ですよね。そんなき、記憶......覚えていませ、ん」

「両親が別れたのは主に、それが原因だと世間体で言われていた」

「ち、違いますよ。も、元々両親は、仲が悪く......」

「兄さんの死は事故死とされているけれど、本当は違う」

「こんな話は、や、やめましょ......う」

「当時の君はいろんな事が出来たが、兄さんは君以上の存在だった」

「や、やめ......」

「全てにおいて優秀で、多彩で、人気もあった」

「......」

「そんな兄を君は嘘を付いて、両親から危ないと言われていた崖の上で――」

「やめろッ!!」


 気が付い時には遅かった。握り締めた右手拳でリコを殴りかかっていた。

 都市での戦闘は禁止されている。ゲームの第四の規則に書いてあった。しかし、いまそんな事気にしていられない。彼女の忌々しい声を消し去ることさえできれば、僕の存在なんてどうでもいいと思えた。

 握った拳は、彼女になかなか当たらない。まるで時間が遅くなったような、距離が伸びたような感じがする。それでも、止まらない。あの憎たらしい笑顔を止めさせなければ、自分がおかしくなってしまう。何故僕がここまでこだわるか分からない。身体が自然と動いたと言えばいいのか、それとも本当に、僕に兄がいたのか。いたからこんな感情が揺れ動いたみっともない行動に出たのか。


 これは、みんなに怒られそうだな。怒られないように毎日気を使っていたけれど、それも終わりだ。

 僕は彼女を殴り、そしてゲームから削除され、この世界からも消え去る。

 例え彼女の仕掛けた罠だったとしても、今の僕にはどうすることも出来ない。所詮僕は、大人の真似ごとをしているだけの、単なる餓鬼だったんだ。



「止めなよ、ジョン君。らしくないぜ」



 背後から声が聞こえ、服を後ろに引っ張られた。

 拳は空振りに終わった。代わりに背中を軽く何かが当たる。

 何かよくわからない。恐る恐る後ろを確認すると、そこには先に行ったはずのアリシアがいた。彼女は微笑みを浮かべ、両手で僕を優しく包むように抱きしめた。


「何よ、あなた達は......」


 リコがまるで、苦虫を噛み潰したような顔をしながら言った。

 それとあなた達とは、つまりアリシア以外に誰かいるのか?


「いんや~。嫌な感じがして見に来たけど、やっぱりオレは冴えてるね~」


 左側から先ほどと同じ声が聞こえた。声の方を見ると、もう一人いた。

 黒髪のパーカーを着て、無駄に多いポケットのズボンを穿いた青年。僕のチーム『場違い』のリーダーで、頼りなさでは一番の男性。だが今は、その姿が輝かしく見えた。

 ソウジが僕の隣に立っていた。


「大丈夫かい? ジョン君」


 ソウジは僕の頭を優しく叩きながら言った。

 彼のこの行動はいつも、冗談を言った時や何かを誤魔化す時に使っていたが、今回は何か違った。とても安心できた。


「だ、だいじょうぶ、です。すみません、僕としたことが取り乱しました」

「そうかい。そうだね。でもよかった、危うくジョン君を失うところだった」


 思わず感極まり、視界が悪くなる。

 アリシアが「もう大丈夫よ」と言い、ハンカチを手渡してくれた。赤いハンカチだ。顔を覆い、特に目の箇所を重点的に擦ったのち再び広げてみると、色は更に深みあるスカーレット色に変わっていた。

 思わず心で「どれだけ泣いてるんだよ」と呟いた。


「邪魔よ、いまあたしはジョンとお話してるの。それも、とてもとても楽しいお話を、ね」

「これは失敬をしたね~。でも、年上の子が年下の子を泣かしているのを、さすがに黙って見ているわけにはいかないよね~」


 リコから僕の姿を隠す様に前に出て言った。

 なんだろうこの感じ、前に立つ彼を見ると、少し懐かしい気がする。


「それにしてもあなた達全員、どれも面白い過去を持っているのね」

「ふ~ん、なるへほ~。どうやらリコちゃんは心を読むだけじゃなくって、他人の過去も見る事が出来るらしいのね~。まったく、パターン三つ目だったか......」


 ソウジは棒携帯――エステルで頭を叩きながら言った。


「パターン......、なるほどね。あなた、なかなか怖いことを考えてるのね」

「おっと、そうだった。こころ、読まれるんだったね」


 考えを読まれたが、それを何とも思ってもいない態度のソウジに、リコはまた嫌そうな顔をした。

 ソウジは「よし。実験だ」と手を叩いた。それは僕がマジックでいつもやる、手を叩く感じに似ていた。


「......」

「......」

「......」

「......言わせねぇよ!」

「......」

「......だから、言わせねぇって!」

「なんで邪魔するのさ~!」

「そう言えって、あんたの心が強く言ってるんだよ!」


 ソウジは何も話さないのに対し、リコが何かツッコミを入れるように叫んでいた。

 二人で何をやってるのか、傍から見ただけでは全く分からない。だが、ソウジはそうではなかったみたいだ。小さく「なるほどね~」と言い、にやけ顔を浮かべて振り返った。


「また、何か変な事考えてそうよね」

「そのようですね」


 アリシアも同じ考えを持っていたらしい。

 あのソウジの顔は僕もよく知っている、イタズラする前の悪ガキの顔だ。


「まったく、何を考え......」


 リコが恐らく、ソウジの心を読もうとしたのだろう。その直後、彼女は目を見開いたまま動きを止めた。

 彼女はプルプルと身体を軽く震わせたあと、その場で倒れた。

 倒れたすぐ後に風が吹いた。室内にいるはずなのに、着ている服や髪が乱れるほどの突風が吹き荒れた。


「き、貴様! リコに何をした!」


 気が付くとリコを抱え叫ぶ緑色の女性、カトがいた。どうやら先ほど吹いた風はカトが生み出したモノらしい。

 すぐに彼女の力は『風を操る』能力と、クリエットとソウジが言ってたのを思い出した。


「なに、リコちゃんは心を読むんっしょ? だから、これから起きるであろう最悪なパターンを十三ほど、一気に考えてみんさ~」


 ソウジはケラケラ笑いながら言った。

 彼の言った事にカトは「はぁ?」と言いたげな顔と目をした。

 つまり、リコが倒れたのは、ソウジが考えた事を読み取ってしまい、頭が混乱を起こして倒れた。と言う事なのだろうか。にわかには信じがたい、彼女だって人の心を読むのだから、普通の者よりも耐え得る精神を持っているはずだ。僕がさっき言ったような、トラウマじみた事を言っても、彼女は悔しがるだけで倒れることはなかった。

 僕が言ったトラウマ的なキーワードより恐ろしい事を、彼は考えたと言うのか?


「そんなら、オレ等は部屋に戻るぜ~。明日はヨロシクな、カトちゃ~ん」


 ソウジに手を引かれ立ち上がり、逃げるように駆け足気味で大広間を後にする。

 後ろを横目で確認する。リコはまだ、カトの腕の中と彼女の豊満な胸を枕にして気を失っている様子だった。




「その、ソウジさん。ありがとうございます」


 大広間から出て、リコやカトが見えなくなったところでソウジにお礼を言う。

 彼がいなかったら僕は死んでいた、と思う。実際に規則を破ったわけでもないし、破った者を知っているわけでもないが、危機感を覚えた事は本当だった。仮に、規則で死んでいなくとも、彼女が直接手を下したはずだしね。

 つまり僕は、彼女リコにいいように利用されただけなんだ。

 ソウジはそんな僕の気を知ってか知らずか、ただ一言「気にすんな」と軽く僕の背中を叩いた。

 気にするな、と言われるほど気にしてしまうモノだ。普通の人であれ、特別な才能を持った者であれ、心を持つ者であれば、自らの失敗を気にしない人はいないのだから。


 後ろを一緒に歩くアリシアを見る。彼女は振り返った自分に暖かく優しい笑顔を向けてくれた。

 僕は彼女の事が苦手だ。元の世界では有名なアイドルだったが、その実態は世間知らずで正義感が強く、自分が正しいと思った言葉、行動を、周りを気にせず起こす。流れを遮る人は、僕にとってたまに邪魔な時がある。彼女はその一人だ。

 僕は彼女が嫌いだ。喜怒哀楽が激しく、動けば五月蠅く、興味が無いとものすごく静かだ。それでいて、先の事をほとんど考えていない様なところも多い。

 僕は彼女が好きだ。ずっと観察していても飽きず、面白い。それにとても純粋だ、本当に驚くほどに。


 歩きながら頭を下げ「ありがとうございました」とアリシアにお礼を言った。

 彼女のあの抱擁は心地が良かった、落ち着くし何より安心する。忘れかけていた母を思い出す。

 アリシアは笑顔のまま首を傾げた、何のお礼か分からなかったみたいだ。自然体な彼女らしい、あんな行動を普通に行えるとは素晴らしく清らかな人だな。


 そういえば、彼女のハンカチはまだ手に持ったままだ。


 ......後で洗って返さないとな。



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