30 未来都市 竜国の帝王と使命ある英雄
エミューの持つ『神声』によって、二人の男性が決闘場の中心で向かい合う形に立っていた。
色黒の竜人男性――ヴァン・クラゥン。レベルは九七。能力は『絶対王導』。
大剣を背負った黒髪の男性――レイル・ヒュアン。レベルは九九。能力は『我ガ意思二応エヨ』。
二人とも能力名だけではどんな力なのか分からないし、これから始まる事に今の視界では理解できないかもしれない。
だからこそ、発動する。
左目を手で抑えつつ、私――クリエットの持つ『神眼』の能力の一つ。自分が求める距離を自動で調整することができ。その眼に映る、あらゆるすべての動きを遅くさせ、行動を詳細に把握させる力。『解視』を発動する。
未だ二人は立ち止まったまま交えていない。
彼等は何かしら会話をしている。二人の口の動きに注目して、眼で何を話しているのかを読み取る。
「もう一度確認するが、オレが勝ったら仲間になるんだよな?」
「それはオレをこの地面に跪かせてからだ。だが、はっきりと言うぞ。レイル、貴様は決してオレには勝てない。特に、今の貴様ではなおさらだ。まず貴様が勝利する以前に、勝負にすらならないだろうな」
レイルが「やってみないと、分からないさ」と口を動かし、背負っていた黒い大剣を空中に放り投げた。数回転した後、落ちてくる大剣を片手でキャッチし、そのまま地面に振り下ろす。
小さな地鳴りが起き、決闘場の赤土が舞い散り砂煙が二人を覆った。
彼が持つ大剣『極天剣ーレイルソード改』は、レイルが魔王討伐という使命を受け、その旅の途中に手に入れたお気に入りの武器の一つ、と眼に映った。使命を受けた途中に彼は飛ばされゲームに参加したとなると、彼が元の世界に帰りたがっているのは、その使命達成の為なのかもしれない。
大剣を取り出したレイルに、ヴァンは「ほぉ?」と呟いた後「あの騎士並には、楽しめそうだ」と不敵に笑みを浮かべながら口を動かした。彼は『王の法則』戦みたく右手に黒炎を生み出し、中から巨大な赤く脈動する大斧を取り出した。
数回大斧を、まるでおもちゃのように軽々しく片手で回してから肩に乗せた。
彼の持つ大斧『黒鮮血』は、ヴァンの強固な鱗と強靭な歯を合わせ、さらに自身の血を混ざることでより手になじむように作られている、と眼に映った。彼の家系では代々そういった自身の武器を形成し、家宝にする傾向があるみたいだ。もし、このゲームで勝ち残り、元の世界に帰る事が出来たらあの大斧も家宝になるのだろうな。
「それはなかなか、よく出来た斧じゃないか」
「貴様もな。離れて見ても、よく手入れされているのが分かるぞ」
といった感じの会話をしているのを、口の動きで把握する。
これから戦う相手を褒めるとか、彼等は何を考えているのかさっぱり理解できない。
「では、始めるとするか。そうだな、ハンデだ。貴様から先に来るがいい」
ヴァンが空いた左手をレイルに差し出し、指を曲げ挑発する。
先ほどソウジ達、私のチームにも話したが、レベルやステータスはレイルが僅差で上。スキルや技の数では圧倒的にレイルのが上だ。要約すると数値上だけならこの勝負、ヴァンは不利なのが分かる。
だが、実際はあの余裕だ。ヴァンも私ほどではないにしても、ステータスを確認する術は持っているはずだ。その事を知ってなお、彼は一体何を隠している?
ヴァンの挑発は、この戦いの兆しとなっていた。
レイルはスキルの一つである、武術<影襲>により、ヴァンの背後の影まで一気に飛び、剣を振り下ろす動作をとっていた。
具体的に言えばあのスキルは、元は影魔法『シャドウムーブ』の応用。効果は「目視できる相手の影の位置まで移動する」を武術に組み込み、昇華させたスキルだ。
武術と魔法両方を扱う者ならば習得することが可能だ。が、問題は使用の難度だ。相手の動きを数秒止める『シャドウスタンプ』や、影が受けるダメージを本体にも与える『シャドウシフト』など、影魔法自体が元々高度な上級魔法なのだ。普通の者が使用しようとすれば、詠唱だけで数秒から数分はかかる。それを無詠唱で発動するとなると、思考を魔法構築に集中しなければならない。あの武術<影襲>は、その無詠唱に集中すると同時に身体も攻撃に移るような姿勢をつくる必要がある。
つまりは移動と攻撃を両立させたのが、レイルの使用した最高度のスキルだ。
レイルの持つ大剣が振り下ろされ、地面に突き刺さる。しかし、それ以外何も起きない。いや、起きなかった。
巨大で強大な大剣の一撃は、ヴァンのすぐ横を斬り、何も当たらず空振りした。その攻撃の間、ヴァンは一歩も動いていなかった。
ただ彼の横に砂煙を立てるだけだった。
レイルも目を見開きこの状況に驚いているようだ。
逆にヴァンは当然といった、顎を上げ口の端を上げ、横を斬りつけた無様なレイルに向け笑っていた。
レイルが消えた。ヴァンの強烈な後ろ蹴りを受け、後方へ吹き飛ばされたのだ。
咄嗟に大剣を戻し盾の代わりにしたためそこまでダメージは無いとは思われるが、それでも身体へと伝わる衝撃は相当なモノのハズだ。衝撃が風となり、こちらまで届くほどだ。
大剣を地面に突き刺し、停止するがまだヴァンの攻撃は続いていた。
急停止し、態勢を崩したレイルのすぐ上で、ヴァンは大斧を振りかぶっていた。吹き飛ぶよりも早く、自らも地面を蹴り後方へと飛び、レイルに追いついた。しかも、スキルや魔法、魔術の類は一切使用していない。ただの脚力だけで移動していた。
レイルは左手を上げ、手の平から赤い円形のシールドを出現させ、振り下ろされた黒大斧を辛うじて止めた。
あのシールドは上級防御魔法<ハイ・バリア>をさらに強化、強固にした最上級防御魔法<クリア・ハイ・バリア>だと、私の『神眼』には表示されているのだが。通常の出現したシールドの色は透明、しかし彼が使用したのは赤色のシールド。あれは固有能力に似た、レイルが持つ独自の魔法と言ったほうが正しいのかもしれない。
しかし虚しいことに、その特殊シールドも振り下ろされたヴァンの斧によって容易く砕かれた。
シールドは砕かれたが時間を十分に稼げた。態勢を整えたレイルは空中にいるヴァンに、突き刺さっていた土ごと大剣で斬りつけた。
斬りつけられたヴァンは散り散りになり、消滅した。
「遅いな......」
ヴァンの口の動きを瞬時に読み取る。
レイルが斬り、散り散りになったのは、ヴァンの素早い動きから生まれた幻影。本体は大きく空振りをし、隙が出来たレイルの横脇にしゃがみ込み、斧を後ろから振りかぶっていた。
普通の、ただ鍛えただけの者には、あのヴァンの攻撃は防ぐことも避けることも出来ない。完璧に入るであろう確実な一撃。あの攻撃は掠っただけでも致命傷になりかねない。
鈍い金属音が決闘場に響き渡り、髪や服が乱れるほどの突風が吹き荒れる。石壁にぶつかり、小さな地鳴りが後から追いかける様に聞こえてきた。
この音と振動の発生源は、大斧の一撃を食らったレイルからだとすぐに分かった。
ヴァンは振りかぶった姿勢のまま少しの間止まり、そして悠々と立ち上がる。彼の背後にはレイルの持っていた大剣が地面に虚しく突き刺さっていた。
無防備な個所を、しかもあの至近距離で受けたのだ。確実にレイルは倒れる、勝敗は決した。
と、普通に観ている者ならそう捉えるだろう。だが、私の眼は視ていた。
あの瞬間、ヴァンの大斧がレイルに当たる寸前、彼は持っていた大剣を手放し、武術<重量化>と無詠唱で発動した上級強化魔法<ハード・プロテクタ>を自身にかけていた。武術<重量化>は着ている物の比重や体重を大きくする。強化魔法<ハード・プロテクト>は、簡単に言えば着ている防具のダメージカット率を高め、防具その物の耐久力、衝撃吸収力、防御力を大幅に上げる効果を持つ。
この二つの効果で彼の受けるダメージのほとんどを着ている黒い全身鎧と地面に移った。
あの状況で咄嗟に二つの技を、ほぼ同時に発動させるとは。レイルという参加者の男性は私の思っていた以上に戦闘慣れしていた。そして、自分の持つ防具や武器をよく知っている。あの攻撃のダメージのほとんどを防具に受け渡す。それはつまり、防具がその攻撃のダメージに耐えれなければ逆に防具が砕かれ、そのまま攻撃が貫通する恐れがあった。
しかし、実際は吹き飛ばされただけだ。あの鈍い金属音は、ヴァンの攻撃を鎧が見事に受け止めた。残念ながらヴァンの力も相当の物で、衝撃までは逃がしきれず、自身は吹き飛ばされてしまった。
といった感じが今の状況だ。
ここまで数分も経っていない。しかし、ヴァンは圧倒的だと分かる。レイルの攻撃のほとんどは空を斬り、当たることがほとんどなかった。むしろ翻弄されている、といった感じを傍から見てうかがえる。
まだ勝負はついていないだろうが、このままでは勝敗は決しそうだ。
レイルは十分強い。使用する魔法や武術は並大抵の者では習得するにも使用するにも困難だが、それを平然と使いこなしている。装備している武器や防具も性能が高く、それでいて彼に合っている。
にも関わらず。そのすべてを意に介さず、ヴァンは自身の身体能力だけで彼を上回る。
この戦いの最もの違いはそこにあるのだろう。
レイルは自分の持つ武器、防具、スキル、技、魔法、魔術を使いこなしているが。対するヴァンはそれ以外にもさらに、彼自身の身体の構造を知り、使いこなしている。
たったそれだけで、この状況の差が生まれた。
レベルやステータス値、あらゆる面においてレイルの方が高いはずなのに、眼に映るモノは数値を見るだけではありえない現状だった。
「これで、終わりではなかろう?」
ヴァンの口がそう言った。
彼の声に応対するように、吹き飛ばされた衝撃で舞った石壁の砂煙が晴れ、レイルが姿を現した。
片腕を痛めたのか左腕をぶら下げ、右手で顎に下たる汗を拭う。観たからに満身創痍の状態だ。これ以上の戦いは命に係わる。
それでも立ち上がりヴァンにゆっくりと近付く。レイルの足は軽やかに動いている。ダメージは左腕の負傷くらいか。それと、着ている鎧にも傷がほとんど付いていない。強化魔法を施されていなくともあの鎧事態、相当強固な代物だと分かる。
「もちろん、まだこれからだ」
そう言ったレイルは、またしても消えた。今度はヴァンの攻撃ではなく、自らの武術を使用してだ。
レイルは突き刺さっていた大剣の近くに現れた。彼の使用したのは、転移魔法<武装転移>という技。これは武器や防具を自らの手元まで転移させる。しかし彼はこの魔法を応用し、逆に自身を移転させるように発動させた。簡単な発想の逆転だが、そう簡単に出来るようなものではない。物体を移動させるよりも人を移動させる方が数段難しい。
何せ私自身が苦手な魔法の一つだから、そのことはよく分かる。
大剣を地面からゆっくり引き抜いたレイルは、背を向けているヴァンに対し何もしない。ただ、大剣を調べるように裏返したりしながら確認している。その間に怪我をしたであろう左腕を回復魔法<キュア>で治療を施した。使用したのが上級回復魔法でない事を考えると、やはりそこまでのダメージは負っていないのか。
ヴァンも振り返り、後ろにいるレイルを見つめる。肩に乗せた大斧の亀裂から脈動するような赤い光が、妙に目に焼き付く。
「ふぅーん。それがお前の能力、か......」
大剣を調べ終わったレイルが、小さく口を動かし呟いた。まだ数度しかヴァンと剣を向けていないのに、彼のヴァンの固有能力を見破ったということなのか。それとも単なるハッタリか。
どちらにせよ、レイルは動いた。
大剣を自身の後ろに向け、姿勢を低く、重心を下げる形で構えをとる。
「本当に、オレの力を理解したのか?」
ヴァンは大斧を地面に突き立て口を動かす。
構えているレイルに対し、ヴァンは未だ無防備に突っ立っている。あの体勢から動くとなると、少しだけ相手よりも動作が遅くなるはずだが、ヴァンは気にしている様子はない。むしろこれからレイルの行動を、楽しみにしているようにも見て取れる。
「まぁ、だいたいかな。あとは実戦で試してみるだけ......だッ!」
レイルが武術<低飛>を使用した。
地面スレスレの低い姿勢でまるで飛ぶように、瞬間的にヴァンの顔付近まで移動した。
この移動の間、レイルの身体が赤や青に光る。彼は移動中にさらに速度を上げるため武術<加速>と強化魔法<ハイ・スピード>、時間魔法<タイムスキップ>を続けて無詠唱で発動する。
時間魔法によって大剣はすでに振られている状態になっていた。対してヴァンは同じ表情を浮かべたまま、微動にしない。
続いてレイルが武術<天斬>を使用する。
足元から流れるように、天空を貫かんとするほどの、空間を斬り裂かんとするほどの、強烈で完全に型に入った、常人には真似できない斬撃が繰り出された。
そして、研ぎ澄まされたレイルの斬撃は――ヴァンの顔をかすめ、空を斬った。
まただ、また外れた。レイルの一撃目と同じだ。
確実に入るハズの一撃を、微動にしないヴァンに対しては当たらなかった。ヴァンもまた分かっていたかのように、空振りに終わったレイルを変わらぬ笑みのまま見つめる。
彼には余裕がある、まるでこの結果が当然だったかのような態度が見るだけでも伝わる。
「うおぉぉぉぉッ!!」
レイルが雄叫びのような声を上げた。まだレイルの攻撃は終わっていなかった。
武術も魔法も発動せず。ただ振り上げられた大剣の柄を握り直し、足を踏ん張る様にして剣を無理やり戻す。次は右斜め上からの斬り下げをヴァンに繰り出していた。
ヴァンの肩に斬撃が入る手前で、金属音が響き渡る。ヴァンが大斧を足で蹴り上げ、その勢いのままレイルの斬撃に当て、弾き返したからだ。
無理やりで生半可な力の斬撃だからと言っても、あれを片手で、しかも体勢が整っていない状態でヴァンは弾き返した。単純な筋力だけではない。動体視力、反応速度、判断力、そして恐らく実戦経験の多さが、レイルの一撃を弾き返したのだ。
しかし、今回は弾き返した。空を斬らず、ヴァンはこの戦闘始まって初の防御に入った。
この一撃で何かを掴んだのか、レイルは歯を見せにやける。
ヴァンもまだ笑みを浮かべたままだ。心なしか、先ほどよりも口の端が上がっている。
レイルは崩れた体勢を地についていた右足だけで整え、弾かれた大剣を今度は横にして振るう。
逆に、先ほどの一撃で体勢を低く構えたヴァンが、レイルの攻撃を大斧で逸らして躱し、カウンターに顔目がけて大斧を振り下ろす。
この攻撃は剣では間に合わないと考えたのか、レイルは頭を下げながら武術<衝破>により、右手を大斧に当て頭スレスレに回避した。
普通の攻撃ならば武術<衝破>で弾き返す事が出来る。しかし、ヴァンの攻撃は逸らすことが限界だとレイルも考えたのだろう。結果として彼の思った通り、弾かれず軌道をギリギリ変えるのが精一杯だった。それほど、ヴァンの単なる攻撃は強烈で強力だということか。
残った左手に握り締められていた大剣を、片手で振るう。力もそこまで入っていない、が十分ダメージを与えれる。そう判断しての攻撃だろう。
無理やり振られた大剣は当たらなかった。ヴァンは身体を反り斬撃を躱した。
が、ヴァンは身体を動かして避けた。これが重要だ。これで彼はレイルの攻撃に対し、防御に続いて回避的な行動をしたことになる。
今まである意味一方的に、まるでヴァンの思い通りに動いていた局面が、徐々に変わりつつあった。
ヴァンはさらに笑みを強くし、瞳は一本線の眼に変わった。あの眼は竜人族や爬虫類人族の多く見られる現象だ。本気になったときの、完全な戦闘体勢になったときに現れるときの瞳だ。
高笑いをしながらヴァンは大斧を横向きにして大きく振るう。
レイルの身体に当たる直前、大剣を引き寄せ斧を弾き返し、今度は両手持ちに切り替え斜め上からヴァンの肩目掛けて振り下ろした。対してヴァンは、左足を軸にしてその場で回転し、勢いをそのままに大斧を振り下ろされた大剣に向けぶつけた。
二人の武器が激しく衝突し、甲高い金属音が辺りに鳴り響き、生じた衝撃波によってお互い反発するように大きく後退した。
「カッハァッ! これはなかなか!」
「やはり、そういうことか!」
後退しながら二人は口を動かした。
楽しそうにするヴァンと本調子が出てきたレイル。これからが戦いの本番か、それともすでに勝敗は決しているのか。二人の心境までは視れないから、そこまでは判断は難しいが、しかしこの戦いの状況は変わりつつもある。もしかすると、もう戦況は変わっているのかもしれない。
二人は自身の武器を地面に突き立て、後退を止めた。
お互いの、全力ではないとは思うが攻撃をぶつけたのだ。身体にくる負担はあるハズだが、外野からに見る限りお互いダメージはそこまでなさそうだ。ただ吹き飛んだだけと言った感じか、それともただ傷を見せていないのか。二人は立ち止まった場所から、また加速してぶつかった。
横振りの大剣をしゃがんで躱し。振られた後の脇を目掛けて大斧を斜め下から振り上げるが、武術<分身>と武術<加速>をレイルが発動させたことにより、ヴァンよりも深く潜り込んだ後、右手を大剣から放し武術<衝破>を使用した。
レイルの放たれた右手を身体を捩じり回転させて避け、アッパーを繰り出す形になったレイルに向け右足で蹴りを食らわすが、レイルも武術<影襲>を発動し、蹴りを躱してヴァンの背後へと移動した。
武術<影襲>で背後を、しかも武器を振り下ろした体勢のレイルを、ここで初めて、ヴァンが持つ技の一つ竜術<竜王の威嚇>を使用した。これはヴァンの背後に現れた凶悪な竜の幻を見せることで、一瞬だけ相手の動きを硬直させる技。その技をもろに食らったレイルは一瞬だけ動きを止め、その間にヴァンがレイルの脇を通り抜け、逆に背後を取る。
空振りに終わったレイルの背後で、片手持ちではなく両手にして握り締められた、亀裂の中から激しく赤く脈動する大斧を、地面を削りながら左斜め下から打ち上げるようにヴァンは振り上げる。
背後を取られ、視界にも相手がいないため武術<影襲>も発動できないレイルにとって、このヴァンの唐突な技からの連続攻撃は避けようが無い。普通の者なら何もすることが出来ず、大斧によって真っ二つにされる。だが、レイルは違った。背後にヴァンがいると察したのか、飛ぶように大きく前に一歩を大きく踏み、ギリギリでヴァンの攻撃を回避した。
回避と同時に身体を反転させ、振り向いたレイルは武術<飛突>を繰り出す。攻撃を終え、隙を見せたヴァンにカウンターで大剣の、まるで飛んでくるような突きを放つ。が、ヴァンは斧から手放した左腕で、突き出された大剣を容易く弾いた。そのまま前屈みになったレイルに、残った右手で握られていた大斧を振るい襲う。
レイルは素早く武術<重量化>と上級強化魔法<ハード・プロテクタ>、さらに今度は上級防御魔法<スーパーアーマー>を発動した。上級防御魔法<スーパーアーマー>は、簡単に言えば攻撃を受けても体勢を崩さず、その場に居続け行動し続ける魔法。最初に発動した二つの武術と魔法では、ただ吹き飛ばされるだけと学んでからの使用だろうが、それではレイルに攻撃の衝撃を受けてしまう。あえてダメージを食らい、次の攻撃に転じる覚悟で発動したつもりか。
私が思った通り、レイルは振られた大斧に斬りつけられた。魔法によって強化された防具は何とか無事だが、斬られた衝撃は逃げ場もなく身体の全体へ伝わる。例え片手だけで持たれた大斧による攻撃だとしても、その衝撃は壁の端まで吹き飛ぶほどの威力。それを身体全身にまわした。極めて危険な行動だが、ヴァンにも隙が出来た。
大剣から手を離し、ヴァンの懐に滑り込む。
「奥義<手刀乱舞>!!」
ようやく出来た完璧な隙に、レイルは声を出して技を叫んだ。
両手の掌を合わせ、ヴァンの胴に武術<衝破>を当てる。吹き飛ぶよりも速く、武術<影襲>で後ろに周り、加えて右肘にかけた武術<飛突>によりヴァンの背中に鋭い一撃を与える。前と後ろからほぼ同時にきた衝撃で、その場に立ち尽くすヴァンの両脇を、拳をつくった両手で殴りつけ、加えて武術<内壊>で内臓にダメージを与える。補助魔法<ウェポンルーム>を発動し亜空間を生み出した後、右手をその中に突っ込む。新しい、今度は片側にしか刃が無い刀タイプの武器を亜空間から取り出し、勢いそのまま流れるようにヴァンの脇を通り抜けた。
ヴァンは未だ棒立ちの状態で無防備だ。
彼の目前に刀を両手で構え、顔に目がけて突きを放った。
「また、迷いが出たな」
ヴァンは細かく口を動かした。その瞳は先ほどまでの一本線ではなく、とてもつまらなそうな丸い瞳をしていた。
放たれたレイルの刀での突きは、ヴァンの顔を大きく横に外し、何も貫いていなかった。
刃は吸い込まれるように、まるで導かれるようにヴァンの顔の横を通り過ぎた。
「なっ......」
思わずレイルも呟くように小さく口を動かした。
彼もこの状況が信じられないと言った、焦りや緊張の表情をしている。額からは汗が流れ、頬を伝って下に落ちる。地面に落ちた小さな雫が合図になったかのように、ヴァンが連続攻撃の硬直から解かれ、右手に握られた大斧をレイルに振るう。
すでに何度か、レイルの連続した攻撃を受けているはずなのに、ヴァンはまるで効いていない感じが見れない。それほど自然に、身体を痛がる素振りを見せずにヴァンは反撃に転じた。
彼はダメージを受けていなかったのか?
一撃目と同じく、レイルは石壁まで吹き飛び、砂煙を散らした。
しかも今度は防御魔法や武術を使用していない。使用する隙が無いほど、ヴァンの一撃は今までよりも速く、そして鋭かった。
「クソッ......はっ!」
レイル立ち上がろうとした時には、ヴァンは彼の前にいた。吹き飛ばされると同じ速度でヴァンも移動してきたからだ。
ヴァンの右手に握られた大斧はすでに振られていた。
大斧による二連続斬り。これは相手の武術や防御魔法を使用する隙すら与えない猛襲。避ける事や防御さえ許さない絶対な一撃。例えどれほど防具が頼りになったとしても、身体に伝わる負担は一撃目の三倍か五倍ほどはあると考えると、死亡する可能性がある一振りだ。
つまりは、この戦いに終止符が打たれる。
そう、戦闘を終わらせようと思えば、ヴァンはすぐに出来た。
最初に蹴りで吹き飛ばした後、斧での一撃目を食らわした後。相手が無防備になる、今と同じ状況を作ろうと思えば、彼は容易に出来ていた。何故しなかったかの真意は定かではない。ただ戦いを楽しんでいたのか、それともレイルの力量を調べる為だったのか。
どちらにせよヴァンがいま思っていることは、私のチームの一人であるジョンでなくても分かる。
ヴァンはこの戦いに飽きてしまった。
彼の倦怠した視線が、乾いた表情が、無気力な瞳がそう訴えていた。
彼はレイルに、この戦いでは何も期待していないと、身体全体で表していた。
確実に終わらせるその一撃を問答無用で振り下ろされた。
いや、振り下ろされたと同時に、レイルに当たる手前で大斧が止まった。
「貴様、何のつもりだ?」
大斧を持つヴァンが右手を、反対側から支えるように別の手が指し伸ばされていた。
小さな、それでいて普通の人よりも毛が生えた手は、勢いに乗っていたヴァンの一撃を止めるほどの力を持っていた。出なければ彼女もまた、レイルと共に吹き飛ばされていたに違いない。
「これは、よくない攻撃にゃ」
止めたのは、私達と同じく観戦していたはずのアーセルだった。
頭の上に生えた耳をピコピコと動かし、腰から伸びた尻尾を左右に振るいながら、余裕を顔してヴァンの攻撃を止めた。ただ、支えている右手とは逆の左手は、強く握られ、いつでも反撃できる体勢であることもうかがえた。
「この一撃は、とても危ないにゃ。ご主人から手出しするなと言われてたけど、ご主人様を死なせるような一撃をあたしは見逃せ無いにゃ」
身長差がかなりあるため、アーセルは見上げながら口を動かした。
彼女の出現にヴァンは飛ぶように大きく後退した。彼が着地したと同時に、チーム『ドラゴンズフォース』残りの四人も彼の後ろに控えるように現れる。
集まった彼らの手にはそれぞれ武器らしき物が握られていた。
縁竜カトの両手には、以前見たカットラス。青竜ギースの手には、見えずらいがワイヤーのような道具。赤竜リコの右手は赤い、大きな弓が握られ、左手は矢の端を握っている。白竜ミナだけは何も持っていない様子だ。
彼等は全員、どう見ても殺気立っていた。
まさか、ここでレイルとアーセルを潰す気なのか?
「......興ざめだな」
小さく口を動かしたヴァンは、レイルとアーセルに背を向け、大斧を黒い炎と共に消し去る。その動作が合図になったかのように、彼に従う他の者達も武器もそれぞれの色のついた炎で消した。
一番後ろにいたカトが手慣れた様に<移転門>を発動させ、地面から巨大な門を生み出す。
ヴァンと共に他の四人と、そしていつの間にか彼等の元に移動していたエミューが、移転門の中へ入っていった。移転門の奥は察するに、未来都市へと通じているのだろう。あの王座の間のような景色が小さくだが見えた。
「うにゃ? やらないのかにゃ?」
未だ戦闘体勢のアーセルが問いただす。
「言ったろ、興ざめだ、と」
振り向かないままヴァンが答え、続けて「それと」と口を動かした。
「これ以上、貴様らのリーダーと戦ったところで、いま以上の力をそいつは出せんよ」
ヴァンが去り際に言い、移転門は閉じられ消えた。
彼が消えたことでアーセルも戦闘態勢を止め、腕を組んで鼻を鳴らす、ような仕草をした。
レイルは慌てて走ってきた召喚者ミリアによって回復魔法を受けていた。そういえば彼女もヒーラータイプの召喚者だったのを思い出す。回復魔法や治癒魔法の類では群を抜いているという話も、風の噂だが聞いたことがある。
そうだ、レイルは大丈夫なのだろうか。
敵である他参加者を心配するのは変だと思うが、あの強烈なヴァンの一撃を食らったのだ。例えミリアの回復魔法でも後遺症とか残る可能性も無くはない。
右眼の能力を更にもう一つ『解視』を発動する。二つ以上同時に発動すると頭が痛くなるからあまりしたくないのだが、少しの間なら問題にない。すぐにレイルの残り体力を数値化して視る。
これは驚きだ。ミリアの回復量を差し引いてみると、あの一撃でレイルの体力が五割近く消失していることが分かった。本当に、最後にあの一撃を食らえば、彼は確実に死んでいた。外傷無く、身体の内側がボロボロになるところだった。アーセルが無理に止めに入ったのも頷ける。
アーセルから途中手放した大剣と刀を受け取り、大剣を杖代わりにゆっくり立ち上がる。刀は受け取ってすぐに補助魔法<ウェポンルーム>に仕舞った。あの亜空間の中には、一体どれだけの武器が入っているのか気になるのは私だけだろうか。
去り際にヴァンが言ったことはどういうことなのか、私には分からなかった。
確かに結果的に戦闘はヴァンが圧倒していたが、レイルも十分力を出していたと思える。これ以上の力が出せないとは、一体どういう意味だったのだろうか。
「そいえばさ~、クリエちゃん」
そんな考え事をしていると、隣にいたソウジが唐突に話しかけてきた。
先ほどまで行われていた戦闘を観ても、この能天気そうな顔は変わっていない、というのがある意味凄い。これでレベルや力の差というのが、更にはっきりしてしまったしたというのに。
彼は「ん~」と頬を掻きながら、何か言いずらそうな表情をする。
もしかして彼の予想よりも、ヴァンやレイルは強敵で、やっぱり彼等を殺しゲームに勝つ、という事を諦める。とでも言うつもりなのか。
......しかしそれはそれで、いいかもしれない。
それでは天空都市にいるソーソ達との決着がつかないかもしれないが、生きていれば、いつかはそんな事を気にしなくなると思うし。もしかしたら、私自身もそう望んでいるのかもしれない。
「なんでしょうか?」
出来るだけ表情を変えずに、ソウジの言いたいことを聞いてみる。
少し観戦からの熱が冷めきっていないため、いつもより心臓の鼓動が速いが、どんな事でも聞けるような包容力はまだある。
思わず彼のゆっくり開く口に注目する。
彼の言ったことを、一つもこぼさないように、耳を観戦中並に立てる。
準備が完璧に整った私に対し、ソウジは短く言った。
「オレ等はどうやって都市に戻るんだい?」




