29 未来都市 二日目(前)
全体的に薄い黄色、近い色で言うならばライムライトだろうか――で彩られ城壁。このノヴォエラ城も思った通り、パラディソス城やモドュワイト城と色以外がほとんど同じ形状に作られているようだ。
その城の一室。俺――ロディオ達がいまいる部屋も、天空都市にあるパラディソス城でチーム『神の集い』とお茶や宴会をした部屋と同じ位置するところだった。
この部屋に俺達、チーム『場違い』の七人とレイル達、チーム『ラブピース』の三人が集められていた。
部屋はまるで王座の間のような形状をしていた。二つの出入り口のちょうど中央に位置する場所に階段のような段差が存在し、ガーネット色のカーペットがその段差の上に敷かれていた。その階段の一段目には緑、二段目には白と赤の各色の椅子が並べられており、一番上の段には漆黒を基調にした黄金の装飾が施された豪華な王座のような椅子が置かれている。
一際目立つその漆黒の椅子に座る者は、未来都市ノヴォエラを拠点にしているチーム『ドラゴンズフォース』のリーダーらしき者。短く切り整えられた紫紺の髪。褐色肌で、着ている黒服にぴったり吸い付くような筋肉を持ち、いかつく鋭いスカーレットの瞳の人物。肘をついた状態で退屈そうにしている男性。名前は『ヴァン・クラゥン』という男性だ。
一段下がり、ヴァンの左隣の白い椅子に座っている人物。サラサラのストレートで、腰まで伸びた美しい白髪。瞳を閉じ、背筋をスラッと伸ばした、華奢で色白の肌を持つ。名前は『ミナ・スノゥ』と呼ばれる美しい女性。
その反対側、ヴァンの右隣の赤い椅子に座っている人物。毛先がカールしたセミロングの赤い髪。キャラメル色の瞳で見据え、膝の上に両肘を乗せてにっこりと笑う。名前は『リコ・サニィ』と呼ばれる幼い少女。
さらに一段下がり、少女リコの隣にいる老紳士。他の者た椅子に座っている中、この者だけはずっと立っている。見立ての良い青色のキッチリとしたスーツとズボン。白いシャツに首には赤い蝶ネクタイを結ぶ。両手は白い革手袋に、両足には良く磨かれた高価そうな黒ブーツを履いている。短く整えた口髭と、先を尖らせるよう揃えた顎鬚。オールバックの青髪の先は尻尾のようにまとめられている。光る眼鏡の奥から見せるコバルトブルーの瞳からは、年相応の独特な落ち着いた感じがうかがえる。この人物の名前は『ギス・レィン』と呼ばれる男性だ。
その反対側。ミナの隣にいる緑の椅子に座る者。他の者と同じような、胸がはだけた服からこぼれるてしまいそうなほどの豊満なバストを持つ女性。この世界に来て最初の恐怖を与えた人物。部屋の端にいる俺達の存在に対し、不満そうな顔を浮かべるカト・ウィン。
彼等の前に頭を下げている三人。オレ達より先に彼等と謁見したレイル達だ。
「......無理だな」
レイル達の願いは、低くはっきりとしたヴァンの声によって却下された。
「一片の余地も無しに、ですか......?」
顔を上げ、見下げるヴァンに対し、少し強い口調でレイルが言った。
彼がヴァン達に頼んだことは、昨日ジョンが聞き出したことだ。つまり元の世界へ帰るための方法を探す仲間集め。その誘いを見事に拒否された。
「オレはな。オレより弱い奴の願いを聞くことはない、と考えている」
えらい自信だな。それはつまりこの者ヴァンは、チーム『ラブピース』のリーダーであるレイルよりも強いと言っているようなものだ。いや、実際に言っているのだろう。なにせ先ほどから、レイルの隣にで頭を下げているアーセルとミリア姫の背から怒気が感じられる。とくにアーセルは尻尾を左右に振って、いつでも飛びかかれるに準備しているみたいだ。
「では、私の力が証明できたら、仲間に加わってくれるのですか?」
「ほぉ? お前はオレよりも強い自信があるというのか? 本当の、本物の強さも知らないような、愚か者の分際で?」
「すまないが、ヴァン。オレはアンタなんかよりも強いと思っていますよ」
レイルの自信に満ちた言い方に、ヴァンは部屋を震わせるほどの高笑いをした。それに続くように他の座っている女性達も笑う。あまりにも馬鹿にした、煽るような笑い方だ。
そういえば、俺達もカトと出会って最初は、鼻で笑われてたっけかな。彼等は煽るのが好きなのか?
「ククク、よかろう。では本日正午に、オレ達がいつも使用している『決闘場』に来い。そこで貴様とオレの力の差というのと、見せつけてやろうではないか」
「わかりました。では、正午にまたお会いしましょう」
レイルは頭を下げた後、見下す五人の竜人達の部屋から出て行った。
部屋を出るまでのあいだ、レイルの瞳からは力強い意思を感じられた。彼等はすでにチーム『神の集い』を仲間に出来なかったこともあり、今度の仲間集めに必死なのだろう。
元の世界へ帰るために『参加者』を仲間にすることを考えている彼らと、元の世界へ帰るために彼等『参加者』を全員殺すことを考えている俺達とは、相容れない存在なのかもしれないな。
「して、貴様らはどうするつもりだ?」
レイル達が部屋から退室したと同時に、ヴァンが退屈そうに言った。
彼の言う貴様らとは、どうやら俺達のようだ。
順番がレイル達の後になっていたので、壁際に立たされていた。おかげで先ほどからのピリピリした空気もそのままだ、とても会話しづらい。
「うん。僕達も見学させていただきます。強い強いと言われても、ただ言葉を並べるだけなら、誰にでもできますしね。何か不都合があればやめておきますが、どうしますか?」
すこし挑発的な言い方をするジョンに対し、ヴァンは考えるように一瞬だけ瞳を閉じ、そしてゆっくり口を開けた。
「......いいだろう、ただし観戦だけだ。いらぬ邪魔はするなよ? 貴様らの存在はカトからすでに聞いている。狡猾な者達だが能力や全体的に力が無いと。力のない者達を置いておくのはオレとしては気に食わないが、貴様らには個人的に興味がある。せいぜいオレの戦闘を観て対策を考えればいいさ。そして、小細工は無意味と知るがよい」
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
ジョンがヴァンに軽く会釈した後、退室するためにオレの目の前を歩く。
俺達も彼の後をついて歩く。
扉を開け、王座の間のような部屋を後にする。その間ずっと、心臓の鼓動がはち切れそうなほど早くなるのを感じていた。あの空間は心臓に悪い。
それに、まさか本当にソウジの言った通り、戦闘の話になるとは思ってもみなかった。
ソウジはチーム『ドラゴンズフォース』と会う直前に「もしかすると、戦う話になるかもな~」と軽く言った、その後「もしそうなったら、見学するってことをジョン君が言いてね~」と、これまた軽く言った。
まるで手の内を見る、というよりも未来予知をしているみたいに彼はいつも語る。何故こうも言うことは当たるのか、彼と行動を共にしてから数カ月経った今でも謎のままだ。
俺達は昨日泊まった各部屋へと戻っていった。
部屋は天空都市で泊まった部屋に似ている。またしても色だけが薄い黄色に塗り替えられているだけ。もしかしたら、各都市の城は色以外の設計は同じなのかもしれないな。
しばらくして詳しい集合場所などが青いスーツを着た老紳士の男性、ギスから連絡が来た。
集合は正午前。場所はこの『ノヴォエラ城』のエントランス。移動方法はチーム『ドラゴンズフォース』のカトが用意してくれるという話になった。
正午までは、まだ時間がある。
またソウジに頼まれる前に、心に描いておいたあの王座の間のような部屋をスケッチでもしていようか。
…………
正午、陽の光がちょうど真上にある頃。ノヴォエラ城のただ広いエントランスにオレ達は来た。
被っているハット帽を少し上げ、視界を広くする。
来た時にはすでに移転陣が用意されていた。ただソレは、見知った移転陣ではなく、どちらかというと『移転門』と言った方が合っているかもしれない。
いつもの魔法陣は地面に描かれておらず、代わりに立てられた黒鉄色の、高さ三メートルほどはある大きな門。その門の奥は空洞だ。だが、奥の景色は門の反対側にある光景とは違っていた。つまりこれは、門の奥はどこか別の場所に通じている、と察するのが自然だろう。
移転陣とは違うが、移転するモノということは理解できた。ただ、問題を上げるとするならば、この門がどこへ繋がっているかということだろうか。
ジョンとソウジが観戦を希望し、チーム『ドラゴンズフォース』のヴァンも了承したが、さすがに都市外に出るのはまずくないだろうか?
俺が知らない間に、彼等からすぐに逃げる術をジョンやソウジがまた準備したのか?
前のパラディソス城から脱出したような、手品みたい小細工的なものをすでに用意しているということなのだろうか?
「うん、それでソウジさん。彼らの戦闘を見るのはいいのですが、危険はないのでしょうか? ましてやこれから行くところは、彼等が訓練に使用しているという場所です。天空都市のときとは違い、そう簡単には逃げれるとは思えませんが......」
隣にいたジョンが俺の疑問を察したように、ソウジに問いかけた。
ソウジは手に持つ棒携帯を頭でトントン叩きながら少し考えた後、口を開いた。
「たぶん大丈夫だよ、ジョンく~ん。オレの予想だと、彼等はオレ達に何もしないし、気にもしないだろうね。ヴァンが言ってた通り、彼等の戦闘の邪魔さえしなければ、だけどね~」
「相変わらず根拠のない、危険な考えですね。ですが、わかりました。今回もソウジさんを信じるとしましょう」
ジョンは困った表情を浮かばせ、ソウジは笑いながら彼の頭をポンポンと叩く。
またしてもソウジの予想......勘か。ジョンの言う通り、根拠何てこれっぽちもない。彼の勘がよく当たるのは知っているが、それでももう少し根拠と理由がしっかりしたものでないと心配でしょうがない。
「そうですね。少々危険だとは思いますが、私も彼等の能力やステータスが視た通りなのかも気になりましたし......」
クリエットが目線を下げた、不安げな顔つきで言った。
彼女はすでに出会ったチーム『ラブピース』の三人と、チーム『ドラゴンズフォース』の五人の能力と力を、彼女が保有している『神眼』によって視たことで知っている。
そのおかげで、以前会ったアーセルとカトの二人を除けば参加者全員の能力を把握し、この都市に来た一番重要な情報を手に入れたことになる。しかし彼女が『神眼』を使用した後、こんな神妙な面持ちをすることは今までなかった。
「彼等を視たときに、何かあったのですか?」
ジョンが叩かれた頭を擦りながらクリエットがすぐに問いかけた。
「いえ、別段変わったようなものは無かったのですが。ただレベルやステータスだけを見ると、ヴァンよりもレイルの方が、数値上では高かったのです」
「うん。それはつまり、ヴァンがレイルの実力を見誤った。もしくは、別の力を秘めている、ということですか」
「そうですね。その考えですとやはり引っかかるのが、彼の持つ固有能力『絶対王導』でしょうか」
右手を頬に当て、クリエットは呟いた。
彼女が言う能力とは、汎用性の高いスキルや魔法、魔術とは違い、参加者が保有している特殊かつ特別で強力な力の事だ。彼女はこの参加者の能力を『固有能力』と言っている。
「やっぱり能力名からして、かなり横暴そうよね! たぶん『オレ様の命令を聞かないと斬首刑だーッ!』って感じの、一発アウト的な能力よ!」
悩む彼女と同じように頭を手で抑えていたアリシアが、何か閃いたかのように人差し指をピンッと立てて言った。
「いえアーちゃん、そうとは限りませんよ。能力は『王が導く』と書くのですから。むしろ『オレの後をついて来い、良い事あるぞ!』と言った感じの、誘惑系の能力だと推測します」
アリシアの案を聞いたジョンが続けて口を開いた。
「......ジョンの言う通りかもしれないけれど、ボクはどちらかというと『オレを導け』といった、誘導系の能力だと思うね」
ジョンの推測を聞いたユリアーナが眼鏡の位置を直しながら、真面目な顔で言った。
「俺は『世界はオレが導いていく』という意思を感じるからなぁ。支配系の能力かな、と考えてみたぁ......」
何か流れ的に答えた。そこまで深く考えていなかっためほとんど適当だ。だが、ソウジではないが、直感的にそう感じたのも事実だ。
「そうですね。私はやはり、リーダー的な能力として『これがオレ達の真の力だ!』といった具合な、能力向上系の能力かなと考えましたが、どうでしょうか?」
クリエットが首を傾げながら俺に続いて、自信なさそうに言った。
彼女もヴァンの能力について予想が出来ないらしい。物質や汎用性の能力とは違い、参加者の持つ固有能力は詳細が分からないというのは、彼女の眼の欠点だと言えるだろう。
「さぁあぁっ......て、全員の回答が出そろいました! この中に答えがあるのでしょうかぁ~!?」
ソウジがマイクを持っている感じに手を握り口に近づけ、司会者のようなテンションでオレ達の前に出てきた。
正直に言えば、彼の能力予想が一番聞きたかったのだが、もしかして思いつかなかったのか?
「......なるほど。私達のヴァンの能力をクイズ形式にするなど、貴様らは身の程をわきまえていないようだな」
皆がそれぞれの意見を言うなか突如、聞き覚えのある声がエントランスに響いた。
突風が吹いたと同時に俺達の前に現れた人物。胸元の開いたセクシーでピッチリした黄緑色の服を着て、橙色の袴を穿いた女性。豊満でグラマーな体つき、モデルとして最高級クラス。サラサラと流れる薄緑色の髪を持つカト・ウィンが、両腕をクロスさせた謎のポーズをして立っていた。
「おぃやその声は、あの時オレ達を殺そうとした『緑でお胸が豊さん』ではないか~」
「よし、お前は門を出てすぐに殺してやる」
カトによって、いきなり殺害宣言を受けたソウジが顔を引きつけながら「じょ、冗談だぜ~」と笑う。
怒られて当然だ、出会ってそうそうの言葉ではない。しかし彼の言った通り、彼女の胸が素晴らしいというのは共感できる。
「んでさ~。ヴァンの能力ってどんな感じなの? 言ってみ~や? ん?」
ソウジがカトの前を反復横跳びし煽るように言った
つられた彼女も何か言いたげに口を少し開くが、すぐに閉じてソウジを鼻で笑う。
「......なるほど、挑発のつもりだったか。だが、無意味だ。お前達のような、頭のキレるやつらのことはよく知っている。ヴァンの能力は貴様等には計り知れない。それに、都市にいるからと言って、良い気になるな、調子に乗るな。その気になれば、貴様等などいつでも皆殺しなのだからな......」
「うん。挑発に乗らないと言いつつ、ちゃっかり素を出して話しているあたり、思ったよりも貴方はいま、動揺していますよ? どうやら、あのヴァンという方に対して、何やら特別な感情がありそうですね」
ソウジの後にジョンがさらに挑発する。
カトも思わず顔をムッとしかめっ面して鋭い眼で睨み返すが、言い返すのが馬鹿らしく感じたのだろう。呆れ顔でため息を吐きだし「......やはり貴様等は苦手だ」と呟いた。
「それで、他の方々はどちらにいるのですか?」
ジョンもこれ以上の挑発的な発言は必要ないと感じたのだろうか。子供特有の可愛らしい笑顔を浮かべて問いかけた。
カトは深いため息を吐き、クイッと門を顎で指した。
「貴様等がここに来る前に、全員準備を済まして決闘場へ行った。私は残っている貴様等を送り届けるためにいただけだ。置き去りにしてもよかったが、それではヴァンリーダーに怒られてしまうからな」
「あなたも苦労してるのね、同情するわ」
「......」
カトは反応しなかった。話しているアリシアに興味がないのか、彼女の事を無視した。そして案の定、アリシアが涙目でこちらに振り向く。口はいまにも吐き出しそうな声を抑えるように、力いっぱいに下唇を噛んでいる。
「アーちゃん、気を落とさなくていぃ。どうせ俺達のことは、名前すら知らなぃ......。彼女が興味あるのはソウジとジョン、強者であるワスターレ。その三人なのだからなぁ......」
なんか妙に可哀想だったため、頭を撫でつつ励ますことにした。身長差や歳の差のこともあり、つい彼女を妹のような感覚で接してしまう。
「で、でもぉ、それでも少しは仲良く、なれるかなって、思ったのよぉ......」
「あまり気にするな。カトは俺達には興味を持っていないみたいだからなぁ、無視されるのはそのためだろうなぁ......」
慰める様に言ったのだが、アリシアは「でも、でもぉ~」と俺の腹に顔を埋める。
彼女は無視されたりハブられたりされるのを非常に嫌う。理由は分からない。過去にトラウマ的な事があったのか、それともただ単に嫌なだけなのか。口下手な俺ではジョンのように上手く聞き出せない、せめて紳士的な態度で彼女に接してあげよう。
カトは門へと足を進め、俺達もその後をついて行く。
彼女は門の前まで来ると足を止め、こちらに振り向いた。その顔は、先ほどのような不愛想な感じが少し綻んだ、憂いな表情をしていた。
「ところで、だ。貴様等にひとつ、頼みがあるのだが......」
「うん、改まってどうしたのですか?」
両手の指先をくっつけたり離したりしながら、何か調子が悪そうなカトに対し、ジョンがすぐさま反応して問いかける。
「あの時の事......、覚えている、か......?」
「あの時っていつの時っすかね~? それと、何の事ですかね~?」
相手が下手と分かるや否や、ソウジがまたしても挑発的に言った。カトも歯を思いっきり噛みしめ、挑発に乗らないように我慢しようとしていたが、恐らく我慢できなかったのだろう。
「き、貴様等がこの世界に来た初日だ! それで、その......。わ、私が、あの時......、貴様等から離れるとき、竜化した事だ!」
カトは何故か照れるように、顔を紅潮させ、今までとは違い大声で、怒鳴る様に、感情のままに言った。
彼女の言った事を思い出してみる。確かにあの時、アーセルやジャトが消えた後、彼女は大声で笑い、そして巨大な縁竜へと変化していた。だが、改めて考えてみても、どこに照れるような要素があったのだろうか。こちらとしては驚き、恐怖を覚えさせる、そして描きたいという衝動に駆られるくらいだったが、それ以外に何かあったのだろうか。
「ですけど、だからと言ってどうかしたのですか?」
ジョンが恐らくこの場にいる我々全員の疑問を代弁してくれた。ただその発言に対し、何故か信じられないと言った顔をするカトは、素直に言って面白い。
「ひ、人前で竜化したのだぞ!? そ、それも、親しくない者達の前で。私の、竜の姿を、見せてしまったのだぞ!?」
「うん、とても巨体で、綺麗な緑色した鱗を持つ美しい竜でしたね。何か困ったことでもあるのですか?」
カトはそこで顔を手で覆い隠した。先ほどまで威圧的な感じが嘘かのように、目の前の人物が恥じらう女性らしい仕草をしている。
まるで別人だ。そう思うのが普通に感じるほど、雰囲気が全く違う。
「もしかして、竜化する事とは、あなた方にとっては恥ずかしい事なのですか?」
謎が解けた、といったハッとした表情をしながらジョンが言った。
彼のその発言にカトは、顔を隠していた手を退かし、勢いよくクワッと眼を開いた。
「あ、当たり前じゃないか! あの時は少し興奮して竜化してしまったが、アレは裸だぞ。ハ・ダ・カ! そんなの、見せれるわけないだろう!」
最後に「言わせんなよ」と呟き、カトはまた顔を隠した。
彼女の言う通り、竜化したカトは服など着ていなかったが、それほど気にすることなのだろうか。むしろ上半身のボディラインがくっきりした服を着ている、こぼれ出そうな胸部の格好をしている、今の彼女の方が恥ずかしそうだと俺は思うのだが。これは住む世界が違ったための、感覚の違いなのだろうか。とても興味深い、彼女たちの感覚で絵を描いてみたら、どのようなものが描けるのかを今度やってみるかな。
「んでさ~。結局は、何が言いたいのかな~」
ソウジが頭の後ろで両手を組み、先ほどとは逆に退屈そうに言った。彼的にはもうカトをいじるのに興味がなさそうだった。顔を門の方へ向け、さっさと戦闘を観戦したい。そんな考えを傍からうかがえる。
そんな彼に気が付いたのか、カトも肩をピクッと上げた後、何もなかったかのような不愛想な表情に戻った。
「......なるほど、そうだな。こんなところで時間を潰していては、ヴァンに怒られてしまう。はっきり言おう。あの時、私が竜化したのを内緒にしてもらいたい」
「それが頼みですか?」
ジョンの言ったことに「そうだ」とカトは短く返事をした。どうやら彼女の頼みとは、変化したことを他の者に言わない、といったことだ。
彼女にとって仲間に竜化したことを知られる事は、敵であり苦手な相手である者にモノを頼むよりも辛い事らしい。それほど、他人に竜化が見られるというのは恥ずかしいのか。
「うん、いいでしょう、わかりました。ですが、僕達が本当に彼等に話さないか、貴方も不安でしょう? ですので、交換条件を出しましょう」
「交換条件......だと」
「はい、そうです。僕達が話さないということと、そうですね、何か『貴方にしてもらいたい事』ということでいいしょうかね」
目線をこちらに向けながらジョンが提案する。カトに対してしてもらいたい事。それを守ればこちらも彼女の約束を守る、彼が言いたいのはそういう事か。よく言う、タダより高いものはない、という不安感を解消するための考えか。所詮は気持ちの問題なのだが、それでも効果はありそうだ。
そのジョンの提案に、すぐに反応したのはユリアーナだった。
「......なら、都市の『第二コア』にある『未来技術開発研究所』への進入を許可してもらいたい」
ユリアーナがいう『未来技術開発研究所』とは、昨日行こうとして行けなかったところだ。
彼女とは昨日の午後から行動を共にしていた。向かった先は、三つあるコアの一つ『第二コア』へと行ったのだが、あいにく情報は特に手には入れることは出来なかった。代わりにこの都市にあった奴隷店の商品を購入したくらいだ。これでまた『ジーニア・ズ』のメンバーが増え、さらに天空都市に続き、未来都市支部も出来そうだ。
見学したところでは必要な情報が手に入らなかったが、別の情報が手に入った。それが彼女が言った『未来技術開発研究所』だった。そこは、過去のゲーム参加者から得た知識や技術を研究する場所らしい。だが、その場所はこの都市に住み着いている、チーム『ドラゴンズフォース』が管理しているという情報もあった。この都市に住む者達は、思ったよりも彼等に協力的な者が多い。昨日歩きまわって得た情報で一番はっきりしたのはその事だった。
「うん、ではそのユリアんの案でいかがでしょうか?」
「......なるほど、いいだろう。研究所の件は私の方で手を回しておこう。その代わり......」
「分かっていますよ。他の方には竜化の事は黙っておきます」
ジョンが微笑みながら、子供らしい小さな右手を差し出し、カトは少し不満げな顔をして握り返し、すぐに手を離した。
「約束ですよ?」
「そっちもな......」
カトは再び門の方へと体を向け、ジョンもこちらに顔を向け微笑んだ。
とても良い笑顔だ。彼のあの顔はよく知っている、何か企んでいるときの顔だ。それか、何か成功したといった感じの、気持ちのいい悪い顔をしていた。
「んじゃ、話も一通り終わったみたいだし、そろそろ行やしょ~か」
「そうですね。すでに終わっていた、とかなっていては意味がありませんからね」
心配そうな顔をするクリエットとは別に、いつも通り楽天的な感じのソウジがカトに続き門がある方へと歩き出した。彼の後をジョンやクリエット、ワスターレ。少し距離を置いてユリアーナとアリシアが続いて門の方へと歩いて行った。最後になんとなく後ろを振り向き、変な奴がいないかを確認してから自分も続く。
情報はすでに手に入れている。問題は、その情報が合っているのか、ということだ。天空都市では脱出を阻まれ、監禁されそうになったのも、こちらの持つ情報が相手の持つ情報よりも少なかったからと言える。それに、不明な情報もまだまだ多くある。その解消にもレイルとヴァンの戦闘は見ておくべきだ。
そうだ。一見するとただの手合わせといった感じの戦闘だと思うが、もしかすると、そのまま一つのチームが消滅するかもしれない。何せ、レイルのチームメイトにはまだ確認できていない三人が存在する。その者達が突然現れ、戦闘に割り込むかもしれない。そうなれば全面対決に勃発する可能性だってある。
待てよ、そうなると外に出るのは非常に危険なのではないのか?
不安は門をくぐってから思いついてしまった。すでに遅い。振り返ってみるが、そこには移転門は跡形もなく、存在が消滅していた。
…………
出来るだけ慌てず、落ち着きを感じながら辺りを確認する。
チーム『ドラゴンズフォース』の決闘場と言っていた場所は、どこか知っている風景だった。
知っているというよりも、見たことがあった。ここは近代都市で見た、あの『ドラゴンズフォース』と『王の法則』が戦闘を行っていた場所だ。ところどころ、彼等が戦ったクレーターのような形跡が残っていた。
円形上に作られたこの建物は、近いもので言えばイタリアの首都ローマにあるコロッセオに類似している。
五メートルほどある分厚い石壁に囲まれていた。その上には客が座って見学出来る様にいくつもの椅子が設置され、雨は降らないだろうから日陰のためだろう、屋根がついている。
「......観戦席はこっちだ、ついて来い」
先ほどの恥じる感じではなく、あの王座の間にいた時と同じ雰囲気に戻ったカトが言った。
彼女に案内されたがまま移動する。すぐに彼女の向かう方に人影が見えた。影の数は一つ。ユリアーナと同じくらいの歳、三つ編みのマラカイトグリーンに似た色の髪。見ただけで高貴さが分かる、クリエットが着ているのと似た、色が淡く優しい赤ドレスを着た女性がその場に立っていた。
「ご苦労様です、カト」
「......なるほど、もう準備に入っているのか。なるほど......」
女性の言葉に何かを察したのだろうか、カトは少し寂しそうな表情をした。彼女の言った準備とはどんなものなのか。俺達をハメる罠、というのではないことを祈ることにしよう。
近づく俺達に気が付いた女性はこちらに体を向けると、ゆっくり余裕のあるお辞儀をした。とてもおっとりとした綺麗な女性だ。廃れた石段の背景がさらに女性の美しさを引き立てている。
「始めまして。そして、こんにちは。皆さんの事はすでに存じてあります」
顔を上げると同時に微笑みを浮かべながら女性は自然な流れで言った。さらに、誰かの声を発するよりも早く続けて口を開いた。
「すでに知っていると思われますが、私はチーム『ドラゴンズフォース』の召喚者『エミュー・ノヴォエラ・バーン』と申します。この度はこの決闘場で行われる我がチームリーダー、ヴァン・クラゥン及び、チーム『ラブピース』リーダー、レイル・ヒュアンの戦闘を観に来ていただき、誠にありがとうございます」
とても柔らかい表情を浮かべたまま「どうぞ、楽しんでいってください」と言い、彼女の隣にある席に手の平を向けた。
エミューの動作を察するに「その場所に座って観戦しろ」といった感じだと分かった。
余裕な態度だ。しかし、油断はしない。天空都市でもそうだった。
こちらを油断させておいて、何かしらの情報を盗んだり、罠を張っているかもしれない。あの時はつい、行動を監視されるような真似を許してしまったが、今回はそう簡単にはいかない。同じ轍は踏まない。座るのは彼女の二段飛ばしの斜め後方。そこならこちらが彼女を監視することができる。そこに座るのだ。
「そこの帽子を被った男性の方。その場所は日が当たりますので、もしよろしければ日陰になっている私の隣をどうぞ?」
体を屈ませ、前髪を掻き分けながらエミューは言った。整った顔の少し下、赤いドレスの隙間をつい確認する。
「あぁ、そうだな。ではそうさせて頂こぅ......」
そうだな。日向では観戦しずらいと思うし、何より出来るだけ情報が手に入りやすい前の席の方が言いに決まっているな。
俺とは違い、他の者は日陰や日向など気にしていなさそうだ。
ジョンは俺の隣に座った。ソウジとクリエット、ワスターレは俺の後ろの席。ユリアーナとアリシアは最初に俺が座ろうとしていた場所、二段飛ばしの斜め後ろに座った。
「うん、そういえばカトさんはどちらに行かれましたか?」
隣にいたジョンが首を左右に振り、周りを確認しながら言った。
彼の発言に気が付き、帽子を少し上げ、先ほど彼女が立っていた場所の周りを確認する。彼の言った通りカトが消えていた。
「彼女ならあちらに行かれましたよ」
エミューが決闘場の端を指さしながら言った。
彼女の指す方を、目を細めながら確認する。エミューの言った通り、カトはそこにいた。他に四人。つまりチーム『ドラゴンズフォース』の面々が揃っていることになる。
彼女達は確認でき、ホッとしたのも束の間。次に気になったのは、先に来ているはずのチーム『ラブピース』の者達た。
なんとなくヴァン達がいる方とは逆の端を確認する。すぐに三つの影が見えた。どうやらそれぞれチームごとに分かれて何かを話し合っているみたいだ。
「ところで貴方は下に行かなくてもよかったのですか?」
同じくレイル達を見つけたであろうジョンが、ヴァン達がいる方を見ながら言った。
彼の疑問はもっともだ。以前はモニターで見た時、彼女の存在は上ではなく下で全員いるのを映されていた。今回も同様、下の場所でヴァン達の傍にいると思っていた。
「ジョンさん、でよろしいですか? もちろん、普通は彼等の傍にいますが、今回はチームでの全面対決ではありませんので必要ない、とヴァンが仰っていましたので。より安全なこの場所で観戦することにしたのです」
エミューは座っている椅子をポンポンと叩きながら言った。
彼女は続けて「それに」と言った後、立ち上がり少し前に出た。
「私は戦闘は好みませんし、彼から頼まれたこともありますので......」
頼まれたこととは何のか、俺には分からなかった。隣にいるジョンも顎に手を当てながら何かを考えているが、どうも結論に至っていないらしく何度も頭を横に振っている。
再びエミューに視線を戻す。石壁の手すりに手をかけ息を大きく吸い込んでいるところだった。
「では、レイルさん。ヴァン。そろそろ『始め』ましょうか」
エミューは下にいる彼等に届くハズのない普通の、緩やかな声を出しながら言った。
だが、下にいた二人は違ったみたいだ。彼女が言葉を発した直後、まるで吸い寄せられるように決闘場の中央へと進みだした。




