27 未来都市 一日目(前)
ここは未来都市『ノヴォエラ』と呼ばれている都市。
この都市はファンタジーというよりSF的な感じだ。
目に写る光景に人や自動車、電車はほぼ見当たらない。
代わりに見かけるのは、正六面体の光るキューブだ。大きさはまちまちだが、見る限りそこら中の地上や空中を縦横無尽に動いている。それらのキューブは動作する度に黄色く綺麗に点滅していた。
点在する建物も形状を維持せず、ビルのような長方形の形をしている。と思ったら、隣のビルとぶつかり合わさって、橋のような形状になったり。ビル全体がキューブの集合体だったかのようにバラバラになって、都市全体に飛び散ったり。まるでどこかのテーマパークのように目に見えるモノ全てが常に、あらゆる様々な形となって動いていた。
この情景は確かに奇妙で面白いが、それよりもこの都市に来て一番に気になったことがある。
この未来都市自体が丸い形状になっており、地上から数十メートルほど浮いていると言うことだ。
その球体の中に、オレ達がいる。
重力のない世界だからか、街が上下逆さまになっても何ら問題がない。また、自転するように都市全体が回転している。他にも近くにあと二つ、同じような都市がある。つまり合計三つの、ゆっくり回転しながら、浮いているのこの都市が、すべて合わせて未来都市として存在しているみたいだ。
地面はまるでガラス張りみたいに透明で、外の景色を簡単に確認できるようになっている。
さすがに慣れたはずだが、初めてこの地に降りたとき、正直ちびりそうになった。今はもう大丈夫だ、大丈夫なはずだ。ちゃんと足は地面についている。
足下は透明で、遠くの地上がくっきり見えるけれど、大丈夫だ。大丈夫。
怖くない怖くない。
怖くない怖くない怖くない怖くない。
ぜっっっんぜん、まっっったく、怖くない!
「いやマジもう無理だ、帰ろう! 今ならまだ間に合う!」
「だ、大丈夫ですよソウジさん、落ち着いてください」
「だ、だけどさ。ゆ、床が、床が透明って、壊れそうじゃ~ん!」
「そうですね。たしかに透明ですが、この床は『完全防護ガラス』を使用していますので、例えレベル百の参加者からの攻撃でも壊れる心配はありません」
最後にクリエットの「たぶん」という言葉に、猛ダッシュで先ほど移転した宿の地下室へと戻ろうとしたが、片手で簡単に止められてしまった。
少女の細い片手で動きを完全に止められる青年とは、これがレベル差と言うものか。ショックで悲しい。だが、いまはそんなこと気にしている暇はない。
情けないことにオレ――ソウジは、高いところがダメだ。本当に、マジで無理なのだ。
そうだな、この恐怖を言葉で表すとするならば。「少しでも動けは眼球に刺さるほどの距離に針をずっと止められている」、そんな感覚だ。もうひと思いにやってくれって感じになる。さすがにずっとその感覚を味わっていたら気が変になりそうだ。
元の世界でもそうだ。高層ビルの最上階に社長室をつくるなんて、いま思うと副社長はかなり意地悪だ。まっ、まだしっかりした床から、地上を見下ろすだけなら問題はなかった。
だが、このスケルトンな床はダメだ。心を殺しにきてる。
「は、はなせー! 死ぬのは慣れた、だけど生き地獄は無理だ。ありえない!」
「ちょ、ちょっとソウジ、いきなりどうしたのよ!? これくらいの高さなら天空都市よりはマシでしょ?」
いきなり大声を出したせいか隣にいたアリシアは驚き、顔を引きつってオレから数歩引いた。
女の子に引かれるのは慣れているが、だからといって心が痛まないわけではない。
「あそこは逆に高すぎたからよかったんだよー! ここは地味に地上が見えるからやばいんだよ~。アーちゃんにもそれが分かるっしょ~?」
「うん。たしかにパラディソスでは、下に見える大半が雲で隠れていましたからね」
納得するように、ジョンは顎に手を当て頷いた。
一番の年下である彼がこうも冷静だと、あと二年で成人になるはずの自分が情けなくなるが、そんなこと気にしている暇ではない。
「そうだよジョン君、キミの言う通りだ! だが、ここは地上が見える、見えてしまっている。むしろなんで普通に歩くところを透明にしたんだよ! 意味が分からない。こんな設計を考えた奴、頭おかしいんじゃないのか? 何でもう少し、ユニバーサルデザイン的なモノにしなかったんだよ、絶対設計ミスだ~!」
「しかし、ここから見える景色は......」
ロディオは帽子のつばを摘まみ、透明の床から地上を見下ろして「素晴らしぃ」と呟いた。
彼がいつも持ち歩いているスケッチブックにはすでにこの都市の情景が鮮やかに描かれているが、そのことについてもいまは、見るような暇はない。
「あーそうですね、ロディーさん。確かにクルクル回る景色はそんじゃそこらで見れないし、とても良いと思うよ。でもさ、もう少し、地上付近でやってくれても良かったんじゃないかな? なんでこう、変に中途半端な高さで浮かせているんだよ~! こんなんじゃ景色を見る雰囲気なんて、全く無いなッスよ~」
「......チッ!」
ユリアーナがそれはもう面倒くさそうな態度で、借りパクした眼鏡を人差し指でクイッと直した。
「ユリアんはいつもの舌打ちか! いいね。いつも通りで安心したよ、今日一番に安心したよ!」
自分でも驚くほど発狂してしまっている。
だがこれは仕方がない事なのだ、どうにもならない生理現象的なモノ。むしろ冷静でいられる方がどうかしている。つまり、自分は正常であり普通なんだ。
そう心の中で、何度も何度もお経のように、流れを切らさぬように繰り返し唱えた。
「そうですね。この都市の事を調べようにもソウジのこの調子では無理そうなので、あちらの喫茶店で休憩しましょう」
クリエットの提案は、かなりグッドなアイデアだ。
そんなわけで、近くの黄色く光るキューブ型の喫茶店へとすたこらさっさと避難することにした。
…………
「いやはやー、まさか未来的な世界が、これほど高所恐怖症の者に優しくないところだとは思わなかったよ~。これなら科学の進歩は今のままで十分だな。うん、十分だ」
少し大きめな声で、まるで愚痴るように語り、注文した黒くシュワシュワと炭酸の入った液体――元の世界と同じコーラで喉を潤す。
まさかこの世界でコーラを拝めるとは、正直思ってもみなかった。だが同時に納得した。
過去、この世界に招かれる参加者には、オレ達と同じような環境で生きていた者も選ばれていた。いわゆるパラレルワールドの者達だ。このコーラはその者達が作った一つに違いない。いや、その者達がだけではない。この世界に来た全参加者は、皆パラレルワールドの住人と思われる。
この考えも所詮単なる予想だが、こんな世界があるんだ。可能性は無くは、ないだろう。なにせ参加者は、外形がほぼ同じで、考え方も似ている。つまり根本的にはオレ達と変わらないのだから。
「なんか、店に入った途端に元気になったわね......」
「そりゃそうさ! だってここは、ちゃんとした地面があるんだぜ? こう思うとやっぱ人と言うのは地上で生きていくべきなんだよ。そう、頑張って空を目指さなくっていいんだよ~」
そう言って、足で木の模様に塗装されている床をトントンと叩いた。
アリシアは「私はとくに、高いからってなんとも思わないけどね」と言って、注文したオレンジジュースをストローで回しながら、ため息を吐きだした。
二つ隣に座っている彼女の着ている服は、最近また新しく購入したと言っていた、これまた同じような紅いドレスだ。違いがあるとすれば、腕部分が肩出しのアームカバー、スカート部分の端が縦に裂かれ、太ももがちらりと見える――ようなデザインに変わっていた。胸部の詰め物については、察しておいてあげよう。
残念なことに、そんな彼女との会話だけでは、オレが受けた恐怖と苦痛が伝わらなかったみたいだった。もちろん、分かってもらおうなんて思ってはいない。むしろ恐怖を理解してもらうには、実際に本人にも同じ体験させた方が一番手っ取り早く、より確実なのだが、こればっかりはどうしようもないな。だって症状なんだもの。本能的なモノ。理解何てそう簡単に出来たモノではない。
「うん。それでこれからどうしますか? ソウジさんがこの調子では、移動しようにも簡単には外を出歩くことが出来ないですね」
隣に座るジョンが顎に手を当てながら話した。彼の話に、前の席に座るクリエットも頷く。
彼女の隣は相変わらず無口のワスターレが座っている。
ジョンは次に「それに」と続けて話す。
「困ったことにこの都市は三つ。『第一コア』『第二コア』『第三コア』と分かれています。その一つ『第一コア』にいると思われるチーム『ドラゴンズフォース』の方々に合うにも、僕達が今いるこの『第三コア』から移動するには少々問題があると考えていますが」
「そうですね。この都市には前の天空都市と同じように、私の移転魔法で移動することが出来ましたが。都市自体が三つに分かれていては、移動する事すらひと苦労です」
少年と少女。ジョンとクリエットはほぼ同時に、注文した紅茶を飲み、目を細め、一息ついた。
クリエットの言う通り、この都市では移転魔法は必須だ。だが、オレとしてはあまり都市にある移転魔法、装置は使用したくない。特にあの『ロード』と呼ばれている、移転装置を使用した港っぽいところにはね。もしそこが、元の世界の空港と同じ要領なら、使用したと同時に『印』みたいな物が付いてしまいそうだ。さらに言えばここは未来都市と呼ばれている。追跡が簡単に出来るような仕組みも施されていそうだな。
もし、もしもだ。
この都市自体が、参加者と協力関係を持っていたとしたら、移転装置を使用したと同時にこの都市に来たことがバレる。バレれば敵に察知され、対策を取られ、最悪この都市自体を敵として考えなければいけなくなる。
そう考えて、今まで移転等は、付属の装置や環境を使用しなかったが、この都市ではクリエットの言う通り移転魔法や装置は必須だ。残念だが、バレるのを覚悟しないといけないかもしれない。
まっ、天空都市でも最初っからバレてたし、バレても何とかなるだろうけどさ。
「......それで、どうする? ボク個人としては、この都市の技術力を見てみたいから、研究所があるとされる『第二コア』へ行きたいと思っているけど」
「俺も同じく、技術展と美術展に行ってみようと考えているぅ......」
オレ達が座っているテーブルから、少し離れたカウンターに座る二人の男女が会話に参加する。
注文したコーヒーの中に、角砂糖を山盛りに入れているユリアーナ。彼女の隣でいつものように、この店の風景をスケッチしているロディオ。
彼等はどうやら、この都市に来た本来の目的である『ドラゴンズフォース』の面々との接触よりも、自分の趣味嗜好を優先しているみたいだ。これはまた、いつも通りの彼等で安心した。
まー、彼女達の考えは別に問題はないと思う。ただ心配なのは、別行動中に何かあった場合なのだが。
いや、大丈夫か。あれだけ外は静かだった。たぶん監視カメラあたりがそこら中に設置され、行動を抑制しているからだろう。下手な行動をすればすぐに警察あたりが現れるか、もしくは未来チックに警備ロボあたりが出てくるかな。逆に言えば、変な行動をしなければオレ達は安全だと言うことだ。
と言いたいが、都市自体が敵だとしたら、その考えが逆になりそうで怖いな。
思考を巡らせ、ごちゃごちゃした脳に注文したコーラを一気に飲んでクリアにする。
手に持っていた空のグラスをテーブルに置き、おかわりを頼もうと厳つい顔をした店員に対し手を挙げ合図を送ると同時に、出入口の扉が鐘の音と共にゆっくり開いた。
「うーんぬ、まったく。今日はツイてないですにゃ。まさかチーム全員が外出中だったとはにゃー。とりあえず、ここ『第三コア』で少し待っていましょうですにゃ」
「そうだね。でも聞いた限りだと、どうやら夕方には戻るみたいだし、この店で時間を潰そう。ミリアもそれでいいかい?」
「えぇ、私はあなたに従うわ。店にも入ってしまいましたしね。それと今日はなんだか少し、胸騒ぎがするの。もしかしたら、この都市に他の『参加者』がいるかもしれないわ。気を付けましょう」
雑談交じりに店に入って来た三人の人物。
一人は首から下を黒く強固そうな全身鎧を身に付け、背中の赤いマントからはみ出るほど、巨大な剥き出しの大剣を背負った黒髪の男性。見た目からオレと同じ身長と年齢だろうか。
二人目は黄金色の髪に色が薄い黄色のドレスを着た少女。
三人目は独特な語尾、黒いタンクトップに短パンジーンズを穿き、尻尾と猫耳、動物のような踵が目立つ女の子。どこかで見たことがある人影と聞き覚えのある語尾だった。
語尾が特徴的な女の子はオレの視線に気が付いたのか、顔をこちらに向けた。
そして、一瞬だけ時間が止まった......。
「あーッ! あの時のにゃんにゃんこー! その魅惑なネコミミと尻尾、触らせろぉ~!!」
「ぬにゃーっ!? オマエはあの時、あたしに嘘ついて逃げたヤツゥ! お前もご主人と同じこと言うかにゃ、もちろん嫌にゃ!!」
お互い指をさし合い、それぞれのセリフを言った。
見覚えがある、聞き覚えのあると思ったら、初日にオレ達を殺そうとした女の子。参加者の一人。チーム『ラブピース』に所属する獣人、アーセル・シュシュだった。
残念なことに、今度会ったらやろうとしたことが速攻却下され、内心悔しかった。
そんな心にも刺さる悔しさを振り払い、次いで冷静に、推測する。
彼女と共に来た男女、恐らくは彼女と同じチームメイト。要するに『参加者』ということだ。
「な、なんでオマエがこの都市にいるかにゃ!?」
「それはこっちが聞きたいっスよー! オレの記憶が間違ってなければ、チーム『ラブピース』は遺跡都市を拠点にしているんじゃないのか~い? なんでこの都市にいるんだ~」
自分から彼女に問いかけた質問だったが、直後なんとなく分かった。
彼女等もまた、オレ達と同じ目的でこの都市に来ている。つまり、この都市に拠点を置いているチーム『ドラゴンズフォース』との接触。それが目的だと考えるのが自然だ。
「おや、アーセル。彼とは顔見知りなのか?」
「え、えっとコイツ......、いやコイツ等はあの光線が出た日にこの世界に来た、あたしに嘘ついて逃げた新しい参加者達ですにゃ」
アーセルが黒髪の男に、こちらに指をさした状態で簡潔に説明を始めた。
「コイツ等? つまり彼の周りにいる者達も参加者だと言うのか? これは驚いたな、まさかこんなところで他のゲーム参加者。しかも人数的にみて全員集まっているって感じかな。ということは、そこの青髪のドレスを着た少女が召喚者で、そこの全身鎧を着た者がリーダーといった感じかな」
「うん。すいません、あなたはチーム『ラブピース』のリーダーである『レイル・ヒュアン』とお見受けしますが、どうでしょうか?」
黒髪の男が考察を垂れている間に、立ちあがり彼の目の前まできたジョンが問いかけた。
「おや、思ったよりしっかりした子だな。そうだよ、オレがレイル・ヒュアン。で、こちらの方が遺跡都市『シェリディーム』の王女、『ミリア・シェリディーム・カンド―ル』殿下だよ」
王女であるのに軽く紹介された少女ミリアは、そんな事気にしてもいないように、優しい表情を浮かべたまま手を結び、丁寧にお辞儀をする。
オレもつい「ども」と頭を下げてしまった。会社じゃないのにな、癖というのはつい出てしまうものだ。
「それで、君はオレ達の事は知っているみたいだけど、オレ達は君たちの事を知らない。よければぜひ、君自身の事や他の者達を紹介してくれないか?」
敵意など無さそうに、レイルは語る。
問われたジョンもただ頷き、自身の胸に手を当て、軽く会釈した。
「うん、これは失礼しました。僕はジョン・リード。彼女は現代都市『モドュワイト』の王女、クリエット・モドュワイト・ロームーブです」
クリエットはジョンに呼ばれたと同時に立ち上がり、ミリアと同じように手を結びお辞儀をする。対するレイルも「君があの......」と言い、深々とお辞儀をした。
「そして彼がワスターレ・ランスシードです。赤いドレスを着た彼女はアリシア・ライトベア。カウンターにいる二人、男性の方はロディオ・ジーヴァピス。女性の方はユリアん......ーナ・ジーニです」
ユリアんと言いかけたジョンに対し、ユリアーナはすこし睨みを利かし、ジョンも笑いながら誤魔化す。
「それと、コレが僕達チーム『場違い』のリーダーであるソウジ・カタハズレさんです」
ジョンにコレ呼ばわりされた。
それといつの間にかオレがリーダーになっていた。いや、なんとなく空気的に分かっていたけど、こうすらっと宣言されてしまっては弁解する余地もなさそうだ。
少女ミリアはオレの苗字を言おうとしているが、どうも言いにくいらしく「カタ、カタジィ?」と首を傾げる。彼女の隣にいるアーセルは歯をむき出しで、尻尾もピンっと伸ばしたの状態で、ものすっごく威嚇されている。
レイルは逆に神妙な顔でこっちを見つめてくる。それもすっごい目力でだ。
「ソウジ......と言ったかな?」
「そうッスけど、なんスか~?」
「......いや、やっぱりいいや。君とはいつか、じっくり話したいな、と思っただけさ」
「別にいまだって問題ないと思うんだけどねー。ここじゃ言いにくいことなのか~い?」
レイルはクールに「ふっ」と鼻で笑い、話をそらすように入り口付近にある半透明ガラスの電子注文表へと顔を向けた。
あの電子注文表は、注文を受けると音声が流れる。その事から、レイルはオレと同じコーラを頼んだ事が分かった。
彼は飲み物を受け取ると、オレ達の後ろのテーブルに座った。ちなみにアーセルとミリアはそれぞれ、この世界でよく飲まれている『ミルンジ』という、味的にはミルクとみかんを混ぜた様なものを注文して、彼と同じ席に座った。
「それで、うちのアーセルに嘘をついて、逃げおおせることに成功したソウジさん達は、いったいこの都市に何の御用なのかな?」
「それはレイルさん達と同じッスよ~。この都市にいるチーム『ドラゴンズフォース』と接触、および交渉ッスよー」
レイルの注文したドリンクを飲む手が止まる。オレの出番はこれだけで十分だ、あとはジョン君に任せて相手の情報を盗ろうか。
目でジョンに合図をする。ジョンはにっこり笑い、頷いた。
「うん、そうですね。僕達は彼等と話し合うために来ました」
「それは......、どんな事、なのかな?」
「簡単に言いますと。彼等自身の事とか、この都市の事とか、他にはこの世界の事とか......」
「この世界、か」
「うん。この世界は僕達がいた世界と結構違っていましてね、それをいま追及し研究しているところなんですよ」
「おや、そうだったのか。なるほど、それで世界の都市を周っていると。何かわかったことはあるかい?」
「いえ、残念ながらまだ情報が集まっておらず詳しいことは分かっていませんので、今はなんとも言えません。そういえばレイルさんは、何かこの世界について知っていることはありませんか?」
ジョンは背中合わせのまま問いかける。
聞かれたレイルも空になったドリンクのおかわりを頼んだあと、腕を組んで天井を見上げながら考える仕草をとった。
「そうだな......、オレもそこまで知らないが、どうやらこの世界には『裏の世界』というのが存在する、という情報くらいかな」
「裏の世界、ですか。聞いたことがありませんね、どのような世界なのですか?」
ジョンがすかさず、会話に出てきた新しいワードに食いついた。オレも気になったし、恐らくユリアーナも聞き耳を立てているだろう。
「まだ調査中だからな、そこまで詳しいことは分からないんだ。ただ、もしかするとその世界には、この世界から元の世界へと帰る手掛かりがあるんじゃないかとオレは考えている。いや、必ずあるはずだ。そのためにオレ達はいま、仲間を集めているところだ。元の世界へと帰る為には数が多い方がいいだろうからな」
高まった感情を冷まさせるように、レイルはドリンクを一気に飲み干し、また追加を頼んだ。
裏の世界。ここに来て新しい単語だ。
ただオレの見解だと、彼等のやっていることは無意味だと思っている。裏の世界、という世界自体は存在するだろうが、それは元の世界へとは繋がっているとは思えない。だが、もしオレの予想が外れていたら、是非とも脱出の話には乗りたいものだな。
などと言うことを心の中で思いながら、レイル以外の他の二人を確認する。
その一人、獣人アーセルは、先ほど頼んだドリンク以外にも、いつの間にか注文したケーキをおいしそうに食べている。彼女は話にはまったく興味がなさそうだ。
もう一人、王女ミリアは、瞳を閉じ、まるで眠っているのではないかと思えるほど静かだ。だが、話はしっかり聞いているようだ。先ほどから話している最中、ピクッと肩が上がったりしている。まるでレイルが何か口走らないかを心配しているようだ。
「うん、わかりました。それでその調査の仲間に『ドラゴンズフォース』の方々を加えよう、と言うことですね」
「まーそうだな。そうだよ、その通りだ」
「そして僕が思うに、天空都市にいるチーム『神の集い』の方々とは残念ながら仲間にならなかった、みたいですね」
「どうして、そのことを......」
ジョンが微笑み、人差し指をピンと立てた。
「あっ、やっぱりそうだったんですね」
「おまっ! あーもう、子供だからといって油断した。そう、君の言う通りだ。オレは彼等、ディストラス達とは分かり合えなかった。彼等はこの世界で生きることを望んだようだね。彼等の強大な力は必要だと思ったのだがな、仕方がない事だよ」
黒髪を掻き毟り、首を左右に振るレイルをよそに、薄く笑い注文したミルクティーを啜るジョン。
ミリアもため息をついている。
アーセルはケーキをお代わりしていた。
ジョンのおかげで彼等の目的が完全に分かった。それと彼等がこの場にいる理由もわかり、さらに目的としていたチーム捜索も打ち切りになった。彼等がこんなところにいる理由、それはドラゴンズフォース面々が、いまこの都市にいないためだ。
「うん、では皆さんはこれからどうするおつもりですか? 先ほど入って来たときの会話を思い出すに、いまこの都市に彼等はいないのでしょう?」
「鋭いね君は。そうだな、とりあえず戻ってくるまでこの都市でも観光しようかな。ミリアもこの都市にあまり来ていなかったみたいだし、いい機会かなってね。そういう君たちはどうするつもりだい?」
「うん、僕達もそうすると思います。そこでソウジさん、提案があるのですが、いいですか?」
ジョンの考えていることをある程度予想する。たぶんジョンは、レイルと共に行こうと言うだろう。理由はわからないが、オレも何となくそれに賛成だ。
「いいよ~。それで分け方はどうする?」
「うん、さすがソウジさんは察しがいいですね。僕はここ『第三コア』を見て周りたいですね」
「オレは『第一コア』だな~。そこには一応、この都市の城もあるんだろー? なら先に場所と姿を確認しておきたいなーってね。ロディーさんとユリアんはどうするよー?」
「俺はさっき言った通り、『第二コア』に行こうと思っているぅ......」
「ボクも同じだ、研究所をこの目で見てみたい。ボクが目指していた先が、もしかしたら見れるかもしれないからね」
いきなり話を振られたにも関わらず、状況を察していた二人は自然に会話に参加した。
二人の意見に「りょーかい」と言い、グラスに残ったコーラを一気に飲み込む。アリシアはジョンと付き添いでいいだろう。クリエットとワスターレはオレと同行でいいかな。クリエットも天空都市と同じく、四年前に一度この都市に来ているみたいだし、軽い道案内が出来るだろう。
「おいおいジョン君、さっきからみんなで何の話をしているんだ?」
いきなりチーム同士での会話が始まった事に疑問に思ったのか、レイルが口を挟んだ。
「うん。先ほど申しました通り、この都市の観光の話し合いですよ。あなた方はどうしますか? 一緒に来ますか?」
「......君たちと一緒に行ってのメリットは、どうなのかな?」
「簡単ですよ。僕等の監視および観察、それと別れて行動することでこの都市についての知識をより多く得ることが出来ます。さらに人手が必要な時でも、僕等がそれを手伝いましょう」
「なるほど、それは理解できる。だが君たちが何か企んでいる、とオレは睨んでいるが、そこのところはどうかな」
なかなかの用心深いレイルは、ジョンにまた問いかける。
問われたジョンは指を一本立て「そこも大丈夫です」と言い、得意げに話し始めた。
「もう分かっていると思いますが、僕達の力ではあなた方をどうこうしようなんてできませんので、危害を加ええることも出来ません。そもそもゲームの『規則』が存在しますからね。ゆえに僕達は何もしませんし、何も出来ません。ただただ仲良く、楽しく、この都市を皆さんと一緒に観光しよう、と考えているだけです、それだけですよ。それに、観光は人が多い方が盛り上がるでしょう?」
ジョンの答えを聞き、レイルは再び天井に顔を向けて考える。
オレはどちらかというと、彼等と共に動きたい、というか話したいことがある。とくにあの、チーム『ラブピース』のレイルという黒髪の青年。何故かは分からない。だが何となく、彼とは話が合いそうな気がした。他にも気になっている点がいくつかある、その事についても知っておきたいと思っていた。
など考えている間にレイルは一息つく、どうやら決まったらしい。
「わかった、君たちと行動を共にしよう」
ジョンが「そうですか」と言うのを遮るように、レイルは「ただし」と話を続けた。
「オレとミリアは行動を共にする。これは絶対だ」
こちら仲が宜しい様で。もしくは普通に警戒しているだけなのか。おそらく後者だが、そこまで警戒しなくてもよさそうだがな。
「それで、アーセルはどこか行きたいところはあるか?」
「うんにゃ? アタシかにゃ? そうですにゃ......、とりあえずこの『第三コア』を見て周りたいですかにゃ」
「わかったよ、ではアーセルはジョン君といなさい」
「えーッ! あたしもレイルと一緒がいいですにゃー!」
レイルは駄々をこね立ち上がるアーセルの鼻先を抑え、静かに着席させた。
「わがまま言わないの。それに彼等とは仲良くなった方がこれから先の事を考えると、いいと思うだろう? ジョン君もアーセルと一緒で構わないよね」
「うん、問題ありません。むしろ年が近くて強い彼女と共に行動できるのは、有り難いと思っているところです」
ジョンは冗談交じりに笑う。それにつられレイルも後ろを振り向き、口の端を上げ笑う。
「では、そういうことでさっそく行きましょうか。休憩はもう十分でしょう」
「そうだな、なら行こうか。アーセルとミリアもいいかい?」
問われたチーム『ラブピース』の二人は「うんにゃ!」「はい」とそれぞれ返事し、同時に席を立った。
つられるようにオレ達も席を立ち、彼等の後に会計を済ませる。
今回の支払いは近代都市原産の果物、名前は確か......モドトリアとかいう、元の世界でいうドリアンみたいな果物だ。というかモロそれだ。一度それを食ってみたが、アレは単品ではそこまでおいしくなかったな。ヨーグルトとかと混ぜればおいしいかもしれない。
…………
「うん。僕は先ほど言った通り、この辺りをアリシアさんとアーセルさんと一緒に見てきます。ではアーセルさん、短い時間だと思いますが、よろしくお願いします」
「にゃ、にゃ? 改まって言われると、なんか気恥ずかしいですにゃ」
「よろしくね、ネコさん!」
店を出ると同時に三人は手を振り、人通りの少ない道を歩いて行った、と思われる。
「......私たちも、第二コアの研究所に行ってくる」
「それと、美術館にもなぁ......」
ロディーさんとユリアんも一言ずつ言ってから、『第二コア』へ移動するための『第二ゲート』まで歩いて行った、と思われる。
「じゃ、オレ達も行こうか」
「はい、わかりました」
「そうですね。私たちも移動するため、第一コア行の『ロード』へ向かいましょう」
「......」
残った四人も出かける準備万端、みたいだ。そう、オレ以外は......。
「さてソウジさん、行きましょうか」
「ほ、ほんとうにこのままの状態で行くのか?」
声からしてミリアが心配してくれたみたいだ。
出来れば直接、顔を拝みながらお礼を言いたいが、残念なことに今は出来ない。
「そうですね。いろいろと考えましたが、この方法が一番手っ取り早く、即効力があると思いました。ただ、案内に少し手間が増える程度でしょう」
「そ、そうか......。いや、そちらの王女様が言うなら問題ないと思うのだが......、それでも不遇すぎないか?」
「仕方がありません。ですがソウジさんなら大丈夫です。ですよね、ソウジさん?」
クリエットに問いかけられたため、とりあえず「そうだね~」と返す。
「ただ、これなら怖くはないけど、別の意味で怖いなーってね」
この方法は確かに高所恐怖症対策にもなるとは思うけど、これじゃあ観光も楽しめない。
何たって、オレはいま首元まですっぽりと「紙袋」を被った状態で移動するんだからな。
全く分からない暗闇。前はおろか足元も何にも見えない。逆に歩きずらいよこれ!
「ほ、ほんとうに大丈夫なんでしょうか? なんかふらふらしてますが......」
「大丈夫でしょう。彼の勘はかなり冴えているので、そこまで大きな怪我とかはしないでしょう。怪我したところで私が治療する予定ですし。それに彼はすでに、何度か死ぬほどの思いもしているので、おかげで危機探知も上がっていますよ」
「そ、そうですか。なら、よろしい、でしょう、か?」
声だけでも、ミリア王女のドン引きな感じが伝わってくる。
そりゃ、現にオレはすでに六百回以上死んでるからね。危機探知だけはかなり伸びている気がする。危機探知だけな。
「ソウジお前、本当にチームのリーダーなのか?」
「そうさーレイル君。チームの名前の通り、『場違い』で残念なリーダーだろ~」
苦笑いを浮かべるが、向こうからは見れないだろう。
気にしてくれる優しさに、少しだけ心が安らぐ。こちらのチームメイトも、彼等のように優しくしてくれてもいいのにな。
「思ったより苦労してるんだな、ソウジは」
「同情は有り難いね、こっちのチームじゃ結構嫌われてるからさ~。ところでこの状態だと歩きずらいから、誰かに捕まってていいかな~?」
「あっ、そうですね。ではどうぞ遠慮せずつかまってください」
おぉ! まさかクリエちゃんから率先して手を差し伸ばしてくれた! まさか顔を隠すだけでデレるとか、案外この子はちょろい属性を持っているかもしれないな。これは予想してなかった。やったぜ!
優しく、小さく、温かい手がオレの手を掴み。それから......何か硬くゴツイところを掴ませる。
「ではワスターレ、ソウジさんを宜しくお願いします」
「知ってましたよー! そんな簡単にクリエちゃんがデレるとは思いませんでしたよ! そんな期待をした自分が愚かでしたよ~!」
いつものテンションで返事の後に、いつものクリエットのため息が聞こえた。
「まだだね、ソウジ君。まだ彼女は、君に対してデレ期ではなかったようだね」
「ちくしょー! 出会って一時間にもみたない奴にはオレの気持ちがわかるかー!」
肩を掴み、紙袋越しにささやくレイルを思いっきり振り払う。
レイルは高笑いをしながら歩く音が聞こえる。どうやら彼は先に行ってしまったらしい。他の足音からミリアも一緒に行ったみたいだ。
「ふぅ、少し遅れましたが。ワスターレ、ついでにソウジさんも行きましょうか」
「りょーかいだよ、クリエちゃ~ん」
「......」
ワスターレのゴツイ鎧を掴みながら、そのまま五人で第一コア行の『ロード』へと向かった。
それにしても、まさかこの都市に別のチームが来ているなんてな......、予想通りだった。
おかげで調査対象が少なくなった。ただ気になるのは、あの『ラブピース』のリーダーだ。彼は他に何か隠している気がするし、恐らくオレはそれを知っている。
やはりもう少し、彼との接触を試みたほうがいいな。




