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場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第二章 他の参加者と他の都市
32/47

26 講義

 


 施設の地下六階。

 らせん階段を降りてすぐ目の前にある、青い扉の部屋。

 白に染められた天井は、数か所ほど暖かなオレンジの光が降り注ぎ、部屋全体をくまなく照らしている。

 同じような白い壁には、これといった飾り気は無く、床も木製で作られている以外、何の特徴もない。


 この部屋には特にめぼしい物は無く。部屋の中央に置かれた、丸い机の、更に真ん中をくり貫いた様な教卓と、教卓を囲むようにして扇状に置かれた数脚の椅子が並んでいる。

 部屋の隅には紅茶を淹れるための、収納スペースのある木製の机には、この近代都市で手に入れることが出来る、ほぼ全てブレンドが用意してある。

 もちろん、お茶菓子も準備万端。急なお茶会でも完璧におもてなしが可能だ。


「――と、このことで分かる通り。相手の目線を見るだけで、単純な人なら簡単に会話の嘘を見つけることが出来ます」


 中央が開いた教卓にすっぽり収まるように、穴の中で立っている僕――ジョンの話に対し、真剣な眼差しで耳を傾ける多種多様の服を着た生徒たち。

 生徒とは、約一月半ほど前購入した『商品』達と、訳あって僕達が保護した、または匿った者達の事だ。そんな彼等の才能をこの約一月ほどで見極め、今はその者に適した教育を施している。僕の目の前にいる彼等、彼女等は、すでに人を見抜く才能が備わっていた。その才能を開花させるために僕が教えていることとは、とても単純で自分が得意とすること。相手の見極め、操る方法だ。

 教えているそのほとんどは、手品師の師匠から教わった事だったが、他にも僕自身が自然に身に付けた方法などを伝授している。

 この技術を身に付ければ、会話こそが、最大の兵器となりえる。




 教室、もとい自分の部屋にチャイムの音が鳴り響いた。

 鳴らしている道具は各部屋に設置された魔具だ。これはソウジがいつの間にか魔具屋で購入した物。それが一時間毎に鳴るように設定されている。つまりは、講義の終わりを示していることにもなる。


「うん、お疲れ様でした。今日はここまでにしておきましょう。それと、これは毎度言っていますが......」

「はい。我が主の一人、《心解》のジョン様。学んだ事を悪用してはいけない、ですね」


 生徒の一人。僕の班の班長。全体のサブリーダーの一人。種族は僕らと同じ人族。茶色の髪を揺らし、初めて出会った時に着ていたボロボロの服からアリシアがチョイスした、全体的に青い服とスカートを着た女性。元「奴隷」だった『キキ』が威勢よく、ピンと手を上げ答える。

 彼女が言った《心解》とは、簡単に言えば僕の肩書きだ。他にもあるのだが、どれも少しくすぐったいモノが多い。ちなみに、僕以外の『場違い』の皆にも、それぞれ肩書きがあるが、ネーミングセンスは同程度。つまりは恥ずかしいモノが多々ということだ。


「うん、その通りです。ですが、自分の身を守る、もしくは誰か大切な人を守るためなら、使用の許可はしてあるので、深くは考えなくても大丈夫ですよ」

「はい、存じてあります」


 キキが真剣な眼差しで言った。

 彼女は今年で

 他の生徒達も同じような表情をしている。彼等は、僕等『場違い』の言ったことには、忠実に守り、言われた通りに行動する。

 今はそれで良い。

 しかし、実際に他の『参加者』との戦闘では、それだけではダメな気がする。ソウジもこの事に懸念を覚えていた。


「うん、良い返事ですね。ではまた明日、同じ時間に集合をお願いします」


 僕がそう言った直後、部屋にいた全生徒から「ありがとうございました」と、部屋に響き渡るほどの返事をもらった。

 そうだ。今はこれで良い。

 戦場に送り出すときまでに、彼等が彼等なりの考えが持つことが出来れば、それで良い。

 人形ではなく、人間として彼等を戦わせる。その訓練をいま行っている、ということになるのだろう。





「さすがジョンの講義だな、全員熱狂的だぁ......」


 生徒たちが教室から出ていくのと代わりに部屋に入って来たのは、灰色のコートにハット帽と、いつもの格好をしたロディオだった。

 彼もまた勉強のための講義とグループを持っている。彼の講義は、相手の思考を再現するというものだ。少し自分と似ているが、やっていることはまるっきり違う。


 僕は人の考えを操り。

 彼は人の考えを描く。

 僕の教えていることは、自分の為に力を使うこと。

 彼の教えていることは、他人を助けるためのことだ。


 それに、講義の内容とは別に、ロディオとは少し気が合う。

 相手の考えが分かる者同士。深く考えなくてもお互い読み合って話をするため、面白いように会話が進む。

 そして何故いま、彼がこの部屋に来ているかも、何となくわかる。


「そちらの『ジーニア・ズ』に何かありましたか?」


 『ジーニア・ズ』とは生徒たちを総合的に表した言葉だ。

 いつでも元『商品』や『彼等』、『奴隷』、『君たち』では分かり辛いと言うことで、ソウジが発案し、アリシアが即座に同意した。その後すぐ『ジーニア・ズ』と言う、僕等の為に働く者達の組織を作り、彼等を組織に入れた。以降、彼等の事を『ジーニア・ズ』と呼んでいる。

 僕自身はどちらでもよかったが、確かに彼等を集めるとき等は便利だが、それでもネーミングセンスはもう少し何とかならなかったのだろうか。恐らく、元の世界で僕達五人が、多くの人々に天才ジーニアスと呼ばれていたため、そこから抜きだしたのだと思われる。のだが、それでもありきたりで、はっきり言ってしまえばかっこ悪い。

 だがまぁ、浸透してしまった以上、仕方がない事だ。


「あぁ......、彼等、というより俺に問題があるのだがなぁ......」


 いつもよりまして神妙な顔をするロディオに対し、生徒の一人が座っていた椅子に彼を座らせ、棚に置いてある紅茶――味はダージリンに近い――を準備する。


「ジョン君は知っていると思うが、俺は自分の絵を描けなぃ......」

「うん、そうでしたね。そのためこの世界に来てからは、ほぼ毎日、美術館などに行って探していることを知っています」

「そうだ、未だに見つからないがなぁ......。だが、彼等ジーニア・ズは違った......」


 彼の深みのある言い方に耳を傾けつつ、ユリアーナに習ったちょうどいいお湯の『合成』方法を試しつつ

お湯を生み出し、紅茶を淹れる。


「これを見て、ジョン君はどう思ぅ......?」


 紅茶を机の上に置いたのと同時に、ロディオは持っていた絵を僕に見せる。

 絵には、この施設にいる全ての者達が描かれていた。


 合計約五十人ほどの男女が、さまざまなポーズをとって、まるで集合写真のようにこちらを向いている絵だった。多くの男女は『ジーニア・ズ』なのだろう。特徴がよく捉えられている。

 彼等の中央にいるのは僕とロディオ、ソウジにユリアーナ、アリシアとクリエットにワスターレ。つまり彼等が主と呼ぶ僕達『場違い』だ。絵の中の僕達も、良い笑顔を浮かべている。


「うん、とても良い絵ですね。誰が描いたのですか?」

「『ローラ』だぁ、彼女は純粋にこの絵を描いた。それで、ジョン君はこの絵を見て、どう感じたぁ......?」


 帽子から覗く真剣な眼差しでロディオが問いかける。

 ローラ。確かキキと同じ組織『ジーニア・ズ』のサブリーダーの一人だったか。人族で白い髪が目立つ、活発で明るい女性だったと記憶している。

 どうやらロディオは、彼女の描いた絵を僕に評価してほしいということらしい。


「......残念ですが、僕には絵に対する心得というモノを知りません。ただ絵を見たとしても、上手に描かれている、としか言えません」

「たしかに上手い、だがジョン。きみにも分かるはずだ。この絵には奇妙なモノが描かれていることを......」


 ロディオのさらに増す深く低い声に彼の本気さを感じた。

 彼が持つ絵を直接受け取り、もう一度、隅から隅までマジマジと観察する。


「......うん、そうですね。全員が笑っていることでしょうか?」

「......」


 ロディオは小さく頷いた。

 彼に絵を返すと、彼は絵を少し羨みそうな表情で眺める。


「そうだぁ、俺はこんな風には笑わなぃ。他にもこの絵に映っている者の中で、同じように笑顔を浮かべていない者がいる......」

「うん、確かにですね。『ケルト』や『ニール』は僕の生徒として見ていますが、このような笑顔を浮かべているところは一度もありません。ですが、それが何か、問題あるのでしょうか?」


 彼がここまで神妙な顔をするのには少し不思議だった。

 絵は素人から見ても上手いと思えるし、描いた者の純粋さも伝わってくる。何が問題あるのだろうか?


「そうだなぁ。この絵には問題ないし、描いた彼女にも問題ない、むしろ素晴らしぃ......。だが、俺は、この絵を評価できなぃ......」

「何故ですか? 素直に上手、と言えばよろしいのではないでしょうか?」

「俺は、これと同じような絵を描けないからだぁ......」


 ロディオは言った後、紅茶を飲んだ。

 喉が渇いていたのか、それとも美味しかったのか、ただ誤魔化すだけだったのか。彼は紅茶を一気に飲み干してしまった。


「評価、できない、ですか......」

「あぁ、俺には無理だ。俺には、自分の絵が描けないからだぁ......」

「その、自分の絵というモノが描けないと、評価も出来ない様な物なのですか?」

「あぁ。評価以前に、どうしてこの絵を描いた、出来たのかも分からない。これは彼女の自身の絵だ。だから彼女の思考が読めなぃ......」


 ロディオの言う思考が読めないとは、考えていることを描けないと言うことなのだろう。

 彼が熟考しているとき、大半はその風景を自分の中にあるキャンバスに描く、と言う。そのことが今回で出来ず、悩んで僕のところまで来たのだろう、と推測する。


「思考なんて、普通は読めませんよ。これは単に僕の考えですが」


 そう言い、僕は絵を持ち先ほど同様に観察する。

 関係ないとは思うが。大きさ、厚さ、紙の質感、色の度合い。絵に鼻を近づけ匂いを嗅いだりした。

 自分が出来ることはよく観察することくらいだ。そこから推測して、決断する。


「うん。僕の見立てでは、彼女は純粋な心の持ち主で、優しさも持ち合わせていますね。さらに色の濃さから力強さ、全員が正面を向いていることから前向きな性格。あとこれも全員が笑顔と言うこともあり、彼女の中ではこの組織『ジーニア・ズ』と僕達との間に、深い信頼関係が築かれていることと安心感が窺えます」


 最後に「ロディーさんは良い生徒を持っていますね」と言い、絵を見て感じたことを述べる。

 これが正解かどうかは、実際に彼女と会って話さないことには分からない。

 それに、この絵を見ていて俄然、制作者であるローラに興味を持った。今度お茶でも誘って話してみようかな。


「そうかぁ、ジョン君にはそう見えるのかぁ......」

「見える、というよりも、読める、が正しいですね。まだ絵だけで表面上の事しかわかりませんが、僕の評価はそのような感じです」

「すまないがぁ、ジョン君のその評価を参考の一部を貰ってもいいかぁ......?」

「うん、もちろんですよ。僕に出来ることなら、どのような事でも言ってください」

「あぁ。ありがとぅ......」


 安心したのかロディオは再び注いだ紅茶を、今度はゆっくりと飲んだ。

 僕も紅茶を飲もうとティーカップを皿ごと持ち、ゆっくりと口を付け――ようとしたが、口に着く直前に上着の内ポケットが震えた。

 この振動は、ソウジからもらったエステルだろう。

 少し考えた後、エステルを取り出す。

 銀色の棒の先端が白黒交互に点滅していた。これはソウジの色、つまりソウジからの電話だ。


「うん、もしもし。ソウジさんですか?」

『おいっす~、ジョン君! いま大丈夫だと思うけど、話しても大丈夫かなー?』

「うん、大丈夫です。何かありましたか?」

『ども~。そうだね、簡単に言うと......、そろそろ次のところ、行こうかなって話さ~』


 ソウジの返事に、思わず目を見開く。

 次のところ、というのはおそらく『次の都市』ということだろう。


 前行った天空都市『パラディソス』からすでに十日は過ぎている。

 あの都市から持ち帰った情報はかなり重宝されている。だが、それだけでは彼等を殺すことは出来ない。何よりまだ情報が足りないからだ。

 ソウジの言う通り、そろそろ次の都市へ行き、新たな情報収集が必要な時かもしれない。『ジーニア・ズ』の教育も必要だが、その教育にも新たな情報が必要になる。

 恐怖はある、だがやらねばならない。

 都市内は戦闘禁止。それを覆すような事実がすでに出ている。

 もし、他にもこのゲームの『規則』に抜け穴があった場合。見つけた者が勝利を手にするだろう。

 危険は承知だ。だからこそ、情報が必要。情報は時に、命よりも重くもなるものだ。


 瞼を閉じ、少し間をおいてから答える。


「わかりました。では、いつものエントランスでいいですか?」

『いんや~、今回からは新しく創った部屋を使おうと思うけど。なんか都合悪かったかな~?』

「新しい部屋、ですか......」


 新しい部屋、これもまたソウジが勝手に創ったものだろう。彼はいつも、まるで僕達の行動を先取りしているかのように準備をする。

 読めない相手の読めない行動。僕は彼が苦手だ。


「いいですよ。ですがすみません、場所が分からないのですが、どちらに行けばよろしいですか?」

『場所は最下層、地下十五階の一番奥の部屋に、今から三十分後くらいに集合でお願いさ~。それと、もしロディーさんがいたら、ジョン君から来るように言っておいて~』


 本当に見透かされているような気分だ。

 普段は逆の立場だからすごく新鮮だが、だからと言って気分がいいとは思えない。


「うん、わかりました。では伝えておきます」


 ソウジは最後に「よろしくな~」と一言、手を振っている光景が思い浮べれるほど鮮明に、勢いの良い返事をしてエステルを切った。

 通話が切れると同時に、先ほど置いた紅茶を持ち、乾いた喉を潤す。


「ソウジ、からだったのかぁ......?」

「うん、次のところへの話し合いだそうです。そこでロディーさんにも一緒に来るようにとのことなので、もう少しここで休んでから行きましょうか」


 空になったロディオのティーカップに再び紅茶を注ぎ、彼の前に差し出す。


「次の、ところかぁ......」

「えぇ、今度はどちらになるのでしょうか。たのしみですね」


 たのしみ、か。実際そうだろうな。

 けど、今度もまた一筋縄ではいかないかもしれない。

 あの時はソウジの機転で何とかなったが、今度こそ、逃げられないのかもしれない。






 …………






「待ってたよー、ジョンく~ん!」


 部屋に着いて早々、ソウジの陽気な声が僕とロディオを出迎える。


 地下十五階の部屋は僕の部屋と似ていて、丸い机とそれを囲む椅子しかない置いていない。違いがあるとすれば、丸い机の真ん中はくりぬかれていないということだろうな。

 椅子にはすでに僕とロディオ以外の全員が座っている。もう少し詳しく言うと、アリシアがちょこんと座り、クリエットも姿勢よく座り、クリエットの後ろにワスターレが立ち、ソウジがだらしなく座っている、といった構図だ。


「うん。お待たせしました」

「待たせたなぁ......」

「いえ、私達も先ほど着たばかりですので、時間的には大丈夫ですよ」


 机の上に置かれた透明な水が入ったグラスを持つクリエットが言う。

 飲み物は全員分あるみたいだ、すでに僕達の席の前にも置いてあるのが確認できる。


「ま、私が一番はやくに来たけどね!」


 アリシアが何故か得意げに言う。

 彼女の前に置かれたグラスの中身は、すでに半分以上無くなっている。それと彼女自身の服装もいつもの紅いドレスではなく、地味な白いシャツに淡い青色のホットパンツを穿いている。少し違和感があったが、それもすぐに理解できた。さっきまで生徒に歌と踊りを教えていたからだろう。

 アリシアは授業で相手の注目を集める方法を『ジーニア・ズ』に教えている。といってもただ歌うことや踊ることしかないが、それでも思った以上に効果はあった。いまや彼女の生徒はある意味、彼女の親衛隊のような存在だ。僕達ですら彼女に対し意地悪なことをすれば、何か言ってくるかもしれない。僕達なら、ということは僕達以外だった場合は、相手は確実に痛い目をあうのは確実だろう。

 それほど彼女の生徒は、アリシアに心の底から心酔しているのだ。それも僕の暗示や催眠でさえ操ることが出来ないほどに。


「......それで、貴重な研究の時間を割いてまで来たんだよ。ふざけた事なら、新作の魔具で殴るよ」


 静かに、それでいて天空都市で手に入れた眼鏡の奥から、鋭い視線をソウジに送り、右手にはめた黒いグローブを動かす金髪の白衣を着た女性、ユリアーナ。

 彼女もみなと同じように『ジーニア・ズ』のグループを受け持っている。とはいっても、生徒がやっていることはただ彼女の研究の手伝いだ。ある意味、助手的な扱いなのだろう。

 ただ例外もいる。

 ある一人の少女がユリアーナの実験の被験体になっている。

 そして、少女を使って造られた新作の魔器。それがいま彼女の右手にはめたグローブなのだろう。あの眼鏡を手に入れてからの彼女の道具、兵器制作には目を見張るものがある。

 あの日、彼女がこの世界の法則に気が付いた日。絶望しかけた彼女を説得したかいがあったというものだ。


「や、やめてくれよ。それの威力はもう実証済みで、オレも知ってるんだかんな~。オレなんかに使ったら一瞬でこの世とグッバイになるぜ!」


 ソウジは両手を突き出し「待った」のポーズをとる。僕はあのグローブの威力を知らない。だが、ソウジがかなり真面目に顔を引きつっていることから、そうとう危険な魔器だと言うのがうかがえる。


「うん、ではソウジさん。みなさん集まったみたいなので、話を始めてもよろしいですよ」


 そんな茶番じみたことを見ながら僕とロディオは席についた。

 目の前に置いてあるティーカップの中には、僕の好きなミルクティーが入っていた。


「まーまー、皆まで言うでな~い。話はもう決まっているからなー」

「......その話をはやくしろよ。ボクは、実験で、忙しいんだ」


 ソウジは机の上で指を組み、にやける。


「おっけーおっけー、わかったさ! なら単刀直入に言うよー。つぎ行くところは、未来都市『ノヴォエラ』だね~」


 未来都市ノヴォエラ。

 この近代都市モドュワイトよりも技術が進んでいる都市、だとユリアーナとロディオが集めた資料には書いてあった。

 いま居る近代都市ですら、僕達が過ごしていた元の世界よりも進んでいるのに、それを超える技術があの都市にあるということなのだろうか。


「うん。理由を聞いてもよろしいですか?」


 簡単で単純な疑問をソウジに投げかける。

 他にも行っていない都市はあるし、僕個人としては地下都市あたりへ行くと思っていたからだ。


「うーん、なんとなくかな~。強いて言うなら、この世界の技術レベルの最高潮を、観に行ってみたいかなー、程度かな。ユリアんのためにもなるしね~」

「......チッ」


 ユリアーナは最期の言葉に少し反応した。

 グローブはすでに彼女の手から離れ、机の上に置かれていた。


「つまり、今度はチーム『ドラゴンズフォース』に会いに行く、ということだなぁ......?」


 腕を組んで帽子と髪の隙間からソウジを覗き見ていたロディオの問いかけに、一言「そうなるね~」とソウジは微笑し、目の前にあったグラスに手をかける。


 ドラゴンズフォース、か。

 この世界に来て最初に出会った参加者の一人、カト・ウィンが所属するチーム。世界中でかなり有名で、人気のあるチーム。一月前にゲームを『プレイ』したチームでもある。

 あの時の戦闘の映像は今でも僕の頭から離れない。

 戦闘の知識なんてほとんどないが、彼等の力は対戦相手を遥かに凌駕するほど、圧倒的で強大な力だった。


「今度はうまく、逃げれるとは思えませんけどね」

「わかんないよー、ジョンく~ん。でもオレが思うには、今度はディストラス達よりも、すんなり帰れそうだけどねー」

「そうでしょうか? たしかに見た感じドラゴンズフォースの方々は、正々堂々とした者達だと思われます。しかし、僕達は彼等を相手にするほどの力は持ち合わせておりません。普通に考えれば見つけ次第、即牢獄に閉じ込められることになるしょう」

「でも規則があるんでしょ? 強引には出来ないと思うのだけど......」


 アリシアが空になったグラスを、頬にペタペタ叩きながら言った。

 彼女にしては珍しく、会議の話を真面目に聞いていたみたいだ。


「うん、アーちゃんの言うことも一理あります。彼等がもし、拉致などをしようとした場合、こちらももちろんの事ですが抵抗します。ですがその時に『規則 其の四』に抵触する恐れがあり、無暗には手を出せません。しかし、参加者ではない別の誰かを利用して行われた戦闘行為などは、それは参加者同士とはならず、参加者と一般市民という枠組みになり、規則に違反したわけではなくなるのです」

「うん、ん......? えっと、つまり......、あいつらは攻撃できて、私たちは反撃出来ないってこと?」


 うん。どうやら彼女は、ただ話を聞いていただけ(・・)みたいだ。

 もう少し丁寧に話そうと口を少し開けたとき、ソウジが「まっ! そういうことー」と適当に彼女の疑問をあしらった。


「でもジョン君。本当にそうかは、まだわからないよ~?」

「それは、どういう意味ですか?」

「単純な話さ~。僕達はこのゲームの『規則』をまだ完全に理解していないってことさー。ジョン君はそのことを、目の前で知ったでしょ~よ」


 ソウジの話を聞き、頭の中で創造した家から、必要な情報を探し出す。

 数ある扉の一つ、『規則』と書かれた部屋に入り、複数ある引き出しの中から天空都市『パラディソス』で、事件があったときにミュリティアが言った言葉を見つける。


『お前こそ馬鹿か? その『規則』の具体的な説明は、『参加者同士』か『都市を傷つける行為』に結び付くかどうかなんだよ。それで......お前を殴ったら都市が傷つくのか?』


 脳裏にミュリティアがバーカウンターにいたマスターの顔面を殴る映像と、セリフが流れた。

 大の大人の男性が吹き飛ぶさまは爽快で、胸がスッとする思いだったが、常識では考えれない光景に恐れを抱いたことを、言ってしまえば、あった。


「うん。たしかに、ソウジさんの言う通りですね。ゲームの『規則』には、まだ奥があるということでしょう」


 僕が納得したのを感じ取ったのだろう、ソウジが「そーさ」と笑い、グラス内の炭酸飲料を一気に飲む。


 なるほど、どうりで他の者達もあまり行動しないわけだ。

 この情報が少なすぎるゲームにおいて、身勝手な行動で命を落とす可能性だってあるということだからだ。知らなかったでは済まない、知らないほうが悪いのだから。

 そのことをソウジは知っていたのだろうか。いや、なんとなく知っていたのだろう。ソウジの事だ。予想と直感で、他のチームが上手く攻めあぐねていることを知っていた。

 だからこの世界にいる参加者は行動しない。

 力を持っているのに、見えない壁に阻まれているような、そんなもののおかげで今の謹直状態になっているのだろう。


 ではなぜ、その『規則』を公にしないのだろうか?

 なにか、知られてはまずい『規則』があるのだろうか。

 あるいは、この動かない状態になることが目的なのか。

 それとも、他に別の何か......。そう、例えば『規則』とは違う、この世界独自の別の規則があるとか。


 頭を振るい、頭の中で渦巻く思考をクリアする。

 考えてもらちが明かない。分からないことならば、知ればいいだけの話だ。

 あのユリアんだって、あの絶望的な心境から、たったひとつの研究方法を学んだことで、今では生き生きとしている。この部屋にいる間だって、勝手にグラスにたくさんの取手を付けているし。でもそれは見た目が気持ち悪いのでやめてほしい。


「考えてるとこ悪いけどジョン君。そろそろ話を戻してもいいかな~?」


 ソウジの言葉で我に返った。

 どうも最近、常識外れの事が多くて、ボーっとするときが多い気がする。


「うん、大丈夫ですソウジさん」

「そうですね。ソウジの言う通り、私の知らない『規則』の本質というモノが、まだあるのでしょう。いままでの参加者同士の戦闘では特に変なところはありませんでしたが、ゲームの『規則』に対しては慎重に行動することに賛同します」


 クリエットが言った後、ソウジは目を丸くし、口をわなわなさせて立ち上がる。


「クリエちゃんが......、クリエちゃんが珍しく、久しぶりに。オレに賛同してくれた!」

「ならば却下しましょう」


 両手で顔を抑え「マジか!」と叫びながら再び座る。この男はいつも忙しそうだ、おかげで行動をいちいち変えるから、思考が読みづらい。


「冗談ですよソウジ。慎重になることは、悔しいですが賛成ですので」

「そこ、一言多いと思うのですがね~......」

「何か、言いましたか?」

「なんでもありませ~ん!」


 話が進まないので、咳払いをして注目を集める。

 目の前のグラスの絵を描いているロディオと、グラスに五つ目の取手を付けていることに夢中になっているユリアーナ以外、こちらを向いているのを確認してから、ゆっくり口を開ける。


「うん、ではいつ行くのですか?」

「あーそれね~。はやくて十日後、遅くても一月経つ前にはいこうと思っているよ~」

「なんか、曖昧じゃない?」

「アーちゃんの言う通りですね。前日になって行く話になっても仕方がないので、せめて行くと決まった三日前に教えてください」

「そうですね。その前に準備をある程度済ませておけば、三日後に出発すると決まっても軽く準備するだけで問題ないでしょうし、そこまで慌てることもないでしょう」

「りょっかいした~。じゃ三日前くらいにまた教えるよ~」


 ソウジはズボンのポケットから飲食用カードを机の上に置き、描かれた透明な炭酸飲料を七つ具現化させた。


「最後に、オレ達の計画が順調であることに祝杯しよー」


 ソウジはそう言った後グラスを持ち、それにつられ僕、アリシア、クリエット、ワスターレも持ち、絵を描くのを途中でやめたロディオも右手で持ち、ユリアーナも渋々作業を止め、グラスを持った。

 この場にいる七人全員が具現化したグラスを片手で持ち上げる。


「この世界で、場違いなオレ達に、かんぱ~い」


 グラスを高らかに上げソウジは叫ぶ。同時に他の者達も持ち上げ、一気にグラスの中に入っていた炭酸飲料を飲む。

 口と喉にしゅわしゅわと甘さと刺激があたる。

 渇きを潤すと同時に次にいく都市の事を考えた。


 未来都市ノヴォエラ。

 これはまた、大掛かりな事が起こりそうな予感だ。



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